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042 トライシフト

 世界地図を書いてみようかなと思ったり、書き溜めがほぼできたので連続更新可能になったり、最近はいいことがいっぱいです。ということは……ああ。アレに関してはいいことがない前触れですか。


 どうぞ。

 4月下旬から5月上旬にかけては、初心者狩りが湧く最悪の時期である。本当の初心者は金もアイテムも持たず、ただ弱いというだけだが、春に始めたゲームを少しばかり進めて奪えるものを持ち始めた初心者は最高の獲物になる。それまでのフィールドを出て冒険してみたいという気持ちや、一緒に始めたのに早くも先達から目をかけられている者たちへの憧憬、少しばかりの焦りが彼らへ字義通り「冒険」――危険を冒させる。


「ヒューう! きゃーかっクぅいー! まだ挑むんだねェー!」


 五人パーティー崩壊の危機を乗り越えて、新たなステージへ出たと思ったのもつかの間、そんなものよりもはるかに恐ろしい危機が迫っているとは彼らは思っていなかった。


「おォイ、ほかのメンバー全部倒れてるぜェー、もういいでしょが。ねえパーティーリーダーのカリオンくん?」


 答えずに振るった剣は凄まじい力ではじき返されるが、どうにか持ちこたえ、二撃目に移る。しかし「ゾクゾク」の持つほんの小さなバックラーをどうやっても破壊することができず、折れた剣尖が激しい光を放ちつつくるくると舞い上がり、空中で消えた。


「あーあーもったいねェーなァ、モンスタードロップの剣ってNPCに売ると高いってのにさァー、つい折っちゃったよ。なァーだからさ、俺にしがみついて殴っても無駄ですからね、学習しようね?」


 カリオンはゾクゾクの足元にしがみつき、どうにかダメージを与えようと、無言で泣きながらその足を殴りつけている。


「レベルが違うのっつってんでしょが! ラベルじゃねェーよ、レベル! おれもきみも確かに人間だけど、おれ562レベあっから。装備品とかもぜんぜん違うしねェ、最初のダンジョンでいい剣手に入れて調子こいてる? レベル三百の職人が作った盾のが強いんだってのにさァー、もう」


 見てみ? とゾクゾクは突き立てた中指で捕まった仲間たちを示す。


「殺すだけだしさ、ドロップアイテムを奪うっつってるだけでしょが。何も全部吐き出せっつって拷問して殺して、女は***、***! とか言ってないよねェー? おれら良心的なPKだよォー? 「チン道中」の連中とか見てみ、あれやべーぜ?」


 強盗・殺人・性犯罪・NPCへの犯罪などで指名手配されている連中である。彼らは「もっとレベルが高い狩場」でそれらを行っているため、止めようと思うと彼らと同等の戦力を用意しなければならない。


「おいティムポンコ、ちょっとあれやれ」

「やめ……!」


 残酷なことじゃねェーよォ、とゾクゾクは冷笑する。


 ティムポンコと呼ばれた皮下画(スキンアート)を入れた男が、にっこりと無邪気に笑いつつ「エル野」のロングスカートの端っこをつまむ。


「ほーれ見てみカリオンくん? おれときみの紳士協定。きみはプライド守りたいっつうことでしょが? つーとあの子のスカートがまくり上がっちゃうのはどうなのよ? だーいじょーぶだよ殺す以外には何にもしない。落ちたアイテムは奪うけどもそれ以外は何にもしません。契約書交わしてもいいぜェーん?」


「ぐっ……!!」


 ふくす、ニカ、エル野、倉蔵揉々はいい仲間だ。そして優秀な仲間で、自分をわかってくれると思ってもいる。しかし、カリオンは「自分のために死ね」とまで言えるような冷酷な人間ではなかった。


「はいじゃあ約束。いーち! おれたちは、決してきみたちにこれ以上の、体力を減らさないものでも乱暴をしません! にー! きみたちのドロップアイテム以外は、むりやり取ったりしません! さーん! かわいそうなので首を一撃で切り離して殺しまーす!」


「言葉の暴力は、許され――」


 カリオンの首が飛んだ。そしてころころと転がり、光の粒になって消える。


「ませーん。でも耳を切っちゃうと痛いだろ? 首切ります!」


 はい押さえてねーと言いながら、ゾクゾクは順繰りに首を飛ばし、その日のわずかな収穫を得た。




 本拠地である廃棄された砦で、ゾクゾクはつい叫んでしまった。


「ひゃーしょっぼマジか! 五千ルト! うわー!」

「うるせっすよボス。ガチでしょぼいっすけど」


 レベル二十程度の五人パーティーから得た収穫は、けっきょく五千ルトほどだった。円・ルト変換倍率はおそらく一倍だが、一家全員を皆殺しにして五万円程度しか手に入らなかったに等しい。あまりに貧乏なパーティーであるわけではなく、もうちょっと脂の乗ったパーティーを選ばなかった彼らの失態だった。


「えぇー、マジかよ。これじゃ宿代にもならねーでしょが。別にいいけどさァー、儲けあってのPKなわけでしょが? レベル百くらいを狙わないとマジ貧乏だねェー」


「だから言ったんすよ、ハイドばれてないからどうでもいいって。ぬるまんが「あっかわいい子だ」とか言うからこんなあほくせーバトルする羽目に……」


 下半身はもっこりしたブリーフのみのぬるまんが「てへっ」と笑う。


「***したいやつは強くなってチン道中入りなさい! うちの子はもっと紳士的にやるのよ! お金儲けの手段を徹底的に楽にしたいだけなの、あたし」


「ボスきもいっす」


 わざわざ裏声で言っているあたり冗談めかしているが、本当のことである。


「つーか未成年***したいとかガチ犯罪者は消えてどうぞ、氏ね。初心者が自分で儲ける、俺たちが吸い取る。そんで楽して強くなる。いい循環じゃん?」


「PKするのもドロップアイテム取るのも犯罪スコアにカウントされないっすもんね。ボスもしかしてヘタレなだけっすか?」


「おいおいチミぃ、おれをそんなヘタレだと思ってもらっちゃー困るなァー! チン道中の連中は好き放題やってるが、犯罪スコアは決して巻きもどらねェ危険なモンなんだよ。逆の「道徳スコア」でもあればそいつを積んで犯罪しまくるアホもいんだろーけど、スコアでデスペナルティーの量が増えるってのがマジであるうちは、おれのギルドじゃPK以外しませんぜぃ」


 レベルが上がれば上がるほど、パーセントや割合で決まっているデスペナルティーは重くなる。犯罪スコアによる倍率を合わせれば、レベルが一気に十、二十下がる危険すらあるのだ。


「バーチャルだから大丈夫とか誰が言ってんの? ぜんぶサーバー通してるんだからカウントされてるでしょが。脅迫で全部出させるには何人か殺す必要あるけど、いちばんのレア持ってるやつ最初に殺して持ち逃げされたらアホ極まりないでしょが」


 要するに「らくに、らくに」というのがこのギルド「盗ぞく団」の方針だ。漢字を書いていないのは楽にするためでもなんでもなく、ゾクゾクの名前を入れてのことであるが。


「つーかぬるまん? おまえこのあいだ女の子のパンツ取って泣かせたでしょが? あれうちの方針と違うお? ……今度やったら追い出すぞん?」


「ごめんなさい、もうやりません」


 言うことは聞かないわ、でも妙に強いわで扱いに困るメンバーである。とはいえ強いことには間違いなく、こちらのレベルより格上のプレイヤーさえ仕留めるほどだ。こうやってふざけた言い方をしないと相手をしてくれないのは、もう慣れというほかない。


「ティムポンコいい子だけど見た目が超怖い。やべーやつでしょが」

「えー、傷付くなぁ」


 殺人さえしなければ好青年である。あとスキンヘッドでなくてそこに刺青を入れていなければ、ちっとも怖くない……はずだ。


「女の子のスカートを堂々とめくれるようになったのは、ボスのおかげです!」

「リアルでやんなよ? 区別つけなきゃだめよティムポンコちゃん?」


「わかってますよ、やだな」

「あと怖さ演出のためにしゃべらんようにね」


 話すといい子感マシマシなので、しゃべらないほうが怖い。あとこれで笑顔を向けると子供が泣く、といって傷付いているナイーブな心の持ち主でもある。だったらその頭を何とかしろというほかない。


「あとシャッキリ、てめーはそこそこ使えるしいいやつだぜ」

「そりゃどうもっす。少数精鋭っつう言い訳、いい加減にやめません?」


 おう、と言うほかない。ゾクゾクの方針について来られなかったものは、次々にほかのPKギルドや盗賊ギルドに移っていった。ゾクゾクはビビりで、しかも蹂躙する楽しさを知らないというのが一般的なアウトサイダーたちの評価である。しかしながら明確な一線を引く彼を評価するものも、少ないながら存在する。


「おれらはいい子ちゃんでいたいわけじゃあねェー、取り返しの付かない、胸糞悪いことだけは決してやらねえようにしてるだけさ。良心的なPKに引っかかった方が被害者も幸せでしょが? あのチン道中の連中に最初っから***されたり拷問されてみ? ふつうゲームやめるよねェー」


 ゾクゾクが言うまでもないことだった。初心者がまだ多くを学ばないうちに消えてしまう原因の多くは、ゲームに対して何らかのトラウマが生まれたからである。そのトラウマの原因は、あらゆる種類の犯罪や敵対行為、もしくは人間関係のトラブルであることが多い。その中には、当然「PKや嫌がらせの被害者になったこと」も含まれている。


「おれたちは、これからも清く正しいPKでありつづけまーす! ……お?」


 砦から窓の外を見ていたゾクゾクは、何かが恐ろしい速度で通りすぎたのを見た。


「おまえら、警戒態勢ぃ! 強いのが討伐に来てるかもしれぬよ」

「強いの?」


「ぬるまんより強い。おれ瞬殺されるかもし――」


 ゾクゾクの体に、窓の外から現れた何かが巻き付く。紫色の、触手のようなつるのような、とにかく長い二本の何かだった。


「お、え?」

「〈Shift/リラ〉」


 声変わりする途中の少年の声が、不思議な言葉を発する。瞬間、触手が薄い青紫に変色して、輝くほどの電流を流す。


「おぎゃあああああ!? 電気ィいいッ! のおおおなんか生まれる! 生まれるぅううううあああああ!?」


 直前までゾクゾクの体があった場所に、宣言通り、焼け焦げた死体が生まれた……というのは少々無理があるが、そういうことにしておこう。


「〈Shift/リリー〉」


 あまり美しくない黒に変色した触手がゆらゆらと躍り、枝分かれしてぬるまんやシャッキリに襲いかかる。ティムポンコはどうにか触手をすべてかわすが、後ろに現れた気配を察して前に飛び出した瞬間、触手に捕まる。


「四人……? もっと多かったはずだけど……」


 現れた声の主は、真っ黒い姿の化人族だった。ゆるやかに波打つヒレの意匠が含まれてはいるが、薄い装甲や白い牙の装飾はモチーフを簡単にはうかがわせない。


「そこ突っ込むのはボスに悪いですよ。死んだ相手に礼儀を尽くさないなんて、道義に反してます!」


「PKがそれを言うのか。くだらないな……〈Shift/グレープ〉」

「ふぉ、フォームチェンジ……!?」


 何かの「黒い魚」をモチーフとした黒い姿が、その色と形をまったく別のものに変えていく。薄い装甲は異常に分厚く頑強なものへ、ヒレのような装飾は消えて鋭いとげが並び、ある種かわいらしい丸みと剣のような直線を併せ持つ、紫の姿は――


「カブトガニ……?」

「正解」


 もっこりした股間を少し揺らしつつ、比喩ではない剣を振り下ろしたぬるまんが吹き飛ばされる。シャッキリも小型の鉈を叩き付けるが、腕の強固な装甲には衝撃があったようにすら見えない。


「くそ、てめえ名前は……ビヨール・ウン――」

「違う」


 シャッキリの上半身が消し飛ぶ。


「ローマ字読みするな」

「してませんよぉ!?」


 ティムポンコは、新たに作り出された剣で、秒間いくらになるかも分からないほどの連撃を受けて瞬殺された。吹き飛ばされたぬるまんも、もっこりの度合いを増しつつ立ち向かったが縦に二等分されて即死する。ポロリする暇もないほどの速度であった。


「……つまらない……」


 これだけの惨劇を作り出しておいて、少年の言葉はたったそれだけだ。


「つまらない」


 これ見よがしに机に並べられたものの中には、レアアイテムもある。裸で放っておかれている現金は百万ルトを超えると思われた。これを盗むことが目的であるならば、目を輝かせてインベントリを開くと思われたが――少年は、なにもしない。


「ばかばかしい」


 陳列棚に並べられた戦利品は、恐らくかなり格上の相手を仕留めたときのものだろう。床に置かれているカネなどよりもずっと貴重で、それこそ千金に値するかもしれない。極めつけに、倒された彼らの死んだ地点には彼らがドロップしたアイテムと金銭が転がっている。復活地点からここへ来るまでに強奪すれば、まず取り返すことは不可能である。これこそ利益目的でPKするプレイヤーたちの求めるものなのだが――


 やはり少年は、何もしなかった。


「つまらない……」


 何をするでもなく、少年は窓から飛び降りていった。

 キレる青年(違


 素直に適正レベル帯のモンスター狩ったほうがずっと儲かるだろうに……とも思いますが、ビギナーズラックで手に入れたものがそろそろ出始めるころなので、初心者狩りはそれはそれで馬鹿にならないみたいです。自分より強い人を倒したら、自分の装備してるものより等級のいいアイテムが手に入りますし、得といえば得かも。


 普通のギルドより癖の強い人材が多いので、扱いに困ることが多いかもしれませんね……。

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