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ソーサリー・マニアック!  作者: 川奈雅礼
第一章 異世界のSM志願者
4/22

3 これがSM!

この物語はフィクションです。

登場人物の性格や挙動は、実在する作者の性癖とはあまり関係ありません。

 突如として巨乳が急接近した。

「お、おおぅ……」

 大人の女性が放つ色香にドキリとしながらも、マサキはおっぱい魔眼を駆使して、目の前に迫る巨乳のサイズを余すところなく堪能する。

 学園長は、そんなマサキの変態行為に気づいた様子もなく、慣れた手つきで彼の亀甲縛りを解いていった。

「夜も更けましたね。詳しい話を聞くのは明日にして、まずは『名誉の負傷』に治癒を施しましょう。じっとしていなさい」

 そう前置きすると、学園長は虚空に向かっておもむろに両手を突き出した。

「……?」

 マサキは首を傾げた。

 魔法を発動している動作にも見えたが、魔力の流れは感じなかった。それでは、学園長は何をしているのだろうか。呑気にそれを眺めていたマサキは、だが次の瞬間、その答えを知って愕然とした。

「なっ!」

 学園長が両手を突き出した先――すなわちマサキの頭上に、白い柱のような物が浮いていたのだ。よく見ると、それは一本の巨大な蝋燭だった。先端には青い炎が灯り、マサキの動揺を投影するようにユラユラと揺れていた。

「う、うわあぁぁぁ!」

 魔法とは異なるシュールな光景に、マサキは泡を食って逃げようとする。しかし、血まみれの傷ついた身体は思うように動かない。

「大丈夫です、落ち着いてください」

 学園長が穏やかな口調で言う。彼女の表情に敵意がないのを見て取ると、マサキは逃げ出すことをやめた。すぐに落ち着くことはできなかったが、それでも黙って成り行きを見守る。

 空中にそそり立つ巨大な蝋燭は、学園長が手を動かすと、その動作に合わせてゆっくり傾き始めた。やがて溶けた蝋の塊が、真下にいるマサキの首筋にポタリと滴り落ちる。

「あっつ!」

 当たり前だが、それは飛び上がるほどに熱かった。

 ……実は、拷問が始まったのではないか。そう訝っているうちに、更なる蝋の一滴がポタリと落ちてくる。マサキは情けない悲鳴をあげると、首筋を押さえて身を捩った。

 このまま悶え死ぬのかもしれない。マサキは、学園長に騙されたと思った。だがそのとき、不意にこれまでの熱さとは違う不思議な快感が突き上げてきた。多幸感ともいうべき心地よい感覚。それが、全身の細胞を満たしていくようだった。

「もっと、もっと熱いのが欲しい……」

 いつしかマサキは、熱い蝋をせがむように首筋を晒していた。

 そして何度も蝋を浴びていると、魔力不全による裂傷がウソのように塞がり始めた。マサキは驚かずにいられなかった。疲労も消えて、すっかり全快してしまったのだ。

「もしかして、今の蝋燭は治癒魔法の一種だったのか?」

 すでに消えてしまった蝋燭に未練を残しながら、マサキは横目で学園長の顔を見やった。

「魔法とは似て非なるものです。青い炎と溶けた蝋で癒やしを与える『蝋燭エクスタシー』は、ジパング人が編み出した『SM』と呼ばれる技術です」

「……こ、これがSM!」

 マサキは耳にしたことがあった。

 かつてジパングには、魔力をまったく使わない伝統的な「魔法代替技術」が存在したという。それがSMである。

 マサキは内心で驚喜した。

 SMは、ジパングの衰退とともに失われた技術である。それを目の当たりにして、どうして冷静でいられようか。消えた歴史の一端を目撃した気分だった。

「悦楽や興奮――感情を用いて己の欲望を具現化し、様々な奇跡を起こす。それがSMです」

 生まれつき魔力生成器官を持たないジパング人だからこそ、憧れである魔法を別の方法で形にするという、独自の発想に辿り着いたのだ。

「学園長、あなたは一体……?」

「わたしは、私立やりすぎ学園SM科を統率する学園長、ノア・フラットです。時代の陰で受け継がれてきたSMという技術を、セプト全域の魔力不全の者たちに学んでもらうため、尽力しています」

 学園長の素性と目的を知って、マサキはようやく得心がいった。

 不穏分子扱いだった自分が、一転して編入を勧められた理由。それは、魔力不全の罹患こそが、この学園の生徒になるための条件だったからだ。

 しかし疑問も残る。

 たとえ魔力不全があったにしても、不法侵入や痴漢の罪まで消えるわけではない。どうしてそれがクリアできたのか。アザーサイドの構成員はただの言いがかりだが、マサキが女子寮に入ったのは純然たる事実なのだ。それは万死に値する行為のはずだった。

「今の話で、学園長がオレに編入を勧めてくれた理由が分かった。でも、どうして不法侵入の件を大目に見てくれたのか、それが分からない」

 触れたくはない疑問だったが、それでもマサキは敢えて口にした。

 学園長が微苦笑を浮かべて答える。

「あなたは魔力不全の罹患者です。そんなあなたが、女子寮のセキュリティを破るのは不可能です。察するに、あなたはLGMを使ったのではありませんか?」

「まさか、学園長はLGMを知ってるのか?」

「はい。あの小型ゲート発生装置は精度が低く、転送位置にズレが生じます。特に旧型は屋外指定モードが実装されていないので、たとえば浴室などに転送される恐れもあります」

「そ、それだ! オレはそれが原因で浴室に!」

 思わず叫んでしまった。マサキを不幸のどん底に叩き落としたLGMが、今は皮肉なことに、窮地を救うためのキーアイテムだった。

「やはりそういう事情ですか。では、今回の不法侵入は不問とします」

「よ、よかったぁ……」

 学園長が、どうしてLGMの存在や仕様を知っているのかは不明だった。しかし今、それはさほど重要なことではない。ようやくマサキの嫌疑が晴れて、当初の目的である「リサ捜索」の件へ話を繋げられるのだから。

「ところで学園長は、LGMを発明したリサ・ロットフォードをご存知ですよね? 最初にも言いましたが、オレはリサを捜すためにジパングを訪れました。そして彼女をこの学園の女子寮で見かけました。是非、彼女に会わせてください」

 マサキは、少し丁寧な言葉遣いで学園長に願い出た。

 この私立やりすぎ学園に編入してSMを学ぶのも魅力的だが、今はセイディとの約束が先決だった。マサキは彼女に頼まれて、リサを捜すためにジパングまで来たのだ。まずはそっちを片づけてしまいたかった。問題は念話用の呪符カードを使い切ってしまったことだが、リサに会えれば連絡手段はどうにでもなる――と、マサキは楽観していた。

「残念ですが、我が学園にリサという名前の生徒は在籍していません」

 マサキの要求を聞いた途端、学園長は露骨に態度を変え、冷たい口調でそう答えた。マサキは、予想外の言葉を浴びて眉をひそめた。

「いえいえいえ。ちょっと待ってください、学園長。あなたはオレが初めてリサの名前を口にしたとき、明らかに知ってる反応でしたよね?」

「……そうでしたか?」

 いっそ爽やかなくらい、学園長はすっとぼけてみせた。

「現にオレは、女子寮でリサの姿を目撃してる。彼女は間違いなくこの学園の生徒だ」

「他人の空似では?」

 学園長は、あくまで否定的な態度を崩さなかった。

「転送酔いによる幻覚も考えられます。きっと、慣れないLGMの転送で疲れたのでしょう。男子寮に部屋を用意しますので、今日のところはゆっくり休みなさい」

「え、いや、でも……」

「明日、改めて編入の意志を窺います。それでいいですね?」

 有無を言わさぬ口調に、マサキは無言で頷くことしかできなかった。

 それにしても、本当にリサは幻覚だったのだろうか。マサキは、ジパング語でいうところの「キツネにつままれた気分」を味わった。

 もちろん、転送酔いで幻覚を見た可能性もゼロではない。ならば、英気を養って仕切り直すのもアリだろう。マサキは学園長に言われた通り、部屋を借りて休むことにした。

「では、さっそく男子寮へ案内しましょう」

 会話を切り上げた学園長は、デスクのデンワでどこかに連絡を入れたあと、微笑を浮かべてマサキを促した。

 学舎を出て、薄暗い夜のグラウンドを横切る。男子寮の前まで来ると、玄関に大きな人影が見えた。タイミングから察するに、先ほど学園長がデンワで呼び出した相手だろう。

 その人影の風貌が明らかになると、マサキは驚きのあまり息を呑んだ。

 見上げるほどの巨躯にも目を奪われたが、それだけではない。その男は頭部に真っ赤なモヒカンを拵え、同色のアゴ髭を耳の下までモサモサに生やしていたのだ。大きな顔に不釣り合いな小粒の目が、乙女のように純真な輝きを放っている。そしてムキムキの逞しい肉体は、黒い全身網タイツによって過激に覆われていた。

 学園長のボンデージ姿さえ一瞬で霞むほどの、それは絶大なインパクトの持ち主だった。

「こちらは寮長のネイサンです」

 ボンデージの学園長が、全身網タイツの寮長をサラッと紹介する。マサキは、未知なる官能の世界を垣間見た気がして、軽い立ちくらみを覚えた。

「あらやだイケメンね! あたしは寮長を務めるネイサンよ、はじめまして」

 寮長は大きな身体を器用にくねらせると、胸の前でギシギシと揉み手をしながら挨拶した。外見の印象に反して、女性のように高い声と柔らかい口調だった。

「男子寮だけじゃなくて、女子寮の寮長も兼任してるのよ。だってほら、あたしったら身体は男子でも心は乙女でしょ?」

 でしょ? と同意を求められても、困惑の乾いた笑みしか浮かばないマサキだった。

「それであなた、お名前は? お名前プリーズ」

「マ、マサキ・フィールズ……です」

 なぜか名乗っただけで、取り返しのつかない過ちを犯した気分になった。

 マサキは、この寮長とは可能な限り距離を置いて、他人行儀に接するべきだと真剣に考えた。理屈ではない。それはマサキの生物としての本能であり、男としての直感だった。

「ふぅん、マサキちゃんていうの。素敵な名前ね」

「ど、どうも」

「それではネイサン寮長、あとのことは任せましたよ。わたくしはこれで」

 学園長はそう言い置くと、マサキの胸一杯の不安を余所に、さっさと踵を返した。

「はい、任されちゃいました。任されちゃいましたよ。うふっ」

 寮長はさも重要なことのように繰り返して、その言葉尻に笑顔の毒花を添えた。

 マサキは嫌な予感しかしなかった。去っていく学園長を呼び止めたい衝動に駆られる。だが逃れることはできなかった。ネイサン寮長がマサキの前に立ち塞がったのだ。

「はいコレ、この学園のパンフレットよ。あたしのマサキちゃんに、あ・げ・る」

 一体、網タイツのどこに隠し持っていたのか。マサキは、三つ折りのコート紙に印刷された色鮮やかなパンフレットを差し出された。生温かいそれを受け取り、やや引き攣った笑顔で礼を言おうとしたが、喉の奥が妙にひりついてマサキは何も言えなかった。

「それじゃあ、寮に入りましょうね」

 玄関で来客用のスリッパに履き替え、寮長に従って暗い寮内へと足を踏み入れる。

「ごめんなさいね、もう消灯の時間を過ぎてるから廊下が暗いの。前がよく見えなかったら、あたしの腕に遠慮なく掴まっていいのよ。いえ、むしろ今すぐ掴まって!」

 マサキが断る暇もなく、寮長は太い腕を素早く絡めてきた。大きな顔が異様に近い。アンナの亀甲縛りより息苦しいような気がした。

 二人は、薄暗い廊下を恋人のように密着しながら歩いた。

「学園長から聞いたけど、マサキちゃんも魔力不全なのよね。誰に紹介されてこの学園に来たのかしら?」

 ネイサン寮長が、必要以上に顔を寄せ、耳打ちするように問いかけてくる。

「いえ、オレは紹介されたわけじゃなくて。リサっていう女子を捜すためにLGMを使ったら、たまたまこの学園の……その、女子寮に転送されて」

「それ知ってるわ。女子寮の浴室よね? 浴室でしょ? ああん、マサキちゃんの不潔!」

 寮長は、ねちっこく責めるように言い立てた。どういう経緯を辿ったのか、マサキが浴室に転送された件をすでに知っている様子である。ならば意図的な侵入でないことも承知しているだろうに、なぜか寮長は一切の事情を汲まずに憤慨するのだった。

「すみません、浴室の侵入は不可抗力だったんです」

「……まあいいわ。それで、LGMはどうやって入手したのかしら?」

「それは、リサの捜索を依頼してきたセイディっていう先輩が持っていて」

「セイディ!」

 寮長の口調が、不意に真剣味を帯びる。まるで、セイディのことを最初から知っている反応だった。マサキは小首を傾げた。

 彼女の父、ドイル・スタッドマンが社長を務める「チャーム・カンパニー」は、異世界でも有名な大企業である。だが、その社長令嬢の名前まで異世界に知れ渡っているとは考えにくい。同じ魔法学院に通うマサキでさえ、おっぱいのサイズ以外は何も知らなかったのだ。寮長は、そんな「あまり有名とはいえない」セイディについて、何を知っているのだろうか……。

「あの、もしかして寮長はセイディのことを――」

「さあマサキちゃん、ここがあなたの泊まる部屋よ」

 二人は、三階のゲストルームに辿り着いた。質問するタイミングを逸したマサキは、あとで訊けばいいと考えて、案内された部屋に視線を向けた。

 寮長が、腰に提げた鍵束をジャラリと鳴らし、ドアの鍵を開ける。室内はパッと見た感じ、女子寮と同じ間取りのようだった。

「さあ、この部屋を使ってちょうだい。消灯後の入浴は原則禁止されてるけど、あたしも一緒なら特別に許可してあげるわ。いえ、むしろ許可して一緒に入りたい!」

 どうやら風呂は諦めるしかないようだった。

 まだ身体のあちこちに血とヌルヌルの感触があり不快だったが、巨漢のオネエと全裸の付き合いをするくらいなら、我慢する方が幾分かマシに思えた。

「疲れてるのでもう寝ます」

 体のよい断り文句で、マサキは寮長の放つ「毒牙」を巧みに躱した。

「あらもう寝るの? だったら、さっきのパンフレットを子守唄代わりに読み聞かせてあげるわ。枕元で。大丈夫よ、遠慮なんて要らないんだから」

 いや、遠慮はおまえがしろよ!

 思わず声を大にして叫びたいマサキだったが、ここはグッと堪えて丁重に断りを入れる。

「ヘトヘトなので、そういうのは必要ないです」

「あら、それは残念ね」

 冗談じゃない、残念なのはおまえの脳細胞だ!

 胸中でそんな悪態をつきながらも、マサキは何とか言い紛らわして、未練タラタラの寮長を追い払うことに成功した。

「ふぅー」

 やっと一人になれた。マサキは部屋に備え付けのタオルで身体を拭うと、すぐさまベッドに倒れ込んだ。全身にドッと疲れが込み上げてくる。

「長い一日だったな」

 魔法学院の屋上から飛び降りようとしたのが、遙か昔の出来事に感じられた。

 マサキは寝転がったまま身体の向きを変え、無意識に放り出した学園案内のパンフレットを手に取った。表紙に目を向ける。私立やりすぎ学園の名前の脇に、「誰にでも使える魔法代替技術、ソーサリー・マニアックの神髄!」というキャッチコピーが添えられていた。

「なるほど、SMは『魔法熱狂家ソーサリー・マニアック』の略か。オレたち魔力不全の人間は、魔法を失ってもなお奇跡の力を欲している。確かに熱狂家なのかもしれないな」

 自嘲気味に笑みを浮かべながら、パンフレットを開いて本文を斜め読みする。やがてマサキは、抵抗できないほどの強い睡魔に襲われて……。

 ――ふと気がついたときには、もう翌朝を迎えていた。どうやら泥のように眠りこけていたらしい。南向きの窓から柔らかな朝日が射し込み、マサキの頬に目覚めの接吻を捧げていた。

 ベッドの上で寝ぼけ眼を擦っていると、不意に玄関のドアを叩く音がした。

「マサキちゃん、もう起きてるかしら?」

「あ、はい」

 ドアを叩いたのはネイサン寮長だった。もし起きていなかったら、最悪のモーニングコールになっていたところだ。

「女子寮の隣に学食があるから、制服に着替えていらっしゃい。あ、もしお望みなら、あたしが着替えを手伝ってあげてもいいわよ。いえ、むしろあたしが下着から丁寧に――」

「着替えてすぐ行きます!」

 叫ぶように答える。グズグズしていたら、寮長が勝手に入ってくるかもしれない。

 マサキは恐怖に駆られながら、急いで魔法学院のフードポンチョを脱ぎ捨てた。そして予め部屋に用意されていたSM科の制服に着替える。

 ブレザーと呼ばれるそれは、ジパングに於ける標準的な学生服だった。色は最もポピュラーな紺色を採用している。ただマサキ的に問題だったのは、その上からSM科独自のデザインが施されていることだった。

「こいつは……軽くトラウマになりそうだな」

 紺のブレザーにグレーのスラックス。その両方に、亀甲縛りの麻縄模様が満遍なくあしらわれていたのだ。そしてネクタイピンの一部にも、亀甲縛りをモチーフにした校章が浮き彫りによって刻み込まれている。

 アンナが亀甲縛りに拘泥したのは、どうやら学園の教育方針が原因らしい。しかしこの教育方針が、ソーサリー・マニアックにどう関係するのか。考えたところで分かるはずもない。

 マサキは股間を圧迫される錯覚に悩まされながら、男子寮の玄関を出て、女子寮の隣にあるという学食を目指した。昨夜、アンナに連行される途中で見かけた瀟洒な建物だ。

 入ってみると、内部はなかなかに広かった。白い六人掛けのダイニングテーブルが二十卓、狭苦しくならない間隔で配置されている。建物自体がまだ新しいという理由もあるが、全体的に清潔で小綺麗な印象だった。

 もちろん、すでに生徒たちの姿もあった。今のところは三十人くらいだろう。全員がマサキと同じ亀甲縛り柄の制服を着ている。それが制服である以上は当たり前の光景なのだが、ある種の異様さに軽い眩暈を覚えるマサキだった。

 適度な賑やかさの中、生徒たちはカウンターに並んで朝食のトレーを受け取っている。案内のパンフレットによれば、やりすぎ学園の生徒に限り、食費は免除されるということだった。その資金繰りに疑問もあるが、せっかく制服を着てきたのだから、余計なことは考えず恩恵に与ろうと、マサキも生徒たちの列に颯爽と並んだ。

 のうのうとトレーを受け取り、空いている隅のテーブルに腰かける。

「えーと、いただきます?」

 ジパング風に食事前の挨拶をして、マサキは慣れない箸を手に取った。

 朝食のメニューは白飯に味噌汁、そして卵焼きを始めとする副食が数品ほどだ。ジパングを訪れたことがあれば、どれも一度は目にする朝の定番料理である。

 素朴だが味わい深い和食に舌鼓を打ちながら、マサキは学食内の様子をつぶさに観察した。

 やはり生徒たちの中にジパング人は一人もいない。初めて見たときは奇異に感じたが、やりすぎ学園が魔力不全の罹患者たちを救済するための施設なら、ジパング人が皆無なのも頷ける話だった。

 もしリサがこの学園に在籍しているとしたら、その目的はSMの修得以外に考えられない。つまり彼女は魔力不全の治療ではなく、魔法に代わる新たな技術を学ぶために、このジパングまで来たことになる。

「てことは、リサを見つけても治療法は手に入らないわけか……」

 もしこの推理が正しければ、もうマサキにはリサを捜す理由がなくなるのだ。セイディには申し訳ないが、モチベーションは下がる一方だった。

 さてどうしたものか、とマサキが物思いに耽っているときだった。彼の目の前の席に、凶兆を告げるかのごとくモヒカンの巨影が現れた。全身網タイツ姿のネイサン寮長だった。

「マサキちゃん、見ぃつけた。どう、ジパングの朝食はお口に合うかしら?」

「とても美味しいです」

 おまえが来るまでは間違いなく美味しかったよ。と、心の中でこっそり訂正する。

「それで、学園に編入するかはもう決めたの? 正式な編入はまだなんでしょ?」

「はい、もう決めました」

「じゃあ朝食を済ませたら、学園長室に行って報告してちょうだい。場所は覚えてるかしら。もし忘れちゃってたら、あたしが案内してあげるわ。いえ、むしろ忘れちゃってて」

「ひぃ、一人で行けます!」

 マサキは不自然な愛想笑いで応じると、残りの朝食を一気に掻き込み、逃げるように食堂をあとにした。

 目指すは学園長室だ。

 マサキにとって今後の身の振り方を占う、それは大切な第一歩だった。

変な作品ですが、とある公募の一次を通過してるんですよ。

いやホントに。

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