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070 余計な手出し

 どうぞ。

 いつものように橋川と図書室で話していると、エリと小波君が近くに来た。


「あ、また話してる」

「うん」


 ちょっと首をかしげている理由はよく分からない。


「アーグの中であれこれあったことを聞いてるんだ。相談も聞いてる」

「へー。最近話し上手になったなーと思ってたら、そういうことかぁ」


 なんだかちょっと、ちくっとする。


「行こう。俺は屋上の方が好きだ」

「おっけー」


 四人で話すとうるさくなりそうだからな、と雰囲気が静かというか自分の発するものでも騒音が嫌いらしい小波君が言って、二人は去っていった。


「……この期に及んで、根掘り葉掘り聞こうとしないのはさすがだね」

「聞いてほしい?」


「いや、そうじゃなくてね。樫原さんは、なんというか……やらないと決めたことは決してしないし、気遣いもかなりするから。ありがたいよ」

「あ、でもやっぱり気になる」


 ため息をついた橋川は、苦笑しながら「しょうがないね」と言った。


「前は小波君みたいな話し方をしてたんだ。でもやっぱりぶっきらぼうだし、話す気がないにしても失礼だよね。言葉を尽くしているつもりなんだけど、話が長くなるばっかりで。樫原さんと話し始めてからは、そこそこよくなったみたいだ」


「最初から変わった気がしないけど……」

「まあ、正確には樫原さんにするように話すような感じ、かな。優しくしようとすればできるものなんだな、って思ったよ」


 そんなに怖いしゃべり方だったんだろうか。


「あ、何の話だっけ」

「踊り子に転職した話かな」


「そうそうそれ」


 先生はソードダンサーになるといい、と言っていた。昨日はわりと遅くログアウトして調べられなかったので、いつものように橋川に聞いている。


「片手で振り回せる武器ならなんでも「剣舞乙女」の手持ちに入る、ここがポイントだね。武器を振り回しながらバフをかけるって技があるけど、ほんとになんでもいいから、威力は自由に調整できる。どっちかというとソロ向けかな」


「メアがバフかけてくれるけど、重なるよね」


「うん。確か「応援」だったっけ? あれと踊り、ヒーラーにかけてもらう分も考えて三重まで強化できる。大きな利点になるね」


 ちなみに、支援系の中級からは「自分にかかっている効果を少し弱めて分け与える」という特性が追加されるらしい。パーソナルスキルでも同じで、同じような使い方をしている人がいるそうだ。


「特級になると、「まったく同じ効果」もできるかもしれないね。パスキルも熟練度やレベルがあるから、そのときまでに鍛えておいてほしいところ……あ、そういえばどこで転職したっけ、聞いたかな?」

「パルベンテイス、って街だったよ」


「パルベン――? そんな街、あったかな」

「え、ないの? 幻とか……」


 どこの国の? と言われてみると「ドレイセス王国の……」と答えるほかない。どのあたりかまで詳しく言えるほど土地勘もなく、世界地図なんて見たこともなかった。


「ああ、それなら仕方ないね。ドレイセスは街ができたりなくなったりするから……このあいだあった街がなくなったり、なかった街があったりするんだ」


 どうして、と言おうとしたけど、心当たりはあった。


「竜虫のせい?」

「珍しく聞かなかったね。そうなんだ、あそこは「国民の大敵が隣に住まう」なんて立て看板を立てて依頼をするくらい、危険な場所だから」


 種族に対して相性が悪い敵が近くにいるという、冷静に考えると自殺行為みたいだけど、それだけ自然が豊かで、生き物自体が多いということらしい。


「モンスターの生態を調べる人はまずあそこを選ぶよ。というか、生物全体の種類もあそこが一番多いと思う。ジャングルとかあるから」


「あんまり行きたくない……」

「成長ボスもめちゃくちゃたくさんいるよ」


「出会わないことを祈ってる……」


 セーブポイントをあそこに設定してしまったから、生き物がたくさんいる変な場所にしばらく滞在することになる。大丈夫なのかなあと思ってしまったけど、どうにもしようがない。


「まあ、ルグーニオン襲撃イベントに参加するなら同じドレイセスにいた方が楽だろうね。移動するにも近いし、おまけであれこれ倒せるかもしれない」


 出会うモンスターが多ければ多い分、倒す数も増えてレベルも上がりやすくなる。それはいいけど、出会うものの中に変なのが混じっていたら嫌だ。


「あ、そうそう。エルティーネに行ける……というか英魔と知り合いなら、ルギスさんから地図をもらっておいた方がいいんじゃないかな。群生地に近付くと警告として光るアイテムを作ってるはずだから」

「あ、友達とケンカしなくていいアイテムみたいな?」


「まあそれもそうだけど、種類に関係なく、群生地に踏み込むのは危険だからね。彼のともだちのエメロドラグーンは言わずもがな、もっと大きなモンスターだと袋叩きってレベルじゃないくらいズダボロ、装備全ロストバラバラ死体にされるよ」


 あっちにも知能があるから、と橋川は味わったことがあるかのような顔で言う。


「え、じゃあ裸に……?」


「インベントリに替えの装備を入れておけば大丈夫だよ。実体のないデータを壊せるようなモンスターはさすがにいない。あと、化人族は服を着てなくても変化で適当にごまかされるから……。特権といえば特権、かもしれない」


 ……化人族の全身をじろじろ見たことはないけど、確かにあれこれない気はする。擬態というよりは、そっちの機能が必要だから人間の姿をしているんだろうか……なんて考えてから、いやいやと首を振る。


「そういえば、エリもアーグやってるって聞いたけど」

「見ないけどね……小波君と一緒にやってるんじゃないかな」


 ということは、少なくとも人間種族ではないみたいだ。


「ちょっと気になったんだけど……」

「ん?」


 橋川が、いつもより大きく目を開いている。とても濃い黒灰色の瞳が間近に見えて、私はちょっと驚いた。


「種族を選ぶときに、とくに気にしてないかもしれないけど……混成種って、どうして選ばれるのかな?」

「そうだな……」


 いつになく真剣な声だった。私の方も、なんとなくの疑問というよりは、本当のところを知りたい真面目な質問だ。


「自己イメージ、かな。昔から人気のあるフィクションにはある法則があってね。人の心をうまく描いている、っていうものなんだけど……。純文学はもちろん、直接的に人の機微を描く。エンタメ方面では「人の心と関連したシステム」とか、そういうものが出てくる作品が人気があるみたいだね」


 橋川はぐっと手を握り、ぱっと開く。


「この手が自分の手じゃない、と感じる人がいる。鏡を見ても、自分に見えない人がいる。そういう人が描かれるとき、どうしても異常だと感じるけど……鏡を見ないで自分の似顔絵を描ける人は、すごく珍しい」


「……どういうこと?」


 橋川は、にこりと笑いながら「例えばね」とつぶやいた。


「怒りっぽい、という性質がある形……三角形だとする。粘着質な、という性質はべたべたした、という質感だとする。こんなふうに、人の心をあるシステムに分析させて、マネキンのような自己像に張り付けていくんだ。するとどうなるのか……それを考えさせる、そういう作品だね。種族を選ぶっていうのは、そういう意味合いも持っている」


 ……やっぱり分からない、という思いが顔に出ていたのか、彼は「心の中にある自分の似姿だ」と付け足す。まだ分からない。


「VRで友達を作ろうって企画があってね……自分のキャラクターを自分で作るんだ。デザインしたものを使ってもいい、既存のパーツを組み合わせてもいい。普通は用意されたものをそのまま使ったり、かわいらしい、かっこいい、どちらかに属するものを作るんだけど」


「例外が?」


 ぶつ切りになった言葉を足すように言うと、やれやれ、というふうに首を横に振りながら、「そうなんだよ」と答えた。


「仮装のつもりだったのか知らないけど、インスマス顔だとか……それはまだマシなんだ。千年くらい着てそうなローブに独特の味がある……なんて言えばいいか分からないけど、アンドロイドとかね。人外パレードになった日はもう、ため息をつくほかなかったらしいよ」


 頭が猫とか、ネコミミを付けているくらいならまだ普通だと私も思う。でも体全体がスライムとか大きさがぜんぜん違うとか、動きまで正確に制限した人形なんて作る人の気が知れない。


「そんな感じだよ。趣味でやる人と、本気でそう思ってる人がいる。――っと、チャイム。戻ろうか」


 話を切られたような気はしたけど、気にしないことにした。




「ゆのん、橋川くんとどういう関係だったの?」

「え、……話を聞く?」


 四人での帰り道で、エリはそう聞いた。前から聞きたかったんだよねー、と言いつつ、鋭い目とかでもない柔らかめの微笑みを浮かべている。


「アーグ・オンラインって事情知らないと困るでしょ? ほとんど下調べせずに初ログインしちゃったから、けっこう大変な目に遭ったりしてるんだ。情報をあれこれ教えてもらってるよ」


「へー……。あのゲームは特別だもんね。大変でしょ?」

「うん。ほんとあれこれ聞いたよ」


 あれこれすぎた気がする。


「ゆのん、ヘンなこと起きなかった?」

「ん、変なことってなに?」


 ユミナとメアは前で楽しそうに話している。後ろにいる私たちの会話は、この時間の通学路にあるいくつもの音に紛れて、ちっとも聞こえていないみたいだった。


「うーん、そうだなー。世界人に追いかけられるとか」

「え、ないよ?」


 そんな悪いことしてないよ、というと「ファンとか」と気の抜けたような答えが返ってきた。どう考えてもいないと思う。


「寝るとき、起きたとき、体がふんわりあったかい」

「ふつうじゃない、それ?」


「むー、そっか。ううん、ヘンなこと聞いてゴメン」

「なにかのヒント?」


 エリは、いつもふんわり柔らかい印象の顔に、くちびるだけきゅうっと曲げて、凍り付くような微笑を浮かべた。


「そーだね……そうかも」

「アーグの?」


「うん、そう。あ、そうそう……追加のヒントだよ」

「聞かせて」


 誰にも内緒だよ、と言ったエリは、心底面白そうに笑っている。


「〈エクティノーラ〉」

「……うん、覚えとく」






 メモしてもいなくて、ただ友達から聞いた言葉だったから、私はこのヒントをすぐに忘れた。でも、覚えていても何の役にも立たなかっただろう。それどころか、きちんと覚えていた方がよくなかったかもしれない。


 それは、ある人間の名前だった。


 今は、そういうことにしておこう。

 アマゾンズの映画を見に行ってきました。超楽しかった。この作品における怪人の由来にも影響を与えているものなので、原典を見ると刺激されますね。仁さん、ほんと悲しい……。


 作品あれこれあるのと章分け、そのほか内部外部で大変なことがたくさんあるので投稿ペースがめちゃくちゃ落ちてます。ご了承ください。

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