急転
本当ごめんなさい。
何か記憶に引っ掛かるものを感じて、胸中のもやっとしたものを強制排出する。感情の割りきりというか切り捨ては意識して行う分には結構得意だ。だってゲームしてる間は常にしてるようなもんだし。
あ、でもすぐに思考が脱線するのはどうにかしたいなぁ。集中力が足りないと自分でも思う。たまーに思考が一直線になりすぎる時もあるし。まあ、つまり僕は脳味噌の活動方法が極端で不器用なんだろう。………………脳トレでもしようかな?
ほわわーんと傷が治っていくのをぼやっと眺めながら、こういう所がダメなんだろうなと自嘲する。そろそろ脳の舵をとろうと心中で重い腰を上げたところで院長が歩いて近寄ってきた。
「どうでしょう? 手加減をしたので死ぬことはないと思っていたのですけど。ポーション要りますか?」
「あー…………、大丈夫ですよ。HPの方は完全に回復してるんで」
「それは良かったです!」
一安心! と両手を合わせて笑顔を浮かべる院長。ふんわりという擬音がピッタリな優しげな笑顔だけど、この人余裕で僕をワンパンで殺れるんだよなぁ。人は判らないものだと染々思う。
「では…………どうでしたか? 満足出来ましたか?」
「はい?」
「あら? 違いましたか? あんな好戦的な笑顔を浮かべていたものですから」
「わーお」
マジでー? と目だけで問えばにっこり微笑む院長。ファイブスターの方に振り向く。
「確かにあれは獣の顔をしてたな。こう、目と口が吊り上がっててよ」
そう言って、両手で顔を変形させるファイブスター。なるほど、確かにこれだったら悪人面というか獣面だ。野人と言われても仕方ない。ま、それはそれとして。
ファイブスターの肩をぽんと叩いて笑いかける。
「おい、なんだその最高に腹立つ笑顔は」
「いや、面白い顔してるなって」
「お前だよ!?」
目をかっ開いて肩パンしてきた。でも、ファイブスターの筋力値が低いからか本気じゃなかったのか、全然痛くなかった。…………はっ!買ったパンで肩パン…………。
止めよう。これを口にしても誰も幸せにならないと僕の中のミールィさんが囁いている。
「そもそも、お前が先に喧嘩を売ったのが今回の原因だよな? なんでんなことしたの?」
「いや、別に売ろうと思って売ったわけじゃない。これはあれだ。自動販売機と一緒。謙虚さがあるの」
「言ってることが全然分からん」
「あ、僕も」
喋るのに脳味噌動かさないせいで自分でも意味不明の言葉しか出てこない。まあ、僕が積極的にファイブスターの言葉を否定する気が無いからだけど。
負けず嫌いって程じゃないけど、勝ちたい気持ちは僕にも当然ある。そして、僕のそれが勝ち目の無い相手でも変わらず発揮するようで。つまり、今思い返してみれば僕はあの時、院長に一泡吹かせたかった、んだと思う。条件反射で返事してたせいか、感情にまで思考が追い付いてなかったから推測だけど。…………だから、吹っ飛ばされた後のもやもやは『悔しさ』だと思う。ファイブスターと話したお陰かそれもすっかりなりを潜めたけど。本当、ミールィさんに関すること以外に関してはわりかし扱いやすい性格だと思う。マイナスの感情を引きずらないのは僕の美点だと自画自賛してみよう。流石僕。
くすくすと堪えるのに失敗したような笑い声を院長が溢す。
「お二人は仲が宜しいのですね」
「とは言っても今日久しぶりに会ったんですけどね」
「そうだな…………あ」
「うん?」
「あ、あ゛あ゛あぁぁ~~~…………」
唐突にファイブスターが停止した。と思えば野太い唸りながら頭を抱え始める。予想もしてなかった行動に瞼が瞬きをぱぱぱっと数回連続で行ったのを自覚した。
「どうしたのファイブスター?」
「あーー………いや、これはどうしようもないっつうかしょうがねえことだと思うんだけど…………てかオレだけ忘れてたってわけじゃねえんだから責任がオレにだけあるわけじゃねぇんだし………いやでもあいつらは付き合って貰ってるだけだからちょっと筋違いだよなあってことはだ?」
「お、おう?」
やたら早口で捲し立てたファイブスターは額に手を当てて僕をじろりと睨む。
「オレ達は何しにここに来た?」
「何しに………?…………あ」
「………………忘れるオレもだがお前も忘れるなよ」
…………そうだった。僕達は院長に話があって来たんだった。決して、院長にスキルの講義をして貰ったり上位者の実力を教えて貰ったりしにきたわけじゃない。色々知識欲を刺激される事柄を目にして失念してしまった。
ファイブスターの視線が辛い。隣にミールィさんがいないからだろうか。とろりとした罪悪感が胸に溜まっていく。…………とろみが付いてるぐらいで済んでるのは忘れたのが僕だけじゃないからか、まあそれは良くて。
ファイブスターに目配せをして、二人して院長に向き合う。その時、院長の肩越しにU・Uさんと目が合う。彼女の隣にはマリエルさんもいた。多分僕達と院長が話してるのを確認して邪魔しないようにと配慮してくれたのだろう。
うん。でも、ごめんね。しょうもないことしか話してないんだ。その気持ちを込めて見つめる。U・Uさんは不思議そうに首を傾げていた。
さて、僕とファイブスターのやり取りが理解出来ず笑顔で戸惑っていた院長はと言えば、僕達が揃って向き合ったことに何か察したらしい。老人とは思えないぐらいにシャッキリとしていた背筋を、改めて伸ばす。
ファイブスターが口を開いた。一応歳上相手だからか、言葉遣いが丁寧だ。
「オレ達が院長のお邪魔をしたのは一つ聞いて欲しいことがあるからです」
「そうだったのですね。では、それは一体?」
「九十九とミールィが目撃した、スリの少年を捕まえました」
「っ!?…………そう、ですか…………」
院長は驚きに目を見張る。
「あの…………その子に怪我等は…………」
「あ、それは大丈夫です。先手必勝で捕縛したんで抵抗させずに確保出来ました」
「そ、そう………」
あれ、なんか引かれてる? なんで?
「その少年について説明しますと──」
しかし、確認の為少年の容姿について説明すると、哀しみと納得の混ざった苦味のある笑顔を浮かべた。
何故?
「その男の子は、恐らくキットでしょう。彼なら…………まあ、口にするのが憚れますが、してもおかしくないとは思っていました。最近挙動不振な様子を見ることが多かったですし」
ああ、なるほど。院長にとって僕達の話を聞いた時点である程度目星がついていたと。そう言えばそんな感じのことを言ってた気も。
「一つ、あなた方に確認したいのですが、キットにどのような処分を下すつもりですか?」
「処分って言っても…………ねぇ?」
「まあな」
ファイブスターは肩を竦めて微笑む。
「オレ達は犯罪云々を問うつもりはありません。そういう類にオレ達は詳しくないですし、する価値もさほどありません」
おや、詳しくないのは確かだけど価値は結構あるはずだと思うが。
それは院長も感じたのか、小首を傾げる。
「多くの人がものを盗られているのでしょう? キットが使っているのかは知りませんが、一部でも返せば謝礼なり貰えると思いますよ?」
「そうそう。あ、もしかして返さずに僕達のプール金にでもするとか?」
「その言い方は悪く聴こえるから却下な。後、別に盗品を回収する必要も無い。回収したとしても持ち主に返せないしな」
「それもそうですね」
「顔も名前も知らない相手にそこまでする義理なんか僕達持って無いからね。仕方ない仕方ない」
「そもそも、だ。オレ達は別にスリをすることをとやかく言うことが目的じゃない。実力行使に出てくる蛮族から子ども達を守ることだ。スリ云々は孤児院側が教育して貰う。………………それで良いですよね?」
「はい。あなた方が守ってくれなければ、私の知らない内にあの子達の命が消えてしまったのです。そればかりか守る手助けをしてくださるのに、文句等ありません」
そう言ったと思えば、深々と頭を下げる院長。
おお…………こうやって真摯に感謝されると照れるものがある。ファイブスターは、決まり悪げに頬を掻いている。
「いや、助けたのは九十九やファイブスターですし………オレはまだなんもしてませんから。………………てか院長の実力を見たばっかだとオレ達はむしろ足手まといに成りそうっすし」
「あー、確かに」
Lv.70越えのNPCが守っていてくれてるんなら、序盤の街なら余程のことが無い限り安全が保証されているのと同義だろう。
「いえいえ、そうでもありませんよ。特に集団を相手にする場合、私は弱い部類ですから」
「ん~。じゃあ、オレの召喚魔法は活躍してくれそうか? まあゴブリンどもは肉盾にでも使ってください。」
「ふふふ。ええ、その時は是非」
「肉盾って…………。あれ、ファイブスター、そう言えばそのゴブリンブラザーズは?」
「半分は子ども達の警護をして貰ってる。もう半分は孤児院の外縁の見張りだ。相手方に見張りがばれても、こっちが警戒してることが分かれば襲撃しにくいだろ?」
なんと、いつの間にそんなことを。さらりと、有能なことをされるとファイブスターが頼りになるように見えてくる。
「これだからイケメンは」
「何言ってんだお前は。言っておくがオレは近寄られたらちょっと頑丈な木偶だからな? こうやって手足をバラけさせてる以上、オレの戦闘力はパーティ内じゃ最弱レベルだぞ? 事が起こった時は盾女と羊魔女っ子に玲奈達や子ども達と一緒に守って貰うつもりだから、実質前線に出れるのはお前とミールィだけだ。気張れよ?」
そうファイブスターに激励された時、不思議な風が吹いた。温く、粘土のようにどろりとした感触の風。浴び続ければ、体に染み込んできそうだと気味の悪いものを感じた時、院長の表情に気付く。
否。それが最初、院長だと思えなかった。般若。優しげにえくぼを作っていた頬は歪み、柔らかな印象をくれた瞳は激情の炎が染めていた。院長唇が蠢き、音にならない言葉を漏らす。
影がぶれる。
僕が彼女を彼女だと認識出来た時、既に目の前にあった人は失せ、その影はミールィさん達がいる方へと消えていった。




