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074 心をほぐして

 今日はめんどくさい人間関係の話。


 どうぞ。

 シャツも半袖になった六月は、そろそろ水泳のあるころだった。エリが学校指定の水着を買いに行くのに付き合っていると、「ゆのんはどっち買ったの?」と聞いてくる。


「こっち」

「だよね」


 中学校のときは上下に分かれた水着が学校指定だったけど、きついしダサいので嫌だった。水着はふつうぴったりしてきついものだからいいけど、加えてダサいとなるとちょっと違ってくる。


 というわけで、横の部分にわずかなフリルがくっついているワンピースタイプの水着、それと中学校時代と大して変わらないセパレートタイプの水着、どっちを選ぶかは決まりきったことだった。ちょこっとのフリルがおしゃれか、とか色のバリエーションがどうかと考えると大して変わらないし、そもそも競泳水着にそんなものを求める方が変じゃないかな、と思うことはあるけど、どうせ選ぶならと思う気持ちもある。


「男子は選ばなくていいから楽だよね」

「ほんとにね」


 一種類しかないからそれを選ぶしかない、というのは不自由に聞こえてもすごく楽だ。実質ないような違いを探さなくて済むし、個性なんて冗談みたいな言葉を嘘でも口にしなくてよくなる。


「ユミナとメアちゃんは?」

「めんどくさいって」


「そうだよねー……」

「あの二人だし」


 あの二人と友達でいる理由は、こういうときの気楽さがあるからだ。面倒だからとかなんとなくとかいう理由が通用する仲はすごく気楽だし、逆に差し迫ったときが分かりやすい。どうしても必要があるというときは案外少ないけど、どうせあの子だから、と窮地が見逃されることはほぼないと思う。


 お金を払い終わり、エリと私はゆったり歩きつつ教室に戻る。


「なんで私だったの?」

「男子も女子もウザいから。中身丸見えと頭隠して尻隠さず、どっちがマシかってどっちもイヤだしね」


「ああ、そういう?」

「そういうのないの? 似た感じかなって思ったんだけど」


 見た目の特徴や、全体的な感覚は確かに似ていると思う。じゃあどうしてエリは中心にいて私は端っこにいるのか、理解しているようなしていないような感じなんだろう。


「ちょっとは似てるけど、何やってるか分からないとことかじゃない?」

「あー、なるほど。……と、もう彼氏いそうなとこ?」


「なるほど、それは納得かも」


 何人かグループの一人、というだけでけっこう地雷だし、個性派の集団となるともっとアレな感じだと思う。男子とは基準が違うので比べようがないけど。


「いそうというか、見た目いるもんね」

「見た目はね……」


 クラスメイトの目線からすると私は「好きな人に好きと言い出せず、なにかと口実を付けては昼休みいっしょにいる」みたいな感じだろう。じっさい嫌いではないというかむしろ好きな方で、周りから見ていてもじつにもどかしいんじゃないかと思う。


「ゲームの中で好きな人がいてね……どうしようかなって」

「どうしようって、どうするの」


 迷っているのはそこだった。


 エヴェルさんはいい人だし、何があっても守ってくれる安心感がある。私をすべて任せてしまっても大丈夫だなと思えるだけの強さがある。ただ、現実でのあの人を聞いたことはないし、教えてくれようともしない。


 橋川とは仲がいいしお互いによく分かっているから、付き合ってもいいと思う。ただ、ほかに好きな人がいるのに「現実とゲームは別」なんて言葉を都合よく持ち出してくる気にもなれなくて、決断を先延ばしにしていた。


「エヴェルさんにリアルのこと聞いたら?」

「だって、顔も見せたくないって言う人だし」


「……ふーん。そうなんだ」

「いつも鎧兜なんだよ」


 それは知ってる、とエリは言った。エリもいちおう化人族のプレイヤーで、所属はエルティーネということになっているらしい。この子もかなりもの好きなんじゃないかな、と思ったけど、用意されているものの中から「誰も選びそうにないもの」を選ぶ人も、まれというほど少なくはない気がする。化け人族って特殊かなと思っていたけど、こう考えるとタイプとしてはわりといそうだ。


「話が戻るんだけど、やっぱり脱いだらすごそう」

「エリもそうだよ」


 高校生といってもみんな細い方だし、ユミナくらいが標準体型でいいと思う。出るところ出てるというけど、自分で調整して作った体じゃないのでどうやってこうなっているのかは知らなかった。知らないものをもてはやされても、無自覚な芸術家みたいに戸惑うほかない。


「なんですごいんだろう?」

「え? なんでって、すごいよ。盆栽とか髪型とか褒められて「放っといたらこうなった」って言うのってなんだかアレだし」


「ダイエット成功したみたいな感じ?」

「アブラ多いと思うけど、そうじゃない?」


 当事者とは思えない、冷たい感想だ。


「素材がいいって言うかさー。材料が違うみたいに感じるんだよね」

「材料って……」


「ライ麦パンって知ってる? 全粒粉だけ使って膨らませてないパン……だったっけ、よく覚えてないけど」

「女子ってパンなの?」


 橋川風に言ってるんだよー、とエリは妙ににこやかに笑う。


「見た目が可愛くて中身がない。中身があるけど綺麗じゃない。白パンと黒パンの論争に終止符を打つのが……ゆのん、ジャムパンだよ」

「なにそれ」


「どっちかを語る前に、それ以上の価値を持つ(・・・・・・・・・・)ことがあったらさー……単純な価値観は吹っ飛ばされちゃう。私たちはそうならなきゃ」

「わかんないけど分かった」


 白か黒かという争いが起こっているのは、どちらかしか知らないからだ……みたいな感じだろう。赤という色が出てきてしまえば、みんなはそれに注目してしまう。


「あーあ、私もジャムパンになりたいなー」

「よく分かんないけど、なれるといいね」


 私みたいになっても得することはないと思うけど、エリは自分にないものが欲しいのかもしれない。


「そうそう、その感じ。逆を望まない感じ」

「ん?」


「ほら、二人きりになると人気の秘訣とか聞き出そうとする人多いから。無欲じゃないけど多くを望まない感じ……それが壁になってるのかなー?」

「エリ、もっと取り繕って」


 クラスで人気ナンバーワンの女子はたいがいこんな感じだ。表に出ている面なんてささいなごまかしで、それこそ裏側が氷山みたいにどーんとしている。


「じゃ、またあとでね」

「うん」


 ごく自然に分かれて、トイレに行こうかと思ったけどやめた。一時限くらいなら我慢しても問題なさそうだし、なにより今入って行ったのが面倒くさい女子筆頭だったからだ。




 話題が変わるけど、女子がモテない理由はけっこういろいろある。ただ、いちばん多いだろう理由はよーく知っていた。誰もが思いつくことだけどさっと流してしまうような、それこそが理由になるような――


 とうぜん「特になんでもない」だ。


 男子だって四六時中ずっと女子ばかり気にしているわけじゃないし、あれこれぶっ飛んでいて、女子というか人間を好きじゃない人もたくさんいる。勝手に自分はモテないと思い込んで鉄の殻にこもる人もいるし、努力の方針が間違っていてアレなことになっている人もいる。その中で女子に積極的に当たっていく人の割合は、見ていれば分かることなので、この表現を使うのはおかしなことだけど――


 実は、あんまりいない。


 という真理をぜんぜん分かっていなくて、一部権力者が富を独占している! って言いだすテロ集団みたいに(そっちはある程度本当っぽいけど)まわりに当たり散らす性格の悪い女子はそこそこいる。橋川だって、あれこれ言えばすぐ落ちそうな女子が目の前にいるのに口説き文句のひとつも口にしないので、女子と接点があっても無駄にする人は多いんだと思う。


 積極的な男子はかなり高いところにぶつかっていくのでちょっとでもトップから落ちる子は見向きもされないのが事実だし、そこにいることも自覚せずに周りを恨むのもアレだ。目立った特徴があったり、すましているなんて言われ方もするとおとなしい方の私でもかなりイラつく。燃えるような恋愛とかどうでもいいんだけど、周りを見る余裕なんてどこにもない人たちなのだ。


「って考えるとねー……」


 一井という女子だったけど、ああいうヤツがいやみの標的にするのはそれなりにかわいいとか、モテそうな特徴がある女子ばかりだった。逆に喜んでいいと思うけど、ねちっこいいやみは抵抗させてくれない。個室にいるときに外から聞こえてきても、それに面と向かって文句を言える人なんて一人もいなかった。とたんにいじめに転じるかもしれないし、空気から浮かせようとしたり、体型や顔でいじられるなんてことになったら最悪だ。


 ただ、数々の言葉をうざったらしく思いながらも誇っているのも事実だった。



――きれいなくせにすましちゃってサ。


――薄着の季節が楽しみな大きさだよね?


――男も何もキョーミないって顔。


――凍ってるみたいじゃん。


――桃のシャーベット?


――はは! あったかいのか冷たいのかどっちそれ!



 ひどくイラつくと同時に、相手が何を欲しがっているのか、それが透けて見えた。どうせ男ができても茶化すに決まっているし、自分の体がどんなだろうと相手をけなすに決まっているのに、自分を反映して恨みつらみを垂れ流すからそうなる。


 だから(・・・)、相手には欲しがっているものがぜったい手に入らない。


 渡せるものや奪えるものを欲しがっているなら、少しはどうにかできただろうに、新しい体なんてそうそう手に入るはずもない。


「ユノ、顔怖い」

「ちょっと一井がいた」


「濁りすぎだよー。ほれうにうに」

「うにゅう」


 ほっぺたを引っ張られた。


「このあいだ、病んだ作家さんが言ってたんですけどね」

「なになに?」


「愛する資格が欲しい……って言ってたのはおっぱいが欲しいって意味で、それをさんざん叩かれてたんですけど」

「そりゃそうでしょ」


 何言ってんだろと思ったけど、続く言葉が暗すぎて黙ってしまった。


「掴めなかった可能性を恨める人が恨めしい。そうやって怒れる時点でもう羨ましいしすべて奪ってやりたい……俺は運命に呪われているのに……って」


「ああ、頭の中身女の人とかそういう作家さん?」

「そうです」


 おかしすぎると思ったら、そんなにおかしくなかった。


「冗談はともかく、気にしたら負けですよ」

「探したらあったんだけど……」


「ちょっとしたジョークなので」

「あ、うん」


 有無を言わせない笑顔もどきだ。端末にはそういう検索結果が出てきていたけど、そっと閉じて画面を消す。


「もっとふにゃっとしましょーぜ。ふにゃっとね!」

「ユミナ、そんな肩もみしなくっても……」


 でも肩がいい感じにほぐれてふにゃっとする。


「ふやぁ……」

「そうですそうです」


 ほぐれていくのは、心の方もだった。


「…………」

「あ、橋川。どうしたの?」


「いや、お邪魔かな」

「いいよ?」


 昼休み、ちょっと話したいことがね、と橋川は微妙に笑いをこらえるような顔で言う。


「まあ……もう少しリラックスしてからの方がいいかな」

「……うん」


 肩もみか……と小さくつぶやいたように聞こえたけど、気のせいだと思う。

???「私は、人殺しだ……」

ユキカ「理由があったんですよね?」


???「友達はトンボ。人間嫌い」

ユキカ「友達、お元気ですか?」


???「私の正体は怪人。彼も怪人」

ユキカ「へえ……助けてくれてありがとうございます」



 エルティーネのみんなが優しいのは、こんな感じで「だいたい受け入れるから」。偏見を本人たちから植え付けられようとしても「でもいい人だし」とか言ってしまうタイプです。手痛いしっぺ返しを受けていないからこそそんなことが言っていられるのであってですね……。個人対個人のリーサルウェポンだが、威力を発揮しないときがあることを理解せざるを得ないイベントが……

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