仮面の男(side:ミールィ)
フェス限ありす来てくれました~!ありがとう!
「金が欲しかったんだよ」
ちろりと目を逸らして囁くキット。
ふうむ。
「詳しく話して」
「……………………もうすぐ、院長の誕生日があるから、なんかあげたかったんだよ」
「ほー」
意外にも殊勝な理由だった。
あー、まー孤児院なんだしあんだけいる子ども達一人一人にお小遣いあげられる余裕なんか無いよね、そりゃ。で、無いならあるところから取れば良いじゃない理論に至ったわけか。
と思ったのだけど、キットの挙動が若干不振だ。目がずいぶん泳いでるし、体がふらふらと安定しない。嘘をついた? どんな? それとも嘘じゃなくて隠し事?…………嘘はついてないけど、言ってないことがある? うん。そこら辺かな。
じゃあ、何についてって言えばスリ関連しかない。で、少年がまだ話してないことに絞り込むと────
「君はさ、スったものってどうしたの?」
この質問が出てくる。そして、どうやら私の予想は的中したっぽい。びくりと肩が大袈裟に縦移動する。
俯く彼の顔を覗き込めば、少し顔を赤らめているのが見てとれた。はい?
「どうしたのさ?」
そう聞いてみるもキットはうーあーむーと唸るばかり。ええい、言語を喋らんか!
「あー…………笑うなよ?」
「はあ…………? うん」
話が進まなそうだからとりあえず頷くと、キットは話し出す。
「………………」
キットの話を纏めると、こうだ。
そもそも、今回の騒動の発端であるスリ。これは元々、とある人物に提案されて始めたらしい。一週間前、キットは路地裏のなんでも買い取るぼったくりの店に自分の私物を売りに行ったらしい。けど、孤児が持ってるものなんて二束三文も良いところ、どうにか少しでも良い値を付けて貰おうと頼んでいた時、客の一人に話しかけられた。
フードを被り、顔も仮面をしていたらしく分からなかったが声から判断して男とのこと。その怪しげな男に、スリをして欲しいと頼まれた。スった物品は漏れなく買い取る。ただ、『自分以外には売らないで欲しい、例外として現金ならそのまま自分のものにしてくれ』。そんな見知らぬ他人の甘言に乗せられ、今日までスリをし続けていたらしい。
総評。バカでしょ。
「その超絶スーパーデラックス怪しい勧誘にまんまと引っ掛かるとか…………」
「お前の話聞いて変だと思ったから話したんだぞ!感謝しろよ!」
「しません」
笑うなと言われたけど、これは笑いを通り越して呆れしか抱けないレベルなんだけど。だって、私の話聞いてからってことは、それまで疑うこともしなかったってことでしょ? 普通そんなのあり得る? …………いや、本当あり得る? なんか作為的な気配を感じなくもない。ゲームのシナリオだからってならなんも言えないけど、もしそれ以外──スキルや魔法による、思考誘導なんかがあるとしたらマズイ。とっても。
「ううむ」
困った。何が困ったって色々。とりま一人で悩み続けてもあれだし、相談しよう。
「ってことで話聴いてたお二人さん?」
「え、あうん」
「あ、はい」
本当に聴いてたの? いつの間にか二人でバルチッチしてたけど。…………うん? バルチッチ…………バルチッチだよね? あれって他にもいっせーのせとか指スマとか名前多くてややこしいんだよね。
かんわきゅーだい。
なんか私の知らん内に仲良くなってるっぽくてちょっと疎外感。別にいいけどさー。
「どう思うって…………明らかにその、仮面の男? が盗賊と繋がってるんじゃない?」
「その子の言うことが本当ならですけど」
「嘘なんてついてねえよ!」
鱗華ちゃんの意見に概ね同意…………って玲奈ちゃん意外と辛辣ぅ!
「ま、嘘ついてるかどうかは私達じゃ確かめようが無いしねー。ここはこの子を信じてみたらどお? 死んじゃってもさほど失うものなんて無いしさ?」
「それもそうですね」
キットの言葉が信じられないのなら話が進まない。だから、絆創膏よりお手軽な弁護を行ったら案外素直に引き下がる。
「言ってみただけです。こういうことは口に出すのが大事だと師匠に教えて貰いました」
「彼は何教えてんの」
もっと先に教えておくことが色々あるでしょうに。いや、それは置いといてね。
「これって私達だけで考えることじゃないと思うのですよ」
「すよすよ」
「す、すよすよ…………?」
「わざわざ付き合わなくて良いよ玲奈ちゃん」
鱗華ちゃんは玲奈ちゃんと比べてノリが良い。というか私みたいなタイプに馴れてる感じだ。鱗華ちゃん自体がタイプが近いからかな? いわタイプとはがねタイプ的な。違うか。
「お前らなんの話してんだよ?」
「うん。君はちょーっと黙っててね?」
呑気なキットを少し静かにさせる。
「今私達が話してる途中でしょ? 男なら黙って待っときなさい」
「何それりふじーん。かわいそー」
「はい、そこ。棒読みで口挟まないの」
「話進まないんですが…………」
おっと、玲奈ちゃんから手痛い指摘が。でも、確かに無駄口が多くなってる気がするし、話を纏めよう。
「ま、つまりさ、私達だけがこうやってごちゃごちゃ考えるより、皆で考えた方が良いでしょって話。三人よれば文殊の知恵っていうけど、文殊ってなんだろうね?」
「さあ?」
「数珠の仲間じゃない?」
「文系と理系的な?」
「分かる~!」
「文殊と数珠は『殊』と『珠』で字が違うんですけど…………」
「「細かいことは気にしないの」」
わ、ハモっちゃった。鱗華ちゃんと顔を見合わせ笑う…………うん?
風が、吹いた。勢いは決してあるわけではない。そよ風と言えるレベルの、柔らかな風が私の肌を撫でた。むむ、なんか気持ち悪い風。なんだろう、いつもは潤いたっぷりで水を弾いてる肌がかさかさですっごい水吸うみたいな? …………自分で言ってて何言ってんだと自嘲したくなった。した。
まあつまり、風なのに肌に染み込んでくるような、粘着質な感じであんまり良い気分がしない。
ひぇっ。
「っ!?!? 逃げてっ!!」
「あ゛ぎゅ、っべが!?」」
それは一瞬の出来事だった。さっきまで楽しそうに頬を緩ませていた鱗華ちゃんの表情が焦燥に塗り潰され、素早くその肢体が躍る。
鱗華ちゃんの右足は一直線にキットに向かい、ちょっといじけてた彼の肩に突き刺さった。雑巾から絞り出した濁り100%みたいな悲鳴を漏らしながら、もんどり打って転がる。鱗華ちゃん自身も蹴った勢いで後転する。
唖然。
唐突過ぎる彼女の暴挙に、理解よりも先に体が後ずさる。
その時だった。
爆音が、目前で炸裂する。吹き飛んだ土が、草花が、なにより暴風が、私の体を叩いた。
「~~~~っっっっぶ!??!?」
勢いに押されるまま、二転三転どころか四転五転と後転世界最速王目指せちゃうレベルで転がる。ひゃあ、後頭部が削れるっ!?
「…………………………………………………………………んぉ?」
あり? いつの間にか目の前がフラワー100%なんだけど誰かキンクリ使った? いや、そういうことじゃなくて。
身体全体が、ダメージを示す鈍い痛みに染められているのを感じる。塩揉み込まれた肉みたいな気分。我慢出来ない程の痛みじゃないってのがまたなんとも。悲鳴を堪えることに成功してはいるけど、身体は正直なようで左目の端が湿り始める。
「ふぁいと~、いっぱつ~~」
痛覚からのメッセージはとにかく無視して、体を起こす。一瞬記憶が飛んでた内に、五体投地の姿勢になっていた。顔めっちゃ痛い。げっ! HPが二割ぐらい減ってる。濡れた障子並の耐久なだけあるわー。
アイテムボックスからポーションを取り出し、身体全体にまんべんなく振り掛けながら、周囲の確認。
土煙が、前方に濃く広がっている。土煙の中心が爆心地かな? 私が転がったと思わしき跡とも繋がってるし。
…………さっきの爆発、鱗華ちゃんは事前に察知したっぽいよねぇ。思い返してみれば、爆発地点はキットがいた場所だった。つまり、鱗華ちゃんは乱暴ではあったけど、キットを助けたんだ。私達にも逃げてって忠告してくれてたし。…………もしかしてあの時私が無意識に後ずさって無かったら死に戻りしてたんじゃ!?
「おやおや? おやおやおやおや?? なんで生きているのです? 何故存命なのです? 不思議ですね。不可解です」
背後より、軽快な声が掛けられた。ぞわりと背中に鳥肌が立つ。いつの間に? どうやって? 下手くそだけど、周囲の警戒はしていた。私だって、さっきの爆発が敵からの攻撃ってことぐらいは分かる。当然、索敵する。それなのに、なんで? なんで気付かなかった? こんなに無遠慮に足音を鳴らしていたのに?
「【エアプレシェント】であれば低レベル四人程度仕留めることが出来ると踏んでいたのですが…………いえ、むしろ逆。低レベルだからこそ、ですか? 「危険感知」持ちでもいましたか。それならスキルレベルが低くても辻褄が合います」
振り向く。それだけの行為に、酷く精神力が必要とされる。ゲームの中だというのに、冷や汗が額を濡らす。
仮面を、被っていた。カラスの仮面だ。黒く艶があり、フードを被っているせいで首や耳なんかも見ることが出来ない。この特徴、嫌が応にもさっきまでの話が頭を過る。
「さて、疑問が解消したところで自己紹介と致しましょう。私の名は、アイスヴァイン。神に仕えるしがない信仰者であります」




