奇襲だって立派な戦法
本日2話目。
この前に1話目が投稿されています。
二分割にしたのにいつもの文字数の1.5倍ぐらいになってます。
(普段は3500字程度。1話目は3000字ほどで2話目は5000字ほど)
僕達は準備を整え、点検する。武器、道具、HP、武技、全てだ。やれること、やれないことを再確認するのは大事なことだ。
アイテムボックス内には似非スコップ、左肩には鎖を下げている。革鎧と服の間に投げナイフが数本、鞘に納まった状態で収納してある。
ぱぱっと20秒ぐらいでそれらを終わらせ、背中に縛り付けたミールィさんに声をかける。
「(ミールィさん、準備は?)」
「(ばっちこーい!)」
「よっしゃあっ!」
ミールィさんの応えに、声を潜ませずに勢いよく返す。
最初から全速力!
ついでにテンションも全開!
ミールィさんがシステムによって囁く魔法の詠唱を鼓膜に受け止めながら、石畳を踏み締め、今自分が出せる最大最速で距離を詰める!
【翔挫】も発動、駆け抜けた後を燐光の残像が仄かに舞う。
そしてぇ!これぞ必☆殺、飛び膝蹴り!
「っっおっらぁぁっ!」
「…………ん?なんぐふべぇ!」
「アッハッハァ!命中90って以外と当たるなぁ!」
「当たらないのはブレイズキックぐらいだよ!【サモン:オーガエイプ】!」
「そりゃそうだ!」
だから、僕はジュカイン派なのさ!
視界の端に光の奔流と共に、男5人の前に立ちはだかるように鬼猿が顕現するのを視認する。ミールィさんが「足止めお願い!」と声をかけた。
助走付きの飛び膝蹴りを不意打ち気味に胸板で受け止めた斧男は、仰け反りはするも後ろに倒れることはなかった。やはりレベル差が結構あるっぽいな。斧も手が白くなる程きつく、握り締めている。
ろくにこちらを見ず、がむしゃらに斧を振るってきたから丸太のように大きな太ももを蹴り、後方へと跳ぶ。
ふわりと一瞬の浮遊感、すぐに足裏に石畳の硬さを感じる。
一拍。
僕は前へ跳んだ。
前傾姿勢どころか地面に顔を擦らせんばかりに体を低く、低く。
その状態でアイテムボックスに手を突っ込む。取り出しましたるは、似非スコップことスプーンハンマー!
斧男が斧を振り下ろしたから左に半身ずらす。肩のすぐ横を厚みのある刃が通り過ぎた。
そして、なんちゃってカエルパンチの要領で掬い上げるように、跳ねるように斧男の股間に叩きつける!
「【重到】っ!」
「っっっっ!??!? @$¥¥ゑ#%♭!!」
武器を重くする武技と手首の捻りによる遠心力で、破壊力を上げた一撃は急所なら、格上でも十二分に効果を発揮した。見るからに屈強な、目の前の大男から奇声を強制的に吐き出させる。
「いろんな意味でクリティカル貰ったぁ!」
「ウハハハハ!泣き喚くが良いっ!」
一瞬で顔面を蒼白にする斧男。
ミールィさんのはしゃぎ声を背中に受けながら、肩に下げていた鎖を放る。
「【拘縛】からの【束凝】!」
鎖が向く先は首、ではなく足。【拘縛】は放った先のものに巻き付く武技、【束凝】は鎖の先のものに絡み付き締め付ける武技だ。
つまり、脛をがっちりと捕まえた。
あ、そーれ。
一本釣りじゃーい!
ドシン!
ガランガラン!
斧男と斧が石畳にぶつかる音が響く。
油断していたところに飛び膝蹴りで機先を制し、股間スマッシュで痛みによる混乱。そこに足を掬って地に背を付かせた。
相手に一息もつかせず、情報の過多で思考を停止させる。それが僕達が選んだ戦い方。
斧男は目を見開いて虚空を見詰め、呆けている。作戦は成功、と。
ん~、でも斧男以外と雑魚いな。あの程度の不意打ちに対応出来ないとか……。最初の街のNPCだから?わざとらしく大声出してこっちに注意引かせたのに、呑気に振り返り過ぎだ。
そんなことを考えながら、さくさくとアイテムボックスから取り出した鎖で体全体を縛っていく。
「…………ってっめ!!こっ、ろ゛す!殺してっ、やるぅ!!」
「はいはい、今更暴れても遅いよ~」
股間をえいやー。
「!!~~ぁっ~~あ゛ぁ~~!」
うむ。静かになった。
静かな内に両手を後ろ手に縛り、斧を回収する。うげっ、結構重い。これを片手で扱うとか、やっぱりステ差がかなりあるぞ。HPもリアクションの割にあんまり減ってないし。こりゃ本当にNPCの戦闘AIが弱めに設定されてるかもだな。
あ、ついでに口も塞いでおこう。う~ん……これでまあ、良いでしょう。多分。昨日手に入れた、呪いのアイテムシリーズの爪を口に突っ込む。これで、無理に喋ろうとすれば口の中を切ることになる。
「おっ」
「あっ」
そこで少女三人組の一人と目が合う。あれ?
「プレイヤーだったか」
「う、うむ。……助かった」
「そりゃ、どうも」
彼女の背後で抱き合う二人の少女は、アイコンを見ればNPCだ。恐らく彼女一人で守ろうと奮戦、けれど上手くいかなかったと。……ちょっと失敗だったな。暗いとアイコンが見えないのは困りものだ。悪質なプレイヤーだと、助けたのに色々文句を言ってきたりする。その上、自分達に戦果を全て寄越せとか宣う奴らもいる。
いや、それは違くね?確かに横取りした形だけど、助けてあげたじゃん?その上ただ働きとか舐めてんのかってね。こっちはお前が死んでから、相手しても良かったんだからなって。うん。昔の話だ。
幸いにも、このプレイヤーは感謝してくれるらしい。見た目が中々個性的だけど。
「さーてと……」
「九十九く~ん、準備してた魔法どうする~?」
「あー、うん。そこら辺の奴らにプレゼントしといて。殺さないようにね?」
「はーい。【ファイアボール】」
本当は斧男にあげようと思ってたけど、意外と僕だけでやれそうだったから待機させといてもらった火球。それが、5人の男たちの方に“私自身がプレゼントよ!”とばかりに体当たりを仕掛ける。
あ、避けたけど余波で一人吹っ飛んだ。
ミールィさんに召喚されたオーガエイプは、中々頑張っている。あくまで足止め要員としてのつもりだったけど、一人をほぼ戦闘不能、二人は体力半減、無事なのは一人ぐらい……あれ?一人いない?
と思ったら、逃げてる。
「こんなの聞いてねぇぞ!?お、俺は関係ねぇからな!?」
うわっ、見事な三下。
他の奴らもリーダーぽかった斧男が僕に押さえつけられてるのを見て、及び腰になっている。
この空気ならいけるな。
肩越しにミールィさんを見れば、彼女は頷く。よし。
縄を弛め、ミールィさんを下ろす。
オーガエイプと相対していた男たちは、突然のことに眉をひそめる。
ミールィさんは杖を構え、地面に横たわる斧男に近付くと魔法の詠唱を始める。
「なっ!?」
突然のことでも、何をしようとしているのかを察したようだ。男たちの内の一人、HPのほとんど減っていない盗賊風味の男が慌てて持っていた片方の短剣を投擲してくる。
ミールィさんは動かない。僕がいる以上、自分に届くことは無いと知っているから……だと良いなぁと夢想しながら叩き落とす。
いや、ミールィさんの敏捷性だと投げられた後に動いても避けられないからってだけだろうけどね?でも、そうだったら良いなと思うわけで。なんかそっちの方が心が通じ合ってる感じがして素敵じゃん?
盗賊男は諦めず、距離を詰めてくる。当然オーガエイプが阻むが、目前、突如加速する。武技?それとも力を抜いていた?
オーガエイプはその落差に対応出来なかった。盗賊男は脇下を通り抜けざまに切り裂いて、僕とミールィさんへと襲いかかる。
「そいつを離せっ!【多重斬】!」
「ててととおおおあいたいたた痛い痛い!」
盗賊男の持つ短剣が二重三重にぶれたと思えば、複数の刃が同時に迫る!スプーンハンマーの腹、縁、柄で受けとめ、流し、防御を諦める。全部対処とか無理!防御し損なった斬撃が僕のHPを容赦なく削る。
やっべ、この人普通に強い!じりじりとHPが減っていく。不幸の中の幸は、速度は高くとも攻撃の威力は低いことと短剣が一振りしかないことか。さっき短剣を投げてくれなかったら、HPが半分を切るところだった。
数秒の猛攻を凌ぐと、短剣のぶれが治まり「チィッ!」と舌打ちをして、後退する。
HPは3割減ほどで済んだことに安堵し、そこでミールィさんの詠唱が完了する。
「ほい、【サンダーアロー】
「ーーーーーッッッ!??!!」
顕現した雷の矢はミールィさんの杖の構える先、斧男の足に突き刺さる。
何故足なのか?理由は二つある。
この状態から取り逃がすなんてことは無いと思うが、斧男に逃げられる可能性がある。そのための機動力の低下。そうでなくとも、こいつは敵なのだから弱体化は狙ってすべきだ。これが一つ目。
もう一つは、場の空気をこちらのものにするため。
今の所戦いは順調、僕達が優勢という風に見せているが、実の所さほど余裕が無かったりする。
まず、ミールィさんが男5人を足止めするために召喚したオーガエイプ。5対1という圧倒的不利な状況を短いながらも形成し生き残っているのは流石だが、当然ながら代償が必要だ。具体的にはミールィさんのMP。まさか200も必要だとは……。ミールィさんの今のレベルでMPが460だから、約2分の1が戦闘前に削れたことになる。ゴブリンが40だったから100ぐらいだと思ってたけど、予想外だ。【サンダーアロー】なんかの攻撃魔法の消費MPが15と、お手軽なのが救いだね。初期魔法だからか?
余談だが、武技は上位のものを除いてMPを消費することは無い。その分、武技は魔法と比べて弱い傾向にある、という話だ。βの検証班がやってくれたそうな。
話を戻して、僕達に余裕は別段無かった話。
ステータスでは圧倒的に負けてることは、奇襲ではない正面からの戦いでよく分かった。盗賊男と生真面目に戦おうとすれば、勝率は7:3と言ったところか。勿論3が僕ね。
ちらりと見れば、オーガエイプのHPは既に2割を切っていた。満身創痍だ。今もオーガエイプと対峙している3人はともかくとして、目の前の盗賊男は多分無理。速さが違う。僕じゃ精々足止めにしかならない。ミールィさんとの連携を駆使しても、僕達二人が生き残る勝率は半々、かな?
そこら辺までは想定していたから、この作戦をとった。僕達が狙ったのは、恐怖による逃走だ。見るからにリーダー格の男をなぶり、“こいつらはヤバい!”と恐怖を煽る。AWOのNPCはキャラクターとしては優秀だから出来ないことは無いだろう、と思って実行した。
そして、、最後の一押し。
「さて、まだ僕達とやろうと言うのかな?」
にこやかに、優しそうに、それでいて胡散臭そうな笑顔で騙りかける。笑顔とは本来、威嚇の一種だ。人は得体のしれないものに恐怖する。それが例え、張りぼてでも。
僕の目論見は概ね成功した。
オーガエイプと睨み合っていた男二人が喚きながら、逃げ出す。
「む、む無理だ!無理だ!こんなイカれた野郎の相手なんて出来るくぁっ!」
「やだ!やだ!やだ!やだぁっ!殺される!殺されちまう!」
…………若干風評被害にあってる気がするけど。
そ、そんなに……?狙ってやったからといって、悲しくないわけじゃないんだぞ?
はっ!
さっと振り返って少女三人を見る。
「「「ピッ!?」」」
目が合うと、ビクリと肩を震わせ後退る。
…………涙目で脅えられた。僕は傷ついた。
視界の端に映る、ミールィさんの可哀想なものを見る目から全力で逃げつつ、オーガエイプを見る。オーガエイプは向かってくる者を足止めするように命令されたが、逃げた者についての命令を貰っていない。今はHPがほぼ無くなり、大地に熱烈なキスをしている男を見下ろしている。見張ってるのかな。
まあ、任せておけば問題無いだろう。問題は、目の前の男だけとなった。
盗賊男は逃げた男たちを忌々しげに睨みはするも構えを解かず、この場を去る気は無さそうだ。
期待は出来ないけど、やっても特に損は無いからとりあえず言葉だけでもかけてみよう。




