シェルフィアという少女
「そうですか。教会を見学に……。良ければ蔵書室の案内をさせてくれませんか?」
「え?あー……え?」
テスターが揃って、「可愛い」「マジ可愛い」「天使」「美の化身」「俺の嫁」と評する大人気NPC。シェルフィア。愛称シェリーちゃん。
僕もその容姿を知ってはいたものの、見くびっていた。たかがNPCをそこまで評価するのか、と。けど、理解した。理解させられてしまった。これはヤバイ。彼女のグラフィックにどれだけの手間をかけたのだろう?存在感が違う。明らかに、彼女だけ周囲から浮いていた。情報量が違うのだ。
AWOは今までのゲームの一歩も二歩も先に行っていた。リアルと間違えてしまいそうな程に緻密なグラフィックがこの世界を彩っていた。それでも、この世界は紛い物なのだと、理解出来た。けど、彼女は違う。彼女だけは違う。彼女だけは、まるで……そう、まるで現実に存在しているかのような。彼女は、確かにそこにいた。
閑話休題。
そんな、明らかに他との、製作者の作り込みの差が分かるNPCのシェルフィアさん。て言うか絶対この人だけでもヤバい量の設定が詰まってるよね!ね!?実際テスターの間でもシェルフィアさんの正体は女神説が流れてたりしてるらしい。ぶっちゃけ、ゲームのパッケージに載ってた女神っぽい人と瓜二つなんですが?
明らかに重要キャラだと分かるNPCさん、確かあなたβ版ではお布施を払わなきゃポップしませんでしたよね?なんで普通に出て来てんの?人気が凄いから運営が調整したのだとは思うけど……。何がどうして彼女の人工知能がその結果に着地したのか知らないが、僕達の教会訪問の際の一応の目的を聞いたシェルフィアさんは、案内するよと気軽にそう僕達に告げた。
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とりあえず教会について教えてもらいながら、案内してもらうことに。ミールィさんは僕の肩から降りて、シェルフィアさんと手を繋ぎながら、楽しそうに話をしている。そして、僕は二人から三歩下がって静かについて行く。おや、大和撫子っぽいぞ僕?
「あの絵は女神様が人々を導いているもの、そのむこうにあるのは、女神様の祝福を得た方が人類の旗頭となって国を興そうとされている絵ですね」
「ほへ~」
シェルフィアさんはなんか凄いノリノリで喋ってる。楽しそう。雰囲気がふわふわしてる。
ミールィさんも凄いノリノリで聞いてる。楽しそう。こっちもふわふわしている。
放っておけば、二人でスキップでもしそう。るるんららんって。
「…………」
思わずスクショを撮っちゃいました。だって、なんか幸せな光景だったから。手を繋いでニコニコと幸せそうに笑い合う彼女達は、容姿が全く異なる。けど、不思議と姉妹に見えた。
只今撮ったスクショを、「お気に入り」に移しておく。この「お気に入り」は、ゲームのデータとしてではなく、接続機の本体メモリの方に保存する。こっちなら、もし仮にこのアバターが消えても、「お気に入り」に保存した分は消えない。本体メモリは、アバターのバックアップが保存されている。
話は少し変わるが、VRゲームでもバグやサーバー落ちなんかはある。今はそれほどでも無いけど、10年ぐらい前だと多人数のログインが短時間に起こって、サーバーが落ちてプレイヤーが叩き出されたことがちょくちょくあったそうだ。そして、それが原因でプレイヤーのアバターが消えたことも。ログインしていなかったプレイヤーのアバターは無事だったので、ログインしていたことで影響が出たということが分かった。それ以来、接続機の方に自動でプレイヤーのバックアップが保存されるように、設計されたものが主流になった。僕がAWOのために買ったヘルメット型の接続機も当然、そのシステムは付いている。さて、ここで問題なのが、どれだけバックアップされているのかなのだけど、その情報量自体はさほど多くない。ゲーム毎に小さな差異はあるけど、AWOの場合はプレイヤーのステータス情報だけだ。アイテムボックスの中身や所持金、撮ったスクショなんかは時空の狭間にバニッシュ。消えて無くなるわけだ。それを防ぐ為の「お気に入り」登録と言うわけだ。尚、アイテムに「お気に入り」はない。
「うおーい、九十九くーん?」
「え?あら」
僕にだけ見えるメニュー画面から、目を離すとミールィさんが背伸びをして顔を覗き込んできていた。顔を上げると、離れた場所にシェルフィアさんはいて、たおやかに微笑んでいる。
「どうしたのさ、突然立ち止まって~?」
「ん?いや、なんも?」
「ふーん?」
こてりと首を傾げて逡巡するミールィさんだけど、すぐにま、良いか~と考えるのを止めた。ミールィさんは、僕の手を両手で挟んで引っ張る。早く行こう、ね。はいはい。
シェルフィアさんの元に行くと、目を細めて喋りかけてくる。
「二人は仲がよろしいのですね」
「えーっと、まぁ……」
「と言っても、付き合いは三年ぐらいだけどね」
「そうなんですか?」
「出会いは行きずりでパーティ組んだ時さ。あの頃は九十九君弱かったねー!」
「いや、ミールィさんの方がもっと弱かったじゃん?レベルだって一番低かったし」
「そこはほら、極振りの力でレベル差を埋めてたから!」
「二人は仲が良いですねぇ」
そんな感じでゆるーく会話をしながら歩き、僕達はシェルフィアさんの言う蔵書室へと到着した。
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蔵書室、と言うよりも小学校の図書室に近い感じの部屋。ちなみに、その場所はと言うと、教会の礼拝室の奥、女神様の神像の真裏の部屋だった。僕達がいた場所は礼拝室よりも手前だったから、しらみ潰しに教会を見て行ったらかなり時間を喰っただろう。のんびりも悪くないけど、図書室への道程だけで若干飽きがきていたから、丁度良かった。
シェルフィアに先導されて、中を見て回る。すぐ入った横にカウンターがあって、神官と思われる女性が座っていた。
「ここが、教会にある本の全てですね。全部で1000冊もあるんですよ?」
「へー、そりゃあ凄い」
「なんか大きい本がいっぱいだね」
ミールィさんの言う通り、本の多くは分厚く、装丁も豪華で図鑑みたいに大きい本が殆どのようだ。……なんと言うか、鈍器に使えそうなものばかりだ。装丁の金属が余計にその印象を強めている。
「(あの本で殴ったら人、死にそうだよね)」
……ミールィさんも同じ事を想像したらしい。
「(一応言っとくけど、そう言うことシェルフィアさんに言ったら駄目だからね?)」
「(君って結構私の事下に見てるよね?)ダイジョブダイジョブ」
最後だけ小声ではない、通常の声色で明るく語る。不安だ。
「ここの蔵書は教本が大方を占めています。ミムザ教の教義に関する考察本や魔法の理を調べ記した本、農業やこの辺りの地質について研究した学者の方の研究内容等もあるんですよ?」
「随分雑多ですね~……」
「ふふっ、はい。私もそう思います。……実を言いますと、ここにある本は魔法士ギルド等の研究書のお下がりや写しが殆どなんです。ですから、ここにある本の内容は、関連するギルドに行けばここ以上の知識は簡単に手に入るんです」
「「?」」
シェルフィアさんの言葉がよく分からなかった僕達は、揃って首を傾げた。シェルフィアさんは、それを見て思わずと言った様子で、くすくすと小さく笑う。けど、すぐにはっとなって、両手で口を押さえた。恥ずかしさからか頬を薄く赤く染め、目を伏せる。
ちょぉっ!?それは反則でしょう!?可愛すぎか!?ついスクショ撮っちゃったじゃないか!!……「お気に入り」に保存しよう。
「コホン!……ええと、本と言うものは高級品と言うわけではないのですが、それなりにお金のかかるものです。ですから、元からあるものの写本が多いのです。そして、写本がある本ということは、その本に載っていることは広まっても構わない知識ということです。ギルドが組織である以上、利益の追求はあるものです。『ギルドに入ったら、色々教えてあげるよ』と誘っているわけです。はい」
「あー……なんとなく分かった」
シェルフィアさんがヤバいぐらい可愛くて話をあまり聞いてなかったけど、つまる所ギルドが非登録者に領分を犯されないように、情報をある程度抑えてるってことね。了解。
チラリと、ミールィさんを伺う。
「?」
ちっとも分かっていなかった。て言うか興味ないからって、聞いてなかったな?
後頭部にデコピンをくらわすと、ぴょこんぴょこんとウサギみたいに跳ねた。こっちはこっちで可愛いなぁ。
すいません。
リアル事情により、多分来週から1ヶ月ぐらいは投稿出来ない週があると思います。




