街に入って
「うっわ」
まず目の前に広がったのは、溢れ返りそうな人の群れだった。
これってもしかして、全部プレイヤーなの?人の頭上には、青のマーカーがあるからそうだとは思うけど……。見える範囲だけでも、100人以上はいる。
「うげぇ……」
これはちょっとなぁ……。
とりあえず、人の津波から逃れる為体を動かす。
そして、1分ほどかかったがなんとか脱出することが出来た。ここでようやく、周りを見る余裕が出来た。今僕が立っているのは、どうやら草原のようだ。
人の波の流れてくる大元には、大きな門が見える。そこから次々と人が溢れて来る。
あそこがプレイヤーの出現位置なのかな?人の流れる方向を見れば、街とその周囲に建つ防壁があった。恐らく、あの街がいわゆるRPGの「はじまりの街」なのだろう。
僕も向かうことにする。
街の入り口には、大して時間を置かずに着いた。門から100メートルも離れていなかったので当たり前だが、不思議とモンスターは襲って来なかった。遠目にモンスターらしき影が動いているのが見えたので、チュートリアル代わりにバトルかと思ったnだけど。
と言うか、門から街までのこの道は戦闘禁止エリアらしく、初期装備のチェックをしようとしたら、アイテムボックスから出せずに『ここは戦闘禁止エリアです。武器アイテムをアイテムボックス外に出すことは出来ません。移動して下さい』と言うシステムメッセージが。
しかも、移動制限まであるようだ。街から離れて先に草原でモンスターを狩ろうかと思ったら、途中で見えない壁のようなものにぶつかった。さっさと街に行けということらしい。
だから、街へ早速入った。街の入り口には中世風な装備を着た門番が立っていたが目を白黒させてばかりで、何かしようとしているわけでは無いらしい。
何の為にいるのと思わないでも無いが、まあ気にしないでおこう。待ち合わせもしているのだし。
そう。僕はゲーム内で待ち合わせをしている。
誰と?別ゲーで知り合ったゲーマーの一人だ。AWOとは別のMMORPGで、同クランに所属していたプレイヤーなのだが、リアルでも会ったことのあるそれなりの仲だ。
じゃあ、キャラメイクやらに時間かけずにさっさとゲーム始めろやとかは言わないで欲しい。むしろ、あの人の方がキャラメイクには時間をかける。今回も気合いの入った幼女姿でプレイしているだろうなぁ。
待ち合わせの場所も一応は決めているが、僕は何かこれ、と言ったものはアバターに取り入れているわけでは無い。あくまでそれなりにじっくり考えると時間の進みが早くなるだけだ。それだけですから。
街並みも人も、中世風と言うかファンタジー的な感じだ。僕の偏見かもしれないけど。こういう所は、他のRPGものと大して代わり映えはしない。
でも、リアリティーで言えばこちらの方が上だ。他のゲームでも、匂いや触感なんかはちゃんと搭載されていたが、技術が追い付いていなかったようで何処かわざとらしいと言うか、人工的なものを感じた。
しかし、これはどうだ。露天で売られている焼き鳥の肉の薫り。花屋の店先に置かれた花から薫る、甘い匂い。AWOは匂いがリアルと間違えてしまいそうなぐらいに自然に感じた。それだけではなく、目に見える景色や足の裏で感じる石畳の感触もそうだ。
明らかに、技術レベルが違う。AWOは間違い無く今までのゲームの一歩、いや二歩先は進んでいるだろう。そう感じさせるほどの感覚を歩いているだけで覚えた。
だが、何もそんなことだけを考えながら街を歩いていたわけでは無い。
目当ての建物を見つけたので、早速入る。
「すいませーん」
日本人特有の謝罪を口にしながら、店内を見回す。どうやらプレイヤーの姿はまだ無いようだ。てか店員の姿も見えない。
僕が入ったのは、道具屋だ。棚には様々な品物(?)が置かれている。薬瓶と思われるガラスの容器や赤茶色や黄土色をした拳大ほどの石、薬草っぽい植物にスコップ、バケツ等々。
道具屋として品揃えが良いというか雑多で纏まりが無いというか。店主は片付けが出来ない人か?
「はーい、いらっしゃいませー!」
女性の接客の挨拶が聞こえてきた。店の奥を見れば、エプロンを前にかけた栗色の髪をした女性が現れる。
「お客さんですね!いらっしゃいませ!」
「どうも。ここって、道具屋ですよね?」
看板は見ているので分かっているが、一応念の為。
僕の問いに、女性(多分店員さん)は元気よく応える。
「はい!ここはグーディ道具屋です!そして、私はこの店の主人のミアナです!」
店員さんじゃなくて店主の方だったか。なんだか勝手に、ここの店主は40過ぎの髪の後退した小太りのおじさん(偏見)だと思っていた。
ごめんね。
「これはご丁寧に。僕の名前は九十九です」
「ツクモさんですか!ツクモさんって『霧人』ですよね?鱗人の人までいるんですね!」
「ん?『霧人』?」
何それ?
「あれ、違いました?街の近くの『門』から来たんですよね?あの『門』から来た人たちのことを『霧人』って、私達は呼んでますけど」
「へぇ……。何で『霧人』?」
「えっとぅ……、確かふらっと現れてはいきなり消えて、死んでも何故か光とともに生き返るからだって聞きましたよ。死んでも死なない、いなくなって2度と戻ってこないから、掴み所が無いからまるで霧のように不確かな奴らだって。あ!あとあと、いつもはあの『門』って、霧で隠れてるんです。『霧人』さん達が出てくる時だけ、霧が晴れるそうですよ!」
これは、あれか。僕達プレイヤーがログアウトやゲーム自体を辞めた時の設定か。面白いな。
「それなら、多分僕も『霧人』だろうね」
「やっぱりそうでしたか!見たこと無い人だったので。……あ!それでツクモさん、何か買いますか?うちのお店、品揃えは良いんですよ!」
そう自慢気に胸を張るミアナさんは可愛らしいが、それよりも整理整頓をきちんとした方が良いと思うんだ。ま、僕が気にしても仕方無いよな。
店に関して気にするのを止めよう。
ミアナさんに僕の欲しいものを言うと、在庫はあったらしく直ぐに買うことが出来た。それで所持金が半分を切るという財布に多大なダメージが生じたが、必要経費
だ。しょうがないしょうがない。
うん。その筈だ。
「じゃあ」
「それじゃあ、またお越しをー!」
ミアナさんの元気な声を背中に受けながら、店を出る。
時間を確認すると、30分以上も店にいたらしい。時間が経つのがやけに早く感じる。
そろそろあの人が街に入ったかな?別に正確な時間を決めていたわけでも無いが、もし待たせてしまったら申し訳なくなる。僕は少し駆け足で、待ち合わせの場所へと向かうことにした。