☆「没落軍師 天裁」※挿絵有
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※2 仮想空間においての会話は
名前「会話文」の特殊表記となります。
詳細はあらすじにて
バチン!
破裂音のような音が響く。
男はもはや全てを諦めていた。
肩を竦めヘラヘラと笑う。
それが頬を叩く音であるのに気付くのに時間差があった。
目の前には赤い長髪の女性。
心の底から軽蔑の意志を見せそのまま去る。
かつて【厄災軍師】とまで呼ばれた男。
しかし友を失い、夢を失い、希望を失い、没落し、全てを諦め、堕落した。
先生と慕った相手からもこの有様だ。
引き締まっていた口元は緩み切り笑い続けた。
~
私の名前は天歳秀人
この名前のせいで完璧をずっと求められてきた。
貰った以上名前負けはしたくなかった。
幸いにも体は頑丈で運動で困ることは無かった。
しかしいくら努力しても本当の天才には敵わない。
勉強もそうだ。
時間を削って勉強すればクラスの上位に入る。
しかしいくら努力しても本当の天才には敵わない。
どれも本当は中途半端だ。
どんなに余裕を見せてもどんなに冷静を装っても緊張にも負ける。
人よりも努力している所を見せたくて学級委員長になり生徒会まで入った。
クラスを代表して率先して行動をしていたつもりだった。
だが結局認められなかった。
そんな中
「頼りになる」
担任にかけられた言葉。
新任の教師であった烏丸先生。
先生からかけられたその言葉が胸に刺さった。
誰かに感謝される事の温かさ。
努力をする理由が変わった。
自身に向かっていたベクトルが初めて他者に向くようになった。
私は将来のビジョンを高校2年時点で定め世の中の役に立つ事をしたくなった。
着目したのが仮想空間だ。
2050年最も影響がある分野。
現実世界で行う事は全てにリスクとコストがかかる。
だがこの世界では現実世界の物理法則を無視したことが可能だ。
事故による死もほぼ無い、高速移動も可能
自宅に居ながら世界を歩ける。
努力すれば結果に直結し、驚異的な身体能力を発揮する事も、魔法といった超能力じみたことも実現出来る。
様々な可能性を秘めたこの世界は今後さらに発展を遂げていく。
別の理由もある。
2045年に起きたシンギュラリティだ。
環境破壊や戦争を繰り返す人間。
その思想を悪と考え統制する【電脳生命体GM】が生まれた。
彼らにより政治・教育・経済・法に至るまで支配され、現実世界において文明を発展させることは不可能だ。
その代わりに仮想空間に至っては彼らに自由を与えられている。
ならばそこでトップとなる事で私はより多くの人の役に立てると考えた。
そこから勉強に運動。
そして学級委員長や生徒会活動以外の必要のない時間を全て捨てた。
睡眠時間も削り夜中に仮想空間で活動をする為だ。
努力をすれば形になり実る。
いくら努力しても結果に届かなかった私にとって夢のような場所であった。
しかし人間というものは結果を得るようになった瞬間に更なる結果を求め心が濁る。
当初周りに向いていたベクトルはいつしか再び全て自分に向いた。
先生からかけられた言葉が忘れられず感謝や評価が欲しくなった。
そしてどんな手を使ってでもそれを得ようと手段を選ばなくなったのだ。
努力をすれば叶う世界。
ここで私は野心と野望に燃えた。
現実世界でいう警察の役割である【仮想空間軍】に勤めた。
仮想空間を管理する【電脳生命体GM】。
彼等と繋がることが出来る為だ。
最速で軍の階級を駆け上がり、身を立てるのに策略を重ねるうちに軍師と呼ばれた。
その過程で秘術を奪い禁呪に触れ、手段を選ばず結果を出すという事をするうちに
いつしか『厄災軍師』と呼ばれるようになった。
不都合な者を力と策略で叩き潰していくうちに軍を追放された。
トップの座を得る当初の予定は潰えたがGMとは根強い関係を得た。
それを利用し管理側に立とうと計画を立てているうちにある邂逅があった。
どの世界にも天才がいる。
私はそれで決定的な挫折をしてきた。
この世界でもそんな人物がいた。
淘汰という男だ。
彼の力量を判断するため闘う機会を得た。
私は努力して得てきた能力が存在した。
それは絶対的な自信であった。
だが彼はたったステータス1で向かってきた。
異常とも言える反射神経を用い闘いにならず嘲笑うかのようだった。
一切の攻撃を避け一切攻撃をしなかった。
理由は『平和主義だから』
といったものだ。
下らない理由だ。
全くもって理解できなかった。
だからこそむしろ興味を得た。
他人に関心を持ったのは久しぶりだ。
さらに彼が学友である事を知り驚いた。
それから様々なことがあった。
彼から繋がる縁もあり友が増え、私は変わろうとしていたのかもしれない。
身近にある目標。
それに手を伸ばした時だ。
2050年夏の終わり。
彼が
姿を消した。
電脳生命体の王を名乗る者が人類絶滅計画を立てた。
それ以降立て続けに人類は意識障害を起こし倒れ、仮想空間に閉じ込められた。
私は目標を失い死人のように放浪しているうちに気付けば堕落していた。
~
一人で佇むかつての【厄災軍師】。
眼鏡が白く曇り笑っている。
口から零れた惨めな言葉が可視化された。
天裁「時というものは残酷ですね。
誇りも意思も簡単に打ち砕く」
学級委員長であった面影もない。
彼はもはや【没落軍師】となっていた。




