狂気は争乱のスパイス
映画見たけど、にゃんこ先生ちびトリオ可愛すぎ。
盗賊男の後頭部が自身と僕、二人分の重さを引き連れて石畳と情熱的な遭遇を果たす。ゴリュッという鈍い音と赤いダメージエフェクトが僕の五感を刺激した。
盗賊男の頭越しに右手が先に地についたことで、僕の体にこもっていた慣性の勢いが弛む。その隙を突くように、宙で足を畳んで盗賊男の胴に乗せる。つまりは馬乗りの状態だ。
無理な挙動をしたせいで節々の感覚が麻痺してる気がする。なんか体の部分部分が上手く脳の命令を聞いてくれない。ええい、軟弱ものめ!
眼下にあるのは、ついさっきまで相対していた男の顔。痛みで歪められたそこに、慈悲0%の拳を叩き込む。
ボーナスタ~イム!
あ、そーれ。
「潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ」
狙うのは目だ。片目だけでも潰せば、機動力を重視するタイプは一気に戦力の低下に繋げられる。だから。
「潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ」
中指の第二関節を突き出し、即席の突起を作り出して殴る。
ダメージエフェクトが顔中に広がってよく見えないけど、気にせず殴る。
盗賊男が身動ぎして僕の体を揺らし、当たらないように邪魔してくるから、心臓付近を数発殴って動きが止まったところを殴る。
「潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ」
ぷぎゅっ、っと骨より柔らかいナニかが潰れる。地の底から響くような悲鳴が轟いた。
赤い鮮血……ではなくダメージエフェクトが噴出し、顔にかかるが無視して殴る。目に入ったのか、視界が赤で染まる。テスト勉強なんかで使われる赤のチェックシート、あれを翳して見てるみたい。
口の端が吊り上がる。声帯が言葉にならない歓声を叫喚する。腹の底から湧き上がる喜悦に、目を細めて目尻を下げる。
愉しい。とても愉しい。
「潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ」
頭蓋骨にぶつかり、手骨が軋む。骨を包んでいた薄皮が裂け、血の粒子が宙を舞う。
盗賊男はがむしゃらに短剣を振るう。脇を少し切られ、じいんと鈍痛が滲む。
けど。
殴るのを止めない。腕を振り続ける。僕の瞳に映るのは、往生際悪くもがく目の前の男だけ。
世界がこの瞬間のために回っている。そんな気にさえなってくる。だからか、殺意が転じて愛しさを持ってしまいそうだ。
それは、駄目だ。いけない。
心に殺意が足りないだろうか。なら、言葉の一つ一つに殺意を込めて。
「潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろつぶげへっ」
巨大な質量に吹き飛ばされた。
べっ、ばっ、う゛ぎっ、ぶるぁぁぁあああっっ!
ふぇぇぇぇ!?痛ぁぁい!…………っは!何言ってんだ、僕!?
石畳をごろごろ回転して、目と鼻の先に壁が迫ったところで勢いは止まり、思考の回転が始まる。
えーっと?盗賊男に馬乗りになって殴り続けてたら、なんかいきなり吹っ飛ばされた。……うん。どういうことだ?
壁に手を突いて体を起こして、わーお。僕の体が赤いオーラ的なあれに包まれてる。何これクソかっけー。
……っと、いけないいけない。周囲を確認すると、引きつり顔に呆れと感心をブレンドして芳醇な表情になったミールィさんと目が合う。ミールィさんは目が合うと、じっと僕の瞳を覗き、安心したように息を吐いた。はて?
内心首を傾げながら、目線を外す。普段なら気が済むまで見つめ合うのも悪くないけど、戦闘中なのだ。きょろきょろ見回して…………あれ?
「いないって、うおぉう?!?」
「ぐぎぃぃぁ……っがぁ!」
なんで足下に!?
顔中を真っ赤に染めた盗賊男がすぐ近くにいた。えー、なんでー?怖ー。
とりあえず腹が隙だらけだったから蹴っ飛ばして距離を作る。俺自身も、ミールィさんの方にささっと移動。
「どういう状況?教えて、ミルえもん」
「もー。君は本当に僕がいないとダメだなー、じゃなくてね、君とあのヤクザはオーガエイプ──オガ君に二人して蹴られたのさ」
「はあ?」
え?ミールィさんあのオーガエイプに名前付けたの?てかヤクザって盗賊男だよな?いや、確かにチンピラっぽい言動ではあるけど。
あ。
ちらっと見たらいつの間にかHPが3割切ってるという目を疑う事態になっていた。アイテムボックスからポーションを取り出し、頭からぶっかける。ポーションはかけても飲んでも回復量は変わらないのだ。
ホログラムで可視化されたHPバーが危険域の赤から安全域の緑に戻るのを確認して、ミールィさんに質問する。
「蹴られた?なんで?わざわざ僕が乗ってる時に蹴らなくて良くない?」
「九十九君…………」
おや、ミールィさんが睨んでくる。威厳とか小数点レベルだから別に怖くは無いけど、戸惑う。
「ミールィさん?」
「九十九君さ、私が何回も声掛けたの気付いてなかったんだね……」
「え?そうなの?」
「そうなんだよ。まあ君、端から見て頭イっちゃってる系の笑顔してたから、思った通りって感じだけどねー」
「むむむ……」
僕の視線の先ではよろよろと盗賊男が起き上がり、すぐ近くに迫っていたオーガエイプと渡り合う。
あれならもう少し話せるかな。
「九十九君はもっと自分のおかしさに気が付いた方が良いと思うんだ。結構私の心臓に悪い」
「なんか、ごめん……」
「うん。ま、それは置いといて。オガ君が蹴ったのは、九十九君を守るためね。九十九君気付いてなかったっぽいけど、ヤクザの人ってばあの剣がブワーッってぶれるやつで攻撃しようとしてたよ」
「うげ」
脇をざくざく切られてるのは分かったけど、あの【多重斬】とか言う武技をまた使おうとしてたのは察知出来なかった。ミールィさんが声を掛けたのも、それについてだろう。
「お?」
僕達が言葉を交わす間に、盗賊男がオーガエイプの太ももを切り裂く。ダメージエフェクトが舞い散り、オーガエイプは怒りの咆哮を吐き出す。
盗賊男は右目から断続的に赤の粒子を垂れ流しながら、体を仄かな燐光で包んだ姿で高速で動いてる。……あれ、アカリさんが使ってた【限界突破】か。という事はあいつもそろそろ限界が近いということ。
そろそろ行くか。
「ミールィさん援護お願いね!」
「あーい。あんま期待せずにねー、【パワー】」
やる気無さげな声を出しながら、しっかりSTR強化魔法を掛けてくれる。そんなあなたが素敵。
真っ直ぐ行かず、少し迂回してスプーンハンマーを回収、片手に懐の投げナイフを握る。
盗賊男はまだこちらに気付いていない。どうやら片目が潰れているらしく、オーガエイプとの戦いに余裕を持てないようだ。……そう言えば、盗賊男を殴っていた時に何かを潰した記憶がある。僕がやったってことか。片目が見えないなら好都合だ。まず、遠方からの投擲攻撃。
「【豪投】」
回転せず飛んだ投げナイフは、オーガエイプの振り下ろしによる右手の攻撃を半歩下がって避けた、盗賊男の右肩に突き立つ。
「!?つぅっ!?……っ前かあ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」
「ガアアァァ!!」
振り返り、僕を確認すると無事な方の眼を赤く血走らせ(もしかしたら血涙が出てるのかも)、怒りと憎みに狂って吼える。
だが、それは明らかな隙となった。
見るからにボロボロ、今すぐ倒れてもおかしくない程にその肉体に傷を刻んだオーガエイプ。されど鬼猿は倒れない。
雄々しく吠え、自身から目を離した眼下の男に叩き潰さんとばかりに拳を突き出す。
「ぉぉせええぇぇ!!」
盗賊男はその場でジャンプ、更に空中で回転し、オーガエイプの拳撃を服の端に掠らせる程度で回避する。凄い。敵とは言え、心の中で思わず賞賛を贈る程に。けど、それまで。飛来するもう一つの投擲物はどうしようもなかった。僕が投げたスプーンハンマーは。
武技はクールタイムの関係で使えなかったけど、今は充分。不安定な姿勢の盗賊男の頭にぶち当たる。盗賊男は足を縺れさせ、崩れ倒れた。オーガエイプはそこに蹴りを入れる。ミシリと骨の軋む音が鳴り、こちらへ吹き飛んでくる。石畳をその身で削って減速し、僕のすぐ近くで止まる。頭がこちらに向いている。
容赦はしない。NPCだから、プレイヤーとは違うから殺さないなんて言うつもりは無い。殺す気で殺す。
近付き足を天へと伸ばして、【翔挫】を発動させる。攻撃力の微弱な強化と、確率で対象の敏捷低下を起こす効果が付与された淡く輝く右足を、勢いよく振り下ろす。踵落としだ。
ヤムチャみたいに寝転ぶ盗賊男の頭頂部に、踵が吸い込まれる。ぼごりと思ったよりも静かな音だった。彼の頭上に浮かぶ、残りが僅か数ドットのHPバーが遂に消える。
盗賊男は死んだ。




