076 「モンスター使役(アンデッド編)Ⅱ」
今回はグロ注意。
どうぞ。
「旦那? どうしたのさ→」
「ああ、スペイ。よく来たな」
ユイザ・ガラストゥラはいつにもなく優しい口調で配下の一人に話しかけた。
「突然だが、ヤツの本業は知ってるか?」
「ヤツって……誰のこと←」
「エヴェルの、だ」
「→知らないよ?↓」
なかなか面白い経歴の持ち主でなぁ、とユイザは笑う。
「なんと高校生をやりながら、実力者として闇の仕事にも携わってるんだとよ」
「へえ……↓」
ぼろマントを羽織った彼は、にこりともせずに答える。
「で、だ。あいつから面白い情報が入ってきてな……最近、あちこちで妙な殺し合いが多発してるんだと。世間はカルト教団がやったんだの自殺クラブが過激化したんだの推測してるが、その根拠ってのがなあ……どうにも納得しづらい証拠なんだ」
世間のあれこれに疎いユキカは現実世界の事件についてさっぱり言及していなかったが、新聞を読みながら朝食を食うようなおっさんであるユイザはそうでもない。
「まあ、強盗事件の犯人どもみてーな屑どもは即殺でいいんだが、目的が分からない人殺しくらいは少し待ってやってもいい。そう思って放置してたらこれだ……。まったく、失望したぜスペイ」
被害者はいずれも、首筋に何かを注射した痕が残っていた、という。何も知らないものならば、それは薬物注射による凶暴化を狙ったものか、または被害者の一部の死因となっている「毒物」が血管に入ったときの傷だと考えるだろう。
しかし、ユイザがそれを読んで感じたことはひとつだった。
「データごときを何人殺そうといっこうに構わんし、何を奪ってもいいと言ったよな。だがそれがどういう理由で発言されたことなのか、考えたことはあるか」
スペイのパーソナルスキルは、糸を張った空間の範囲内では感知能力が大幅に上がる、という素体になったクモの性能を存分に発揮している、いかにもそれらしいものだ。ただ、彼の戦闘スタイルが現実のジョロウグモやコガネグモのような「待ち伏せ」型かというと、そうであると言い切ることはできない。
「お前に衝動があるのを分かってたからだ。戦争だのなんだの関係なく、お前は命を管理したがっていたし……殺人を楽しんでいたからなあ。こっちでの殺人ならいいんだが、なあ、俺がお前に言ったことは覚えてるよな」
生物の甲殻らしい仮面を顔と同じに傾けながら、スペイはつぶやく。
「……『ハザードには手を出すな』↑」
「分かってて、か……。さすがに救いようがねえなあ」
「旦那もぼくのすることは理解できないか」
「俺は言われたとおりにハザードを増やしてるだけなんでね」
瞬時の交錯は、糸と針金の光を散らして双方が無為に終わる。
「おいおい、針金を切っちまう糸なんて聞いてねえぞ?」
「ぼくの力は、それなりに鍛えてあるからさあ↑」
当然、逆のはったりである。この糸が装甲を貫き得るとしても、ユイザにはそれを防御する手段があった。糸という軽い物体はどうしても遅く、そして軽くなりがちだ。加えてユイザのパスキルは武器防御という「受け止めること」に特化したものの強化版、普通に考えれば劣るはずもない。
「どうした? 腐りかけのアンデッドなんぞ怖くもなんともないぜ」
「そうだろうけど→」
しまったな、とユイザはとりあえず男だったらしいひも付き半生ゾンビを粉砕した。
現実世界における事件に出てきた「首筋に空いた穴」の正体は、ひも付き半生ゾンビのひもがくっついていた場所のことである。毒を注入してとりあえずは言うことを聞かせるが、その毒が数日かけて神経をゆっくりと破壊していくことは本人も気付いていない。なお、現実では首筋という中枢神経に近い場所に打ち込まれたため、数日と言わず一日ほどで死に至っている。
徐々に反応が悪くなっていくという欠点はこのためであり、食事がそれなりにできれば毒との共存もあるいは可能かもしれないが、ずぼらなスペイはゾンビたちに餌をやるほど勤勉でもなかった。
「そこの半端ものには効くよね?↑↑」
「あ?」
初めて気付いたふりをしたが、今更だ。
「どんな気持ちかな?↑ がんばって一緒に強くなろうって言っていた虫けらがこうやって死んでいるのは↑。どうせ君のことだから自分を投影していたんだろ?↑ 姉がいなきゃ何もできない自分を……?」
声がどろどろと歪んでいく。ぎしり、ぎしりと突き出ていくのは蜘蛛の足、ぬらぬらと異様に輝くのはぞっとするほど大量に、密に生えた剛毛だ。背中から生え、顔を掴むように覆い隠し、肩からも補助腕のようにぞろりと伸びている。蜘蛛の怪人、という言葉を限りなく醜く、おぞましく、不気味にデザインすればこうなるだろう姿だ。
「死にたくないからさ……ぼくは暴れるよ。それに旦那?↑ ぼくは隠してただけだよ、死体を操れないなんて面白くないし。まあ、操れても大して面白くないけど↑↑」
だって悲鳴が聞こえないからさぁ、と彼は口器を開いた。
「命を自分のために使えなくて泣く彼らが、最高に面白いんだ↑↑。守りたいものを自分で殺してしまったときの叫び……↑。死にたくないのに殺し合う涙……↑↑。王道はやっぱり、絆を裏切られたときの悲しみかな↑↑。母親に首を絞められる息子に、弟に刺される兄。父親に手足を折られる娘も、姉を失って父親を殺しに行く弟も、最高に楽しかったね↑↑」
「興味ねえが、さすがに胸糞悪ぃなあ。それによ、それって人間じゃあねえだろ? 人間以外は好き勝手に殺していいものじゃあねえんだぜ、そこんとこは分かってるんだろうな」
血のような真紅を纏い、全身に青緑色のひび割れを刻む怪人。
「その通りだ。ハザードをむやみに殺傷することは我々の目的に反する。当然、王の方針にもだ。スペイ・クリームベッタリ、英魔の配下でありながら王への背信行為を行ったことは重大な罪だ」
全身に刃を備えた、藤色の怪人。
「あなたがそれを言ってもお笑いにしかならないけどね↓?」
「何を言う……私は王にも『彼』にも歯向かったことなどないよ。真正面から売るケンカなら、真正面から叩き潰して問題あるまい」
「来なよ↓。→もっとも、ぼくが何をするかは予想できないだろうけど?」
英魔は必ずしも最強の集団というわけではない。そして、配下も戦力の一部を隠していることがあり、絶対の忠誠を誓っているものは少ないのだと彼ら自身知っていた。犯罪者の寄せ集めであるユイザたちは、その中でも最低の集団だ。
「いや、まあ……予想はできてるぜ」
ルギスがここにいるのは、恐らくは復讐のためだろう。しかし相性が悪い彼が出てきても大した助けにはならない。それはただ、あることを伝える――言葉を使わずに伝えるためにいるのだ。
「スペイ。お前は英魔の配下から除名する。国家の追う犯罪者ってことになるな」
「そっか↑」
オーブケージから出したのは――半死人と、邪法で蘇生した死人だった。
「……きたねえなぁ、カビ生えてるぜ」
アンデッドは保存方法がよくないとさらに腐ってゆくため、種類が変わったり戦闘能力が著しく落ちる。生物を飼育するためにあるオーブケージには入れないのがセオリーだが、何か狙いがあると見るべきだろう。
ひどい有様だ、と言いたいのはルギスだけではなかっただろう。肌が灰色に濁って髪がばらばらにこぼれ、鎖骨から入った一撃はそのままに再生していない。おびただしくこびりついた血は真っ黒く固まって、劣化したペンキのように剥がれている。唇から粘液がたらりと落ち、半開きの口から白いものがのぞいていた。
「いやぁ、女の子は手入れが必要だたぁ聞いてたが、ここまでとはな」
「……そういう問題ではないだろう、ユイザ」
その「白いもの」が歯であれば、まだ残酷には見えなかったかもしれない。ぼこっ、という異音を聞いたのはある意味で幸運だったのかもしれない。ルギスはごとりと落ちたものと、その中に入っていたものを見なくて済んだ。
「不本意だが同意しよう、じっさい手入れは重要らしいね」
「うげぇ……ったぁく、こんなになるまで放ってたのかよ」
あるいは肉を焼いたときのそれにも似た、ある種の化学反応が引き起こすタンパク質の臭気。遠回しに表現するほかない、あまりにもおぞましい出来事が起きていたのだろう。襲いかかってきたそれを、エヴェルは一瞬でばらばらに破壊した。アンデッドを構成する負のエネルギーが拡散し、女性の遺体は一瞬で光になって消滅する。
「ふふ……↑↑。いずれ君たちの大事な人もこうなるよ」
「そうさせないために、仕留めておこう」
エヴェルは、左手を前に、右手を後ろに構える。
「最初に言っておくが、私は決して君を許さない。どうあっても、どのような経過をたどっても、どのような手段を使ってでも殺す」
ユイザは「破侵」の針金で、接触すると侵入する透明結界を張り、その維持に集中している。実際に攻撃を行うのはエヴェルだった。双方初期からプレイしていることもあり、戦闘経験の差はほとんどない。だが、それでもなおエヴェルは優位を保っている。
「おかしいな、普通のプレイヤーはぼくとは戦いにくそうなんだけど↓」
「あいにくと人型を変形したものとは戦い慣れていてね。知っているだろう?」
背中から蜘蛛の足が生えた怪人、という姿のスペイは誰もが戦いにくそうにしていた。エヴェル相手でも少しは通じると思っていたが、違ったようだ。
「ルギス、少し手を貸してくれないか?」
「うん、いいよ」
瞬間、恐るべき勢いで爪が繰り出された。
二本の肢をルギスに向けながら残りの肢をエヴェルへの攻撃に使い、腕と足は移動と防御に使うことになる。
「→これは、逃げなきゃね」
いくら狡猾で手駒がたくさんいるとはいっても、未知のパーソナルスキルをいくらでも隠し持つ彼らを二人同時に相手するのは無謀だ。英魔一人ならなんとかなるかもしれない、と考えていたのは失敗だが、要するに逃げればいいだけの話だった。
スペイはさっと飛び退いて、エヴェルの渾身の一撃をかわした。ユイザは走り去っていく彼を嘲笑するが、スペイはオーブケージを起動していく。
「逃げられると思うか?」
「旦那、あんたに弱点がないとでも?」
呼び出されていた半死人といま呼び出したアンデッドが五人ほど、結界に突撃する。当然のように結界に触れた瞬間に青黒いものに浸食されて倒れていくが、糸でつながれた彼らは動きを止めようとしない。
「おいおい……」
透明結界の利点は、当然だがそれが見えないことだ。可視化され、しかも小さくとも穴を開けられてしまえば、その穴を広げて脱出することも可能になる。アンデッド使いがコストを顧みずにそれを行うことは想定済みだが、ユイザも人間を使うことには嫌悪を感じたらしく、一瞬だけ動作が鈍る。
「ユイザ、解除してくれ」
「おう」
スペイはやや損傷した肢を器用に使い、おそろしい速度で跳躍して逃げた。
「まずいよ、エヴェルさん、ユイザさん」
「いや……ルギス、彼らの弔いを済ませたら『みんな』に魔法の準備をさせてくれ。相手がすることは予想が付いている」
エヴェルはとくに心配している様子でもなく、ルギスに指示を出す。
「……うん。分かった」
「頼んだよ、ルギス」
こんなことになったのは――つまり、友達のエメロドラグーンを死体として利用されることになったのは、王と自分の発言が原因だった。
――気になったのだがな。配下の中では誰が最も強い?
――さあな。どう思う、お前ら。
――そう言われましても……私などは戦闘に向いていませんからねぇ。
――みんなで戦えばいいんじゃない? 観客も入れて。
――ほう、いい思い付きだ。
――ナイスアイデアだぜ、ルギス……さっそくやろう。
ディーロが企画し、配下たちが闘技場でバトルロワイヤルをする羽目になった、ということ自体を恨んではいない。ルギスは閉鎖空間での戦いも得意で、飛行していれば大概の攻撃を避けることも可能だ。唯一警戒すべきは攻防自在で同じようなスキルを持ったシュリーファだが、あの人魚は回避特化なので包囲すれば楽に削れる。
そう思って臨んだ配下たちのバトルロワイヤルは、想像以上に楽しい地獄だった。遠距離攻撃を持ったもの、というより遠近自在の怪物がほとんどだったのだ。結末としては桜とシウルの相打ちで終わったが、ルギスにはトラウマを残した。
無限に続く遠距離火力で終わらせようと考えたルギスは、友達の一人が目に異様な光を宿しているのに気が付いた。集って獲物を食い殺す野生のエメロドラグーンでもこうはいかないというほど恐ろしい、狂騒状態の眼光だ。そして隣にいたもうひとりの友達に何かが撃ちこまれるのを見た。緑に紫の縞が入ったいやな色彩の棘、つながった白い糸は――毒々しくおぞましい色彩の、蜘蛛の化け物から伸びている。そして彼の目の色は泥のように濁り、一瞬で距離を詰めたかと思うとルギスを激しく殴りつけた。
パーソナルスキルが誕生する経緯はよく知られておらず、求める力が発現するのだとも、システムが判断した「付け加えるべきチカラ」が目覚めるのだとも言われている。しかし、どちらであっても理解しがたいスキルだった。生き物に糸を繋げ、相手の意思とは関係なく操ることができるなど、道理に反している。
「みんな。やっと帰ってきたよ」
直截に怒りを表すもの、嘆くもの、復讐の方法を提案するもの。彼らも千差万別で、個性がある。
「ね、久々にみんな出てきていいよ。全員でやろう。糸が届かない距離からやっちゃえば、一方的に殺せるからね」
甲殻さえ腐りかけたエメロドラグーンの死骸は、「何か」の匂いを残している。
「そうだよ……この匂いがするやつが出てきたら教えて。指示は出すから」
腐汁を流す、ヘルメットほどの大きさがある昆虫の頭部に頬ずりしながら、ルギスは静かにつぶやく。
「ともだちをこんな使い方するなんてさ、ダメだよね?」
昔はゴアサイト(死体画像などを集めた趣味人たちのまとめサイト)をよくのぞいていたのと、なんであれ「ものを眺める」なんて趣味があったので腐乱死体もそれなりに見ています(人間は含まない)。腐ったものについてはそこそこ見たことがあるので、それを文字で表現できればどこまででもイケてしまう。でもまあ、皆さんはグロも腐乱も苦手でしょうし……と思ってちょっと抑えました。
川の近くで鯉の腐乱死体眺めるとか、お祝いの席のタイを骨の一つまで分解するなんて、よい子の皆さんはぜったいに真似しないでくださいね。おかげでこんな人間ができあがっています……。あ、でも死体がどうこう言ってる場合じゃなくてですね、お知らせがあります。
[お知らせ]
就職しました。自由時間は一日当たり二時間しかないので投稿ペースはガタ落ちします。加えてどっかに投げようと思っている「あわせ鏡テラリウム」を執筆中なのでさらに落ちます。アウルム更新は三ヶ月に一度でも不可能、こちらもひと月単位でお待たせすることになりそうです。
執筆をやめることはありませんが、ペース自体は大幅に落ちます。ご了承ください。




