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044 「赤い男」

 タイトルでわかる今回の敵。


 どうぞ。

 ビヨールは荒野の岩陰……ではなく、岩の上にいる。相手が見えにくいからである。


 息をひそめながら、通る馬車を眺める。交差する曲剣とそれを囲むスミレの紋章は、そう簡単に間違えられるものでもない。


「あれか」


 夜とはいえ、間違える方が難しいくらいだ。月明かりのもと、遠視筒でのぞいたエンブレムは違えようもない。そもそも曲がった剣を意匠に使う例はあまりないため、見分けは簡単だ。とある隊商のものらしいが、現在はこうして使われていた。湧き上がる怒りは、盗賊たちに向けるものではない。実質、単なる苛立ち、八つ当たりだ。


 しゅるりと鞭を伸ばして枝分かれさせ、馬車を襲撃する。とくに豪華でもなく、金のかかっていない幌を破って内部に侵入した鞭が――


「一撃っ!?」


 すべて、切断された。


「誰だあれは……!?」


 赤い革のジャケットに、赤い革のパンツ。七三分けの髪も恐ろしいほどにどす黒いクリムゾンで、ファッショナブルな格好でありながら走るスピードは化人族に匹敵する。


「同族……なら〈Shift/グレープ〉」


 リラ、リリー、グレープという三つの形態でも最強、凄まじい硬度を誇る甲殻と数種類の武器を自在に操る形態だ。同族と戦うときは、相性が分かるまで最強の形態で戦う。それはビヨールの鉄則だった。


 走りながら相手は変化し、亀裂のように青緑のゴーグル型複眼を装着した赤い怪人へと変わっていく。全身に走る亀裂は、内側から光を放っている。どうやら化人族特有の紋様らしい。紋様を宿すのはかなり高位、少なくとも五百レベルを超えたものだけだ。同族のうえ自分よりはるかに強い相手らしいと分かって、ビヨールはつい笑ってしまう。


「そんなのが狩りに来るほど、か」


 現実世界ならば一瞬で勝てるだろう。だが、ゲームのルールに則った戦いがしてみたい。そう思わせるような光景だった。


「いや護衛なんだろうけど。〈ブースト・スピア〉」


 限界まで力を溜め、およそマッハ5の突きを衝撃波として飛ばす。職業スキルで手に入れた力をさらに伸ばし、化人族のステータス補正で超強化した特技だった。


(かすってすらいないッ……!!)


「まあ早いんだがなあ、ちょっと遅い」

「どっちだよ」


 突っ込んできた男の声は、中年男性のものだ。


「早くて重い。なかなかいいと思うぜ」


 それなりの重さと鋭さ、頑丈さを兼ね備えた万能のダガーを必死に振るうが、さほど装甲が厚そうにも見えない拳はそれらことごとくを弾く。


「ならどうして弾かれる」

「簡単だ、パスキルだよ」


 パスキルにだって熟練度があるってことは知ってるだろう、と男は笑う。


「武器防御【超位】。まあ普通のスキルの強化版とか特殊版ってのはパスキルの王道だが、これは王道中の王道だ。ただ武器や武具で防御するときの防御率が上がるだけだぜ」


「だけって言葉がこれほど信用ならないのも珍しい」


 硬さだけで耐久度を測れるほどにまでは熟練していないが、傷み具合から逆算すれば初心者にでも耐久度は「見てとれる」ようになっている。相手の装甲には当然のように傷一つない――どころか、艶めいた光さえ宿っていた。


「人間狩りお疲れさま。盗賊狩りも大変結構な仕事だった。だが、この馬車を襲われるとちょっと困ることがあるんでね……説得には応じるのか?」


 応じればいい、と理性は知っている。落ち着いた相手なら必ずそうするものであり、この男はそういった約束をきっちりと守るタイプだろう。


「残念だが……殺ってみたくなった」

「いい返事だ――どこでリスポーンする」


「ラゾッコだ」

「いいだろう」


 グレープでは遅すぎる。


「〈Shift/リリー〉」


 黒百合というイメージは、実際のところどうでもいい。黒いハモの部分が分化して成長した化人族であるビヨールの第二形態は、ほかのどれよりも応用力や容赦のなさ、素早さが優れていた。


「ほう? そう来るか」

「こうするしかない」


 鞭が左右十ごと、合計二十に枝分かれして赤い化人族を襲う。


(やはりそうなるか――)


 鋭い攻撃が秒間三十ほど連続するが、男の拳は優れたAGIを持つビヨールの視力でも捉えきれないほどの敏捷性を発揮し、すべて叩き落とす。


(いや違うッ、手放さないと危険だ!)


 意思で制御している鞭に、思考では測れない何者かが侵入している感覚。それはすでに半ばを過ぎて、どんどんとこちらへ向かってきている。


「ほお、気付いたか。するとナチュラルかも知れんな」

「何だと……」


 半秒もない隙に、ぬるりと近付いた男は拳をこじ入れる。新たに作り出して硬化させた鞭だが、また「何か」の侵入を感知し、ビヨールはそれを手放した。


「手に持っていないと制御できないらしいな」

「ふん……」


 枝分かれさせていた方の鞭は、内部からずたずたになっている。いっそ破裂しないのが不思議に思えるほど、内部は充満している様子だ。外部からの制御だと単純な動きしかできず、硬化や軟化、伸縮のタイミングにもわずかながらラグが生じる。そのため、彼は手から離した鞭を利用する気はなかった。


(いや、あれを使ったら……俺に近付いた瞬間、何かが飛び出てくる)


 自分の内部に何かが入り込んでいるような、異様かつ吐き気を催すような感覚がある。今のところは鞭だけだと知っているが、それが体に叩き込まれたとき、内側から喰らい尽くされて人間爆弾に変わるだろう。


「警戒してるな……さっきの威勢はどうした?」

「世界は広いなと思っていたのさ」


 鞭の先端に神経を集中して、攻撃しながら――


「おお、そういう対処法か?」


 相手の拳を避ける。相手の拳に触れたとき何かを入れられるのなら、対処法はひとつ。相手に触れないで相手を攻撃するしかない。


「〈Shift/リラ〉」


 柔らかな青紫色の姿は、電気ウナギをモチーフにしている。その力は言うまでもなく、手にした武器から電流を流すことだ。


(完全には変わらない――両方を半分ずつ使うイメージ!!)


 鞭の色が、やや濁った青紫色に変化した。姿も完全にはシフトせず、刃の力と雷の力を同時に使うことができるように調整する。


「くっ、ぐ……」

「工夫してるな。いいぞ、そういうのが見たいんだ」


 二十の刃とまでは行かないが、その半数以上は使う。それぞれが激しく帯電し、凄まじい速さで一斉に男を襲った。ほとんどは当たらない。当たらず、避けられもせず、弾かれるわけでもない。そして受けられもしない。


「……なん」


 だ、と言おうとした男に、ばちりと白い衝撃が走る。


(成功……ここまで早くできるとは)


 ビヨールは鞭を制御しているというより、半ばルーティーンで動かしているだけだった。そしてそのルーティーンを高速で行い、さらに高速化、高速化を重ね、極まったそれが真空を作り出すまでに高速化する。


「なるほどな……。よっ、ほっ……掴めないと来たか」


 雷の衝撃を雨粒程度には感じているのか、顔をそむけながら振るう拳はややぎこちない。そして男は、どうやら雷を受ける選択をしたらしかった。


「喜べぼうず、お前は第一の奥義を見られるぜ」

「何を言ってる……」


 振りかぶった拳を地面に叩き付けた男は、そのまま何もしない。


(……残念だが。読めている)


 回避したビヨールは、数瞬遅く足元から飛び出た、どうにも形容しがたい恐ろしいものを見た。青黒い針金を束ねた有刺鉄線が命を持ったような、おぞましい半生物だ。


「おそ」

「ってのは、見せ技だ」


 背中にちくりと突き刺さった感触と、最初の鞭が死んでいる感覚を同時に受け取る。戦いながら移動していて、その鞭がどこにあるのか正確に把握していなかったつけだった。武器から抜け出た淵色の悪夢は、体内に広がっていく。


「〈破浸・臓喰〉」


 ゾウショクという音のままに、増え、喰らう。


「ガァぁアアアアッッ……!!!」


 口から、喉の中に、腹の中に、鼻腔に、鉄錆びの香りが満ち満ちた。


「エイマを相手にこれだけ戦えるたぁご立派、ご立派。ラゾッコだったな」


 骨や腱にまで何かが絡みついている不気味な気持ちを感じ取りながら、目もとにまでどろどろした血液が流れてくるのを感じながら、ビヨールは息絶えた。




 そして、復活する。


「すまんね。ちなみに護衛してた理由はこれだ」


 当然のように隣にいる赤い男は、大きめの上質な和紙を広げた。


「よぉく見ろ」

「……なるほど、すまないことをした」


 馬車にはヘッドライトなど付いておらず、星明かりで見た「交差する曲剣と囲むスミレ」のエンブレムはそのままに見えた。だが魔法の白い灯りの元でしっかり見ると、確かに少しばかり違う。具体的にはスミレの色がかなり濃い赤紫だった。


「どっちも黒に見えるからな。ポスターに書いてあるのも夜に見たんだろう? 魔法の明かりとまでは言わないが、アイテム類でしっかり見とくべきだぞ」


「いや、黄色っぽい灯りだと、どちらも同じに見えるんだ」

「なるほどねえ……これからはしっかり頼むぜ、盗賊狩りさんよ」


 知れ渡っている、と言うほどでもないが、盗賊狩りの噂は彼らの間では要警戒になっているらしい。同レベル帯を主に狩っていたところなので、盗賊狩りの実入りも考えて少し上のレベルが警戒され出す頃だろう。


「こんな商売をやる理由はなんだ。まさかお前ほどの戦士が金目当てだの義賊だのいうわけもないよなあ」


「それを封じられちゃ、ほとんどのやつは返事できないな」


 盗賊狩りは儲かる。盗賊そのものの懸賞金も、黙認されている賊からの収奪も「第二の盗賊」と言っていいくらいの儲けを叩き出せるのだ。ビヨールの行動原理は、確かに周りから見れば理解しがたく映るだろう。


 義賊というのは、ビヨールが吐き気を催すほど大嫌いな人種だった。


「駅前で……募金活動をしてるやつらがいるよな。あれほど腹が立つこともない……目の前にいる人間も助けられないやつらが、なぜ遠くにいる人を助けたがる……? 義賊だって同じことだ。本当に届いていると思わない限り、やらない」


小便臭(ガキくさ)い理屈だが、理解はできるな。金儲けじゃあない、人助けでもない……とするといったい何だ? 命を懸けてるようには見えないとすると『遊び』か」


 さっきの青黒い鉄虫より刺さる言葉だ。


「ストレス解消で人殺しをするってのは……どうなのかねえ。まあ、俺も金儲けでやってるわけだから同じなんだがね」


 ふざけているのか、とビヨールは迷う。諭そうとしているように聞こえたのに、言葉はすぐさま反転した。


「これだけの力を持ってるやつを腐らせておくのはもったいない。と思うんだが……それにエルダービーストから聞いてるぞ、お前の悩み」


「ちょっと待て、その名前は」


 あっ(察し)とばかりに、ビヨールは冷や汗をかく。


「気にすんな、許可されてるからいいんだよ。それよかお前の悩みだ」

「……知ってたのか?」


「いや、名前を見て初めて気付いたのさ。システム的に名前を変える方法はいくつかあるし、俺はそれを知ってる。いちばん手っ取り早い方法がある……俺はそれを提案できる。悪い取引じゃないだろう? ちょっとばかし俺に協力してくれれば、すぐにでも提案を聞かせてやるよ」


 悪辣な笑みを深くしながら、男は指をくるくると回す。どうやら癖らしい。


「……分かった。何をすればいい?」


「荷馬車を狩るのを手伝ってくれればいい。荷馬車の中身については……まあ、詮索するな。鑑定してみりゃ分かることだ、聞くまでもない」


 どうやらヤバいものらしい、と理解するが、詮索する気は起きない。


「……クエストの手伝い、という解釈でいいか?」


「まあ、そうだ。金儲けをするから、分け前もやる。きれいな金じゃないが、報酬として受け取っておけ」


 やれやれ、と思いながらもビヨールは、自分が暗黒の扉に手をかけているらしいことを悟った。




 二人はラゾッコを出て、北の荒野、つまりさっきと同じ場所にいた。荷馬車がよく通る場所であり、岩がいい感覚で立ち並ぶ、盗賊どもの格好の住処でもある。


「お前ほど何も聞かないやつは珍しいな。どうした? 聞くのが怖いか」

「いいや……聞いたところでやるんだろう」


「けっこう、けっこう……その意気だ。解説が習い性になっちまったが、黙って仕事ができそうでありがたいよ」


 決意というほどのものでもない。とある敗北を喫して以来、ビヨールはある程度の諦念を宿して生きていた。


「覚悟が決まってるわけじゃない。そうと決めてなくても流れでやらなきゃいけないことが出てくる……そういうときは、「できるだけ」の努力でやる。そうするとそれなりに成功する。名前を変えるにしても、流れに乗ればできることなんだろうな」


「二十歳にもならんでよくそれだけ悟れたもんだ……それもそうだな。俺だって格言は持ってるぜ。……「生きる覚悟がないやつに、死ぬ覚悟はできない」。……なんてな」


 ひどく重い声だった。


「さあ仕事だ。第一号だぜ」


 男は宣言した。


 そしてビヨールは、そこへ本来の目標を見つける。


「あれか」

 「生きる覚悟がないやつに、死ぬ覚悟はできない」ってのは、私がたどり着いた答えです。だから自殺を完遂できた人はもっと生きられたんじゃないか? ってのは暴論ですけどね。命があって生きていて、死ぬことができないならば流れで生きるしかないですし……。

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