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073 詩吟鑑賞「蒼碧宝玉」

 ジェネレーションギャップ(五百年)のせいで、世界の秘密が明らかになりまくる!


 どうぞ。

 その地面からは、どこか人工的な平滑さを見ることができる。色彩さえそのままだったなら、それは崩壊した基地が変貌したものだと瞬時に察せられるだろう。ただ、その場所には昔の名残はひとつしかない。


 巨人が歩き回るために整備された、硬質な地面。片膝立ちの状態で、何か巨大なものを手に持っているように、手のひらにスペースを作っている巨人。地面からかなり高い位置にある場所へ上るために作られた、リフト式の階段やエレベーター。運搬用の車両――


 そのすべてが、蒼玉だった。目が痛くなるほどの透き通った美しい青が、絵の具を節約しようとしたのか、単純一途に青という色を塗りたくったのか、すべてを覆い尽くしている。覆い尽くしている、という表現はそのままで、それはある部分では上塗りされ、ある部分では変質させられている。つまりこれは大破壊の跡であり、辛うじて残った惨禍の痕跡なのである。


 巨人、搭乗型ゴーレム「ハーヴェスト」は、美しさに紛れて見えにくいが、凄まじいまでに破壊されている。胸の中心を宝玉の柱で貫かれているもの、頭部が原形をとどめないほど叩き潰されているもの、手足のうちいずれか、もしくは両方を噛み千切られているもの。武器を構えてはいるが、そのまま宝玉に変わったらしいものも、走り出そうとして転び、粉々に破砕しているものまであった。


 青、青、青、青――何もかもが青い。鉄だったのだろう地面は蒼玉に変わり、あちこちから結晶を生やしている。ゴーレムは完全に宝玉と化して透き通り、内側で悶え苦しみながら死んだのだろう、これも宝玉に変わった搭乗者を見ることができる。リフトも青、落ちている何かの武器も青、人の一部らしいものも青、青、サファイアに変わっている。


 たったひとつ残る昔のなごり、それは杖だ。円柱に龍の頭蓋骨を乗っけたような、シンプルなデザイン。色は碧玉、材質もエメラルドそのものである。それは耐久度と装備効果によって消失を免れた、成長ボスの討伐報酬装備「龍眼杖エメル・ラトリオン」であった。


 かつん、かつん――と高い足音を立てながら、色覚がおかしくなってしまいそうな洞穴に、これまた青い衣を着た少女が入ってくる。その体つきはしなやかな獣のようであり、目つきはぞっとするほど研ぎ澄まされた刀のようにも見える。豊満が飼い馴らされた畜生のものであるならば、ほっそりした体型は野生、峻厳な岩山で磨き抜かれた猛獣のものだろう。その体にみなぎる力は若々しい活力ともとれるが、実際にはそうではない。その力は証明され続け、現在も見ることができる。


 この洞穴は、正確に言えば破壊の結果としてこうなったのではない。明確に残る破壊の跡はともかく、それはすべての説明としては不十分なのだ。彼女のスキルの痕跡、戦闘の痕跡を考えても、すべてが青に染まるほどの力は、そのときは(・・・・・)なかった。この洞穴がすべて青に染まっている理由は彼女ではあるが、彼女の行ったことではない。


「はあ……疲れた」


 その声は、どこかおかしい。動いている口はひとつなのに、まるで二人が重なって発話しているかのような、微妙に高さの違うふたつの声が重なっている。


「修復にこんなにかかるなんて、思わなかったな……。っと、声が重なってる」


 喉をとんとんと叩き、「あー、あー」と数回試してから、彼女の声はひとつになった。


 彼女は超常の力を操るが、通常それを容易く為す遊生人ではない。唯一の力と「化身の術」を持つ彼女こそが「ラトリオン」、歴史に名を残す宝玉龍のうちの一匹(・・・・・・)である。


 モンスターの名前が歴史に残ることはたいへん少なく、真名が直接記載されることも非常に稀だった。しかし、彼女だけは例外的に、歴史資料の片隅に名前が書かれている。もっともそれは五百年ほど前の話、彼女の真名はひとつ増えてさらなる力を手にしていた。親戚と思われる玉龍に敗れて崩落した山に封印され、砕け散った頭部を再生するのに五百年。彼女は与えられたスキルを有用に使って、どうにか生き延びている。


「……やっぱり、死ねないよね」


 宝玉を宿す鉱竜として故郷を追われ、九つもの頭を持つヒドラに匿われて過ごした。安住の地を得たかと思えば、親代わりのヒドラが森を焼き尽くした「緑の炎」に喰われて死に、かばわれながら命からがら逃げだした。ふたつの頭を持っているために栄養の消費が大きく、我慢ならずに家畜を食い荒らしてハーヴェストに襲われたときのことは、決して忘れられない。


 思い出には、いつも双子の妹がいた。彼女と違ってとても弱く、人の傷を癒す術を持っているのに、自分がいちばん傷付きやすい、ひどく優しい妹が。


 ハーヴェストに襲われたとき、プシュケーの一撃を受けて彼女は凄まじい傷を受けた。しかし蒼玉を宿すサフィエは、妹のエメルに助けられ、辛うじて一命をとりとめた。傷を塞ぐというだけの術だったが元気づけられ、反撃してブレスを浴びせたサフィエは、一体を仕留めた。しかし、彼女には大きな誤算があった。


 蒼玉、サファイアを含むコランダムは硬度も高く、非常に頑丈だ。彼女の装職「パーフェクトウォール」も相まって、補正を受けた竜質サファイアの防御力は尋常なものではない。だが、碧玉――エメラルドはその性質上割れやすい。鉱竜の纏う宝玉や鉱石はどちらかといえば均質、単一結晶が多いので丈夫な方ではあるが、エメルの体を覆うそれは均質ではあっても頑丈ではない。


 加えてエメルの装職は「テンダーネスヒーラー」、防御補正は低めだった。


 胸を突き出した姿勢の鉱竜種に、よりにもよって胸に付いているコア、その外殻がふたつに割れるという惨い傷を受けて、エメルは半死半生だった。サフィエはどうにか追っ手を全て殺し尽くして逃げ出したが、栄養を使い果たした彼女は次の補充が必要になる。


 ソータと名乗る人間、そしてレイエリナというプシュケーの手にかかり、エメルは死んだ。ちょうどサフィエがエメルの分も、と思って食料を取りに行き、傷口に貼る薬草をたくさん取って、ようやく帰り着く直前のことだった。


 エメルが杖になって使われていると知ったときの衝撃、怒り、悲しみ、なんと言えばいいのかはサフィエ自身にも知れない。ただ深く暗い絶望、そして、ただでさえ復讐を遂げようと思っていた心に火がくべられた。


 彼女は新たなスキルに覚醒(めざ)めて、結婚式を挙行しようとしていたソータを殺した。結婚相手だった女と、人でないにも関わらず相手を見つけていたレイエリナ、そして彼らがいた街そのものを光に変えて、それをすべて糧に変えたのだ。人類の敵となった「ラトリオン」は、ハーヴェストを相手に暴れに暴れた。急激にレベルアップしたサフィエの装甲は超強化し、以前ならば切り裂かれていただろうプシュケーさえも鱗で受け止めて見せた。


 人間どもに刻印を残し、代々受け継がせて暇つぶしの道具にしたが、彼女が生まれ持ったスキル、そしてそれを改良したスキルの前では人間など塵芥という言葉すら足りないものだ。


「……ラトリオン、まだ生きてるのかな」


 家の名としてラトリオンを継いだものたちは、傍系として残っていたはずだ。プレイヤーなる頭のおかしい人間どもが増えているようだが、彼らの中にもラトリオンが混じっていておかしくない。


 復讐を遂げたのち、サフィエのもとに「ニゴォ」という龍がやってきた。人でもないのに人道的な考えを持ったおかしな龍で、無差別殺戮はよくない、などという意見に苛立ったので角を宝玉に変えたのだが――傷付いて逃げていった彼を守り、そして癒し、サフィエと同じスキルでサフィエの住処を蹂躙したものがいた。


「エイラ……」


 必殺の攻撃で下半身が宝玉化し、逃げることすらままならない状態になったニゴォを見て、エイラは全身の色を変えた。夕焼けのような赤紫が、より濃く、しかし異様な魔力を帯びて――宵の紫に。


 狂ったように暴れまわるエイラを止めることはできず、スキルの一切が効果を与えられなくなったサフィエは、恐れおののいて逃げようとした。しかしそれすら許されず、尻尾の一振りで尻尾を切断され、がきりとくわえ込まれた右の首は、半分が結晶化したところで根元から引きちぎられ、砕け散ることになった。全身が傷だらけになったサフィエはどうにか逃げようとしたが、エイラのブレスが引き起こした大崩落に巻き込まれて、山の中にあった空洞へ転がり込んだ。


 ――それが、いま彼女がいる場所である。


 とっくになくなったと思っていたハーヴェストは未だ生産されており、基地も残っていた。牙を研いでいた人間を滅ぼしてから、彼女はそこに刺さっている杖を見つけた。


「……しゃべらなくなったの、いつだっけ……?」


 装備効果として「予見」の力を持つ龍眼杖は、ソータに口頭で危険を伝えていた。ここに刺さっていたのを見つけたときは、もしやエメルが戻ってくるかもと思ったものだ。しかし、一度物体に変わった命は二度と元に戻らない。


 エメル・ラトリオンの発生させるわずかな魔力溜まりに身を寄せ、自分のブレスで首を焼き塞いで、サフィエは眠りに眠った。脳がふたつもあるために栄養の消費は大きかったが、なくなってしまったものをゆっくりと再生するだけならば、そして「自動成長」で上がるはずのレベルを切り捨て、エネルギーを修復に回していれば、どうにか食事をせずに生き延びることができた。


 右の首をどうにか修復したあと、外に出た彼女を待っていたのは名誉に狂った人間たちだった。否、名誉とは彼女が思いつく限りの答えのうちのひとつで、彼らが何を目的にしているのかは知れない。ただ、サフィエを簡単に倒せると思っていた人間たちは、大いに驚いたことだろう。


 レーティング7の剣でさえ徹らない玉殻、ほかよりやわらかく見えるのに魔法をいっさい受け付けない再生したばかりの首。五百年も成長が止まっていたにも関わらず、彼女のステータスは繰り越し分だけで並大抵のプレイヤーを圧倒するほどだった。そして、彼女の必殺奥義に対抗できるものなど、成長ボスを含めても数えるほどしかいない。食事を必要としなくなるほどではないが、量がずいぶん減って、人目を引き付けるほどの食い散らし方をすることもなくなった。こうなれば、静かに暮らしていくこともできるだろう。


 ――必殺奥義さえ使わなければ。




 少女の姿で寝るのは不用心すぎると判断したのか、サフィエは化身を解き、鉱竜種としてはやや小さいくらいの姿に戻る。全長は四十メートルほど、高さはやっと十メートルあるかというほどの、小柄な龍だ。ファンタジーに出てくるドラゴンにも、東洋の龍にも似ていないその姿は、強いて挙げるとすればブラキオサウルスが全身に装甲を構え、宝石を纏ったとでも例えられようか。


 小腹が空いたサフィエは、左の首をぐるりと動かして「ちょうどいい大きさ」を探す。ほどなくして彼女が見つけたのは、人間を閉じ込めたまま機能停止し、透き通る宝玉に変わって内部の苦悶を晒しているハーヴェストだった。両腕が脱落し、体積もちょうどよい。


 彼女はまずそれぞれの頭にある両目を光らせる。目から伝播した光はそれぞれの首に巻き付き、広がって、複雑な術式を展開していた。普通の龍には不可能な、二つ首という奇形だからこそ成し得た力である。


「〈命、光ト等価也(ラトリオン)〉=〈双眸双頭蒼炎葬(グルイズレグン)〉」


 人間を閉じ込めた大型ゴーレムのなれの果てがごうと蒼炎を上げ、さあっと光の粒へと分解していく。そして、二方向に分かれてサフィエの方へと吸い取られ――その口に飲み込まれていった。あとには何も残らず、欠片どころか痕跡もない。それは動作確認でもなく、怒りに任せた蛮行でさえない、ただのつまみ食いだった。


「――人間って、どうやったら死ぬんだっけ」


 明らかに異常な人間がいる、ということだけは彼女にも分かっていた。プシュケーは持たないものの、素の肉体がそれよりはるかに強力な補正を受けている、もはや人間とは呼べない(・・・・・・・・)何か。死んでも死なないのは当たり前だが(・・・・・・)、それ以上に異常な点が多すぎる。


 どうすれば死ぬのか。


 それはいっとう大きな問題だった。

 単語の意味が分からないとか単語の意味にずれがあることに気付いた人は鋭い。


 ラトリオンは死にました(事実




 奇形……


 生物の遺伝子異常により発生する、「通常の形」とは異なる形質。「生命維持に不可欠な部位が欠けている」などといった致命的なものから「体色が通常とは違う」というようなべつだん問題がなさそうなものにまで、多岐にわたる。無頭症、アルビノなどが該当。また外部から加わった刺激によって発生する異常もあり、「シャム双生児」「サリドマイド児」が該当する。


 近親交配によって誕生しやすいとの情報があり、近親相姦が禁じられているのはこういった理由からではないかと推測できる。筆者はこういった医学的・生物学的知識をごく初歩的にしか知らないので、詳しく知りたい場合は専門書などで確認することをお勧めする。

 モンスターの突然変異で現れた、見た目に分かる形質異常。モンスター種族には知性を持った「長老」と呼ばれるものがおり、異常の発生を忌避する派閥(昆虫型のほとんど)、とくに気にしない派閥がいる(ヒドラなど)。そのため異常個体が発生した瞬間に殺す種族が多く、種族中でのトラブルのもとになっている。反対にどんなにおぞましい異常が起きても放っておくおおらかな種族では、もともとは普通の姿をしていたはずの生物が異常形質を代々受け継ぎ、生物種として定着しているものも存在する。スライムの種族が千差万別なのはこのためである。


 体色の変化によっては魔法適性の違いや装職がガラッと変わるなどの変化が起き、成長速度や肉体の強さにも大きな変動が生じる。さまざまな適性を持つドラゴンは「子は親よりも高くはばたく」などということわざがあり、人間でいう「A型とB型の両親」のように生まれてくる子の組み合わせが決まったかけ合わせが存在しないこともあって、翼がある竜からは翼を持つ子が生まれる、くらいの決まりしかない。


 これら異常の中でも「肉体部位が欠けている・いくつか多い」といったものは致命的であり、成長の過程で自活能力を失って死亡するなどの“自然な結末”を迎えることが多い。甲殻が異常に薄い、尻尾がない、頭部がふたつ以上あるといった形質が出現することは自然界の営みの中でそれなりに起こっているようだが、プレイヤーが見かけることが少ない理由としては、間引かれる、もしくは自然に死亡して消滅しているものと思われる。


 しかしながら、これら致命的な異常を持つ生物の中にも、数年から数百年単位で生き残っていると思われるものが存在し、それらは例外なく成長ボスへと変貌している。そのため、これら奇形を宿す成長ボスと数多く戦ったプレイヤーの中には「奇形はある種の可能性であり、岐路である」と考えるものもいるようだ。これらの「弱点」を克服するすべを見つけたモンスターが尋常でない強さを獲得することは間違いのない事実であり、この推測にも一片の真実があると考えられる。

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