4 討伐!
ラストバトルです。
――郊外の森だった。
まだひと月と経っていないが、長らくナイアスターク王国を離れていた気がする。マサキは、故郷の森に漂う澄明な空気を吸い込み、転送酔いを鎮めながらそう思った。
「ここがナイアスターク……。マサキさんの祖国なのですね」
すぐ隣に転送されたミーファが、木々の向こうに見える街並みを遠望した。少しだけ右目を細める。初めて臨む異国の景色を楽しんでいるようだった。
マサキも釣られて、中心市街地の方角へ視線を移した。遠征の最終目的地は、一等地に建つチャーム・カンパニーの本社ビルだ。
「とうとうここまで来たんだな。それにしても、まさかこんなところに黒幕がいたなんて」
未だに信じられなかった。ナイアスターク王国にマナウイルスを散布したのは、セイディの父親ドイル・スタッドマンなのだ。それを思うと、マサキは吹っ切ったつもりでも暗い気分になった。
「セイディさん、やはりこちらの世界に来ているのでしょうか?」
ミーファの呈する疑問に、マサキは黙って肩を竦めた。
数日前、セイディは何も言わずに学園から失踪した。その行方は杳として知れない。
あの直情的な社長令嬢が、大人しくジパングに留まるとは思えなかった。パスポートを取り戻した以上、帰国したと考えるのが妥当だった。
「呪符カードさえあれば、念話を使って確認できるんだが……」
セイディが帰国していれば、父親の所業を知った可能性は極めて高い。すべての事情を目の当たりにしたとき、彼女はどのように行動するのか。マサキには想像もつかなかった。
「セイディのことは考えても仕方ない。取り敢えず集合場所へ急ごう」
「そうですね」
今回のLGMは改良型だが、転送精度は相変わらず以前のままだった。
この森を転送地点に設定していたが、お世辞にも成功したとは言えない。浴室に転送されたマサキの例から分かるように、転送位置はそのときどきで大なり小なりズレが生じるのだ。
二人同時転送のミーファはすぐ隣にいたが、他の生徒たちは森の中と外で、てんでバラバラに転送された。だから、まずは皆と合流する必要があるのだ。
リサは落ち合う場所として、事前に「街角の大きな公園」を指定した。
これは遠征の直前になって変更されたもので、当初は「魔導列車が見える駅近くの広場」を予定していた。また集合場所だけでなく、リサは遠征の日程もギリギリで変更した。予定より一日前倒しにしたのだ。
いずれの変更も、今回の計画がセイディの口から漏れた際の保険だった。
何といっても黒幕はセイディの父親である。たとえ彼女に裏切る気がなくとも、意図せずに遠征のことを話して、計画が筒抜けになった可能性もあるのだ。
こちらの情報がドイルの耳に届いていた場合、待ち伏せされて、奇襲を浴びる恐れもある。そうなれば長期戦は避けられない。だが、この遠征の理想はあくまで小戦。セプトを揺るがすような大規模な戦争を仕掛けるわけではない。
「静かな決着」が望ましいのは、もちろん被害を最小限に抑えるためだが、ナイアスタークの憲兵隊が介入するのを防ぐ目的もある。
チャーム・カンパニーとアザーサイドの癒着が証明できなければ、学園側は正義を語れない。そのとき憲兵隊の介入を許せば、学園側が無法集団として制圧されることも考えられるのだ。だからこそリサは慎重だった。
「できるだけ速やかに、そして穏便に済ませたいものじゃな」
遠征前、リサはしみじみとそう語った。
一番の理想は、ドイル・スタッドマンの身柄を素早く拘束して、癒着の証拠を入手することだった。それさえ済ませてしまえば、無理に本社ビルを制圧する必要はない。拠点の処断は、あとから駆けつけた憲兵隊に委ねることもできる。学園側に正義があれば、憲兵隊は頼もしい味方になるのだ。
「――みんな、揃ったかしら?」
生徒会長のアンナ・タイラントが、首尾よく公園に集まった生徒たちの点呼を取る。
その人数は三十二人。マサキとミーファを除けば、いずれも選抜試験で勝利を収めたSMの猛者たちだった。それとは別に、リサや学園長、調教師陣も部隊に加わる。
公園の噴水広場に整列したマサキたちの勇姿を、散歩中だった地元の通行人が目を丸くして見ていた。大人数のまま移動したのでは悪目立ちするので、アンナはすぐさま、リサの作った部隊編成表に沿って、生徒たちを五人一組の六チームに分けた。
ただし追加人員であるマサキとミーファは、調教師陣による七番目のチームに配属された。
「手筈通り、チームごとに違うルートを使ってチャーム・カンパニー本社ビルを目指す。極力、人混みに紛れて目立たないことが肝要じゃ。よいな?」
リサはそれだけを念押しすると、作戦行動を開始するよう各チームのリーダーに伝えた。
中心市街地を、五人一組のチームが別々に移動する。
遠征部隊は、メンバー全員が制服の上にアウターを羽織っていた。モッズコートやトレンチコートで、やりすぎ学園の象徴たる亀甲縛り柄を隠しているのだ。マサキも、カーキ色のトレンチコートを着ていた。これはこれで人目を引きそうだが、中心市街地は異世界人種の坩堝である。風変わりな服装が多く、とりわけコート集団だけ目立つということはなかった。
上手いこと周囲の通行人に溶け込み、遂にマサキたちは本社ビルの前に到着した。別ルートを使った他のチームも次々と集まってくる。
決戦のときは近い。集結した全員が、その場にコートを脱ぎ捨てて臨戦態勢を整える。ここまで来れば、もう人目を忍ぶ必要もない。
このままビル内の敵に気づかれず、奇襲という形で一方的に攻め落とすことができれば最良だった。だが現実はそれほど甘くなかった。
「突撃せよ!」
合流を果たした生徒たちが、リサの号令を受けて本社ビルへ雪崩れ込んだとき、吹き抜けのだだっ広い一階フロアには、すでに五十人近い黒服たちが待ち構えていた。
「侵入者たちを無力化せよ!」
リーダー格の黒服が大声で叫ぶ。それを合図に開戦の火蓋が切られた。
敵味方が入り乱れ、一階フロアはたちまち乱戦模様となる。
黒服たちは半数が飛翔の魔法を使い、吹き抜けの高い天井を活かして飛びまわった。特殊な地形に左右されない屋内戦だったが、やはり「地の利」は待ち伏せる敵側にあった。
火球の雨が降る中を、手練れの生徒たちは臆せず潤滑フルアーマーで防御し、宙空に具現化した巨大な蝋燭で反撃する。互いに防御の間隙を縫って相手を捉えると、ファイアーな悲鳴とエクスタシーな喘ぎ声が交錯し、一階フロアを混沌の世界へ導いた。
「ここは任せろ!」
そのとき土下座で回復する仲間を庇って、オリバーが巨躯を躍らせた。惜しげもなく木馬を具現化し、二人の黒服を同時に捕らえる。その鋭利な稜線で股間を貫かれた黒服たちは、互いに見つめ合う格好でもんどり打って落馬し、泡を吹いて仲良く失神する。
オリバーが木馬グラビティでわずかな隙を見せたとき、彼の背後からアンナが飛び出した。反撃の機を窺う黒服たちに素早く走り寄る。
両手に二本のパドルを具現化したアンナは、黒服たちの臀部を疾風の速さでスパンキング。ピシャ、ピシャと乾いた音が響くたびに、嬉しそうな悲鳴をあげて黒服たちが悶絶する。
オリバーたちに一角を切り崩された黒服たちは、小さな包囲網を築くと、この最強コンビに火球の集中砲火を浴びせた。
「あら残念、そんなの効かないわよ!」
ナインテールの巨大な鞭が、飛来する無数の火球を片っ端から叩き落とす。
ネイサン寮長だ。
もちろん、リサが女王属性のS技「転生ムチムチクイーン」を発動した姿である。豪快に鞭を振るう巨体も、あの気持ち悪い口調も、実際のリサとは似ても似つかない。「最強の姿」である女王さまのイメージが、どうしてモヒカンの巨漢オネエになるのか。それはやりすぎ学園の七不思議に違いない。
ともあれ、オリバーや寮長の活躍で、生徒たちは一気に勢いづいた。人数的には負けていたが、その士気は明らかに黒服たちを凌駕していた。
「……凄い!」
マサキは、SMと魔法の激しい攻防に思わず目を奪われてしまった。かつて、これほどまでの激闘は見たことがなかった。SMは、魔法と比べても遜色のない素晴らしい技術だった。
その素晴らしい技術を自分も学んでいる。マサキは戦闘中にもかかわらず、そんな当たり前の事実に感銘を受け、小さく身体を震わせた。
と、そのときだった。
「マサキさん、危ない!」
緊迫感に満ちたミーファの声が、不意にマサキの耳朶を叩いた。
そして次の瞬間。周囲の状況を確認する暇もなく、マサキの鼻先を巨大な炎の塊が埋め尽くした。凄まじい轟音と熱気が、容赦なくマサキの身体を吹き飛ばした。
「なっ……魔導竜炎大砲!?」
マサキは危うく焼死するところだった。
敵はこの局面で、最凶の破壊兵器を持ち出してきたのだ。吹き抜けの天井付近に、漆黒の翼で舞う禍々しい大砲の姿があった。
「こいつはマズいぞ!」
マサキは立ち上がると、大した怪我がないことを確認して、素早く周囲に視線を走らせた。
最初の砲撃は床に大穴を穿ち、敵味方の区別なく付近の人間を吹き飛ばした。魔導竜炎大砲の御者である黒服が、狂気を湛えた表情でこちらを見下ろしている。同士討ちすら厭わぬ様子で、二撃目のレバーに足をかけた。この攻撃が連続すれば、一階フロアはたちまち阿鼻叫喚の巷と化すだろう。
「マサキちゃん、ミーファちゃん。ここはあたしたちが食い止めるから、二人は今すぐ社長室へ向かって。ドイルを捕らえるのよ」
「オレたちが?」
そんな大役を、駆け出しの自分たちが任されてもいいのだろうか。
マサキはそう思ったが、ネイサン――つまりリサは、理由があってマサキたちを選んでいた。
「あたしや学園長が今ここを抜けたら、あの砲撃は凌げないわ。アンナやオリバーが抜けてもダメ。死者を出さないために、今は一人でも多くの戦力が必要なのよ。だから、もともと頭数に入ってなかった二人にお願いするの。いいわね?」
「分かりました。ミーファ、一緒に行こう」
「はい」
とにかく急ぐ必要があった。
早くしなければ、あの魔導竜炎大砲の猛攻により、遠征部隊が敗走に追いやられてしまう。ネイサン寮長や学園長がいるからといって、絶対に死者が出ないとも限らない。
マサキとミーファは、混迷の様相を深める戦場から離れると、大急ぎで魔導エレベーターを目指した。しかし、あと一歩というところで、その動きを三人の黒服に気取られてしまう。
「ここはわたしが食い止めます。マサキさんは先を急いでください」
ミーファが走りながら言う。
そして、マサキの答えを聞くよりも早く、すってんこローションを展開して黒服たちの動きを封じにかかった。
多少の躊躇はあったが、今は少しでも時間が惜しかった。マサキは「任せる」と言い残して、そのまま魔導エレベーターに駆け込んだ。ミーファを信じて振り返らない。
マサキは内部の操作卓を押して、社長室のある最上階へ向かった。わずかな重力すら感じることなく、魔導エレベーターはあっという間に社長室の前に到着した。エレベーターの動力が止められていたら、今頃は階段で汗だくだったはずだ。
「追い詰めたぞ、もう観念しろ!」
マサキは社長室に飛び込むと、正面の豪華なデスクに座る中年男性に叫んだ。
彼は、白地に金銀の刺繍を施した派手な服を着ていた。赤い短髪をオールバックでまとめ、眼鏡の奥から鋭い眼光を放っている。やや痩けた頬が、どこか狡猾そうな印象を与える顔立ちだった。
マサキは怒気を孕んだ眼差しで、その男――ドイル・スタッドマンを睨みつけた。
彼こそがマナウイルスをバラ撒いた張本人。ナイアスターク王国の魔力不全に限っていえば、間違いなく黒幕である。セイディの父親でなければ、すぐにでも八つ裂きにしてやりたい憎い相手だった。
「これはこれは。確か、セイディに頼まれてリサ君を捜していた、マサキ君だったかな」
「オレを知ってるのか?」
意表を突かれたマサキは、つい肩の力を抜いて訊き返してしまった。
「もちろんだ。キミがLGMを使ってくれたおかげで、これまで行方不明だったリサ君の消息を掴むことができたのだから。感謝しているよ」
「勝手に感謝するな! オレは、おまえのためにリサを捜したわけじゃない」
「まあ、そう邪険にするものではない。キミの功績を讃え、今すぐ我が社に迎え入れてやってもいいのだぞ。魔力不全の実験体として、ひとつどうかね?」
「ふざけるなっ!」
マサキは怒りに任せて飛びかかった。
その両手に、上半身を覆うほどの巨大な七枝燭台を具現化する。蝋燭エクスタシー「燭台型」のひとつである。七本の蝋燭を同時に操る火属性最上位のS技だ。遠征前にミーファとの調教で修得した、現時点で使える最強のSMだった。
マサキはメノーラーを大剣のように振るって、溶けた蝋の散弾をドイルの全身に放った。
「……な、何だこれは!」
ドイルは初めて見るメノーラーに狼狽えながらも、ヒラヒラの袖口から二枚の呪符カードを取り出した。サッと手首を翻して同時に放つ。
水激符と風刃符は目の前で交錯すると、マサキの蝋の散弾を呑み込み、強烈な水の斬撃へと姿を変えた。
「ぐはっ!」
逆巻く水の刃が、マサキの身体を斜めに斬り裂く。水飛沫とともに鮮血が噴き出した。
最強クラスの呪符攻撃を喰らったマサキは、遠退く意識の中で再びメノーラーを振るった。数発の蝋がドイルの身体を捉え、ちょっぴり嬉しい悶絶の苦しみを与える。
「あ、熱っ、あ、はぁ、熱っ!」
聞き苦しい喘ぎ声で、みっともなく身悶えるドイル。
互いに手傷を負わせた形だが、そのダメージは明らかにマサキの方が深刻だった。
倒れそうになるのをギリギリで堪える。マサキはそのとき、不意に痛みの向こう側が見えたような、何とも不思議な感覚に陥った。
痛いのに痛くないのだ。
以前にも、似たような境地に達したことがある。蕩けるような快感が全身を突き上げるのだ。マサキ自身は知る由もなかったが、それは褒美属性のM技「絶頂ムラムラエンペラー」の覚醒に繋がる、初期の兆候だった。
マサキは白目を剥いて身体を激しく痙攣させると、ヨダレの垂れる口元に嬉しそうな笑みを浮かべた。ひたすら悶絶を愉しむように、一歩一歩、ドイルに近づいていく。
「さあ、もっとだドイル。おまえの呪符責めはその程度か!」
恍惚とした表情で「おねだり」する。
だがそれは虚勢だった。オリバーと戦ったときの経験から、あと一撃で激痛スイッチに切り替わることをマサキは自覚していた。今は相手を威圧するために、敢えて狂気を装っているに過ぎなかった。
「そ、そんなバカな、一撃必殺の『水刃』を浴びたはずだ。貴様、不死身なのか……」
ドイルは、常軌を逸したマサキの言動に怯え、完全に腰が引けている状態だった。もともと武闘派でない上にメノーラーで初めての悶絶を味わい、あっさり戦意を喪失したのだ。逃げ場のない社長室で、ドイルは無様に後ずさりした。
チャンスだった。マサキは自分もギリギリの状態であることを気取られる前に、死力を尽くして畳みかけようとした。
だがそのとき、出し抜けに社長室のドアが開くと、凛とした高い声が室内に響いた。
「火球!」
それはセイディの魔法だった。
「ちょっ、バカ、セイディおまえ、何やって……。のわぁぁぁぁぁ!」
マサキは咄嗟に動けなかった。ギュッと目を閉じると、衝撃に備えて身を固くした。
セイディが放った火球の魔法は、瀕死のマサキを目がけて一直線に――ではなく、彼の頬を掠めてドイルの顔面に直撃した。「ぎゃふっ!」と情けない悲鳴をあげて、ドイルが仰向けに倒れる。
「セイディ、なぜ……」
黒焦げの顔に驚愕の表情を貼りつけて、ドイルは手塩にかけて育てた娘を見上げた。
「ごめんなさい、お父さま。やっぱりわたしは、リサやマサキを裏切ることなんてできない。それを証明するためにも、わたし自身の手でお父さまに引導を渡す必要があったの」
大粒の涙がセイディの頬を伝う。
それを見たドイルは、すべてを諦めたように薄く笑うと、やがて目を閉じて動かなくなった。
「おいセイディ、随分と驚かせてくれるじゃないか。しかも裏切るのかと思いきや、おいしいとこだけ掻っ攫うとか。冗談じゃないぜ」
覚束ない足取りでセイディに近寄ると、マサキは恨みがましい口調で文句を言った。
「それは悪かったわね。でもあなた、どうせギリギリの状態だったんでしょ。素直に助かったって言いなさいよ」
少ししゃくり上げるようにして、それでも透かさず憎まれ口を叩く。まだ涙を流していたが、その傲岸不遜な態度はいつものセイディだった。
その後、霊水符でマサキの怪我を癒やした彼女は、自らの手で父親の身柄を拘束した。魔導エレベーターで一階フロアへ行くと、拘束したドイルを示し、黒服たちに降伏を呼びかける。
こうして、チャーム・カンパニーとの戦いは終わりを告げた。
遠征部隊は、学園長と寮長が魔導竜炎大砲を「破壊した」おかげで全滅を免れた。負傷者は多数いたが、奇跡的に死者は一人も出なかった。しかし、セイディの降伏勧告があと少し遅ければ、事態はまた違っていたかもしれない。
とにもかくにも、遠征は大勝利で終結を迎えたのである。
「ふむ、マナウイルス散布の計画書もあったな。癒着の証拠も入手して、これで一件落着じゃ」
「え、あれ、ちょっと待って。どうして寮長がリサの姿に……うぇ!?」
ネイサン寮長の巨躯が光ってリサに戻ったとき、それを見ていたセイディは腰を抜かすほど驚いたのだった。
ちょっと地味な終わり方ですが、
この話を書いていた当時は続編の構想もあったので、
まだマサキが覚醒してないんですよね。




