047 ミッション
どうぞ。
あんなことを言われた後では装備を買いたくなるのが普通だが、あの後に続けて言われた言葉を聞いてしまうと、気持ちはむしろ逆になった。
――じゃあ高い装備を買えばいいのか? それくらいの金はあるが。
――いいえ。力に変わるのは、事前にそれとして用意されたものだけ。
――用意された?
――そう。魔力の家畜……ユニークボスよ。
魔力の家畜という概念的な言い方はかなりアレだったのだが、理解はできた。
テュロさんが懇切丁寧に説明してくれたところによると、「家畜」は「我々には摂取できないものを、我々に摂取できる形に変換してくれるもの」という言い方だ。魔力を直接取り込める人間というのはもちろんいるわけがない。そこで「経験値」の登場というわけだ。魔力を取り込んで力にする魔物を倒すと、経験値が手に入る。そうすることで(効率はクソ悪いが)我々は魔力を取り込み、魔力を操ることができる、という説明だった。
で。
上の説明は、とくにユニーク要素がなかったと思う。じゃあどこに出てくるのかと言うと、そこから先についてだ。
例えば肉牛を飼っている国で、角に特化した牛が生まれたらどうなるだろうか。恐らく角が取れるまで育てられ、角だけしか価値を持たない牛になるだろう。これがユニークモンスターだ。ほかの普通のモンスターとは別の価値を持つものになる。
倒した敵の力を取り入れる、という原始的な信仰もあってか、ボスドロップの装備とかモンスター素材の武具はけっこう多い。しかし、そういうものではなくて唯一、しかも素材とかいう道を通らずに魂の一部を装備に変換するモンスターというのがユニークボスだ。
「無理じゃないですか!」
「やっと敬語を使う気になったのね。そうなのよ」
ユニークボスは「真名」を持つ。「しんめい」じゃなくて「まな」だ。この真名が多いほどたくさんのエネルギーを宿していて、しかも一人あたりの分け前が多いほど真名の分割率も小さくなり、強力なユニーク報酬装備が手に入るらしい。
「この指輪は〈歪曲輪ディエム・ロボム・ヴォーポノラ〉。三つの名前を持つ敵を一人で倒したから、三つ分のエネルギーが全部ひとつの指輪に集中したの」
「すごいですね……どんな力が?」
姿をねじ曲げる、方向をねじ曲げる、性能をねじ曲げるという力があって、簡単に言えば「本来の熟練度よりも習熟した擬態が使える」「矢の軌道を何度でも曲げられる」「作り出した武器の性能を一瞬で切り替えられる」というものらしい。
おっといかん、これじゃ初心者にはさっぱりか。
モンスターを倒したときに手に入るものは、そのモンスターの体の一部である「素材」とモンスターが個人的に持っていた「持ち物」がある。簡単な例を挙げつつ説明していこう。
例えば、亜人種を主に狩るプレイヤーは「汚い仕事」をしていると言われる。これは本体の素材がほとんど使えないのに妙にたくさんのアイテムを持っている……要するに略奪したアイテムを再略奪してることになるからだ。たまに人間の一部というオゾマシイモノが落ちてぎょっとするらしいが、これはもうざまあみろと言うほかない。「持ち物」はNPCから略奪された金品、装備や服の切れ端などひどいものが多いらしい。ちなみにゴブリンの棍棒なんかは持ち物だが素材アイテムという微妙な立ち位置だそうだ。
素材アイテムはそのままで、初心者がいちばんに狩ることも多いだろう〈キャタピラー〉は「虫糸くず」を落とす。単体だと売るしかないゴミだが、集めるとNPCに渡して雑巾にしてもらえる。雑巾はいろんなところで売れるし、渡すだけ渡して手間賃もいらずに感謝もしてもらえる。覚えておくといいことがあるはずだ。
ここでお休みだった疑問が起きてくるはずだ。〈スチールブレイドアーマー・ケイブサーペント〉は全身に生えた「鋼の尖鱗」を落としてくれる。〈コボルド・スピアソルジャー〉は手に持っている槍を取り落とし、俺たちにそのままドロップしてくれる。武器破壊したときはへし折れてて使えないときはあるが、それはそれだ。
じゃあ、楽器の形をしたボス〈ルナティックシルバー・ハルモニア〉から体のどこにも見当たらない「狂い銀のオペラグラス」とか「シンギングサーベル・プロローグ」なんてものが落ちる理由となると、説明しにくい――
が、まあそこんとこは「ゲームだから」という投げやりな理屈になってしまう。もしくはボスには魂の一部が変形する機能があって、それが彼らから装備をもらえる理由になっているんだろう、と思えばいい。ユニークボスじゃなくてもボスは多かれ少なかれ装備を落とす。デフォルトの機能とも思えないが、ボスあるあるではあるようだ。
「強すぎるボスは水槽を移されるのよね……。そこは惜しいわ」
「へえ? どういうことです」
比喩が多い人だ。
「エヴェルに聞いた話なんだけど……竜人の村ってあるじゃない? あれ、一回は滅んだらしいのよ。逃げ延びた末裔が、ボスがいなくなったのを確認して再興したらしいわ。九体の竜虫型ユニークボスが襲撃して……今の英雄がまだまだ若造なのは、その襲撃以後に生まれたってことらしいわ」
「水槽うんぬんは?」
「いなくなった、って言うけどね……どうやらどこか違う世界に行ったらしいの」
「違う世界……」
この世界は、ユニークボスにとっては保育園みたいなものらしい。ということは「学校」やら「会社」に匹敵するヤバい場所が存在しているのだろうか。
「交渉がうまくいくといいんだけど……どうなのかしら」
ごめんなさいひとりごと、と言ってから、テュロさんは「あら」と楽しそうに笑う。
「ノミー。お疲れさま、調子はどう?」
「至極快調です。其の青年は?」
鎧を付けていない女騎士みたいな人が通りがかった。貴族っぽいという言い方の方がしっくり来るだろうか、何だろう、少女漫画にでも出てきそうだ。
「この子が言ってたビヨールよ。どう?」
「確かに力を感じます。然し、装備があまり……」
いや、装備があまり整っていないようです、なんて感想がロールプレイング感マシマシの服着た女の人から出てきても困る。
「この子は求める服装がそのまま報酬として出てきてるの」
「なんだそりゃ……」
つまり、こんな服が欲しいなーと思ったらイメージ通りの服が報酬としてユニークボスから……ってそんなことあるか! と思ったが、全裸のときに服が出たという与太話を聞いたことがあるので、完全に嘘とも思えない。
「まあ靴と剣だけなんだけど。いずれはそうなるでしょうね」
「……俺はどうなるでしょうね」
「どうかしらね」
ノミーと呼ばれた人は華麗なる女剣士とでも言った風情だ。腰に提げている剣もレイピアだろう、いい感じに美しい細身の剣だった。
「というわけでミッションよ」
「まさか倒してこいって言うんじゃ」
「その通り」
「んな馬鹿な……」
主語やらいろんな言葉が欠落しているが、言いたいことはよく理解できる。俺の目的にも合致しているので、正しい目標だと思うが。
「どこにいるかも分からないし……俺の力に合ってるかどうかも分からないのに? もしかして情報を持ってるとか?」
「いいえぜんぜんよ。行ってらっしゃい、ビヨール。初めてのミッション、頑張ってね。力が足りないと思ったら手を貸してあげてもいいわ」
……もしかして、これをクリアしないと名前を変えてもらえないわけか。
えー、ごほん。
俺の予想通り、ユニークボスの情報は一切手に入らなかった。そりゃそうだ、もう少し強くなるのを待つっていう「育て屋」がいるかと思えば、法外な値段を吹っかけて嘘を売るクソッたれもいるし、本当に知っているやつでも装備は渡さないぞ的なオーラを放出して近寄らせない。まあ、当然と言えば当然だ。
ネトゲではよくあることらしいのだが、ある強いボスがいると大手ギルドがそこを占領してしまい、後から参加しようとするとよほどのことがない限り絶対にムリだ、という。デーノン近くのダンジョンのラスボスは死ぬほど強いのに大手に狩られまくっているし、たぶん集まっている情報も「現在攻略中」とかで知らせてはくれないだろう。必勝パターンができたときにはもう出涸らしに違いない。ユニークモンスターはただでさえたった一体しかいないって言うのに、ユニークボスならなおさらだ。
聞き耳を立てているといくらかは情報があるが、あっちもひそひそ声で話しているのでまともには聞こえてこない。
『……とうか?』『そうそう。……にいるって聞いたが、さすがに……』『いやいや、あそこはもう……尽くしただろが』『サファイアドラゴンの上位種がさ……』『今は封印されてるんだろ?』『違うって、別の。……二つある……』
紅玉竜系の双頭、奇形らしいユニークボスが見つかったとか、どこか探し尽くされた場所で新たなモンスターが見つかったらしいとか、そういう噂があった。ところどころ繕っているので間違っているかもしれない。
「おう。暇か、ビヨール?」
「ああ、ユイザさん。ユニークボスを倒してこいって無茶言われたよ」
「ならとっておきの話がある。着いて来い」
「……ああ、いいんだが」
化人族でも同じように、情報を独占しているやつは嫌われるだろう。と思って辺りを見回してみたが、誰もが押し黙ってうつむいていた。
「何が起きてる?」
「俺が英魔だからさ」
こっちにも普通のギルドがあり、普通の人たちがたくさんいる。人間がいないだけだ。ただ、人間がいないということがそれだけ大きな意味を持っているのかは、俺にもよく分からなかった。
勘定を済ませて店を出ると「ラゾッコで化け物を見かけた」と唐突に言われる。こっちを向かずに星空を見ているあたり、何を考えているかはやっぱり分からない。
「いや、それよりさっきのことなんだが。みんなが黙ってうつむいてたのは、どういうことなんだ? 何か因縁でもあるのか?」
「ちょっとうるさいやつらだったからな、前にシメたことがある。使えそうなやつは討伐に呼ぶこともあるが、今回は義理を通さにゃならんやつがいるから後回しだ」
人徳がありそうだとは感じていたが、やっぱりわりといい人だ。
「そもそもあそこでたむろしてるのは化人族の中でも新人でな。見た目がどうとかじゃなく、性能に釣られてきやがったサブキャラどもだ。強いことには強いが、エルティーネ周辺に湧くボスってのはそりゃあ強くてな」
「ああ、知ってるよ。俺もソロで挑んでボロ雑巾にされた」
黒歴史なので思い出したくない。
「すまん、脱線しちまったか。あの組織、強いやつを雇ってるとは思ったが、化身を雇っていやがったんだ……化身は知ってるな?」
「一定以上の力を持つモンスターが、擬態の上位派生で――」
「そう」
言葉は遮られたが、理解してるならいい、って意味だろう。
「ジョブはキラーホリックと呪法術師。ヤバいぜ」
「殺戮者……!? いや、モンスターが人間のジョブを?」
「殺人者」「殺人鬼」――とくる上級職だ。人間を相当な数で殺していないとなれないジョブだったと思う。補正は文字通りで、殺人に適したステータスが上がる。防御を捨てているので攻略は簡単だったはずだが、モンスターがとなると話は違う。
「なぜそんなやつを雇ってるんだ……?」
「俺が知ったことじゃないねえ。しかしまあ、化身としてのレベルもそうだ、モンスターとしてのレベルも相当あるだろう。三つ名だ」
「くっ、めちゃくちゃじゃないか!」
どうしてそんな、前代未聞の話に俺を巻き込むのだろうか。
「実は、エヴェルが人間の方に使えそうなのを見つけててな。俺も負けてられないってわけだ。おまえが使えないってことはまずないだろう、成長を期待してるぜ」
「喜んでいいものなのかな、そりゃ……」
期待されていると思うのも、任せてくれよと口で言うのも簡単だが、じゃあその期待に応えられるかということになると自信はあまりない。
「なに、俺やテュロに攻撃したようにやりゃいいんだ。通じないと思えば通じるまで攻撃手段を替え続ければいい。そうやって来たんだろう?」
「ああ、そうだが……」
「大丈夫だ」
そのときは、俺はユイザさんの言うことがさっぱり分からなかった。
「……伝承に残るようなボスじゃない限り、俺たちなら勝てるさ。とある人々……百人力なんてもんじゃない方々の力も借りる。心配はない」
「なら、いいんだが」
ここまで説得されたらもう、やらない方が損だ。それに、めったに手に入らないユニークボスの情報がそっちから転がり込んでくる異常事態がそうあるとも思えない。
「とりあえず準備を整えるぞ。アイテムの準備だ」
【悲報】モンスター、家畜だった
まあ、生き死にを管理する存在がいる時点で似たようなものですね。ゲームにおけるモンスターってだいたいそんなものだと……いや、モンハンは違うような。