雨上がりの決戦
雨合羽を着込んで、犬と歩く5月の夕方。
朝からの雨は降り終わって、曇り空は夕焼けに染まろうとしている。
ぬるく湿気た風が、ほほをなでる。
やつらとの戦いは、こんな日がふさわしい。
さあ、あの公園に行こう。
人っ子ひとりいない、雨上がりの公園。
その公園の周りに、やつらが――オオキンケイギクが、生えている。
数日前のそこは、ただの雑草の茂みだった。
しかし今や、雑多な草の集まりではない。
やつらの巣だ。周りにある雑草は、ただの添え物に過ぎない。
空に向かって伸ばした葉、咲き誇る黄色い花。
全身を、雨粒で濡らしている。
雨合羽がなければ、手を突っ込む気にもなれなかっただろう濡れ具合だ。
やつらが生えている地面にも、たっぷりと梅雨が浸み込んでいる。
やつらの根がくわえ込んでいる土自体が、柔らかくなっている。
雨上がりの夕方こそ、その全身を抜き晒し、文字通り根絶やしにできる。
さあ、やろうか――。
緑の塊を、引き抜く。引き抜く。引き抜く。
大きいものも小さいものも。
根が残ろうとも、土をこじってすべてさらけ出してやろう。
まだまだこの程度で終わりはしない。
引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。
引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。
こんなに抜きやすくなるのか。雨上がりというのは。
もはや戦いではなく、ただの作業ではないのか。
やつらも生きているのに、なぜ抜くのだ?
すべて抜いてしまったら、消滅してしまうのだぞ。一本一本の命を考えているのか?
「特定外来生物」という人間がくくった枠組みに当て嵌められただけで……。
憐憫を覚えた心の中に、甘い考えが浮かんでくる。
今は、抜くのだ。
夕日が街並みの向こうに落ちていき、夕闇がゆっくりと迫ってくる。
まだ、抜いている。
いったいどれくらい抜いたんだ? その一本一本とやらは、どれだけたくさんあったんだ? 本当にこれで消滅するのか?
引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。
引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く。引き抜く………
甘い考えも、自問自答も消えて、ただ手を動かす塊になり果てたころ。
すべての外周を回りきった。始まりと終わりがつながった。
目の前に残るのは、たったひとつの緑の塊だ。
本当にこれが最後の一本なのか。そんな疑問が頭をもたげる。
やつはただ、緑の葉を静かに揺らしている。
そっと手に取り、地面から、やつを抜き晒した。
終わったのか――そう、犬が目で語りかけていた。
ああ、終わった。
夕闇が、誰にも等しく、覆いかぶさってきた。
一週間後の散歩帰り。
例の公園の、その外周で。
オオキンケイギクの花が咲いていた。
植え込みの陰から、そして抜き晒したはずのやつからも。
すぐに抜き、花をちぎり取る。
晒したやつを手に取ってわかった。
抜き晒したときの、土の払いが甘かったのだ。
それだけでは終わらない。
新たな葉がもしゃあ……もしゃあ……と顔を覗かせていた。
抜き晒した葉の下から、ちょっぴり残った根から、土に埋まっていた種から。
甘かった。本当に甘かったのだ。
もはや意地だ。
日々の散歩で通りかかるたびに、目を皿のようにして見回る。
そのたびに見つかる。そのたびに引き抜く。
とうとう犬は、そっちに行きたくないとばかりに、公園への道を避けるようになっていった。
すまない。だがやつらは減っている。減っているんだ。
犬が、だんだんと感情のない顔でこちらを見てくるようになった。
オオキンケイギクは、徐々に、その姿を見せなくなっていった。
6月の終わり。
何度見回っても、一本もやつらを見かけなくなった。
勝利だ。この戦いにようやく終止符が打てるのだ。
特定外来生物といえども、人間の地道な努力によって勝利することができるのだ。
この間にはさまざまな出会いがあった。
雑草の一つひとつを見分けられるようになった。甲虫や蝶とも触れ合った。公園をご利用のみなさんと会釈するようになった。
オオキンケイギクとは、それらとは違う「出会い」だった。
特にこの時期だからこそ、戦わなければならなかった。
やつらの花は、そのうち実になる。実はあちこちに飛び散ってしまう。散った先で、また増えてしまう。
そうなる前に、花が咲いているうちに抜き去る必要があったのだ。
今や戦いは終わった。
犬には本当に世話になった。
犬がいなければ、公園で何かよくわからない行動をしている人でしかなかった。
ご褒美をやらねばならない。
久しぶりに車に乗り込む。郊外のスーパーマーケットへと走っていく。
犬に、おいしいおやつを買ってやろう。
一緒に遊べるおもちゃを買ってやろう。
その途上。県道の両側にあるのり面に。中央分離帯の一面に。
黄色い花が、どこまでも、どこまでも咲き誇っていた。
オオキンケイギク編はこれで終わりです。
その生態や姿などは、以下のホームページなどでご覧いただけます。
環境省ホームページ|日本の外来種対策|特定外来生物の解説:オオキンケイギク[外来生物法]
https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list/L-syo-01.html
案外と、身近に生えています。それこそ人様の庭先にも……勝手に抜いたらヤバイですね。
もし本当に除去したい方は、環境省HP「オオキンケイギク 防除」で検索してみてください。
各種の注意事項が載った資料が見つかるかと思います。役場へ相談にいくのも、いいかもしれませんね。