鬼猿襲来 1
「…………」
頭を押さえてぷるぷると震える幼女が視界の端に移るが、気にしない。恨めしげにこちらをジトッとした目で見ている気もするが、気にしない。気にしてはいけないのです。
「くくくっ……」
おいこら、笑いがこらえ切れてないぞフェルト。千代丸はミールィさんのさっきの言葉を反芻してちょっと血走った目で見てくるし、ジュリとティニャは興味深いとその目いっぱいで表現している。唯一ベルムシュラスさんだけは、食事を準備をして興味が無さそう……あ、違う。この人横目でちょいちょい見てくる。あんたもか!
どうやら5人とも、僕とミールィさんの関係がただならぬものだと思ったらしい。言葉にはしないが、聞きたいと思っているのだろうと察しはつく。
僕もゲーム内でそんなことを言い合う人たちに会ったら、リアルでそういう仲なんだろうと思うしね。
「はぁ……。別に君達が面白いと思うような関係じゃないよ?前に別のゲームで知り合ってリアルで会ったことあるってだけだし」
「じゃあ今回もその縁で?」
「そーそー。別にあれそれな関係ってわけじゃないよ」
「なーんだ」
「つーまんなーい」
「おい」
ゴキンと音が聞こえそうな勢いで、ジュリとティニャの頭に拳骨が落ちる。やったのはやっぱりというかフェルトだった。
ジュリとティニャはぐおおとか、ふぬぁあとか呻き声を上げ、千代丸はほっと息を吐き、ベルムシュラスさんは飲み物を飲む。
「他人のプライバシー聞いといて何言ってんだよ……後、九十九。あんまりリアルのこと話すのは感心しねえぞ?」
「忠告ありがとう。でも、ある程度話した方が被害が低くてね」
「被害?何がだ?」
意味が分からないと首を傾げるフェルト。
僕は涙目で頭をこするミールィさんを指差す。
「ああいうのが好きな人は、どこにでもいるんだよ」
「ああ、そういう……」
「理解が早くて助かるよ」
フェルトは話しやすくて良いなあ。フェルトとフレンドになれたのは、AWOで一番の幸運かもしれない。
今までやったゲームだと、出会ったプレイヤーの半分は嫉妬に狂った変態で、4分の1は僕を変態と思って侮蔑の目で見てくる人たち、残りの4分の1が比較的友好に接してくれる人たちというMMOなのに強制ソロプレイ染みたことまでやらされたこともある。
いや、ミールィさん──この時はキャラ名は違った──もいたんだけどさ。そのミールィさんのせいでパーティメンバーに常に空きがある状態でプレイすることになった。友好的なプレイヤーも、変態共が怖くて誘えなかったし。あいつらミールィさんと同じパーティになったからってだけで闇討ちPKしてくるから。
はぁ、と昔の記憶が思考をよぎり、つい溜め息をもらす。
いや、ね。別にPKプレイを悪く言うつもりも人の性的趣向に口出しする気も無いけどさ。節度を持てと。
お前ら揃いも揃って、パーティに誘いもせずに遠くから眺めてるだけじゃねえか!何ビビってんの!?ゲーム内くらい女子に自分から話しかけようか!?
問い質しても「持ってるやつに持ってないやつの気持ちが分かるか!!」の一点張り。持ってねーよ!15年間生きて、一度も彼氏彼女とか愛だの恋だのは接点無いわ!こちとらクラス内の女子からの評価が『善くも悪くも普通』だぞ!
もう、ね。他人の色恋を盗み見て青春してんなーと悟った目で見るしか僕は恋愛に関わることが出来ない。リア充爆発しろとかは別に思わないから、甘酸っぱい感じのを草葉の陰からにやにや眺めるのは許して欲しいです……。
尚、そのことをミールィさんに話したら、生暖かい目をしながら頭を撫でてきた。
少し気持ち良かったのは記憶に新しい。
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記憶の海から意識を引き上げ目の前に向けると、何故か膝の上にミールィさんがいた。
はて?
「ミールィさん?いつの間に?」
「九十九クンが一人百面相してる間だよ~」
胡座を組む僕の足の上に体育座りで納まる幼女は、僕の足にある鱗をつつと指先で撫でながら、そう応える。
周りを確認すれば、フェルト達はいつの間にか昼食をとっていた。あれ?
「お前がいきなり黙りこくったと思ったら、百面相始めるから驚いた」とパンを食べるフェルトから言われた。フェルトからしたら、話していた相手がいきなり奇行を始めたのだ。相当不気味だっただろう。ごめんね。
千代丸は近寄らず、けれど気になるのか時折視線を向けてくるがまあ無視で良いか。あの反応からして、なんとなく今まで何回か絡んできたやつらと同じ感じがする。
ジュリとティニャは昼食を食べながら、ミールィと話している。
ベルムシュラスさんは、僕達の様子を一歩引いて見ている。会話する気はあまり無さそうだ。
話し、ふざけ合い、それなりに和やかな空気が僕達の間に流れていた時、それは来た。
「ゴブロッ!ゴブロオッ!」
穏やかな空気を、ゴブリンの濁った声が切り裂く。その声は、警告。敵の来訪を告げる、始まりの音。
僕達は、お互いの顔を見合い、迅速に動く。
ザワザワザワザワ!
何かの動く音、何者かがこちらに向かう音。
それは早く、多く、もう既にすぐそこまで来ていた。
だから、急ぐ。ミールィさんを足から下ろし、不要なアイテムはアイテムボックスに収納、武器を手に取る。幼女の体を背負い、腰に纏めて吊るしておいたロープで僕の体に縛り付ける。
フェルト達が目を剥いているが、気にしない。
くそっ!もう来る!
「ゴブガァッ!」
「ギギャ!ギャッ!」
「ギキーキー!」
「グギャグーギギー!ギャキッ!」
「ギャギギャーギキ!」
森の中を木霊するのは、猿声。何匹、何十匹もの声が意味するのは、つまりその数。四方から聞こえる騒音に、ゴブリン1体の威嚇の声はなんの意味もなさない。
姿は隠しているものの、そう隠しきれるわけも無く、木々の隙間から毛深い筋肉の発達した体と赤くひかる双眸を見付けた。
「この鳴き声とあの体格……サルか!」
「九十九クン、上!」
「……!?」
ミールィさんの声に視線を上げれば、目に映るのは木に登るサルたち。
ああっ、そうだよな。お前らサルだもんなっ。木ぐらい登るよなクソッ!
面倒なことになると、荒れる心を落ち着かせながら思考を巡らせる。
「フェルト、このモンスター見覚えは?!」
「無い!βでもいなかった!」
「やっぱりか!」
フェルトの言葉を聞いて、舌打ちを内心する。
僕はこのカブラの森のエリアに行く際、ネットで出現モンスターをチェックしていた。そして、その知識にこのモンスターはいない。ついでに他のエリアも覚えたが、記憶に無い。βテスターであるフェルトにも聞いたが、答えは知らないという。
そして、おかしいのはこの異常な量のモンスターだ。こんなの序盤のエリアではまずあり得ない。
つまりは、だ。
「序盤エリアにモンスターハウスアップデートするなよ!」
楽しい楽しい決死の戦いの始まりだ!




