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ソーサリー・マニアック!  作者: 川奈雅礼
第二章 おっぱい探偵と呼ばないで
6/22

1 胸の一覧表

魔法とSMが交錯するとき、ナニが起きる!(意味深

それでは第二章、張り切って悶絶しましょう。

 私立やりすぎ学園は、ジパングの「槍杉市」に建てられた教育施設である。

 創立一年目の新しい学校で、魔力を必要としない「SM」と呼ばれる技術をメインに教えている。わざわざ「SM科」と称しているのだが、今のところ他に学科はなく、また新しい学部を増設する予定もない。

 SM科の生徒は、異世界で「魔力生成器官不全症」に罹患した者たちである。就学者はまだ少なく、男女を合わせても百人余。いずれも十代後半の若者たちだ。やりすぎ学園は複式学級を採用しており、生徒たちをおよそ二十人ずつ、都合五組のクラスに分けている。それぞれのクラスには独自の呼称があり、そのすべてがSMで使う秘薬に由来している。

 ――ヘパリン組、キシロカイン組、グリンス組、ヒルドイド組、グリセリン組。知らない者が聞いたら、あるいはデタラメな呪文に聞こえるかもしれない。しかし、れっきとしたクラスの呼称である。

 その耳慣れない呼称の一翼を担う「キシロカイン組」に、マサキは到着したところだった。

 レザーのキャットスーツが似合う老婆――担任の女性調教師に促され、調教室内に足を踏み入れる。席に着く生徒たちを見ると、制服こそ「亀甲縛り柄」で統一されていたが、髪や肌の色が違う異世界人の集まりだった。

「今日から皆と一緒にSMを学ぶ新しい仲間、マサキ・フィールズさんじゃ」

 朝の短い挨拶が終わると、調教師はマサキのことをクラスに紹介した。多彩な色を放つ生徒の瞳が、一斉に教壇のマサキを注視する。 

 感無量だった。

 マサキは、編入の審査を乗り越えて、ようやくここまで辿り着いたのだ。祖国で苦悩の日々を過ごしていたときは、これほど期待に満ちた学園生活が始まるとは夢にも思わなかった。

「異世界エクシア、ナイアスターク王国のグラン王立魔法学院から来ました、マサキ・フィールズです。よろしくお願いします!」

 俄然、挨拶にも力が入る。

 パチパチと歓迎の拍手が湧き、マサキは気分よく調教室内を見まわした。そのとき、廊下側の最前列に座る女子生徒がスッと立ち上がった。

「さっそく来たわね、全裸編入生」

 聞き覚えのあるその声に、マサキは思わず「げっ!」と反応してしまった。

 それは忘れもしない、女子寮で世話になった「金髪じゃじゃ馬娘」、自称「泥んこ美少女」のアンナ・タイラントだった。揚々たる光を放つブルージルコンの眼差しが、マサキをゴミのように見下している。

「まいったな。まさか、じゃじゃ馬娘と同じクラスとは……」

「あら、じゃじゃ馬娘とは失礼ね。あたしは、このやりすぎ学園で生徒会長を務めるアンナ・タイラントよ。学園の規律を乱したら追放するから、覚悟しなさい!」

 この敵対的で高飛車な生徒会長が、記念すべき級友の第一号である。

 マサキは鬱々とした表情で溜め息をついた。これから毎日、アンナと顔を突き合わせることになるのだ。唯一の救いといえば、マサキが窓際の最後列に席を与えられたことである。彼女から最も遠い位置だった。

「やあ。はじめまして、痴漢の編入生さん。初日から会長のすってんこローションで捕まったんだって? とんだ災難だったね」

 指示された席に腰かけると、すぐ隣に座る小太りの男子が囁きかけてきた。先日の嫌な記憶を呼び起こされたマサキは、顔をしかめ、鷹揚な動作で声の主を見た。

 清潔感のある薄緑色の短髪と、細い糸目から覗く灰色の瞳。人懐こい笑顔がマサキに向けられていた。その気さくな性格はすぐに窺い知れたが、初対面で馴れ馴れしい口を利く、無遠慮なヤツとも受け取れる態度だった。

「僕の名前はニック・ランバー。呼ぶときはニックでいいよ。出身は異世界アーク。よろしくね、マサキ・フィールズ君」

 アンナに続く級友第二号は、取り敢えず悪い人物ではなさそうだった。

「よろしく、ニック。オレのこともマサキと呼び捨てにしてくれ」

 マサキが無難に応じると、ニックは満足そうに笑みを深め、ヒソヒソ声で話を続けた。すでにホームルームは始まっていたが、彼はよほどのオシャベリ好きなのだろう。担任の話を聞く素振りすら見せなかった。

「ところで、女子寮の浴室に転送されたって聞いたけど、もしかして見たのかい?」

「……見たって何を?」

「そんなの決まってるさ。胸だよ胸。おっぱい。女子のいる浴室で、おっぱい以外に何を望むというんだい?」

 むべなるかな。まったくもってニックの言う通りだった。

 そして彼が放つ同志の気配を、マサキの「おっぱい勘」は見逃さなかった。

「ニック、おまえもしかして巨乳好きじゃないか?」

「んー、ちょっと違うかな。僕は小さい方が好みなんだ。特に同年代の女子が、童顔で小振りの胸をしてたら最高だね」

「おお、おおっ!」

 マサキは興奮せずにはいられなかった。まさか、このジパングという小さな島国で、自分と異なる「おっぱい好き」に出会えるとは夢にも思わなかったのだ。

「話を戻すけど、マサキは浴室でおっぱいを見たの?」

「見た。一応おっぱい魔眼でサイズも測った。完膚なきまでの小振りだった」

 マサキがそう答えると、ニックの顔に凄まじい衝撃が走った。

「羨ましいよマサキ。是非とも誰の小振りを見たのか知りたいけど、名前は分かるかい?」

「いや、それなんだが……」

 マサキは、残念な胸の持ち主リサ・ロットフォードのことを、浴室で目撃した経緯も添えて大雑把に話した。

 するとニックは、すぐさま強烈な反応を返してきた。

「まさか……リサ・ロットフォードだって!?」

「何だよニック、おまえリサのこと知ってるのか?」

「え、あ、だってほら、彼女は天才少女としてセプト中にポートレイトが出まわってるしさ、あれほどの貧乳の天才なら誰だって知ってるよ」

「あれ、リサってそういう天才だっけ?」

 いずれにせよ、リサの知名度の高さには舌を巻くばかりだった。

「じゃあマサキは、貧乳の天才の貧乳を浴室で見たんだね?」

「まあ見たはずなんだが、そんな名前の生徒はいないって学園長に言われて……」

 マサキは、自信のない顔で言い淀んだ。

「確かに聞いたことがないね。リサが編入すれば噂になるはずだし」

「そうか。てことは、やっぱりオレの見間違いなのか」

「それはまだ分からないよ。もう少し検証しよう。彼女を目撃した部屋については覚えてる?」

「いや。あのときはじゃじゃ馬……生徒会長から逃げるので精一杯だったし」

 ニックは両腕を組んで低く唸った。

「もしリサがこの学園に在籍しているとしたら、正体を隠して、生徒の中に紛れ込んでるってことだよね?」

「正体を隠す? 何のために?」

「理由までは分からないよ。でも彼女は天才少女だし、その気になれば、完璧な変装で別人になることもできると思うんだ」

「まあ、可能性という意味ではあり得るけど……」

 仮にニックの推測通りだとしたら、気になるのはリサが隠れている理由である。マサキは、SMと出会うことでリサ捜しの意義を失ったが、その一方で彼女の謎めいた行動原理に興味をそそられた。そもそも彼女は、本当にSMを修得するためにジパングまで来たのだろうか……。

「ねえマサキ、放課後になったら僕と一緒にリサを捜してみない? もしこの学園にいるなら、僕は是非とも貧乳の天才に会いたいよ」

 逡巡していたマサキにとって、ニックの提案は渡りに船だった。

 リサ捜しとSMの修得は、片方だけしか選択できないわけではない。SMを学びながらリサを捜すこともできる。まだ学園に不慣れなマサキだが、ニックという協力者がいれば同時進行も可能だった。セイディとの約束も守れて、まさに御の字である。

「そうだな、一緒に捜してみよう。よろしく頼むよニック」

「へへ、そうこなくっちゃ!」

 机の下でガッチリと握手を交わす。こうしてマサキは、ニックという相棒を得て、再びリサの行方を追うことになった。

 だがそれは、放課後になってからの話だった。まず優先すべきは本日の調教である。

 マサキは、土下座ヒールの体得で抱いた劣情にも似た屈辱感を思い出し、その興奮に身体を震わせながら調教に臨んだ。

 実戦を主眼に据えた刺激的な調教の数々は、そのすべてがマサキの期待以上だった。まだ手解きの域を出ないが、それでも初日からSMの魅力を余すところなく満喫した。

 愉しくて気持ちのよい調教時間は、しかしあっという間に終わりを告げた。気がつけばすでに放課後である。

 ふと窓外に目を向けると、いつしか小雨が降り始めていた。ジパングは今、ツユと呼ばれる雨の多い時季である。調教を終えて汗ばんでいたマサキは、冷えた空気に触れて微かな肌寒さを覚えた。

「ねえマサキ、これを見てごらんよ」

 そんな肌寒さとは無縁のメタボなニックが、隣の席からヒョイと顔を出し、明るい声で話しかけてきた。

 彼が右手に握っていたのは、ジパングのマジックレス・アイテム「スマホ」である。小さなディスプレイには、女子寮の詳細な見取り図が表示されている。そしてそれぞれの部屋には、女子生徒の名前とバストショットの画像が添付されていた。

「これは?」

「僕が苦労して作った『胸の一覧表』だよ。なかなかのものでしょ?」

 ニックは誇らしげにそう言うと、エッヘンとばかりに身体を仰け反らせた。

 その一覧表の見所はまさしく「胸」だった。六階建ての全室を網羅する見取り図でも、女子生徒たちの名前でもない。画像の顔部分すら二の次であり、セーラー服の上から観察する胸にこそ、真のレゾンデートルがあった。

 さすがにニックが自慢するだけあって、これならどの部屋にどんな胸が住んでいるのか一目瞭然だった。

「おい、これって……?」

 マサキは、一覧表の中に知っている巨乳を見つけて指さした。

 茶色のポニーテールに同色の瞳。官能的な唇。その妖艶な顔立ちをした女性の名は、ノア・フラット。生徒ではなく学園長である。マサキの「勝手に巨乳ランキングinジパング」暫定一位の胸だった。

「実は学園長も生徒の一人だった――なんて変なオチじゃないよ。この学園の寮には、調教師の先生方も住んでるんだ」

 マサキの疑問に先まわりしてニックが補足する。

「なるほど、そういうことか。それで、ニックはこの一覧表をオレに見せて、どうするつもりなんだ?」

 マサキが質問すると、ニックはチッチッチと舌を鳴らした。

「鈍いなぁマサキは。キミはリサの小振りな胸を見たと言ったじゃないか。しかも、おっぱい魔眼でサイズまで測ってる。だったら、この一覧表の使いどころは分かるだろ?」

「……あっ!」

 マサキは、ニックの言わんとすることに気づいて膝を叩いた。

 つまり、この一覧表を使ってリサを見つけろというのだ。もし彼女が変装していたとしても、それは顔に関するもので、胸のサイズまで変えているとは考えにくい。だが胸のサイズを変えない限り、マサキのおっぱい魔眼を欺くことはできないのだ。まさしく「おっぱいの死角」である。これならば、容易にリサの変装を暴くことができるだろう。

「うーん……」

 しかしマサキは、一覧表を詳らかに閲覧したあと、深い溜め息をつくことになった。

 リサと同じサイズの胸がどこにも存在しないのである。どれも惜しいサイズばかりで、あの残念な胸と完全に一致するものは皆無だった。

「この中にリサの胸はないな。あそこまで貧乳だと、むしろ衝動的に胸を盛ってしまうのかもしれん。パットなら見破れるはずなんだが……」

「いいや。この一覧表にないとすれば、目下、可能性は一人に絞られたよ」

 ニックはしたり顔でスマホを覗き込むと、四階の一室、何も表示がない部屋を太い人差し指でタップした。

 すると、そこにはリンクが張ってあり、小さな別窓が開いて黒いバストショット画像が表示された。名前の欄は「ミーファ・ライト」となっている。しかし、それ以外の情報は何も添えられていなかった。

「何だよこのシルエットは、名前しか分からんぞ」

「ミーファはヘパリン組の生徒なんだけど、僕はまだ一度も顔を見たことがないんだ。彼女はニカブという民族衣装の被り物で頭部を隠し、しかも全身を覆うダブダブのローブを着て、胸のサイズすら悟らせない徹底ぶりなんだ。あれでは、おっぱい魔眼でも看破できないよ」

「いや、おっぱい魔眼が通じるかは別にして、そもそもその格好は校則違反じゃないのか?」

 マサキがそう指摘したのは、学園案内のパンフレットを読んでいたからだった。とある一節には、制服着用を義務づける文言が確かに含まれていた。

 ニックは肩を竦めた。

「ところがだ。ミーファは身体中に複数の傷跡があるとかで、それを隠すために、特例としてニカブやローブの着用が許されてるんだ。マサキはこれをどう思う?」

「どうって……まあ同情はするけど、正直ちょっと怪しいな」

「だろ?」

 しかも住んでいるのは四階の一室である。マサキが転送された部屋かもしれないのだ。ミーファが架空の人物で、その正体がリサだとしても不思議ではない。問題は、どうやってそれを見破るかだ。

 マサキは思案した。

 わざわざ正体を隠している以上、簡単に暴くことはできないだろう。転送されたときのように、入浴のタイミングを狙うのが確実かもしれない。しかしそうなると、今度は自分の意思で女子寮に忍び込むわけで、露見すれば学園長に「処分」されるのは必至だった。

「ねえマサキ、ミーファ本人に会って直に訊いてみない?」

 ニックがやぶから棒に言う。そのストレート過ぎる意見にマサキは面食らった。

「いやいや。正面から行っても、きっとはぐらかされるだけだと思うぞ」

「そのときは、ふたりでニカブを剥ぎ取っちゃおうよ」

「……え?」

 柔和な容貌とは裏腹に、ニックは過激で大胆な小太りだった。

 マサキは鼻白んで言葉を失った。

「心配ないよ。素顔を見ても痴漢にはならないでしょ?」

「でも無理やりは暴行だろ」

「じゃあ、取り敢えず話だけでも訊きに行こうよ。ほら立って」

「って、今から行くのか?」

「善は急げってね。ミーファがまだ女子寮に戻ってなければ、接触のチャンスは充分あるよ」

 ニックは過激で大胆な小太りだが、それだけでなくフットワークも軽快だった。

 放課後の調教室を飛び出すと、彼は風を切る樽のような行動力で聞き込みを開始したのだ。その甲斐あってか、ミーファが図書室にいることをすぐに突き止めた。マサキは、樽に乗って海を彷徨う漂流者のごとく、ただ流されるままニックに従った。

「よし、さっそく図書室へ行こう!」

 やりすぎ学園の学舎は一般棟と特別棟に分かれているが、目当ての図書室は特別棟の一階にあった。マサキたちがズカズカ入室すると、書架の間を満たす静謐な空気が大きく乱れた。

 雨の日くらい混みそうなものだが、室内は閑散としていた。そもそも生徒の総数が百余人である。広い図書室なので、いつ来ても混み合う心配はなさそうだった。

「ほらマサキ、あそこにいるよ」

 ニックが耳打ちして前方を指さした。

 黒いニカブを被った少女は、窓際の机に一人で座り、分厚い本を広げていた。ニックはそこへ無造作に近寄ると、断りもなく正面の席に腰かけ、単刀直入に話を切り出した。

「キミさ、もしかして本当はリサっていう名前じゃない?」

 効率的というより、猪突猛進と評するべきだろう。横で見ていたマサキは、相棒の危うさを目の当たりにして気が気でなかった。

 ミーファは、不躾な小太りを一瞥したのか、わずかに首を動かした。そして読んでいた本を閉じると、静かに立ち上がった。身長はリサと同じくらいか。ダブダブの黒いローブが、彼女の肩から足首までをすっぽり覆い隠している。マサキは瞳の色を確認しようとしたが、ニカブの目元部分には薄い布が張ってあり、それすら見ることができなかった。

「あなたは、リサ……に何の用があるのですか?」

 くぐもった声が、脈のありそうな反問を紡ぎ出す。

「僕は会いたいだけさ。用があるのは、そこにいるマサキだよ。ね?」

 いきなり話を振られる。

 ここまで来たら、もうコソコソしても意味がない。マサキは堂々と話すことにした。

「編入生のマサキだ。もしキミがリサなら、落ち着いてオレの話を聞いて欲しい」

「わたしはリサ……ではありません。迷惑ですから帰ってください」

 抑揚に乏しい、感情を読み取れない口調だった。

「キミがリサじゃないことは分かったよ。でもその口振りだと、リサのことを知ってるみたいだね。彼女の居場所だけでも教えてもらえないかな?」

「……ふざけないで、アザーサイドの手先ども!」

「え?」

 マサキは愕然とした。

 まさか、ミーファまでアザーサイドの名前を口にするとは思わなかったのだ。リサの行方を追っていると、なぜか不穏分子扱いされてしまう。

「待て、違うんだ! オレはセイディに頼まれて――」

「リサお姉さまの敵、許しません!」

 マサキとミーファが急に大きな声をあげたので、近くにいた数人の生徒が、迷惑そうに窓際の三人を振り返った。

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。

 強烈な敵意を察知したマサキは、ミーファから距離を取って素早く身構えた。彼女はローブの袖をバサリと翻して、その隙間から白い細腕を突き出した。

「これは……まさか、魔力だと!?」

 ミーファは、手のひらをマサキに向けると、ニカブ越しに鋭い声を放った。

火球アグニ!」

大きすぎず、小さすぎず。

それが一番です。

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