2日目 出発ラモンダ! -午前-
6月13日 サブタイトルを設定
「もう、行っちゃうのね」
「うん」
食糧やランタン、寝袋など必要なものは例の袋に全て入れた。剣はいつでも使えるようにと腰にさした。家族に内緒でナルルも一緒にいくことにした。ナルルは今、服のポケットに潜んでいる。昨日帰ってから付いていくといって離れないので仕方なく許した。スマイルはナルルに甘い。
「夜は野宿なの?寝袋だけで大丈夫?」
「あっそっか、テントとかあればいいけど…」
「じゃあ家の会社のを使えばいいさ。ほら」
ワイナリーが押し入れからゴソゴソと折り畳み式のテントを取り出した。かなり大きい。テントには不動産屋のマークがついていた。その不動産屋のマークは家の会社のマークだ。ワイナリーは小さな不動産の社長だった。社長だと言ってもそれなりだが。
「一つで五人ぐらい入れるかな。二つぐらい持っていきなさい」
「準備が良すぎるっ!!…家にこんなのあったんだ。ありがとう」
「ついでと言っちゃあれなんだけど…帰りとかに他の村のワインとか買ってきてくれないかな~って…ね?」
「お父さん、これ旅行じゃないんだから。国と命がかかってるから」
「分かってるさ。冗談だよ冗談」
ワイナリーが軽く笑う。それに返すようにスマイルも笑う。腕時計をふと見るとコールとの約束の時間になっていた。
「もう行かなきゃ!…行ってきます」
「…行ってらっしゃい、頑張ってね」
バタン、と扉が閉まる。ハイプは手で顔を覆う。そこにワイナリーが寄り添った。
「大丈夫さ。スマイルならやってくれる。だって、僕たちの自慢の息子なんだからね」
「…ええ、そうね。スマイルは大丈夫ね」
「ごめん!遅れた!!」
「遅れた?そんな気しないけど」
「そう?なら良かった」
軽く挨拶を済ませるとポケットに潜んでいたナルルがピョコ、と顔を出した。
「おっナルル!お前も来たのか~!」
「ナ~!」
ポケットから勢いよく飛び出し、コールの肩に飛び移った。そして器用にコールの身体中を走り回った。
「おっ、くすぐってぇってははは!!」
楽しそうにじゃれ合う二人を横目に地図を取り出す。開けてみると勝手に文字が浮かび上がった。
『ここからトリフォリウムの村まで約五キロ。影の魔物出現可能性あり』
「トリフォニウムね…ナルル、おいで」
コールの肩をべしっと蹴りスマイルの肩に飛び移った。ナルルがスマイルに頬擦りをした。モフモフした毛がくすぐったい。そこにコールが地図を覗きこんできた。
「トリフォニウム?どこだそれ」
「ここだよ。僕のおじいちゃんが住んでるから行き方は大丈夫。久しぶりだな~おじいちゃん家」
スマイルの祖父、ドリー・ハワードはトリフォリウムの村に住んでいる。スマイルは10歳頃までおつかいなどでよく訪ねていた。いつも変わらず優しく、おもしろいドリーが好きだった。特に窓際の暖かい場所での読み聞かせが好きだった。
幼い頃の思い出を懐かしみながら森のなかを進んでいく。木々の葉の揺れが内緒話をしているかのように聞こえる。鬱蒼としたこの森の小さな隙間から魔物や動物が飛び出してきてもおかしくない。影の魔物もそうだ。いきなり飛びかかってきて襲われるかもしれない。決して気を緩めてはならない。
「こんな森だから影の魔物出てきたりしてな」
コールが軽く言う。とても嫌な予感がした。大抵、こう言う話をすると実際に起きてしまう。血が頭から引いていくのが分かった。
「そんなこと言ったら本当に―――危ないっ!!」
コールの頭を鷲掴みにして倒れ込む。スマイルには向かい側の茂みに魔物が居たのが見えた。恐らく影の魔物だろう。そして一瞬、その魔物の目が光った。飛びかかってくるのを予測し、かわすことができた。
「言わんこっちゃない…」
「わりぃ。助かった」
予想通り影の魔物だった。影の魔物は野生の魔物より何倍も強い。魔王から生み出された魔物。魔力も少しはある。その癖、野生の魔物の容姿をしている。中には例外が居るらしいが。今、数メートル先にいるのはゴブリンの容姿をしている。
「俺がはじめに斬る。怯んだ隙にトドメをさせ」
「分かった」
鞘から剣を抜く。剣先を影の魔物に合わせる。深呼吸をし、落ち着かせる。大丈夫だ。出来るはず。剣の使い方は幼い頃から練習してきた。その積み重ねを無駄にするな。
コールが短剣を取りだし、構える。持っている短剣は二本。二刀流だ。力強く飛び出し、あっという間に影の魔物に近づく。能力を使ったんだろう。コールの能力は瞬発。この能力を使うことで速く走ることが出来るらしい。
二本の短剣で素早く切り裂き、怯ませる。
「スー!!今だ!!」
「!!」
コールに呼ばれてハッとする。剣を握り直し、走る。練習通りに斬ろうとする。その斬ろうとした瞬間、影の魔物と目が合ってしまった。心臓が何かに突かれたような感覚がした。剣も足も止まってしまった。止まるのと同時に影の魔物が隙を突いて襲いかかる。スマイルは反射で目を瞑ってしまった。
「スー!!」
ベチャ、と音がして目をそっと開ける。目の前には黒色のスライムのようなものが広がっていて次第に地面に帰っていくかのように消えていった。どうやら影の魔物は斬られても血が出ないらしい。やられたらスライムになって消える。それで終わり。
荒い息が漏れる。心臓の鼓動も大きく、激しくなる。剣が震えている。何故。影の魔物が怖いという感情は無かった。頭が働かない―――
「おい、スー!!大丈夫か!?」
「…あ、ああ。う、ん」
気が抜けて剣を落としてしまった。その時、コールに肩を強く叩かれた。コールの顔は怒っていた。
「危なかったじゃねェか!!何で斬らなかった!」
「…僕ってよく魔物と遊んだりしてるでしょ?さっきの、ゴブリンの姿しててさ…思い出しちゃって…それで…それで…」
「スマイル、よく聞け」
あだ名ではなく、名前で呼ばれた。緊張が走る。
「確かに、魔物はいい奴らだ。俺もよく一緒に遊んでる。だけど影の魔物はどうだ?遊べるような奴じゃないだろ?魔物とは違う。魔物の偽物のような奴だ。中にはいい奴も居るかもしれない。でも殆どが俺たち人間に攻撃してくる。やる時はやる。だろ?」
コールが首を少し傾げて一笑する。それにつられて笑うが、コールの優しさに感泣してしまった。胸が締め付けられるような感覚だ。
「おっ何で泣いてるんだよ!」
慌てて親指で涙を拭ってくれた。
「スーの泣き癖、治さないとな」
「…そうだね。でも今のはコールが泣かせたんだよ?」
「?」
「~!行こう!」
「あぁ。それでこそスーだ!」
服の端を引っ張って先へ先へと進む。スマイルの心臓の鼓動はまだ激しかったが、襲われたときとは違った。
コールのあの少し笑った顔が忘れられない。