ミールィ「なんだか寒気がする」
二章開始です。
再度ログインしたのは、早めの昼食をとった11時半過ぎだった。……また冷や麦だった。自分でも何か作るべきなのか?いやでも、僕あんまり料理得意じゃないし……。いやいや、だからこそ、夏休みにある程度練習しとくべきだろうか?ううむ、悩まし!
「ログインしたと思ったらなんでいきなり百面相始めるの君?」
「あ、ミールィさん」
幼女の声が聞こえりゅーと振り向けば銀髪ダークエルフロリこと僕のアイドルミールィたんがいた。……いや、冗談だからね?
「ミールィさんもログインしてたんだ」
「九十九クンを待ってたからね」
「? 約束してたっけ?」
ゲーム内で二日目が終わって、それぞれログアウトをしたけど、その時僕達は別に待ち合わせの約束なんてしていなかった。単純に、言うのを忘れていただけだが、ミールィさんは僕がログインすると分かっていたということだろうか?
「そんな不思議そうに見られても、簡単な話、九十九クンならサービス開始初日は一日中プレイするだろうなって思っただけさ」
「むむっ、心を読むとは卑怯な」
「簡単に読まれる君のゲーム思考を改善すれば心配は無くなるよ」
「そりゃあ出来ねえ相談だぜ」
「あら、どうして?」
「こうやって君に会えなくなるからさっ!」
「きゃっ☆」
頬に手を当ててくねんくねんと恥じらうように踊る。ノリが良いなぁ。
実際の所、ミールィさんの家まで地下鉄で30分ぐらいらしいから、会いに行こうと思えば行けるらしい。行ったこともないし、行く機会もないと思うけど。……あったら良いんだけどねぇ。
「んじゃ、よろしく」
「ほいほい」
もう定番化してきた、肩車状態になって、部屋を出る。あ、ミールィさんにとっては一緒にゲームをする以上に、移動手段として僕が必要だな。ミールィさんが召喚魔法に騎乗出来るタイプのモンスターを登録出来てミールィさんがそれに乗れればOKだけど、今の所見付からないし。
宿屋の入り口の方に歩いて行くと、カウンターで退屈そうに欠伸を噛み殺しているおばさんが、こちらを見る。
「ふぁあ……あ。来たかい、お二人さん」
「ん?僕達?」
「そうそう、あんた達」
「おばちゃんおはよう!」
「おはよう」
「はーい、おはよう。ま、もう11時前だけどねぇ」
んー……これってNPC視点からして、二人部屋に泊まる青年と幼女が昼前に起きてくるっていう中々どうして胡散臭い状況なんではなかろうか?いや、でも初日とか友好的に見られてた。今も怪しんでいる様子は見られない。
おばさんは人の良さそうな笑みを浮かべる。
「あんた達が渡した金は二日分だったろ?これからもここに泊まるってんなら払うもん払って貰わないといかんのさ。連泊するってんならちょっとはお安くするよ!」
「おおう、忘れてた……」
僕達がこの宿屋に泊まる際に渡したのは二日分だけだった。当時はそのぐらいしか払える金が無かったからだ。でも、短い間で大分貯まった。一旦ミールィさんを下ろして、所持金を確認すると結構あった。
どうする?
「…………」
うん。ミールィさんも視線でゴーサインを出したので、奮発して十日分ほど渡しておく。……渡し過ぎたかな?有り金の四割は多すぎたかもしれない。
ま、まあ良いか。ミールィさんもOK出したし。共犯だ共犯。
「ひーふーみーよーいーむーなーやーこーとー……うん、あるね。あんた達はこれからどうするんだい?」
「どうするってー?」
「また狩りに行こうかな、と思ってるぐらいだよ」
「戦うだけじゃなく街の方も見て行くと良い。あたしらの自慢の街さ!」
にこやかに笑うおばさんの表情には、自分の住む街への確かな誇りが感じられる。
「へー!良いんじゃない、九十九クン。見て行こうぜー」
「んー……そうだね。良いかもね」
MMORPGゲームは別にレベル上げとバトルだけが全てじゃない。そのゲームの世界観や製作の細やかな作り込みを見て行くのも楽しい。メインストーリー以外のサイドストーリーも楽しまないと損だろう。それに、そういう寄り道から面白いものや強力なアイテムが手に入ったりもする。
始まりの街の壁の決められた場所、決められた時間に「君が代」のリズムで23回攻撃アクションを叩き込むとラスボスダンジョンの中に行ける転移門が現れる、なんてバグではない仕様で存在したゲームなんかもあったなー。ただ素直に誰かの通ったシナリオを進めるよりも、自分で見付け未知を進む楽しさを味わいたいと思うのは、ゲーマーなら当然だろう。
「そうしな、そうしな」
「あ、それなら、どこを見るのがお勧めか教えてよ?」
ミールィさんがおばさんに聞く。
「そうだね……あんた達も中央のストリートには行っただろう?なら、教会には行ったかい?」
「教会?僕は近くに行ったぐらいだね」
「あ、私も!」
「あれ?」
そうなの?
「ミールィさん、じゃあその神官服どこで貰ったのさ?」
「教会前の路地裏。……(あの爺さんね、午後は高確率で路地裏に潜んでロリを観察してるらしいんだ)」
「僕の中でルー某さんの危険性が二段階ぐらい上がったんだけど!?」
小声で教えてくれた教会のトップとは思えない行動に戦慄する。怖っわ!怖っわ!
「ミールィさん、これからは絶対に、ぜっっったいに教会付近を一人で出歩かないでね!ね!?」
「い、いや、大丈夫でしょ?AWO全年齢対象だよ?ヤバイことにはならないって!…………多分」
「安心させたいの!?不安にさせたいの!?」
「それにー、ほら!私がしっかりしてれば良い話じゃん?」
「は?」
「え」
この人は何言ってるのかな?かな?
僕は意図的に笑顔を作り、ミールィさんの目を覗き込む。ミールィさんは目を逸らそうとしたので、両頬を引っ張って注意を向けさせる。ふにふにと心地良い柔らかさが指先を癒してくれる。
「ミールィさんがしっかりしてるー?何を言ってるのかなー?お菓子一つでほいほい付いていくミールィさんがー?」
「い、いや、ほらあれは別の世界線の話、だし……?」
「とりあえずゲームのことを世界線って言うの止めな」
彼女も自分自身にチョロさについて少しは自覚しているのか、油を一部にだけ注したせいでコマ送りが連続で起こっているような、カクンカクンとした不気味な挙動で目が泳いでいる。どうやってんだ?
「…………」
「…………っ」
気まずそうに身を捩らせたりはしているも、言葉を撤回しようとする様子はない。
不安だ。この人の中身が歳上であり、これがゲームの中の話だとしても不安だ。はっきり言ってしまえば、僕はミールィさんの自己管理能力について──最低でもゲーム内での彼女のやる気とか忍耐力とかそう言ったものについて、全くもって期待していない。それは、今まで彼女に振り回され、補助し、共に遊んできた経験から裏付けされているからだ。歴史は裏切らない。過去から得る教訓はなんと多いことか。
「あー……あんた達、店先でやらないでせめて部屋でやってくれないかい?」
「あ」
「あ」
膠着する空気。しかし、呆れたおばさんの声が容易く切り裂いた。
……うん。そう言えば、ここ宿屋だった。あと、おばさんと話してる最中だった。
「人の話の途中でいきなりいちゃつくんじゃないよ!ほら、部屋に行かないなら外に出てった出てった!」
いちゃついてはないけど……と思いつつも、宿屋から追い出される可能性も考えて大人しく二人して外に出る。
「仲が良いのは分かったからさ、教会にある本でも見に行きな。あんた達のためになる」
「あ、ありがとう!」
「ありがとー!」
言葉の端々から呆れを含ませつつも、教会についての情報をくれたおばさんに礼を言う。
さて。
「んー」
「へーい」
流れる動作でミールィさんを肩車し、歩き出す。
「じゃ、とりあえず教会行く?」
「だね~。どんな風か私も気になるし」
「それでは、教会へ向けしゅぱーつ」
「おー!」
見えないけど、拳を天に伸ばしてはしゃいでいるのが分かる。……ふむ、うやむやにする気か。まあ、良い。あの感じだと言っても聞かなそうだし、結局の所は僕がどれだけ目を配れるか、だ。
……最悪、鎖で縛っておこうかな。
僕の肩の上で、ミールィさんが小さく身震いをした。




