1日目 始まりの日! -午前-
9月6日 一部台詞の変更
「ぎゃおー!!くっちまうぞー!!」
「わるものめ!たいじしてやるー!!」
村では小さい子ども達がそれぞれ正義と悪の役をふり──勇者ごっこをして遊んでいた。
そう、勇者。悪者から人々や国を守った者、身を挺して危険な場所に乗り込んだ者、難しいことに挑戦する者…など。いわば英雄だ。年頃の男子なら皆一度はなりたいと思うだろう。
舞台はリリウム国、ラモンダの村。そこに住んでいる一人の少年も勇者になりたいと密かに思っていた。その少年の名はスマイル。スマイルは黒髪の短髪で瞳も同じ色をしている。身長も大きい方。いつもスマイルが眩しいので、家族を除いて周りからは爽やか少年だと思われている。彼は今、自宅のベットの上で気持ちよく眠っている。しかし、その眠りは突然、ブチりと立ち切られた。
「スマイル!!ちょっとスマイル!!起きてらっしゃい!!」
「ぁぇええっ!?」
声の主はスマイルの母、ハイプだった。ハイプの驚きと動揺が混じった大きな声が家中に響き渡っていた。二階で寝ていたスマイルでさえもビックリして飛び起きるぐらいだ。
「もーなぁに!?変な声出ちゃったじゃん!」
「いいから早く早く!!」
その後も何回か同じようなことを問いかけたが、ハイプが用件を一向に言わないので仕方なく一階に降りることにした。布団から足を出すと冷たい空気が肌に触れた。今の季節は春だが、リリウム国の朝は冬並みに寒い。ベット下に置いておいたパステルカラーのモコモコスリッパを履き、コートハンガーに掛けてある上着を羽織る。ずっと冷たい空気に触れていた上着はさらに体温を下げる。
「うぅ、寒っ」
右手で左腕をゴシゴシ擦りながら軋む階段をゆっくりと下りていく。階段を下りきるとハイプは先程の声のように興奮しているせいか家中を歩き回っていた。一方でスマイルの父、ワイナリーはテーブルで呑気にコーヒーを飲んでいた。
「スマイル!!これどういうことなの!?」
ハイプが手をバタバタさせながら一枚の手紙を渡してきた。その手紙の便箋は質が良く、ツルツルしていた。そこから手紙の差出人は王族だと分かった。
(王族か…っ王族!?僕に何のご用なのでしょうかっ!?)
目を目一杯に見開き、手紙とハイプを交互に見る。緊張と戸惑いで手紙が読めず、ハイプを見てもウンウン頷かれるだけ。事が進まないので意を決して手紙の内容を読むことにした。深呼吸をし、内容を読み上げる。
「スマイル・ハワード様
今回は『勇者を選び出そう!』にご応募していただき、ありがとうございます。厳選なる抽選の結果、見事スマイル様が選ばれました。誠に勝手なことでございますがこの手紙が届いた日の午後、宮殿にお越しください。
リリウム国女王 ティファニー・フローレス」
「…うん。勇者を選び出そう!って文かわいいね……っていやいや、はぁっ!?応募!?僕こんなのした覚えないよ!?誰ェ!?」
「お、お母さんじゃないわよ!!」
「あっ、それお父さん」
「「お父さん!!」」
スマイルとハイプが二人であたふたしていると、コーヒーを飲んでいたワイナリーが笑顔でそう言った。スマイルとハイプはますます混乱していく。
「お父さん!なんで勝手に応募したのさ!!」
「いや~そろそろ旅立たせてもいいかなぁって。小さいときから勇者になりたかっただろ?一応剣術も出来るし」
「なりたかったさ!!でも急すぎるわっ!」
ワイナリーは笑顔のまま話す。どうすることも出来ないスマイルはポコポコとワイナリーの肩を軽めに叩いた。
「もー!どうすんのこれ!!断ったらヤバイよ!」
「まあなんとかなるさ。大丈夫、スマイルなら出来るさ」
「…はぁ。しょうがない。やるしかないかなぁ」
スマイルはもう諦め、ワイナリーの隣に座る。ハイプは動揺がまだ出たまま朝食を運んできた。
(今日は目玉焼きのサンドウィッチとポタージュか…!)
目の前に出された朝食に舌鼓を打つ。目玉焼きを挟んでいるパンは焦げることなくカリカリに焼かれ、綺麗な狐色をしている。ポタージュは…まだ熱かった。寒いこともあり、かなり湯気も出ている。スプーンを取って中をかき混ぜ、少し掬って落としてみる。ポタージュはトロトロと落ちて行く。それを何回も繰り返し、ただ見つめる。別に何かを考えてやっている訳ではない。これをスマイルはいつもやってしまうようだ。
(あっ目玉焼き半熟だ)
せっかくの半熟が固まってしまう。そう思い、ポタージュのスプーンをマグカップの淵に置く。サンドウィッチを手に取り、口に運ぶ。パンが以外と大きかったので大きく口を開け、ガブリと噛みつく。サクサク、パリパリと音が鳴るのと同時に半熟の目玉焼きの黄身が溢れだした。落ちそうになっている黄身を慌てて拾う。
(食べ終わったら宮殿に行こうかな…)
午後までには時間はある。朝食をゆっくり食べ、時間が近づいてきたら支度をしようと決めた。