4 パートナーを探せ
通信講座「おっぱい魔眼」
習得者から喜びの声、続々!
「女子が苦手で、以前は胸部を見ることもできなかった僕ですが、
おっぱい魔眼を習得してからは無遠慮なガン見が得意になりました。
先日、Dカップを主張するCカップのカノジョもできました!」
さあ、あなたも「おっぱい魔眼」を習得して、明るい犯罪者予備軍ライフを送りませんか!
翌日、放課のチャイムが鳴り止むと同時に、選抜試験の詳しい内容が放送された。
スピーカーから流れてきたのは学園長の声だった。
「――ということで、二人一組のチームによる実戦形式の試験を執り行います。そして最終的に、勝利したチームで遠征部隊を組織したいと思います。以上、皆さんの健闘を祈ります」
学園長は、その放送で試験の自由参加を謳った。だが、学園を挙げて大々的に行われる行事である。おいそれとスルーはできない。
参加を希望する生徒は、任意で二人一組のチームを作り、他チームとSMの技術を競い合う。その際に複数回の勝利は必要なく、一戦して一勝すれば合格となる。シンプルで分かりやすいルールだ。しかしその反面、一発勝負の過酷な試験ともいえる。参加した者のうち、実に半数は容赦なく落とされる計算なのだ。
マサキは、編入して間もないSM初心者だが、それでも選抜試験に参加するつもりだった。
「セイディには悪いが、リサの捜索を手伝うのは今日で終了だ。オレは選抜試験を優先したい。しばらくは調教に専念するつもりだ」
男子寮の自室で、セイディと今後の打ち合わせをしていたマサキは、放送内容を聞いた上でそう告げた。
「別に構わないけれど、あなた、リサ捜しに協力したかったんじゃないの?」
「事情が変わった。成績や経験まで考慮されたら蚊帳の外だが、対戦結果で合否が決まる試験ならオレにもチャンスはある。そうだろ?」
「それでも実力不足で挑むことに変わりないわ。そんなにこの学園のことが大事なの?」
セイディは、マサキの気持ちが理解できない様子で肩を竦めた。
「リサの考えを知ってオレも変わったんだ。彼女は魔力不全の治療法ではなく、魔法に代わる新しい技術を求めていた。オレもそれに倣う」
「つまり治療法を得られる見込みがなくなったから、SMに鞍替えするってこと?」
「そうだ。オレは魔法を諦めた。運悪く魔力不全が悪化してもそれは天命だ。とにかく今は、呪符カードに頼らなくても済むようにSMを極めたい。そのためにも、この学園を全力で守りたいんだ」
マサキの決意を聞いたセイディは、得心がいったように何度か頷いた。そして不意に表情を雲らせると、いつもより小さな声で謝罪の言葉を述べた。
「ごめん、わたしが最初に言ったのよね。リサに会えれば、魔力不全の治療法を得られるかもしれないって。まさか、彼女がSMに傾倒してたなんて……」
「オレはSMに出会えて満足してるよ。そして、そのキッカケを与えてくれたのはセイディ、おまえだ。だから謝らないでくれ。どのみちオレは、おまえがいなければ自殺してた。むしろ礼を言うべきなのはオレの方さ」
「そう言ってもらえると、わたしも気持ちが楽になるわ。あなたの役に立ててよかった」
セイディは穏やかな口調で言うと、普段は見せない優しい笑顔を浮かべた。
強気な彼女に笑顔なんて似合わない。マサキはそう決めつけていたが、初めて見るセイディの笑顔に、柄にもなくドギマギしてしまった。おっぱい以外を意識したのは初めてだった。
「そ、それでおまえの方は、これからどうするつもりなんだ?」
照れ臭い気持ちを隠すように、マサキはやや早口になって話題を変えた。
するとセイディは、魅力的な笑顔を引っ込め、いつもの悪そうな顔つきになった。
「わたしは、この選抜試験に乗じてパスポートを奪い返そうと思うの。学園長や調教師も試験に出席するから、目を盗んで学園長室に忍び込む絶好のチャンスってわけね」
マサキは、意表を突かれて首を傾げた。セイディはリサ捜しに邁進すると思っていたのだ。
「もう学園内の調査はしないってことか?」
「ええ。生徒全員を集めてもリサは現れなかったし、そうなるとあとは、しらみつぶしに捜すしかないわけでしょ。わたし、そういう地道な作業は嫌いだから」
「だろうな。でも、それなら普通にパスポートの返却を求めればいいんじゃないのか?」
「それは無理ね。学園長は防犯という口実でパスポートを没収したわ。最悪、わたしは黒服の仲間だと思われてる。だとしたら、今回の遠征が終わるまで、パスポートは返してもらえないと考えるべきよ」
学園長としては、部外者というだけでセイディを疑う理由になる。
リサの親友を騙り、アザーサイドを通じて自作自演の人質劇を演じた――。最初から疑っていれば、そういう捻くれた推論も決して不可能ではない。つまり、学園を混乱に陥れるための罠だった、という解釈である。
「パスポートを取り返して、そのあとはどうするんだ?」
「リサは学園の創設に携わった者として、今回の遠征に姿を現すかもしれない。彼女を異世界まで追いかける状況になったとき、ゲート管理局で足止めされたのでは目も当てられないわ。だから今のうちにパスポートを取り戻しておくのよ。まあ、保険みたいなものね」
彼女の「保険」という言葉を聞いて、マサキはあることを思い出した。
「そういえばおまえ、学園長にパスポートを渡すとき『刻印』の魔法を使ってたよな。あれは最初から奪い返すことを想定してたのか?」
「そうよ。……って、よく刻印に気づいたわね」
「オレはこう見えても元首席だからな。おまえだって、素晴らしい先見の明があるじゃないか。さすが、おっぱい探偵を名乗るだけのことはある」
「一度も名乗ってないわよ」
セイディは呆れ顔になると、手をヒラヒラさせて溜め息交じりに言った。
「わたし、そろそろ部屋に戻るわ」
彼女の言う「部屋」とは、女子寮に用意してもらったゲストルームのことである。
「そうそう。試験当日、ちょっとだけマサキの手を借りることになると思うけど、そのときはよろしく」
去り際にそう言い置くと、セイディはマサキの返事も聞かずに部屋を出て行った。
「さて、オレも早いところ行動しなくちゃな」
選抜試験までの約一週間を、のんべんだらりと過ごすわけにはいかない。
マサキの最優先事項は、試験のパートナーを探すことである。とにかく二人一組のチームを作らなければ、試験を受けることすらままならない。
「できればミーファと組みたいところだが……」
マサキは、ちょっぴり無愛想な隻眼の少女を思い浮かべた。現在この学園で最も親しい友人といえば、ミーファ・ライトをおいて他にいない。
しかし彼女は今、一躍「話題の人」になりつつあった。ニカブを脱いで、初めて眼帯だけの素顔を晒した彼女は、ちょっとした注目の的なのだ。眼帯美少女ミーファとして、主に同姓の人気を一身に集めている。恐らく今頃は、パートナーの申し込みが殺到しているだろう。
つまり、マサキの入り込む余地はないのである。そうなると、他にパートナーを頼めそうな人物は「あの男」しか思い当たらなかった。
マサキは慌ただしく自室を出ると、迷わずニック・ランバーの部屋を訪れた。わずかに残る躊躇を振り払い、目の前のドアをゆっくり叩く。
「誰かな?」
マサキのノックに反応して、すぐに小太りの陽気な男子が顔を出した。いつになくご機嫌なニックだったが、マサキの顔を見た瞬間、気まずそうに細い目を逸らした。
そんなかつての相棒に、マサキは真摯な眼差しを向けた。
「ニック、オレと試験のパートナーを組んでくれ!」
余所余所しい態度に気づかぬフリをして、素早く用件だけを切り出した。他にパートナーのアテはない。少し強引になっても、何とか約束を取り付けたいマサキだった。
だがニックは、申し訳なさそうにこう答えた。
「僕は、試験に参加する気はないよ」
「……え?」
その答えは予想していなかった。
すでにパートナーがいると言われたら、根気強く説得して彼を「略奪」するつもりだった。しかし、試験を受ける意思すらないのでは、それも不可能である。まずは参加するところから説得しなくてはならない。
「もしかして、ミーファの件を気にしてオレのこと避けてるのか?」
説得の糸口を掴むため、敢えて忌避していた話題に踏み込む。
するとニックは、初めて正面からマサキの顔を見つめて口を開いた。
「あのときは悪かったね、マサキ。でもそれは関係ないよ。僕にはやらなくちゃいけないことがあるんだ。試験当日は絶好のチャンスだからね」
――絶好のチャンス。
ついさっき、セイディも同じことを言った。試験当日は、学園長室に潜入してパスポートを奪い返す「絶好のチャンス」なのだと。
ではニックも、この機に乗じてどこかに忍び込むつもりだろうか。さっきセイディの悪巧みを聞いたばかりなので、ついマサキはそんなことを邪推してしまった。
「おまえ、試験に参加しないでどこに忍び込むつもりなんだ?」
マサキが思い込みで質問をぶつけると、ニックは驚いた顔をして口笛を吹いた。
「なるほど、僕はどこかに潜入しなくちゃいけないんだね。だとしたら、それはきっとリサの手がかりがある場所だよ」
彼の答えを聞いて、マサキは怪訝な表情を浮かべた。
いくら童顔貧乳が好きだといっても、そこまでリサに拘泥するのは理解できなかった。彼には、躍起になってリサを捜す動機がないのだ。あるいはセイディが怪しむように、何か隠しているのだろうか。パートナーを申し込むマサキとしては、あまりニックを疑いたくなかった。
「なあニック、教えてくれ。そもそもおまえは、リサのことをどこで知っ――」
「もう帰ってくれよ、マサキ。僕はこう見えて忙しいんだ」
真実を問い質すより先に、ニックは鹿爪らしい表情で話を切り上げた。これ以上追求しても答えは望めそうにない。マサキは、諦めて彼の言葉に従った。
「悪い。邪魔したな、ニック」
静かにドアを閉めると、たっぷり未練を残してニックの部屋を辞した。結局パートナーも、ニックの後ろ暗い情報も得られなかった。マサキは次の目標を見失い、寮の廊下をフラフラと彷徨い歩いた。
「困ったな……」
すっかり途方に暮れてしまった。
ただでさえ実力不足で試験が危ういのに、パートナーが見つからないのではそれ以前の問題だった。セイディをパートナーに誘えれば一番なのだが、彼女はやりすぎ学園の異客であり、ともにSMを学ぶ生徒ではない。どのみちパスポートの件があるので断られるだろう。
「ひとまず戻るか」
マサキが失意のまま自室まで戻ってくると、ちょうどドアの前に立つ来客の姿があった。
気配に勘づいたのか、その人物は鷹揚な動作でこちらを振り返った。漆黒を湛えるマサキの双眸と、紫色に輝く彼女の隻眼が、二人の前で三つの視線を交錯させる。
その来客はミーファだった。
彼女は、首を傾げる仕草で黒髪のショートボブを揺らすと、マサキに小さく微笑んだ。
「マサキさん、どちらに行っていたのですか?」
「ああ、ちょいと試験のパートナーを探しに」
マサキの沈んだ声が、二人しかいない廊下に虚しく響いた。
「それで……もうパートナーは決まりましたか?」
「いや、ついさっきニックに断られたところだ。正直ちょっとヘコんでる。もうその話はやめないか?」
しかしミーファは、ややムッとした表情で「やめません」と答えた。その反応に驚くマサキを見据え、更に言葉を続ける。
「どうして、わたしを誘わないのですか?」
「……何だって?」
「どうして、わたしを誘わないのですか?」
抑揚までキッチリ完全再現して、ミーファは律儀に同じ質問を繰り返した。
マサキはたじろいだ。
「だってほら、ミーファは引く手数多だし、オレの入り込む余地なんてないと思って」
マサキが正直な気持ちを伝えると、普段はあまり強い感情を見せない彼女が、その顔と態度にいっそうの苛立ちを表した。
「たくさん誘われましたが、すべて断りました」
ミーファはそう応じて、初めて見せる恨みがましいジト目でマサキを睨んだ。
さすがにここまで露骨な態度だと、それがどういう意味なのか、マサキのような唐変木でも容易に想像がつく。
「それってもしかして、オレとチームを組むために断ったとか?」
「もしかしなくてもそうです」
マサキは目を見開いた。驚いた、というよりも嬉しかったのだ。
同時にミーファが愛しくなり、抱き締めたい衝動に駆られた。もちろん、そんなことをして彼女が悲鳴をあげたら人生が終わるので、マサキは咄嗟に巨乳のことを考えて欲望を抑えた。
「マサキさん、わたしのパートナーになってください」
「お、おう。もちろんだ。でも、本当にオレなんかでいいのか?」
「愚問ですね。わたしたちは、ヌルヌルで馬乗りになった仲じゃないですか」
いきなりミーファが、おかしな角度から過去の出来事を掘り返してきた。マサキは、澄まし顔の彼女を見て少なからず動揺した。
「え、いや、あれ? それはまあ事実なんだけど、誤解を招く表現というか……」
「では、ド貧乳とか洗濯板とか貶して、わたしの胸を弄んだ仲ですか?」
「ちょっ! ちょま! ごめん確かに言ったよ。でも言い方が! もしかして、しれっとした顔でまだ根に持ってるのか?」
マサキは、ミーファの静かなる乱心に慌てふためいた。
幸い廊下に他の生徒はいなかったが、もし誰かに聞かれたら大変なことになる。ここで会話を続けるのは心臓に悪い。早く何かしら手を打つ必要があった。
「そそそそその件につきましては、へっ、へへ部屋に入ってからはな、話しませんか?」
マサキは引き攣った笑顔を浮かべ、盛大に吃りながらミーファを室内へ促した。
しかし、それが却って裏目に出る結果となった。
「マサキさんは、わたしを部屋に連れ込んで何をするつもりなのですか?」
そのとき、ちょうど近くの階段を男子生徒が上ってきた。ミーファの言葉が聞こえたらしく、目を丸くして立ち止まる。そして彼は驚きから醒めると、いかにも噂話をしたそうな顔つきになって、小走りに階上へと姿を消した。
もはや破滅の予感しかなかった。ジパングには、キョーセーセーコートー罪と呼ばれる犯罪が存在するのだ。噂に尾ひれが付けば、あっという間に犯罪者である。
「ぬわぁぁぁぁぁぁ! ミーファは、オレを社会的に抹殺するつもりなのかぁー!」
マサキは大袈裟に頭を抱えて叫ぶと、もうどうにでもしてくれと言わんばかりに、背中から勢いよく倒れ込んだ。
その様子に、今度はミーファが激しく狼狽する。倒れたマサキの脇に両膝をつくと、彼の顔を覗き込みながら謝罪した。
「ごめんなさい、やり過ぎました。真っ先にわたしを誘ってくれなかったから、拗ねてみたのです。意地悪でした。ごめんなさい」
理由を聞いたマサキは、彼女を怒鳴り飛ばしたい気持ちになった。しかし、謝るミーファの姿があまりに可憐で、怒るに怒れなかった。仕方なく苦笑いで応じる。
「まあ許してやるけど、オレに淫行疑惑が持ち上がったときは、ちゃんと否定してくれよ」
「はい」
「じゃあ、お互い溜飲も下がったところで仲直りだ。よろしくな、オレのパートナー」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は廊下に座り込んだまま握手を交わした。
かくして、ヌルヌル馬乗り男と独眼流ド貧乳は、めでたくチームを結成したのである。
「チーム名は、二人の特徴を合わせて『巨乳好き貧乳娘』でどうですか?」
「却下だ!」
――そしてマサキが厳しい研鑽の日々を送るうちに、一週間も過ぎて、いよいよ選抜試験の当日がやって来た。
いいえ、ヒロインはセイディです(誰に言ってるんだ?




