ぱぅっ!
皆様、ご機嫌よう。私はアレイシア・レコンドール。高貴な侯爵令嬢という身分に生まれついた才女ですの。
血筋や育ち、家柄も完璧。身体も健康で心は淑女。まさに淑女の鏡と言われる私でございますが、現在、えぇ、とても困っておられますの。
今日は記念すべき学院の卒業パーティーでございました。そんな宴の最中、騒ぎは起きてしまったのです……。
「アレイシア・レコンドール! 貴様との婚約を――」
「ぱぅっ!」
「ぼふぅっ!?」
失礼致しました。えぇ、現在進行系で大変悩んでいる私なのですが、その理由こそがこの私の色ボケ低脳野郎……こほん、もとい、婚約者のレオニール・ヴァナ・グランフェット王太子でございます。
彼の隣には、これまた可愛らしいですが、珍妙な精神構造をしている平民の女の子が腕を絡ませていた為、私の放った衝撃波によって一緒に吹き飛んでしまいましたわ。
ちなみに私の「ぱぅっ!」はまだ威嚇レベルの衝撃波なのですが、相変わらずレオニール様は貧弱貧弱ぅ! でございますわね。せめて「ぱわわっ!」ぐらいまでは耐えて欲しい所なのですが。
ちなみに今出した衝撃波は指からですね。指パッチン!
「それで? なんですの? 婚約者である色ボケ低脳様」
「せめて名前で呼ばんか! 名前で!」
「申し訳ございません……数多の教育を習得しなければならない私にとって些事であることは耳から抜けてしまうのですわ」
「婚約者の名前ぐらい覚えておけーっ! えぇい、だから嫌なのだ! 私を見下し、あまつさえ手を上げる暴虐女め!」
「まぁ、なんて野蛮な! そんな女がどこに!?」
「お前だーーーーーーっ!!」
キョロキョロと見渡してみると、渾身のツッコミが放たれました。キレだけは優秀なのですよね、この婚約者殿は。メインを芸人、サブで王子をやれば良いのではないかとは常々思っていました。
「それでレオニール様。先程、なんと仰ろうとしていたので?」
「だから、アレイシア・レコンドール! 貴様との婚約をはk」
「ぱわわっ!」
「ぐべべらぁっ!?」
私のぱわわっ! の衝撃波を受けた婚約者殿は壁へと叩き付けられました。そのまま白目を剥いてビクビクと痙攣をしています。そんな婚約者どのの傍にいた平民女子は慌てて傍に駆け寄って治癒魔法をかけています。
そう、この平民女子は聖女という肩書きを持っていて、回復魔法を使用出来るのです! この力は王家でも是非とも手元に置いておきたいらしく、様々なイケメン貴族の子息たちが蝶よ花よと面倒を見てきたのですが。
まさか、それで婚約者殿と恋仲になろうとは。あれ? でもこの方、以前とは別の方と逢い引きをしていたような……?
「ひ、酷いです、アレイシア様! なんでそうやってすぐに暴力を振るうのですか!」
「暴力ではありません、これは教育的指導です。身体にも後遺症も痕も残さず、的確に痛みだけを与える修練の賜物です。これも全て、婚約者殿の名誉を守るための忠義でございます。それを言ったら戦争ですよ? という言葉を発声させなかった私の功績を褒め称えて頂いても良いぐらいですよ?」
「そ、そもそもレオニール様が婚約破棄を言いだしたのは、貴方がそうやって暴力的だから……!」
「ぱぅ?」
「ぴぃっ!?」
ふふ、小鳥ちゃんのように鳴くなんて可愛らしいこと。私はまだ指パッチンの構えを取っただけだと言うのに……。
「ふぅ……良いですか? 小鳥ちゃん?」
「小鳥じゃありません! アンリエットです! いい加減名前を覚えてください!」
「よろしい。では、アンちゃん。この婚約破棄が仮に承認された場合、貴方の身に何が起きるでしょうか?」
「へ?」
「まさか、私の後釜で王妃になれると思っていませんよね?」
「わ、私は聖女で王家に求められています!」
「成る程。では、よろしいでしょう。少々講義をして差し上げます」
彼女の言う通り、聖女と呼ばれる彼女が王妃になれる可能性はゼロではないのですよね。何せ聖女、回復魔法の使い手なのですから、為政者である王の健やかな健康を守って頂けるのであれば願ったり叶ったりです。
「まず、王妃というのは聖女の才能があるかどうかは関係がありません。王家の一員になれたとしても、貴方にはそちらの資格がないので王妃になるのはまずあり得ないのです」
「資格? 資格って何ですか!? 私が平民だからですか!? アレイシア様が貴族だからですか!?」
「正しくはありますが、正確な解答とは言えませんね。正確に言えば必要な教育を受けているか、いないかが重要になってきます。そして必要な教育を受けるための資金や時間を持っているのが貴族なので、貴族が王妃になる方が手間がかからないのです。逆説的に言えば、その前提条件さえ乗り越えられれば平民でも王妃になれるということです」
「教育?」
「はい。それが王妃教育、つまり王族の一員になるための教育ということですね。王族や貴族の婚約者が若くして定められる理由は、その相手の領地の事情や家の歴史、こういったことを学び、互いに領地、そして王族であれば国を纏めるための教育を受けなければなりません。なので幼少の頃から定められることが多い訳です。ここまではよろしいですか?」
「え? あ、は、はい……」
「この教育は何年にもわたって行う、言うならば王妃になるための義務です。その義務を受けていないものは王妃にはなれない。そんなシンプルな話なのです。ところでアンちゃん。貴方の成績は学院で何位ですか?」
「え?」
「少なくとも学院で毎回一位を取らなければ教育を満了することも難しいでしょう。ですからレオニール様も必死に勉強されている……いましたよね? 最近、一位を取れてないんですけど、ちゃんと勉強してました?」
「うっ、いや、それは……」
まぁ、アンちゃんとの逢瀬やお出かけで本来の政務や教育から逃げ出しているとは風の噂では聞いていましたが。まぁ、それは横に置いておきましょう。
「なので、貴方が王妃になることは有り得ません。つまり、王家としても貴方を迎え入れるとしたら側室、正直そちらでも望み薄ですので精々、愛妾ということになるでしょう」
「妾って……そんな!」
「え? いや、妾はいいですよ。公的な立場に縛られなくて済むので。その代わり、子供が産まれても王位は継げませんが。そうですね、将来は聖女の血筋の家系ということで爵位を貰って独立するのではないでしょうか? 万が一、王家の嫡子が不慮の事故や病で倒れた時も予備の血筋として王位につく可能性はありますが、少なくとも私たちの代ではあまり関係のない事ですね」
アンちゃんは愕然として目を見開いていますが、レオニール様、ちゃんと説明しなかったのかしら? それとも教育をしないでお飾り王妃を仕立てようとしたのかしら? ……有り得そう、お小言を言われるのはお嫌いですしね。
「仮にアンちゃんが王妃になるとしたら、私が受けていた王妃教育のスケジュールを圧縮するしかありません。そうなったらそこの軟弱とも顔を合わせる時間もないですよ? 完了するまで許さないでしょうからね。王妃を育て上げるというのはそれだけ大変なお仕事なのです。そんなお仕事を不意にされた方が、また最初からやり直さないといけなくなる労力を考えたことはありますか?」
私の問いかけにアンちゃんは何も答えません。ただ目を白黒とさせるばかりです。
「なので、貴方は王妃にはなれません。なれた所で貴方に待っているのは地獄です。私ですら圧縮された王妃教育のスケジュールなど、王城を粉砕させてでも受けたくないですわ」
「粉砕出来るんですか……」
「ふふ、どうでしょう。さて、とはいえ政略結婚ですからね、王妃となる身である以上、側室や愛妾を抱えても許す度量というものも教育で施されますからね。貴方達が恋愛という情で結ばれることは構わないのです。ですが、婚約破棄だけはいけません」
「で、でも……愛しあってない人たちが夫婦になるのはおかしいです!」
「それは平民の価値観なので、貴族がその価値観でいくと色々と、こう、面倒というか……愛とは素晴らしいものですが、国民の生活を脅かしてまで貫くものだと思いますか?」
「どうして国民なんて話になるんですか! 私はお互いの気持ちの話をしているのです!」
「それは私たちの婚約が恋愛ではなく、契約と利益で結びついているからです。私のご実家のことはご存知? アンちゃん」
「アンちゃんって呼ばないでください! それにアレイシア様の実家がなんだって言うんですか!?」
「私の家は軍閥のトップを担うお父様がいる家です。これはつまり、王家と軍閥の結びつきを強くして、国の武力の忠誠を国に示すための婚約であったのですが。王家側から婚約破棄をするということは、もうお前等の忠誠いらねーわ! って叩き付けるようなものですね。そうなると何が起こると思いますか?」
そこまで問いかけると、アンちゃんは静かにブルブルと身体を震わせてしまいました。その顔が青ざめていくのが手に取るようにわかります。
「つまり軍のトップにもう国を守らなくていいよー、って言ってしまうことと同じだという事ですね。だから私が必死で止めてた訳ですね」
「わ、私……!」
「えぇ、えぇ。無知であることは誰もがそうです。ですが、無知であることが許されないこともあるのです。アンちゃん」
ゆらり、と私は手を構えてアンちゃんへと向けます。この子も何を勘違いしたのか、婚約者殿も何も教えなかったのか不憫ではありますが、起こしてしまったことにはケジメをつけて頂かなければなりません。
「貴族の婚約は愛だけにあらず。故に愛だけを求めるならバレないように不倫するのが賢い貴族という奴ですね」
「そ、そんなの嫌です!」
「だったら貴方は貴族の生活に憧れてはいけなかったのです。勿論、政略結婚でも愛し合う貴族はいます。不倫を知りながらも見なかったことにもしなければならない場合もあります。特に子供はお家騒動になるので特に避妊には気をつけなければなりません。そういった様々な雁字搦めがあってこその貴族なのです。というか貴方も不倫してません?」
「うぐ、ぐぐぐっ! どうして、どうしてこうなるのよ……! ここは、この世界は……! 貴方もバグを起こして……!」
そろそろ錯乱してきたようなので、フィナーレと参りましょう。
「少し頭をお冷やしなさいな、行きますわよ。――ばぁんっ!」
私の放った指パッチンの衝撃波が、私を中心広がって会場で暴威を振るったのでした。
* * *
爆発オチなんて最低ー! という声が聞こえた気がしましたので、その後の顛末を語りましょう。
アンちゃんは私の軟弱婚約者だけでなく、他の男性とのお付き合いもあったようなのです。それ故、その男性たちは婚約者との婚約を破棄され、家からも追放されてしまいました。
そして私の婚約者殿も、これでは王太子として、次期王としての資質はなしと判断されて廃嫡されてしまいました。
そうなると私がお役御免になってしまう訳ですが、次代の王妃を育てるための王妃教育係に就任することで矛を収めることとなりました。
そして、王妃教育や次期王妃という身分から解放された私は今――。
「そこぉ、足が止まってますわよぉ! ぱぅっ! されたいのかしら!?」
「ひぃぃいいっ!?」
「やめてくれぇっ!」
「もう吹き飛びたくないぃ!」
今、必死の形相でマラソンをさせられているのはアンちゃんと、アンちゃんと関係を結んでいた殿方達です。その中には私の元婚約者もいます。
行くアテもなかった彼等を拾い上げた私は、彼等を自分の私設の護衛として買い上げることにしました。既に身分を失っていた彼等は私によって生かされ、その命を手中に握られているのです。
そして私は今、彼等を屈強なる戦士にするために特訓を施しているのです。
「なんで、なんでこんな目に! 私は、私はヒロインなのよぉーーーー!」
「アンちゃん、周回遅れになったら、ぱぅ! ですよ」
「あぁぁあああーーーーーーっ!」
流石、元平民のアンちゃん。意外と足腰の力と体力があるのよね。これなら従軍しても付いてこれるだけの回復魔法の使い手として大成することでしょう。
身分を剥奪されたからって、アンちゃんも含めて彼等は才能だけは眠った原石なのですから。今まではお家の繋がりや立場もあって諦めていましたが、こうなっては徹底的に磨き上げて立派な軍人に仕立てあげてやりますわー!
「ふむ。……以前のタイムから速度が落ちていますわよ、皆様! それでは、仕方ありませんわね!」
――ぱうっ!