087 朧に霞む影薄く
……ヤバい、書き溜めが消えてく。
どうぞー。
男は素早かった。
『……やるじゃない』
そして、一言も発せずに戦っていた。
霧によって視界が霞む中で回転斬撃がゆらゆらと空間を切り裂き、男はそれをものともせずにすり抜けるがごとく回避し――戦闘は夢か幻かという様相を呈していた。
彼が攻勢に出ないのは、後ろにいる少女二人をかばってのことだ。少しでも軌道をずらされて狙われれば、こちらの防衛対象はすぐに倒れてしまう。ギリギリ弾くことができる距離、狙いの位置にいる必要があった。法銃使いとヒーラーという組み合わせは、戦闘要員としてみるとそこまで悪いものではない。しかし、それは戦闘において機能すると仮定できればの話だ。
片方はHPの四割を失って回復中、もう片方も動作に支障が出ている。彼女らを戦いに出すのは不可能だろう。死に怯えたもの、けが人、どちらにしても万全の状態とはいいがたい。
(……そう考えてしまうのは、甘すぎるのだろうがね)
教育ギルド「クレッフェル学園」では、体力が尽きるまで戦うすべを教えられる。ぎりぎりになっても戦闘能力を失わない方法を教わり、体の一部を欠損してさえ戦い続けろと言われる。しかし、エヴェルに焼き付いたトラウマはそれを是としない。自分がそうやって戦うことについてためらいはないが、誰かにそうさせることは彼の中で禁忌に近いほど強く戒められていた。
弾き、かわし、すり抜ける。
切り裂き、操作し、飛ばす。
抜き放たれた刀が所在なげに見えるほど、彼らのやることは変わらない。エヴェルはひたすらに攻撃を避け続け、ガルはやたらめったら斬撃を飛ばしている。
『ねえ、どうして攻撃してこないのよ? 守るなら倒さなきゃダメじゃない』
男は立ち止まり、一撃を刀で受けた。
「――そうか。これでだいたい把握した」
そして、いっきに攻勢に移る。
『――どうして』
「攻撃の曲がり方のクセ、それにブラフの出し方。角度のばらつき、逆に精度、狙いたい位置と狙えていない位置。これだけ分かれば見えたも同然だ」
刀は、姿を霞ませていたガルを確実に捉えていた。むろん、不意を突かれたとからといって受けるほど遅い彼女でもない。
『やるわね……。見た中では最強かしら』
「レベルも、種族も違う。当然のことだ」
多少能力の高い敵がいようと、ガルクスヴェイザーの認識はそう変わらない。個人に対する評価など、そんなものだ。
ガルの鎌とエヴェルの鎌が触れ合い、一瞬にすら満たない時間の攻防で、互いを凄まじいまでに傷付ける。
『私と互角……あなた、いったい何者なの』
「付き添いのユニークハンター……いや、英魔エヴェル・ザグルゥスだ」
押し黙ったまま、ガルは考えた。
(スキルの正体は割れてるのかしらね……。似たようなことをできる魔法も持ってないし――エセとはいえ物理型だもの、私)
エヴェルは、同じように立ち止まっている。
「……こちらから仕掛けろということか」
『ちょっと、違うわよ!?』
するりと滑る刃が、ぞっとするような速度で急所に迫る。あちらの手よりはずっと自然に扱うことができるはずの鎌も、わずかに反応が遅れるというハンデを抱えれば、「手に持った剣」と同程度のものにしかならない。
(まずいわね……あの子より装甲が薄いから、ダメージも大きい)
純粋〈レイドスピード〉であるガルは、強化に制限が多い――ほかの装職を持たないために、相乗効果や絡み合った強さが期待できないのだ。ルクのように基礎能力すべてが補正を受けるようなとんでもない性能の生物はそうそういない。妹のあまりの規格外さを改めて認識しながら――しかし、その弱点も知っている姉として、ここで退くわけにはいかないと強く意識した。
だが――。
五十年を費やして鍛えた竜人の剣技に匹敵する、恐ろしく鋭い絶技。数年の時間をほとんど浪費に近いような使い方をして、ばかばかしいほど愚直に鍛え上げた技術である。どれだけの手間がかかっているのかというそれはともかく、ガルには破れない。
人の急所は知っている。じわじわとダメージを与える手段も知っている。いやがらせのような攻撃の仕方もしっていた。だが当てられない。なめすぎていたようだと知っても、後の祭りだ。そもそもガルには、これ以上できることがなかった。単一性能特化型のモンスターには、これが似合っている――本当の化け物には敵わないのだ。
「〈蟲開き・砕刃〉」
相手の攻撃力に応じて威力が増減する特技――これまた、今日この場において使用されるためにあるかのようなものだった。
為す術がないわけではない。攻撃するために防御が甘くなっている男に対して、ガルの攻撃はいくらか当たっていた。自分を巻き込まないぎりぎりまで回転斬撃を飛ばすが、それもすべて手のうちと言わんばかりに、男は装備をいくつか切り替えて対応している。
「言ってしまうとたいへんな失礼に当たるのだろうが……ここに出てくる成長ボスは、どれもかなり初歩的なものだ。ギミックや性能に関しても、そこまですさまじいものではない。それが初心者を連れてくる理由だ」
片方の鎌を切り飛ばしながら、男は言った。
「ラトリオンのように能力とギミックを併せ持ったものでもなければ、ユェルジェンのように純粋性能で叩き潰すものでもない。できることを全力で行った君の行動はたしかにすばらしいとは思うが、情けや戦力評価に影響を及ぼすものではない」
奇跡のように残っている右の鎌を突き込み、ガルはそれが確かに心臓を破壊したことを感じる。鼓動がぬるり、ずる、と刃を滑り、恐ろしい量の血液がドロドロと流れた。
「――内臓ひとつ程度では、私は死なない」
がっきと掴み、その手に力を込める。
『や、やめて――離して、やめてっ!』
太い声はそれを懇願したが、手は止まらない。
『あ、くっ……う』
ギリ、ギリと甲殻がきしんでひび割れ、ゴチィッ……と、筋が引っ張られて抜け出るむごたらしい音が、黄色い血液とともに流れた。
「スキルの発動に端末は必要ないはずだ。できるだろう?」
『あなたのほうが……、まるで、化け物ね』
精一杯の負け惜しみのつもりだったのだろう。
「――あとはただの的だ。攻撃は私が防ごう、やってくれ」
エヴェルは手を振って、キューナとメアを促した。
合図は伝わり、二人は特技や魔法や弾丸をめちゃめちゃに放つ。その薄い装甲を貫くのには、ほんの200レベルもあればいい。幻で姿を隠し、素早さを以て回避する必要があったのは、当然ながらそれを耐える装甲がなかったからだ。装甲を穿ち、砕き、肉をえぐり千切られて、虫はぼろぼろに傷付いていく。
相手の体力がいくら膨大でも、雨のように降り注ぐ攻撃をいつまでも耐えられる道理はない。積みを裏返す手段もなく、それはある種弱い者いじめのような様子にさえ見えただろう。
「言い忘れていたが。我々の目的は君たちと同じだ。我々が力を付けることは、君たちにとってマイナスにはならないよ」
『……本当に。あなたの目は、いったいどこを見てるのかしら。敵とか味方とか、そういうのはどうしたの? モンスターとか人間とか、考えたことはないの?』
「残念だが、ないね。私は迫害されるほうだったんだ」
しばし、二人は笑い合った。
『結局、妹はむざむざ殺されるわ、私も死ぬわ……まったくの無駄だったのね』
「そんなものさ。友達を無くし、亡くして、命を捧げる相手を守り抜くことだけが生きがいになった。どうでもいいイベントや時間の無駄としか思えないような仕事をこなして、その結果は――。ふふ、笑えるだろう?」
濁った声に自嘲がまとわりついて、その恐るべきシルエットをなびかせる。
『あなたも苦労してるのね……』
「憐れむ必要はない。世界の定める理なら、私はそれに従う」
さっと振った刃が、ガルクスヴェイザーの首から上を消滅した。
「――終わったね。無事かな?」
「いちおう」
「無事です」
「ダメージを受けたほうが言うのかい」
構わないが、と言いながら彼は個人に向けたシステムアナウンスを聞く。
「ダヴィルゲイズ、か。覚えておこう」
「こっちも出ました……これが、ユニークの?」
キューナの手元に、ひとつの四角いものが落ちていた。
「……弾倉?」
「法銃の銃身耐久レベルに合ったものなら、すぐに使えるよ」
「〈透散雨刃ガルクスヴェイザー〉……」
レーティングはやや低めだが、性能は「透明の刃を撃ち出す」というすさまじいものだ。
「ユニーク装備、と呼ばれているんだが……成長ボスの持っていた力の一部を手に入れることができる。ボスドロップの強化版といったところかな」
「すごい……! あれが使えるんですか?」
「だろうね。君にはそれが必要だったということだろう……そして、メアちゃんよりも君の功績が優っていたということかな?」
「――エヴェルさん、ユキカは」
チュートリアルだ、とユニークハンターは口に立てた指を当てる。
「メアちゃん、君もいずれはそうなる」
「そう、とは」
「自分の目的を後回しにする事態が出てくる、ということさ。聞きたいことは」
「レーティングってどういう基準なんですか?」
難しい質問だね――と、彼は数瞬考えこんだ。
「どのくらい珍しいか。工業生産で数千数万作られているものならいくらでもあるが、このアイテムのように今ここにたったひとつしかないものはレーティングが高い。とはいえ、ひとつの基準でしかないだろうね」
言葉が短いテンポで切り込むように出てくる。
「無理、しないでください」
「私たちも心配だから――行ってあげてください、ね?」
エヴェルは、言葉もなく消え去った。
「……やっぱり、急いでいましたね」
「口調が落ち着いてなかったもんね。言葉は落ち着いてるけど、そのぶん不自然」
言われている当人が何を思っているのか、それは知れない。否、聞いていたとしてもまったく耳に入れないだろう。木々をなぎ倒さんばかりの勢いで、彼は山頂を目指していた。
(どんなことがあっても守るだとか、君に近寄る危険はなぎ倒すだとか、そんなことは言っていないが。いや、そんな女性には興味がないのだが)
鳥籠の姫を守る鉄格子など、自分の役割にはふさわしくない。
固い言葉で表しても、それは固い意味にしかならないだろう。
(私は、隣を歩きたい――! すぐに追い抜かれるだろう、だが彼女の隣にいたい。その力を授かったからと言っても、私は慢心などしない)
剣姫にかしずくに、戦士ほどふさわしいものはいない。ただの壁が、盾が、いったい姫に何をできるというのだ。近くに仕え、共に戦う戦士――それこそが、彼の目指した道。穢された魂の向かう先は、限りない光へのあこがれ以外にありえない。
「むっ……」
光の柱が、地面を融解している。
「きっと勝つと信じている……しかし、しかしだ。おこがましい私の願いではあるが――わずかでもいい、その力添えをさせてくれ」
降り注いだ雷が、運命を決した。
彼にはそれが理解できた。
「――ゆっちゃん!! 私だ!」
そうか構成変えたんだった、といまさら気付いていたり。というか書きたいシーンから書いてることがあるので、ガル戦のが後に書いてたりする。
次でオーゼルクと決着ですね。こうご期待、かな?




