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092 プール

 連続投稿これで終わり。明日起きられるかどうか瀬戸際な時間……生活を大事にしなきゃいけないな。


 どうぞ。

 自分が普通だと言えるほど、橋川もボケてはいない。彼には自分が見えている。しかし、自分が何を思っているのか把握することは、彼にとっても難しいことだった。


(楽しみなような……困ったような……どう、言えばいいんだろう、これは)


 少しばかりぎくしゃくした動きで、準備体操を終える。


(カタログには男女両方のデザインと色が載ってたからなぁ。いまさら聞くまでもないし、なんなら頭の中で像を作り上げられる)


 男性によく発達した図像把握能力と、日ごろからよく見ている樫原の全体像を使って、橋川は彼女の水着姿を脳内に作り上げた――が、その必要がまったくないことは分かっている。プールの反対側にいるため、遠くて誰が誰なのだかわかりづらいだけである。水泳帽をかぶっていることと、同じデザインを選んでいるものがそれなりに多かったため、今のところ彼女がどこにいるのかはとても分かりづらい。


(しかし、黒と紺色と水色という色の選択はともかく――。片方がおとなしいデザインなのに、片方はワンピースタイプとか嘘だ、どう見たってレオタードじゃないか)


 上半身に肩まで覆う水着、下が短めのスパッツになっているのがおとなしい方。足の切込みこそおとなしいもののどう見てもレオタードなのがおとなしくない方だ。


 両者は確かに似ているが、決めつけているのは橋川の邪念である。


 腰のところにある短めのひらひらは泳ぐのに邪魔ではないのだろうかと思ったが、スポーツ用品のデザインに謎のラインが入っていることが多いのと同じで、合理とは違う何かの強制力が働いているのだろう。短いためスカートにも見えないのがミソだ。


(おとなしくない……うん、おとなしくないな)


 左半身に肩から腰にかけて、曲線を使ったかんたんな模様が描かれている。アシンメトリーが売りということなのだろうか。


「見学のやつ、そんじゃあっちで見といてくれ」


 タイム測定するときには手伝いをすることもあるが、それまでは暇である。橋川はちょうどプールサイドの日陰の部分、男女が接近して話すことの多い場所に陣取った。ここにいれば、会話していても不自然な仲には思われないだろう。


 ……と思っていたところで、もうひとりいた見学の男子が彼の右隣に座る。


「よ」

「よっ……国富(こくふ)、どした?」


「名前覚えてんのか。あんまししゃべらねーから、てっきり忘れてると思ってた」

「いや、クラスメイトだろ……」


 名前を言うまでのタイムラグに思い出したので、忘れていたのとたいして変わりはない。


「せっかく見学だし話す機会あるじゃん、絡んどこうと思ったもんでさ」

「ああ、そういうことか」


 橋川も、休み時間には誰かに話しかけられることがある。


「樫原さんと何話してんの?」

「ああ、ゲームの相談」


 マジか、と国富は笑った。


「――狙わねえの?」

「ああ、そっちね」


 言われてみれば確かに――というわざとらしい返事をするのも手だが、普通の受け答えのほうがいいだろう。


「綺麗じゃん?」

「だね」


「プロポーションいいじゃん」

「うん」


 露骨に興味なさそうなのどうした、と国富は橋川をのぞきこむ。


「いや、それがさ。誰か好きな人がいるって言ってて」

「それお前じゃねえの」


「違うと思うけどね」

「すると、可能性あるわけだ」


 綺麗だ、とは思う。顔のパーツについて列挙しなくても、じゅうぶんに美少女といえる類のものだろう。それは友人についてもまったく同じことで、聖女のような扱いを受けている黒川や元気でみんなから人気抜群の梶木も、印象はやや違うものの容姿のレベルは同じくらいだ。いまひとつ冴えない国富が狙うにはやや高みにいるような気がするが、人気の高い二人よりはアクセスしやすそうだ、という考えなのだろうか。


 樫原――ユキカをめぐる複雑な事情をあれこれ言っても理解するには時間がかかる。ゲームの向こう側にいる人物を好きなのだと説明しても、あまりいい顔はされないだろう。


「ちょっといいことあってさ。自信が出てきた」

「へえ? よかったな、国富」


 理由のない自信ではなく、何かを成し遂げたからこその自信らしい。


「梶木さんとか黒川さんもスッゲーいいんだけどさ、樫原さんのあのクールさがたまらん。かと思うとさ、友達同士じゃ楽しく笑ってるじゃんか? かわいい」

「……うん、まあ、そうだね」


 中学二年生のときに好きになって以来、橋川には彼女しか見えていない。それが導きによるものであっても構わないと考えるほどに、焦がれている。


「なんだか目が虚ろだぜ……そうそう、俺のいいこと、教えとく」

「なに、なに」


「ボランティア活動とかやってる『レゾン』ってとこがあってさ、そこに入ったんだ。なんかいい感じのところだったんだ……人を助ける素質があったんじゃないかとか言われてさ! 今からでも遅くない、医者とか目指してみようかなって思って」

「……目標が見つかったのか。それはちょっと、うらやましいな」


(――ここで聞くとは)


 レゾン――『保存派(レゾン)』。


 そして、『人を助ける』という言葉。


「医者だと、どうだろう……厳しいんじゃないかな?」

「まだ高1じゃん、俺がんばるぜ?」


 それが杞憂であればいいのだが、と橋川が冷静に考えたそのとき「やっほー?」と気の抜けた声が聞こえた。


「橋川……と、国富。二人とも見学?」

「うおっ!? 眼福じゃんこれ……」


「そう? ありがと」


 さらりと流されているが、国富は気にした様子もない。


「たしかに、綺麗だね」

「よかった、ちょっと嬉しい」


 ほっそりとふっくらのちょうど中間地点にある、とても美しい体つきだった。彼も多くの曲線や体つきを見てきたが、その中でもっとも上に置いても許されると確信できるほど、それは美しかった。


 すべすべとつやのある、白いとは言ってもほんのりとかわいらしい赤みがさした肌。足の指は、ほっそりした手の指よりもさらに小さくて丸っこくて、珠のような爪が光っている。露出した部分も良いが、水着で隠れた部分もとても良い。なめらかな曲線を描くおなかも、夏服になってようやく意識するようになった胸も、彼女の女性らしさを文字通り押し出している。


「橋川もちゃんと見てんな。まあ、綺麗だしな」

「綺麗だからね」


 照れるなぁもう、と言いながら彼女は橋川の左隣に座った。


「泳いだんだ」

「もう始まってるし。水も滴るいい女だよ?」


「そうだね、プール後の髪乾かしてるところとか、ふだんは見られないかな」

「けっこう攻めるな橋川……」


 釣るようなことを言った樫原が自爆して真っ赤になっている構図は、国富にとってなかなか見られない光景である。なんだよかわいいじゃん、と国富は笑う。


「つか、なにこのラブコメ」

「いや、違うんだけどね……」


 はたから見ればそうなのだろう。表向きにも橋川の空回りだ。そして、実際にはラブコメそのもの――図解したとしてもまだわかりにくそうな関係性である。


「いやぁ水着っていいなぁ……目移りするぜ」

「色の中からこれを選んだのも、よく似合ってると思うよ」


「そう?」

「間違いない、間違いない……橋川の言うとおりだから」


 水色のワンピース、肩から腰にかけて薄紫のラインという、高校生が着ると犯罪的にすら見える水着だ。学校指定がこれで、しかも彼女のプロポーションだとなおさらである。


「梶木さんと黒川さんも、スゲー似合ってるよな」

「だよね? 分かってるぅ!」


 樫原は、二人の友達の水着について延々と語りだす。しかもその意見が国富とかなり一致している――橋川は内心で冷や汗が止まらなかった。


「活発だからスレンダーで、細身がすごく似合ってるよね」

「だよな、そう……黒川さんとかどうよあれ」


「クラスの聖女だからねー」

「あ、女子でもその認識……?」


 聖女だから一番なのです、と自分のことのように誇ってみせる。胸を張ると胸が張りすぎてすごいことになってるなぁ、と橋川はいまいち会話に入れずちょこちょこチラ見していた。


「あ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」




 ちょうど橋川たちも「タイム測るぞ、見学してるやつ来い」と言われて、日陰を離れる。日差しに耐えながら、橋川はタイム計測にも見学にも、会話にすら集中できないでいた。その理由は、当然例の『レゾン』についてだ。


 亡ぶべき、退化したものたちを保存しようとする愚か者ども。「存在」という言葉はただそこにあればいいというものではない、彼ら自身にその証明をするだけの何かがなければならないのだ。はるか過去へと堕し、虐殺にも抵抗できず、ただあるだけの**たち――本気で守ろうと思ってなどいまい。


 彼の持論ではあるが――滅んだものは、その理由があって滅ぶのだ。変化に対応できなかった古生物たちもそうであり、狩られて滅んでいった大型動物たちもそうだろう。空いた隙間には彼らが入り込み、滅んだものたちだけでなくその下の食べ物をすら奪い取る。


 滅んでいくものを守ることは、尊くも見えるだろう。しかし、それはただ無駄と傲慢とを混ぜ合わせた、心に対しての劇薬にすぎない。傲慢をどうにかできなかったものたちが暇つぶしにやるだけ……であれば、それは時間を浪費するだけの行為。世界全体の流れが個人の動きで変わることなど、まずありえない。世界を変えたとされる「裁定者」にしても、ただ流れを速めているだけなのだから。


「橋川、ちょっと変じゃない? だいじょうぶ?」

「ちょっと、ね――いろいろ起こってて、困ってるんだ」


 右手が現出したが、ほかの部位は未定。


 クラスメイトが敵に回ろうとしている――殺す気は起きない。


 肝心の本人はと言えば、まったく気付いた様子もなく日常を過ごしている。


(いや……それでいいんだ。僕のような残酷な目に遭って覚醒するなんて、ぜったいに許せない。二代目のように、まったく何事も覚えていない裁定者が理想的だ)


 記録にはそう書かれている。


(そう、プール……ほんのいっとき入って、すぐに抜け出す……そんな状況を作るために、僕は力を尽くすんだ)


「――でも、解決はできそうかなって」

「……けっこう、張り詰めた顔してる」


 付き合いも三か月以上になるので、見抜かれているのはなにも不思議なことではないのだろう。だとしても、彼女にだけは心配をかけたくなかった。


「もうちょっとで終わる仕事があってね……」

「嘘だ、すごい壁がある感じ」


「……わかるか。ふたつかみっつくらい壁がある――でも、終わらせるよ」

「過労で倒れたりとかしちゃだめだよ?」


 大丈夫だから――と、橋川は手を振ってごまかした。


(――この命の冒涜者に、そんなものはないからね)


 彼女のために捧げる命ならば、ある。


 それこそ、いくつでも(・・・・・)――――。

 「樫原結乃さんのモテ具合」とか作者的にはかなり気になったので男キャラを入れておきました。クラスメイトがぜんぜん登場していないこともありますが、モテない美少女っておかしいじゃねーか、って話で。あと樫原以外見えてない橋川だとほかの水着がまともに出てこねーんで、そういう都合もあります。あれ、それでも出てきてない……!? 時間がなかったからか……出さなきゃ(使命感)。また解説をやるときに水着のデザインを詳細に紹介したり……?


 ちなみにクッソ流されてるうえに一時しのぎでほぼごまかされてる模様……かわいそう。

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