091 罪も痛みも凍てつけば
めっちゃ重要な回。
どうぞ!
橋川にその話を聞いて、自分で聞いておきながらドン引きしたのはこの話だった。真摯な姿勢とか本人の優しさとか、そういうものをぶっちぎって、ちょっと拒否反応が出てしまった。たぶん、私が悪いわけじゃないと思う。
男子は女子のあれこれにいちいち突っ込まないし、知らないことは知らない……と、女子のほうは思っている。だから、例えば生理について異様に詳しい男子がいたらすごく気持ち悪いと思う。わりと本に載っていたりするのに、そういう反応が出る。自分のことでもないし、どうしてだか分からないけど、なんだかそうなってしまうのだ。
本もインターネットも男女の区別なんてしてないから、女子がエロサイトに入り込んでもいいし、女子が話している中に男がいてもばれない、なんてことも珍しくない。お互いに、情報はわりと手に入るものらしかった。ただ、その話題にもよる。
インナー装備は、見た目も着心地もそのまま下着だ。性能の見分け方は男女共通らしいと聞いてやっと納得した――というと、わかりすぎるほどわかると思う。
ゲーム内情報に詳しいにしても、女性下着に詳しい男っていくらなんでも――という、こっちの思い込みだった。色の名前をかなり細かく言ったり、大幅な形の名前……例えばビスチェとかそういう名前を示しただけだ。今考えるととんでもない冤罪だと思う。試しに聞いてみたらある程度答えてくれたけど、ゲームになさそうなものは知らなかった。へんな知識を付けさせてないかすごく不安だけど。
「それにしても……。服は外れレアなんだけどね」
「どういうこと?」
ほら、服って着てるからと橋川は意味不明なことを言った。
「ふつう、成長ボス討伐報酬アイテムは「不足しているもの」が出るからさ……ステータスを補填するものにせよ、服が出るってことはすごく珍しい。あんまし安物の服を着てるときは別だけど。けっこういいのを持ってたのに服が出た理由、当てようか?」
「あ、分かる?」
……ひとつに絞られるとは思うけど。
「敵の攻撃で焼かれたんだね?」
「うん、火傷とかひどかったよ」
手短な説明は役に立ったみたいで、橋川には何が起きたか半分以上把握済み、私からの情報ですべてが分かったようだ。
「なるほどね……。というか、そこまでボロボロになって、よく戦えたね」
「エヴェルさん、手足がなくても首が飛んでも戦ってたって。再生しなくても、ちょっとなら戦えるはずだって思ったら……思ったよりできた」
「あの人の真似はしないでほしいなぁ……」
「あ、うん。言ってたね」
私の真似はしなくていい――と言ってたけど、「初期の死亡事故」が関連しているらしいと知って、ちょっとだけ調べた。
痛みのフィードバックが少ないと、体の感覚が鈍る。あと痛みに関する感覚として「辛味」があるらしくて、一部の料理がおいしく食べられないことがあるらしい。それはともかく、「ダメージがすぐ分かって便利だから」と痛覚100パーセントONにして戦っている人がいたそうだ。
ところが――いったい何が起きたのか詳細は書かれていなかったけど――「殺し合いみたいなイベント」が起きて、ひとつでも多くのアイテムを獲得するために(たぶんキル・スコアみたいなものだろうけど)、ものすごい人数をキルした人たちがいた。リスポーン狩りというそうなんだけど、死亡から復活、その復活地点でまたすぐ相手をキルするなんて悪質なことを繰り返していたらしくて――効率的な方法として心臓を抜くというのがあった。
感覚再現100パーセントは、現実にもそれなりに影響する。心臓を抜かれた感覚がフィードバックした結果、現実には心臓があるのにそれが止まってしまい、ログアウトできない状態でそれが続いた。翌朝、その人は「心臓麻痺」で死んだということになったそうだ。橋川とかエヴェルさんから聞いてそこそこ知ってはいたけど、実際に調べてみるとちょっと違う。
「まあ、傷自体はフィードバックしないけどね。ただ、感覚のフィードバックから腕や足の麻痺なんてことは起きるかもしれないから、もう少し自分を大事にして」
「それ、あの人に真っ先に言ってあげて」
そうだね、と橋川は冷めた目をしていた。
「ところで、なんだけど。図らずも僕が言ったとおりになったのかな? 買い物上手じゃないなら、ボスドロップを狙おうって」
「ある、かな。じっさいアレの性能見て、ふつうの服じゃ足りないなって思ったもん」
「分割してなおそれなら、すごいね。どれだけ貯めてたのやら」
名前ひとつに能力ひとつが決まっていて、一人が倒すとふつうは名前が全部合わさったすっごいものが出るらしい。そうならなかった理由は分からないけど、橋川が言うには「服のために分割したんじゃないかな」ということだった。
「まあ、身もふたもないことを言うとね……どっちも必要だったってことなんじゃないかな。まだまだ上に行けるというか、そんな感じで」
「やっぱりあるのかな」
いまのところだけど、成長ボスが増えてるんだよねと橋川が言った。
「運営のキャンペーン期間なのかな、新しい力を得やすくなってる。弱いやつを見かけたらちょっかいかけてみるのも手だよ……もし倒したら、それだけすごい力と装備がただで手に入る。戦いに必要なものは消耗するけどね」
飲み薬タイプじゃなくてふりかけるタイプとか香水タイプのポーションはすごく便利で、瓶の回収のためにお金が余計にかかることを考えても損はしないと思う。出費は多いので、得たものを考えると「これからに期待」というところだろうか。
「でもさ。なんであんなボスがいるんだろうね? ゲームって、平等性とかでお客さんを呼び込むって聞いたよ? 何かすれば……運営にお金入れるとかすれば強くなれるから、それがゲームやるモチベーションになるって」
そうだね――、と橋川はかなり考え込んでいる様子だ。
「どう言えばいいんだろうね、独自性や唯一性、『その人らしさ』ってものが重要になるゲームだからさ……平等性っていうのはかなり違うね。強くなれないからゲームをやめる、それもひとつの選択だってことかな」
「すごい、投げっぱなしだね」
「VR空間の作られた目的に、そういう「自分を見つけよう」みたいなものも入ってるらしいんだ。アーグ・オンラインだけがゲームってわけじゃないよ」
「あ、それはそうだけど」
有名タイトルはいくつか――ぱっと浮かぶものなら三つか四つくらいはある。世界規模の広がりを見せているものもあるみたいだし、あんまりにもマニア向けすぎて逆に有名になってしまったものもあった。
ただ人が集まって、とくにイベントが起きるでもなく、部屋ごとの雰囲気を楽しむ――みたいな、「ザ・ルーム」というのが一番人気だったと思う。投げっぱなしの運営と言えばあっちもそうだ。やってる人に聞いたけど、たまに部屋のバリエーションとか置けるオブジェが追加されるだけで、それもひと月に一回あればいい方らしい。アパートで自分の部屋を作るなんてこともできるらしくて、VRに興味を持ったのはそれがきっかけだった。
思えば、どうしてこっちを始めたのかはよく分からない。四大タイトルと呼ばれる中でもぶっちぎりにリアルだとか、ファンタジーの世界にちょっとだけあこがれていたとか、そういうのじゃなくて――なにか、すごく惹かれるものを感じた。その正体がいったい何なのかいまだに分からないけど、理由の一端は見えた気がする。
「――あ、着替えに行かなきゃ」
「ん? なんだっけ」
「今日の体育、水泳だから」
「これで間に合うのがすごいね、ほんとに」
けっこう話した気がする、と言いたいところだけどほんの十分ほどしか話していなかった。今から教室に戻れば、男子が着替えを始める前に隣に移動できそうだ。まあ、男子が着替えてても橋川に荷物を取ってもらうけど。
まだちょっと話し足りなくて、廊下を歩きながらしゃべる。
「そうだったのか……体操服は置いてあるけど、水着は忘れてきたな」
「あ、そうなんだ」
ひどく苦手というわけではないけど、橋川は体育のときあまり楽しくなさそうにしている。中学とか小学校で体育に嫌な思い出でもあるのかもしれない。
「見学なら、女子の水着でも見たら?」
「学校指定の?」
興味のあるなしじゃなくて、ごく理性的にぶった切られた。
「プロポーションとかさ、見ない?」
「興味ないでもない、みたいなところだけど……まあ、じろじろ見るのはアレだから。ちらちら見るのも気持ち悪いし。あんまりね」
……こいつ、見たいんじゃなかろーか。
「どうせ話し足りないし、あとでまた話そうよ」
「――ああ、うん。悪くない……見学ったって、やることないからね」
友達と話すのは楽しいし、水着を着てあれこれを褒め合うとか、そういうのもいい。けどやっぱり、仲のいい男子にでも感想を聞いておいたほうがいい気がした。
上半身裸でポージングしてふざけ合っている男子を無視しながら教室に入って荷物だけさっと取り、隣に移動して着替える。男子はバカだからああやって笑っていられる……と思うけど、じっさいああやってずっと笑える神経は貴重だと思う。欲しくないけど。
上から体操服を着て、待っていてくれた二人と一緒にプールに向かう。
「遅かったね?」
「ちょっと話してた……いつもより早いし」
「いつも通りだと遅刻しますね」
「体育遅刻したらえらい目に遭うじゃん」
教室のカギを取りに行くとか遅れて冷たい目で見られるとかここぞとばかりにいじられたり叩かれたり、順川はずいぶんひどい目に遭っていた。……あれはもとがアレだからだろうけど。私は敵を作るタイプじゃないみたいだけど、誰からも好かれるほど人徳があるわけでもない。うざったいあれこれをかわすには、真面目にやるのが一番だった。
「そういや、順川ひどいことになってたよね。あれってアレだからだよね」
「しょうがないと思います」
メアがこう言うってなると、かなりひどかったみたいだ。他人の噂はあんまりしないし二人にも聞かないから、クラスのみんながどうで誰からどう思われてるとか詳しくは知らない。垂れ流されてくる会話はわりと聞こえるけど。
「そういやだけど、もう出てこられないのかな?」
「矯正院? 刑期終わるまで無理だと思うけど」
ユミナが、なんだか慌てるように答えた。
◇
[ (7月3日)
梶木(Lv6:D)に非適性者への処遇の教育。これで教育は終了し、アルバイトに任せる仕事はすべて指名可能になりました。使用した教材との関係が険悪だったようで、ありがちな拒否反応はほとんど見られません。将来有望な人材になりそうです。
(橋川周祐)
追記:基本構造の資料について、表記に誤字があります。
「マルチドース復層粒子→マルチドース複層粒子」(入門資料3ページ)
修正をお願いします。 ]
「えーっと、質問!」
「はい、どうぞ」
「仕組みについてはわかったんだけど……どうして粒子の濃度が年代につれて下がってるのか、もうちょっと簡単に説明してください!」
「君らしいね、わかった」
見た目に合わずひどく低い声の青年が、「あ、ここ誤字だ」と気付き――すぐさま顔を上げて「なんでもない」と声を元のトーンに戻す。
「難しい言葉をそのまま使いすぎたかな……? 要するに、縁を結ぶ人たちの中に『彼ら』が混じっていて、粒子濃度が低い人たちを結びつけ続けた。百年や二百年では薄まらなかっただろうけど、年代を経るうちに自然覚醒も減り、都市伝説とみなされるようになってくる。すると、――まあ、我々の目標と違う方向で成功しているのかな」
「もう名前が定着しちゃってるもんね」
それはそうだね、と彼は笑う。
「だが、それは我々の目指す方向じゃない。それならば、**が自ら辿っていった愚かな道となにも変わらないんだ。適応と言ってしまいたいのはやまやまだが……ニートが昼夜逆転するのは適応ではないし、家畜が肥え太るのも適応ではない」
「えっと……。あ、自分を保てってこと?」
「そう。彼らを見ただろう? 彼らなりによくやっているとは思うし、間違いではない。ただ、すべてを忘れて安寧に生きるというのは――、我々には許せないことだ。はるか昔、「矯正院」が創立されたときから、我々は**を許していなかった。そして今も許さず、滅びるまでその怒りは収まらないだろう」
橋川は急に端末を取りだした。
「――なんだ、この……いや、これは!?」
重みに耐えかねてひびを生じた金属のように、彼は笑った。
「――『祝え、その右手は現出した! いずれ訪れる美しき終末を祝福せよ。刃よ、降臨を妨げんとするものを砕け。世界を遂行せよ』――ふふふ……ふ、ふふ」
戸惑う少女をよそに、青年は狂ったように笑いだした。
「ああ――成功だ! 成功したんだ!! やっと、やっと……僕が……あの心臓が報われる日が来る!!」
次回、水着回……なんで学校指定。
ずいぶん前に「学校指定の水着って必要なくね?」と思ったことがありましたが、たぶん形状によってタイムに影響が出たり、いわゆる「華美な服装を取り締まる」うちに入っているからなんだろうなぁ、という結論を出しました。考えりゃ分かることだった……若気の至りです、ほんと。泳ぐの好きだったけど、水着は嫌いだったな。ここぞとばかりに下ネタ飛び交うし……。
ユキカの新しい装備は武器が「頂点紫星杖オーゼルク」、服が「浮遊妖美装エイニーノト」。焼失または修理が必要な装備が大半を占めており、とくに性能を選んでいなかった見た目装備(ルグーニオンの宿屋に置いてある。あくまで簡易の替えでしかない)を身に付けている状態です。高めのポーションとかで出費がけっこうあったところにこれなので、懐事情はさんざん……飲み薬のほうが安いのに、なんで香水タイプ買うのかなぁ。ちなみにキューナはお得なものが手に入って弾倉代が節約できたのでちょっと得、メアは装備の修復でわずかに損、ユキカが断トツ損してますね。これでもバランス取れてないけど。
橋川くんは予言が実現して大喜び。選ばれたせいでめちゃくちゃ苦しんでいたので、これが報われないということになったらどうなってたか……寝返ってたかもしれませんね。過去編ぜんぜん書けてないうえに、どこに挟もうかかなり気を遣いますね、これは……




