ゲームでも食事と睡眠は欠かせない
ちょっと長めです。
「合計、3570ジルに為ります。ご確認ください」
にこやかな笑顔の受付嬢さんに、小袋を渡される。受けとると、硬貨の重さを、しっかりと感じる。鑑定でさっと確認すると、アイテムボックスに放り込んだ。頭上にいるミールィさんが僕の額をぺしぺし叩く。
「ほらほら、早く行くよ!あのお菓子を買ってくれるって言ったじゃないか」
「いや、言ってないけどね?」
何言ってんだこの人……ん?あれ、言ったっけ?お金無いーとは言ったけど、買うとも買わないとも言ってない。て言うかこのお金は僕とミールィさんの二人で稼いだものだ。なら、少なくとも半分は使う権利があると言っても……いや、この人が落としたのって漏れなく消えてるわけで……。
……。
「まあ、良いか。買うよ、買う買う。買ってあげるから、髪引っ張るの止めなさい。禿げるから」
「本当かな!本当だろうね!」
「はいはい。本当本当」
だから、ね。髪から手、離して。禿げるから。本当に禿げるから。なんか頭からギリギリギリって鳴ってる、ヤバそうな音出てます。
何やら僕達を優しげな眼差しで見詰めてくる受付嬢さんに軽く会釈をして、冒険者ギルドを後にする。出入り口までは人に溢れているが、僕が肩車しているダークエルフの幼女に気を遣ってくれているのか、道を開けてくれる。
顔は恐いけど、良い人たちではあるようだ。その殆どはNPCだけど、中にはプレイヤーもちらほらといる。女性プレイヤーなんかは笑顔で手を振ってくる。僕はその人たちに目礼で返す。
「ウィーガシャン!ウィーガシャン!前、前、右ィ!」
……この人、幼女のロールプレイで頭まで退行してしまったのだろうか。さっきから、知能指数の低そうなことしか口に出てない。おかしい。この人INT極振りなのに。精神?精神値が足りないのか!?
ギルドを出ると、大通りに沿って露店のある方へと向かう。
やはり、ダークエルフの幼女と鱗男の組み合わせはプレイヤーにもNPCにも珍しいのだろう。道行く人ほぼ全員に二度見される。あ、そう言えばこの人神官服なんだよな。
「ミールィさんミールィさん」
「ラララ、ほ~し~のかーなたー。ゆーめ……ん?なあに?」
「あらかじめ言っとくけど突っ込まないからね」
なんで鉄の腕の原子のロボットの歌なのかとか、腹を僕の頭に置く形で身を乗り出して顔を覗いてくるので顔が尋常じゃ無く近いとか、絶対突っ込まない。突っ込まないったら突っ込まない!
「今来てる神官服って、NPCを唆したとか言ってたけど、どういうこと?」
「そこまで難しい話じゃないよ。あそこの教会って、ネットではシェルフィアちゃんが有名じゃない?」
「ですね」
僕も知っているし、一目見たいと思っていた。と言うかあの撮影会騒ぎのせいで、今の今まですっかり忘れていた。
「シェルフィアちゃんは有名だけど、別にあそこの教会のトップはシェルフィアちゃんじゃないんだよね」
「はぁ、まあ、そうだろうね」
あんな立派な教会を管理するトップが少女なわけ無い。
「そのトップ、ルーベンスっていうジジイなんだけど、ロリコンなの」
「もう大体予想が着いた」
それって、つまりそういうことでしょう?
ミールィさんが小さく頷いて肯定する。上目遣いでおねだりしたら一発だった、と。
「βでね、神官のロールプレイで教会の内部に入り込んだ人がいたみたいなの。まあ動機がシェルフィアちゃんの好感度を稼ぐためっていうアホな理由だけどね」
「上手くいったの?」
「半分はね。教会には結構良い地位、名誉司祭だかなんだかの称号を手に入れるぐらいには取り入ったけど、シェルフィアちゃん自体の好感度は稼げなかったっぽいの。で、なら手当たり次第で好感度を稼ぐかってなって、なんやかんやあってトップのジジイと性癖を暴露し合うぐらいには仲良くなったらしい。で、その結果をネットにあげて私が見付けた」
「う~ん……経緯は分かったけど、何故わざわざそんなことを?」
「え?神官服って可愛いでしょう?」
「……だったね」
そうだった。この人こういう人だった。
話しながら街道を歩き、露店の集中する区画に着く。
串焼きやハンバーガーのようなパンに具を挟んだもの、煮物にスープ等、どれも美味しそうなものばかりだ。AWOは満腹度が設定されているので、空腹によるバッドステータスを防ぐためにも、ゲーム内で食事をしなければならない。
ついでに言うと、睡眠度……つまるところ、睡眠を取らなければならない。只、この場合の睡眠というのは、流石にゲーム内に寝ることでは無い。ログアウトするということだ。
AWOでは、寝ることでログアウトする。このシステムは、プレイヤーの長時間ログインを抑制するためのものだ。最低でも、ゲーム時間で48時間の間に合計4時間、リアル時間で12時間に1時間はログアウトしなければならない。
「九十九クン九十九クン!あれあれあれだよ!あそこあそこ!」
突如ミールィさんが長年探していた財宝を見付けた探検家のような反応を見せる。チョコレート色の小さな指のさす方に目を向ければ、何やら焼き菓子を売っている露店が。
「あれが欲しいの?」
そう問えば、目をキラキラと輝かせながらコクコクと可愛らしく頷く。うぅむ……僕はロリコンの気は無いと思うのだが、これは確かに好きな人が多いのも分かる。この人のリアル年齢は置いといて、ね。
「はい、いらっしゃい」
店の人は、浅黄色の髪を一纏めにした妙齢の、エプロンを着けた女性だった。おお!美人!個人的に結構好みです。
「ここは何を売ってるんです?」
「フィナンシェという焼き菓子ですよ。ベーシックなものはアーモンドだけですが、チョコや抹茶の掛かったものもあります」
「なるほど……で、どれを買う?」
「ぐむむ……ね、ねえ、これ全部買うっていうのは「ダメ」な、何でさぁ!?」
「金が無い」
「さっき貰ってただろう!」
「全種類買ったら手持ちの約4分の1が消し飛ぶからだよ!」
たかが菓子にそこまで払えるか!
AWOの初期の所持金額は一律1000ジル。ジルとはAWOでの通貨の単位だが、はっきり言ってかなり少ない。
この内、僕は雑貨屋で鎖を買うため600ジルを使っている。知力極振り馬鹿を連れて行くために初期装備の縄を使うためと、鎖の方が耐久値以外では完全上位互換だったから。本当はザイル(200ジル)でも良かったと思うが、鎖の方がかっこいいし、後悔はしていない。
閑話休題。
その為、僕個人の手持ちは400ジル。そこに、さっき冒険者ギルドでドロップアイテムと交換で手に入れた3570ジルとミールィさんの100ジルが加わる。しめて、4070ジルが僕達のパーティの総資産だ。
え?ミールィさんの900ジル?用途が謎のオブジェ買って溶かしてましたが?
うん本当マジ謎。何あれ?ハニワと赤ベコと信楽焼をチャンポンしたようなもの、と言えば通じるだろうか。絶妙に可愛くないのだ。
扱いに困る!
尚、犯人は「勢いで買った。後悔も反省もしているが、手放す気は無い」と供述している。
……後で没収しよう。
僕が財布事情に頭を悩ませている間も、ミールィさんはうんうんと唸って悩むままだ。
お姉さんも、僕達を一旦放置して、次の客の相手をしている。
周りから、視線を感じる。そりゃあ店先で買いもせず突っ立っていては悪目立ちする。只でさえ目立っているのに。
「……はぁ」
僕が妥協するしかないんだろうなぁ。諦めよう。
「ミールィさんミールィさん」
「ん~~、んんん~~~……ん?何かな?」
「全種類買って良い「本当に!?」……本当」
……ちょっとビビった。ちょっとだけだよ?
「おっ姉さーん!買います買います!全種類買います!」
「あれ?お客さん良いんですか?」
そこでミールィさんじゃなくて僕を見る限り、的確だ。いや、見た目で普通に分かるか。
僕は苦笑いで返す。
「根負けしたと言うか……あのままだと時間が無駄に流れそうで。減った分は……頑張って稼ぎます」
「ふふっ。そうですか。頑張って下さいね。フィナンシェはそれぞれ、一袋300ジルで3種お買い上げなので900ジルです。有料ですけど、紅茶も付きますよ?如何ですか?」
「じゃあそれも。二人分」
気分的には毒を喰らわば皿まで、だ。
「はい。紅茶は容器付きで一つ100なんですけど……全部で1000ジルにおまけしてあげます」
内緒ですよ?と小声で囁く彼女に、僕はありがとうとしか言えなかった。
お金を払い、露店を後にする。
笑顔で手を振るお姉さんにミールィさんと振り返す。笑顔が素敵だ。接客の為の笑顔なのかもしれないが、また見たい。
キャバクラとかってこういう思考のもとに成り立ってるのかな?
「良い人だったね!」
「そうだね。そして、商売上手だった」
ああいう風に言われたら、僕で無くとも紅茶を買ってしまうと思う。
「じゃあ、何処か落ち着ける所を探して食べてみようか」
「うん!」
返事が良くて大変宜しい。でもさ、あなた本当幼児退行してない?お兄さん不安だよ?
リアルだと僕の方が年下だけどさ。