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071 「魔物学(応用編)」1回目

 どうぞ。

 ログインしてパルベンテイスを視界に入れると、なぜかルギスさんがいた。


「あれー? こんばんは、どうしたの」

「踊り子に転職するのに、ドレイセスが本場だって聞いて」


 よく見るとシュールームさんが誰かと買い物の交渉中で、ルギスさんは待っているだけらしい。


「あの、お願いがあるんですけど」

「たいていは聞くよー」


「群生地をサーチするアイテム……みたいなのを、売ってほしいんです」

「いいよー……どこだっけ? うん、そっか。これだね」


 インベントリに入れているアイテムボックス、という便利機能を使いすぎてどこにあるか分からなくなったみたいだ。ともだちに教えてもらうのもあれなので、私はできるだけ「インベントリにアイテムボックス」という二重構造に頼らないようにしようと思った。


「じゃあ、お金。えーっとね……一万ルト」


 最近はそこそこお金も入ってきているので、厳しくはない金額だった。


「百単位でこれくらい光る。ちょっと集まって……千単位だと、これくらい」


 百でも夜にはじゅうぶんまぶしいのに、千はもうライトかと思うくらいの光だった。


「聞くけど、何に使うのかな?」

「危ないところを避けるためです」


「形はいろいろあるけど、ペンダント型でいい?」

「……それがいちばんいいです」


 男の人から指輪を買うのもなんだか変な気がするし、他のアクセサリーも自分の目で見えないところに付けていたら意味がない。


「探知圏は通常で一キロ、MPを注げば最大で十キロまで広がるよ。……今はしまっといてほしいかなぁ」

「そう、ですね」


 指輪型のオーブケージの中にいるエメロドラグーンは、ルギスさんの言葉を信じるなら千近くいる。ルギスさんの近くにいるだけでペンダントがぴかぴか光るし、ともだちがモンスター扱いされるのは心外だろう。


「まだかなぁ、しゅー」

「長引いてますね」


 メインは終わったのに、追加であれこれ買わせようとしたり買おうとしたり、延長戦が長引いているみたいだった。


「うーん、ちょっと聞いていい?」

「ん、なんですか?」


「きみもイレズミするんだね?」

「してませんよ?」


 どこにもそんなことはしてない、というか肌の露出はほとんどないはずだ。


「肩のところ、光るイレズミ入ってるよ」

「アバターはそんないじり方してませんけど……」


 ネットで見たキャラクリエイトのコツには「男避けにはおしゃれなタトゥーがいちばん!」なんて書かれていたけど、それでもほっぺに入れるのが普通のはずだ。


「ちょっと見せて。怖いものだといけない」


 妙に真剣だったので、半袖を肩までするっと上げて、肩のところを見せた。


「……噛み傷に刻印か」

「心当たりないですよ?」


 まあそうだろうけど、と退屈そうに言われてしまう。


「ちょっと視界スクリーンショットを撮ろうと思うけど」

「逆さじゃよく分からないので、お願いします」


「うん……こんな感じだよ。見たことないって」

「皆さんも何か刻まれてたりするんですか?」


 それはないね、とぼそりとつぶやいた声が、ちょっと怖かった。用が済んだみたいなので、さっと袖を戻す。手渡された肩の写真は、確かに「噛み傷と刻印」という言葉で表すのがいちばん良さそうな、何かの紋章だ。


「何の紋章なんでしょう」

「知能のある成長ボスの予告かなぁ……いつかまた戦おうって」


「戦ってませんよ?」

「ん? あー、そういうことかー……。そうだね、わかった」


 指輪を耳のそばに近付けて、ルギスさんはひとり会話している。


「何かご存じだったんですか?」

「きちんとともだち扱いしてくれるの好きだよ、ありがとう。歴長い子がね、『この近くにものすごくたくさんのモンスターがいる』って。気配って消せないものだね」


「それって――」

「この街に、成長ボスが隠れてるんだね」


「……おや、お気付きではなかった?」


 ルギスさんと私の間にひょこっと挟まった顔は、ヴェオリさんだった。


「え、え……?」




 ドレイセス王国は街がたくさんあって、それぞれの自治に任せている。申請しなくてもそこにあれば街として認められるし、『特別な証拠』があれば一級の街として認められることもあるそうだ。


「化身した龍に守護されている、だとかいう噂がありましてねぇ……要するに、街中のどこかに人の姿をしたユニークボス、または成長ボスが混じってるってことですねぇ」


「プレイヤーが押し寄せたりは……」


「それが……ちょうどいま、スケープゴートのように五つ名の海龍が海に現れていましてねぇ。この街は無視されています。まあ、ちょこちょこ刺客を送り込んではいるようですが、露骨に確認するのは不可能ですからねぇ」


 できないんですか、というと、ヴェオリさんは苦笑する。


「例えばですよ。A組の事務所にのこのこ入っていったジャーナリストが、いちばん偉いと思われる人に向けて「A組の情報を集めている」と言ったとしますね? 果たしてA組の皆さんは無事に帰してくれるでしょうかねぇ?」


 意味は分かった。


「……プレイヤーは死なないですよね?」


「苦しめる手段はあるよ? どんなに危険なモンスターがいても、運営は対応しないからねー……。刻印を全身に刻まれたら、義眼に義手に義足の剣士みたいになっちゃうよ?」


「まあ、ステータスから何が起きているか確認すれば分かるでしょうねぇ」


 タトゥーは上から重ね着できません、とか呪われてるので解除しないと死にます、とかいう怖い感じではなかった。



 女帝の刻印(解呪不可能)


 ある存在が付けた呪印。嫉妬する眷族の怒りを買い、女帝の子らに襲われやすくなる。女帝に打ち克つか、再度認めさせることで解除が可能。


「   」種族とのエンカウント率最大幅アップ

「   」種族テイム不可能



「わかったー? お国柄多いモンスターに刻印やられたら終わりだよ」

「はい、すっごくよくわかりました」


 要するに「すごいトンボ」なドラグーンフライ一門に刻印をやられたら、あっちから狙いに来る上にぜったいに仲間になってくれず、滅ぼしにかかってくるってことだ。


「ところで、敵の種族が読めないんですけど」


「……やられてしまいましたねぇ」

「やられちゃったね」


 二人は同時に、死んだような目になった。


「我々からアドバイスできることは、ありませんねぇ……」

「夜道には気を付けるんだよー……」


 突然立ち上がって、二人は去っていった。




「なんだかショック受けた顔してる」

「うん、ちょっと……」


 キューナとメアがログインしてきて、三十分くらいで起きたあれこれを説明すると、二人ともがどういうことなのか私以上に理解したようだった。


「何者か分からない相手に狙われ続ける、ということですか」

「さながら闇に触れたごとし! って感じだね」


 相手が人間じゃないからいいけど。


「……でも、エンカウント率が最大幅アップというなら自然に正体が分かるんじゃありませんか? 妙によく出会う敵のボスっぽい種族、でしょう」


「あー、そういうことか」


 それならじきに分かりそうだ。というより、最大幅というならやたらこいつらに出会うなぁ、ということになるんじゃないだろうか。


「じゃ、狩りに行く?」

「そうしよっか」


 そういうわけで、パルベンテイス周辺で狩りをすることになった。




 私とメアがバフをかけて、キューナと私が魔法と物理で相手をこてんぱんにする。いつも通りだけど、いつもよりだいぶ効率がいい。攻撃力も上がっているし、敵の攻撃を軽々と避けられる。パスキルの「応援」と重なっているところも無駄にならず、きっちり上がってくれていた。


「〈アイズ・ブレイク〉」


 トゲの多いトカゲ〈スパインメイル・イグアナ〉の額に杖をバシッと当てると、内側で何かエグいことが起きたらしく、トカゲがぐんにゃりと倒れ込んだ。


「ねえユキカ、刻印っていつからあったの?」

「え、……そういや、いつからなんだろ」


 言われてみればその通りだ。今日あるのは事実だけど、それより前、いつからあるのかは覚えていない。痛みもなかったし、見える位置でもなかった。逆にルギスさんはどうやって見えたのか、そっちの方が分からないくらいだ。


「まあ、しばらくしたら分かるよね……」



 ◇



 王城へとわざわざ多大なコストを使ってテレポートしてきた三馬鹿――ではなく忠実な配下を見たディーロは、どたばたとうるさい三人をひとまず制止する。


「おい、うるせえぞ」

「ごめん、ディー兄ぃ」


「師匠、師匠。ユキカさんが刻印を刻まれているのですが」

「あ?」


 その目が、ぎらりと赤く光る。


「おいちょいカシラ、待てよ待てよ……」

「そうだな、聞いてから怒ることにする」


「けっきょく怒るんだね……」


 ディーロは、ユキカを個人的に気に入っているわけではない。彼が反応したのは「刻印」という言葉である。


「種類は?」

「呪い系です。エンカウント率アップとテイム不可」


「テイムは関係ねえぜカシラ。お友達はちっと困るかもしれんが」

「ああ、そういやそうだったっけな」


 同じ刻印でも、効果のほどはさまざまに違う。


「まあ、それくらいなら自力でなんとかなんだろ。……おいお前ら、露骨にほっとした顔すんな」


「いやぁ、してませんがねぇ」

「してないしてない」


 こと嫌いなものを排除するという段に至っては、ディーロは英魔随一の力を発揮する。怒り出したら止められない、と誰もが思うのも同じことで、要するに怒っているときがいちばん強い男なのである。


「こないだデビルイーター相手に剣二本で勝ったでしょう? ああいう事態になるんじゃないかと思いましてねぇ」


「いくらなんでもそこまでは……いや、どうだろうな」

「ほら、ディー兄ぃって力加減しないし?」


 ディーロは、追い払うべき災害モンスターを数回倒して(・・・)いる。本来ならばある程度破壊を行ったあとエネルギーを失って消えるはずのものたちを、である。原因はさまざまだが、だいたいは「○○が壊れる→怒る」という黄金パターンだった。


「ユニークボスの刻印なんざ、刻まれねえに越したことはない。あれだけで人生が変わっちまったやつもいるからな」

「彼女は問題なく倒すと思いますがねぇ」


 過信しすぎじゃねえのか、とディーロはヴェオリをにらむが、どこ吹く風といった様子で受け流している。


「敵の正体はいずれ分かるってえのもそう、あの子なら倒せるってのも確信みたいなもんだ。カシラはそう思わねえのか? あの子ならやれるだろう、なあ?」


 ディーロは、ごまかすように「ったく、どんだけ期待してんだ」とつぶやく。


「二重三重に重い期待かけてよ、潰れちまうぜ」

「それは彼女次第ですねぇ。期待に負けた人、勝てた人、そもそも期待されていない人。どんな人だろうとやり抜くべきことがある」


 ヴェオリの言葉は、どこへともなく彷徨い流れ、よどんでいく。


「モンスターからの挑戦をまともに受け取れるかどうか、ですねぇ」


 ディーロは「ああ、そうか」と適当に流しつつ、本題に移る。


「そういえばだがお前ら、仕事の方はどうだった?」


 万感の思いを吐き出してすぐのヴェオリは反応できず、シュールームが「ああ、そのことなんだが」と眉をひん曲げる。


「街のあっちこっちにいやがって、どれが誰だか分からねえよ」

「ほお。ルギスのサーチは」


「ダメダメだねー。噂通りだよ、あの街」


 街ひとつを壊滅させ得る戦力が三人そろって「ダメだ」というのだから、英魔が二人以上出張する必要があるのだろう。


「あとあの街ねー、地下があるよ。洞窟ってレベルじゃない」

「下手に関わらない方がいいとは思うが……王に報告しとけ。王が潰せってえならすぐに取りかかる」


「恐らくですが、放置になると思いますよ」


 ふざけたような声から一転、ヴェオリはあごをさすりつつ語る。


「気配からして、なので正確じゃぁありませんが……三つ名以上がごろごろいましたからねぇ。四つ名、五つ名もいるかもしれない」


「――いや、お前の勘なら信じるぜ」


 報告に行く部下と残る部下の分担はすでに決まっている。理性的かつ端的に物事を述べることができ、外面も良いヴェオリが筆頭、補佐したり優しめの意見を出すのが得意なシュールームの二人である。


 立ち話にも少し疲れたか、ディーロとルギスは備え付けられたベンチに座り込む。


「ディー兄ぃ、あのさ……」

「どうしたよ」


 絆を求めたがる青年の言葉は、藁にも縋るような弱いものだった。長い付き合いから、それはただトーンを抑えているだけで、むしろ激しい喜びを隠しているのだと知っている。


「ユキカちゃんがさ。みんなをともだちって言ってくれたよ」

「……そういう子だからな。すげえことが起こっても、そのまま受け入れて同化しちまうような女の子だ……。あんなのが一人でもいりゃ、人間対化人族の構図はなかったかもしれねえってのにな」


「ディー兄ぃにしては、長いね」

「俺だって愚痴りてえときはあるんだよ……混ぜっ返されねえで、な」


 今度は、ルギスが困ったように笑う。


「シュールームは説教臭いこと言うだろ? ヴェオリはにやにやしてやがるし」

「ユキカちゃんは、どうかな?」


「俺のツレは“青い子”じゃねえよ」

「……そうだよね」


 ルギスも、それなりにわきまえていた。

 ディーロさんのツレは白い子です。たどたどしいしゃべり方をする、空中に座るあの子。過去編では二人が仲良くなった契機とか事情も描かれますが……そこまでいけるかなぁ。

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