4 編入は土下座のあとに
拙作を書くにあたり、当時そっち系のサイトをたくさんブックマークしていました。
もちろん資料としてですが、ふと変態になった錯覚を起こしてゾクゾクしたことを覚えています。
変態じゃないですよ?
マサキは、登校する生徒たちの流れに紛れて学舎へ向かった。
亀甲縛り柄のセーラー服を着る女子たちの中に、小柄なリサの姿を探し求める。
今更、彼女を見つけたところで魔力不全の治療法は得られないだろう。それでもセイディと約束した手前、マサキはどうしても気になるのだった。恩義というほどでもないが、この学園を知るキッカケを与えてくれたセイディに、マサキはできる限り報いたかった。
「やっぱりいないか……」
うっかり胸のサイズを測って見逃さないように女子生徒を観察したが、案の定、そこにリサの姿はなかった。
では浴室で目撃した彼女は、本当に幻覚だったのだろうか。
何とも腑に落ちないが、今はそれを考察している場合ではない。玄関に到着したマサキは、頭を振って思考を切り替えた。すぐに来客用のスリッパに履き替えると、生徒たちの流れから外れ、一人だけ学園長室へ向かう。
壁のサインプレートに「学園長室」の文字を確認して、ドアを二回ノックした。
「マサキ・フィールズです。失礼します」
昨夜のアンナに倣って口上を述べ、ドアをゆっくり開ける。
正面には、黒のフィッシュネットとボンデージを着てデスクに腰かける、妖艶なノア学園長の姿があった。
「おはよう、マサキ・フィールズ。昨夜はよく眠れましたか?」
ノア学園長が、過激な服装に似合わぬ穏やかな物腰で声をかけてくる。そこには、初対面で感じた冷酷な印象は微塵もなかった。
「おはよう……ございます。おかげさまでグッスリ眠れました」
マサキは、丁寧な言葉遣いを意識して、ややぎこちない挨拶を返した。彼の祖国では年長者に敬語を使う習慣がなく、ジパングの礼儀に合わせるのもひと苦労だった。
「枕が合ったようで幸いです。ネイサン寮長とも打ち解けましたか?」
続けて発せられた学園長の質問に、マサキは顔をしかめた。
憤然たる態度で、偽ることなく本心を明かす。
「正直かなり辟易してます。オレに男色の趣味はないので、ハッキリ言って迷惑です!」
「そうですか。ですが寮長のアレは……男色ではなく意趣返しです。『彼女』の気が済むまで、しばらく大目に見てやってください」
「……は?」
学園長の言葉を聞いて、マサキは思わずポカンとしてしまった。
それはまるで、寮長が仕返しのために男色家を演じているような言い草だった。その真意は不明だが、マサキとしてはまったく身に覚えのない話だ。
「意味が分かりません。つまりオレは、出会った瞬間から寮長に恨まれてたんですか?」
「いずれ知るときが来るでしょう。前置きはこれくらいにして、そろそろ本題に入ります」
学園長は、マサキに謎のモヤモヤを植えつけると、それを解消しないまま次の話題へ移った。
「当学園への編入について、もうあなたの心は決まりましたか?」
いよいよ編入の件に質問が及ぶと、マサキは寮長の存在を忘却の彼方へ消し去った。そして無意識に姿勢を正す。柄にもなく緊張していた。
魔法代替技術「SM」の修得は、今やマサキにとって生きる希望そのものだった。魔力不全に治療の見込みがない以上、魔法に代わる新しい力を欲するのは当然である。
「編入を希望します。オレにSMの技術を伝授してください!」
その言葉に迷いはなかった。
今朝、目が覚めた時点でマサキの決意は固まっていた。どんな困難が待ち構えていようとも、必ずSMの技術を自分のものにしてみせると……。
「よろしい。では編入に際して、今からあなたの適正を審査します」
「……え、審査!?」
マサキは面食らった。さっそく訪れた「困難」に、早くも出鼻を挫かれてしまったのだ。
「じゃあ適正がないと判断されたら、オレは編入できないってことですか?」
「いえ、この審査に不合格はありません。いうなれば通過儀礼です。気を楽にして臨みなさい」
それを聞いたマサキは、心底ホッとして溜め息を漏らした。
「では、審査のために場所を変えます。わたくしについて来てください」
二人は学園長室を出ると、学舎三階の角にある特別教室へ移動した。
壁のサインプレートには「悶絶準備室」と書かれている。マサキは目を疑った。悶絶を準備するとは、一体どういうことなのか。まるでイメージできなかった。
学園長に続いて室内へ入ると、マサキは異様な光景に立ち尽くした。そこにはロープ、鞭、蝋燭といったひと目でそれと分かる小道具類のほか、大きな三角柱に脚を取り付けた謎の器具や、X字型の磔台と思われる大道具まで、所狭しと並んでいたのだ。
「……拷問部屋?」
震える声で独語する。それが、悶絶準備室に対するマサキの第一印象だった。
「審査を始める前に、まずSMについて基本的なことを説明します」
室内の怪しい雰囲気とは裏腹に、学園長は真っ当な手順で審査を進めようとしていた。
マサキは胸を撫で下ろした。
悶絶準備室の尋常でない有様に圧倒されて、先行きが不安になっていたのだ。もし何の説明もなく審査が始まったら、気が動転して逃げ出したことだろう。
学園長は、心なしか嬉しそうな表情で説明を始めた。
「SMの授業は『調教』と呼ばれ、調教師の先生方が指導を執り行います。その具体的な内容ですが、分かりやすく魔法に喩えると、攻撃・補助魔法に相当する『S技』、防御・回復魔法に相当する『M技』の二種類に大別されます。その上で、魔法と同様に地水火風の四大属性に小別されるのです」
「なんとっ!」
魔法の系統に通じる部分があると知って、マサキの期待はいやが上にも高まった。
だが、その高揚感も一瞬のことだった。学園長の説明が、ここを境に少しずつ怪しくなっていったのだ。
「SとM。すなわち『仕置』のSと『悶絶』のMです。この悶絶準備室には、Mの基礎を学ぶ道具が保管してあります」
「……へ?」
仕置と悶絶。その二語が、強烈な違和感を放ってマサキの脳に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと待ってください、学園長。それではキャッチコピーと違います!」
「キャッチコピー?」
「学園案内のパンフレットに書かれてるヤツです。確か『誰にでも使える魔法代替技術、ソーサリー・マニアックの神髄!』だったかな。SMっていうのは、ソーサリー・マニアックの略じゃなかったんですか?」
マサキが勢い込んで問いかけると、学園長はこれまでの威厳ある態度を引っ込め、つと目を逸らせた。
「いいですかマサキ。大人の世界には、建前や都合というものが存在するのです。あなたにも分かりますね?」
「……」
一度は鳴りを潜めた不安が、再びマサキの胸中で急激に膨れ上がる。
SMに対する不信感が渦を巻く。
しかしここでSMの修得を断念しても、マサキに次の目標はなかった。魔力不全を治す術もなければ、故郷ナイアスターク王国へ戻る手立てもない。魔法が不自由な、不法転送の犯罪者である。ならば初志貫徹、もうSMに賭けるしかないのだ。
「本日の審査では、地属性を備える下位のM技、SMグッズの具現化を伴わない最も初歩的な技術、『土下座ヒール』を覚えていただきます」
「土下座……」
もうどうにでもなれ! マサキはヤケクソ気味にそう思った。
「土下座ヒールとは、大地に額を擦りつけ、その屈辱感を癒やしに変える回復系の技術です」
まったく意味が分からなかった。どうして屈辱感が回復に繋がるのか、マサキには理解不能だった。
「さっそく始めましょう」
「え、まさか土下座するんですか?」
マサキが、あからさまに嫌そうな顔をして訊ねる。
「基本的にはそうです。しかし、あなたはまだ屈辱感を上手くコントロールできないでしょう。ですから、最高に屈辱的なシチュエーションで土下座をします。ということで、すべての服を脱いでください」
「はい?」
冗談ではない。どうして土下座をするのに脱衣が必要なのか。マサキは承諾できないという表情で学園長を見た。
「どうやら不服そうですね。ならば少し強引に……ふふっ、脱がしてあげましょう!」
学園長の艶麗な顔が、マサキの眼前で恍惚を湛えた。両頬が上気すると、その吐息も次第に荒々しくなっていく。
「え、遠慮しますっ!」
マサキは、本能が鳴らす警鐘に従い、悶絶準備室を飛び出そうとした。
しかし次の瞬間、学園長の振るう一本鞭が、右足首にシュルリと絡みついた。たちまちバランスを崩したマサキは、ドアの手前で派手に転倒する。
「どこへ行くのです、これから楽しい脱衣の時間ですよ」
学園長は、俯せに倒れたマサキに歩み寄ると、慣れた手つきで制服の上下を引っ剥がした。まるで魔法のような手際のよさだった。
「ま、待ってくださ――」
「いいえ待ちません。待てません。もう待てません!」
ヒュゴーッと鼻息を荒くした学園長は、巧みな手捌きで残った下着も剥ぎ取り、あっという間にマサキを全裸にしてしまった。
「さあマサキ、そのまま土下座をしなさい! さあ! 今すぐに!」
股間と胸板を隠して屈辱に震えていたマサキは、学園長の鬼気迫る命令に抗うことができず、言われるがままに土下座の姿勢を取った。
その剥き出しの背中に、透かさず鞭が唸る。何度も何度も唸る。そのたびにマサキの口から悲鳴が溢れ、背中に痛々しいミミズ腫れが増えていく。あまりの痛さに逃亡を試みると、容赦なく後頭部を踏みつけられた。
「額を擦りつけて床を舐めるがいい。おまえは家畜以下の醜い存在だ!」
学園長の口調がガラリと変わり、加虐心に満ちた怒濤の言葉責めが始まった。羞恥と屈辱にまみれたマサキは、小刻みに身体を震わせて耐えるのが精一杯だった。
だがそれを過ぎると、一体どうしたことだろう。今度は頭の芯がジンジンと熱を帯び、次第に気持ちよくなった。それはマサキにとって未知の体験だった。鞭で打たれた痛みが少しずつ緩和して、不思議と心が満たされていくのだ。
「はうぁ……」
この感覚は何だろう?
マサキは、全身が心地よく火照っているのを自覚した。被虐性愛が首をもたげて、屈辱感が得も言われぬ快感へとすり替わっていく。
ああ、もっと叩いて欲しい。口汚く罵って欲しい。マサキはトロンとした目で、ねだるように学園長の顔を仰ぎ見た。
「このクズめ、人間椅子になっておしまい!」
学園長が、深々と土下座をするマサキの背中に、ドンッと腰を下ろす。彼女は極上の美尻を押しつけ、いたぶるように前後左右へ揺らした。
「はぁんんんんんん!」
マサキは喘いだ。
そして屈辱が最高潮に達した瞬間、その現象は起こった!
マサキの背中を支配する痛み、快感、火照り、そのすべてが一瞬で掻き消えてしまったのだ。ミミズ腫れが引いて、赤黒く変色した肌もすっかり元通りに戻っている。
「こ、これは……!」
微かに光り輝く自分の裸体を、マサキは土下座のまま怯える目で眺めまわした。
一方、マサキを美尻から解放して立ち上がった学園長は、いつもの穏やかな口調で言った。
「どうやらMの基礎をマスターできたようですね、マサキ」
学園長の言葉にマサキはハッとした。
「ということは、まさか今のが?」
「その通り。マサキの背中を癒やしたその力こそ、悶絶へ至る屈辱の極地、土下座ヒールなのです。その感覚を忘れてはいけませんよ」
――これが土下座ヒール!
マサキは、修得したばかりのM技に感動して全身を震わせた。それは魔法を学ぶときでさえ得られなかった、確かな達成感、快い満足感だった。SMに抱いた不信の念など、もう完全に吹き飛んでしまった。SMを通じて、マサキは初めて生の悦びを実感したのだ。
「適性審査は以上です。わたくし学園長ノア・フラットは、マサキ・フィールズの当学園への編入を認めます」
「うおっしゃあああー!」
マサキは全裸のまま仁王立ちになり、天井へ向かって雄叫びをあげた。
そして学園長の両手を握ると、漆黒の瞳を爛々と輝かせて訊ねた。
「学園長、オレってSMのセンスありますか?」
「ええ。マサキならいずれ、四大属性を超えるSMの奥義、『女王属性』のS技と『褒美属性』のM技に到達できるでしょう」
「おおおお奥義っ! それは一体どんな技ですか?」
「まず女王属性のS技は、圧倒的な破壊力を誇る巨大な鞭と、それを操る強靱な肉体がセットになった最強の具現化『転生ムチムチクイーン』。そして褒美属性のM技は、あらゆる攻撃を一瞬でご褒美に変えてしまう究極の悶絶防御『絶頂ムラムラエンペラー』です」
「ムチムチ……ムラムラ……。その奥義に、オレが到達できると?」
「そうです。だから、自信を持って励んでくださいね」
それは、首席として育んだマサキのプライドを復活させる、最高の褒め言葉だった。改めてSMの修得を決意すると、マサキは両の拳をギュッと握り締めた。
「オレはやる。やってやるぜ!」
「その意気です。さっそく明日から、調教室の皆さんと一緒にSMを学んでいきましょう」
「うおおおおおおー!」
興奮冷めやらぬマサキは、大声で叫びながら廊下へ飛び出した。そのまま目的もなく、猛烈な勢いで走り出す。逸る気持ちが抑え切れなかったのだ。
「マサキ、待ちなさい。服を着てからでないと――」
懸命に呼び止める学園長の声は、しかし興奮するマサキの耳には届かなかった。
マサキが飛び出したとき、ちょうど折悪く、生徒たちは調教合間の休憩時間だった。当然、廊下に出て思い思いの時間を過ごす者たちもいた。そこへ、全裸で嬉しそうに疾走するマサキが現れた格好だった。
「きゃあああああああああ!」
その日、女子生徒の悲鳴が廊下のあちこちで響き渡った……。
作者はどちらかと言えばSです。
だって痛いの嫌いだし。