069 「魔術理論体系Ⅰ『身体動作による形象魔術』」
どうぞ。
兄からはすぐ返信があって「ドレイセス王国に行け」とのことだった。
「忙しいからあんまり書けないけど……って、ちょっとしか書いてないや」
「なになに?」
「ジョブにはそれぞれ本場があって……?」
「調べると出てきますよ、二人とも」
――各種ジョブにはそれぞれ本場がある。本場でなくても「本場仕込み」を謳うものがあるが、それらのほとんどは信用できない。パスキルの都合で踊り子を目指すなら、詠唱や舞踊で支援効果をさらに強化できるドレイセス王国の踊り子がおすすめだ。
――はじめは入門講座をやること。絶対に。
「メアは知ってた?」
「職業でも、「踊り子」は世界人向けなので……。ラゾッコの三人組アイドルは歌声で支援効果を付ける才能があるらしいので、歌や呪文が主に使われているみたいですけど」
……なにか間違えてるような気がする。
「それにしてもお兄ちゃん、なんで踊り子って言いだしたか分かってるみたいだよ。さすがお兄ちゃん」
「アヤトさん、賢そうだもんね」
キューナもやっぱりそう思うみたいだ。
「メア、ここから一番近い街ってどこ?」
「えーっと、ですね……パルベンテイス、ですね」
「ふんふん。じゃあすぐ行こうよ、セーブポイント登録しとこ」
「うんうん、そうしよー!」
タクシーっぽい馬車があったので、護衛する代わりに乗せてもらっている。
どうして踊り子になろうと思ったのかというと、パーソナルスキルを活かす方法をあれこれ考えて、自分の「応援」を周りに広げられるようにと思ったからだった。
私の初めてのパスキル「応援」は、自分が触った相手に対して全ステータスアップの効果を与えてくれる。でもそれだと、遠距離から攻撃する私は最前線にいる人に対して何もできない。というわけで、少し効果が下がっても「パーティー全体」に効果を発揮できるようにと思って、そういう効果もあるらしい「踊り子」に就こうと思ったのだ。
「お嬢さんたち、モンスターが出たぞ!」
「はい!」
山道で出てきたモンスターは、大きめのトカゲだった。とりあえず〈グレイス・フリージング〉で動きを止めてから殴って、キューナの炎弾でとどめを刺す。
「いやあ、もうすぐってとこで……。悪いねえ」
「いいんですよ。大事な役目ですから」
護衛の報酬はないボランティアクエストだけど、街から街への移動がすごく早くなるんで、収支はプラスだと思う。
「ドレイセスはねえ、わりと強いモンスターがよく出るからね。気を付けるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
パルベンテイスは、ほとんどが木でできた街だった。けっこう大きな街なんだけど、建物のひとつひとつはわりあい粗末で、開拓している途中らしく見える。木の切り株がたくさんあるので、どこでも座っていいですよ、という立札があった。
「面白い街ですね。ファンタジーっぽくないというか」
「うん。踊り子って、どこで修行してるのかな?」
「えーっと……私たちは近くで狩りしてるね。ちょっと欲しいものがあって」
「うん、いってらっしゃい」
一人だと不安とか、ついてきてほしいとかでもない。キューナのことだから、すなーとぶつりんにあげたいものでもあるんだろう。とりあえず、総合ギルドっぽい建物を探すことにした。
あちこち回ることもなく、意外とすぐに見つかったギルドは、総合ギルドではなかった。
「なんかいかつい人ばっかりだなぁ」
全体的に変な、なんだか妙な雰囲気が漂う建物だ。つくりは普通……普通の飲食店みたいな感じで、たくさんの人が飲み食いしている。人じゃない人も混じっているみたいだけど、とりあえずスルーして奥にいる受付っぽい人に尋ねてみる。
「すいません、ここってギルドですか?」
「ああ、そうだ」
「踊り子のジョブに就きたいんですけど……」
「そうか。紹介状を書くので少し待ってくれ」
なんだか視線を感じたので振り向いてみると、いかつい人たちがたくさんこっちを見ている。にやにやしているというか、嫌な目だった。
「……仮の紹介状だ。入門講座を受けられる」
「受けないとどうなるんですか?」
「受けることをおすすめする、と言っておこうか」
「はい……」
いったい何が起こるんだろう。
仮紹介状に書いてあった場所に行って、入門講座を受けることになった瞬間――
「じゃ、これに着替えてね」
「あ、はい」
――インベントリに、着ぐるみを渡された。
「……えっと……?」
「最初に動きにくい格好で動くことで、動作に慣れるの」
さっぱり分かりませんと言いたかったけど、インベントリから一瞬で着替える。男の人たちがあんな目で見ていたのは、いったい……
「見に来る野郎どもは全員始末しておくから、理論編を学びましょうね」
「あ、はい」
――すげえな、いつもよりもっふもふだぜ!
――髪の毛が出てるとこポイント高え……
――くぅー、ヘイス先生と着ぐるみ生徒っ! 最高だな。
……どうやら、着ぐるみファンクラブみたいだ。顔だけ出した着ぐるみは着ぐるみ度が低いんじゃないかなと思ったけど、それも逆におもしろいらしい。
「前を向いてね?」
「は、はい」
年齢を見られるのが嫌だからマジックアイテムを使っているようで、ステータスはちっとも、名前すら見えない。というか、スキルを持っていないと見られないので、私にはステータスを見ることはできないけど。
「舞踊スキルは、もともと印を結ぶなど、形に意味を持たせる形象魔術から来ています。というわけで、法術の基本を少しだけ勉強してもらいます」
「はい!」
魔術師ならば少しは分かっているかもしれませんが――と前置きして、先生は魔法の基本について説明してくれた。
「体の中にある魔力をイメージで整えて撃ち出すのが、普通の魔法です。杖を使うとより洗練された魔法を撃つことができますが、なくてもかまいません」
ところで……と言いながら、先生は壁の黒板にさらさらと何かの模様を書いていく。
「文字に霊力が宿るという信仰がありますが、ある意味で正解と言えるでしょう。正確には、霊力を宿す形の一部が、偶然文字の中にも入っているのです」
右に書かれた模様は文字で、左のものはじっさいに呪符に書かれている模様らしい。なんだかこじつけっぽいなとは思ったけど、似ている部分は確かにあった。
「これに魔力を流すと……ほら」
ぴかっと光ったかと思うと、黒板の模様がふわりと剥がれて炎の鳥になる。すぐに消えたので黒板は無事だけど、インパクト抜群だ。
「このように、形には意味がある……それを覚えていてください。それでは実践に移りましょう、こっちへ来てください」
そこからは、周りからはどう見てもギャグだったと思う。顔だけ出した着ぐるみが、女教師スタイルのへイス先生に指導されつつ体中を使ってあれこれ動作している――なんて、シュールというか子供向け番組のショートアニメみたいだ。
小さめの運動場みたいなところが完備されているので、もうどう考えても学校みたいなところだけど、先生の底は知れない。もしかしたら体育館とかプールが地下にあるのかもしれないな、なんて思ったけど、ちょっと息が切れてきた。
「ずいぶん疲れているようね。そろそろ動きやすい恰好に着替えましょうか……ふたつあるんだけど、どっちがいい?」
先生はとてもかわいらしい、もはや美しいくらいの、すっごい衣装を取り出した。藤色の地にすみれ色の紋様が入ったレオタードが右手に、左手には薄絹というか、同じ色の水着とベールみたいな妙なものが乗っている。
「……どっちもきれいですけど……」
「着るのはイヤ、かしら」
「どうしてこんな露出多めのを?」
「効果が実感できるからよ」
もう初夏なので、実を言えば今の格好はちょっとだけ暑い。肌にべったり貼り付きそうなレオタードは避けて、水着とベールみたいなものの方にしてみた。
「それじゃ、さっき教えた効果を実践してみて? 言った順に」
「はい」
「AGI、三パーセント強化」
両腕を後ろから横に切るようにゆっくり動かして、前でぴったり合わせ、合わせた手のひらの形を保ったまま、こするように上下に開く。すると、すっと体が軽くなった。
「AGI、三パーセント強化」
何かの間違いかと思ったけど、同じ動作を繰り返して、また体が軽くなる。
「重ねがけをしたから、これで六パーセント上がったわね。ちょっとこれを投げるから、避けてみてくれる?」
「えっ……っと、あぶな」
針のようなものが飛んできたけど、問題なく避けることができた。普段よりずいぶん早い動きだったと思う。
「じゃあ、反射神経の向上を見ましょう。ボールを投げるから、書いてある数字を読んで。私は知っているから、答えがでたらめだったら防御力アップで攻撃を受けてもらうわ」
「あっはい……」
どこかで見たような訓練だ。
野球ボールくらいの大きさのものを、すっと投げる。
「……3」
「正解。ちょっとスピードを上げるわ」
明らかに桁違いの、通っただけなのに風を感じるくらいのスピードでボールが飛んだ。
「すいません、見えませんでした……」
「じゃあ、防御力五パーセント強化……する前に、一発受けてね」
ほっぺたに何かが当たって、HPがごりっと減る。
「いたい……」
「大丈夫よ、継続回復の支援をかければ治るわ。さあ」
VITは「元気さ」で、ステータスを割り振って上げるとHPとかが上がるけど、バフで上げると防御と状態耐性がちょっと上がる。利き手の手刀でゆっくり、すうっと胸元辺りまで振り下ろしてから、左手、逆の手をひじに触れさせ、離して脇へと回す。そして右手をぐっと握って、胸に当てた。
「今の減り具合はどれくらい? もう一発いくから、きっちり見ておいてね」
「ひゃい……」
ほっぺたにもう一発かと思ったら、鎖骨あたりだった。ゴスッという音がどうやって攻撃しているのか、ちっともわからない。
「あ、心持ち硬かったような……」
「そうよ。実感できた?」
入門講座はこのくらいで終わって、着ぐるみでやった動作を繰り返すことになった。
「着ぐるみは体の輪郭線が分かりにくくなるので、身体動作による形象魔術を使えなくなります。というわけで、最初に教えたものを繰り返すので、一緒にやってみましょう」
着ぐるみでやった、わりと複雑に体全体を動かす動作をすると、からだが淡い緑の光に包まれて、HPがゆっくり回復していく。
「あ、こういうことになってたんですね」
「きちんと工夫しているんですよ。たまに見えてしまう人がいるけれど、それっぽい人には最初から戦闘をしてもらっています」
ステータスを見抜けば、その人の反射神経もだいたい分かる。AGIは動く速度だけじゃなくて感覚の速度にも関係しているので、高ければ高いほど、ステータスの上では反射神経がいいことになるらしい。
「それでは、支援効果をいくつか重ねて……」
言われたとおりに体を動かして、バフを重ねがけした。
「オーブケージからモンスターを出すので、それを倒してください」
キューナも持っている、モンスターを入れておく宝石から黒いクモが出てきた。
「さあ、頑張ってくださいね」
ダークネス・ドータースパイダーというモンスターは、洞窟で倒したクモより少しだけ大きい。けれど、すべてのステータスをそれなりに上げていると自信が湧いてくる。
ぐっと体を持ち上げて、クモはおしりをこっちに向けた。ぴっと何かが見えた瞬間、そこからさっと横へ移動する。すると、汚れた絵の具みたいな灰紫色の糸がだばぁっと発射された。巻き込まれたらどうなったんだろう――と考えたそのとき、クモが糸を巻き戻して、すごい速度で突進する。
いつもより高くジャンプして、クモのお腹に着地する瞬間、思いっきり足を下に突き出す。ゴスンと音がして、サンダルのかかとがざっくり刺さった。さっと引き抜いてもう一度ジャンプ、こっちを向いた頭に〈アイズ・ブレイク〉を叩き込む。
「あらあら。本当に魔法職?」
「魔法以外でも戦えるように頑張ってます」
「将来が楽しみね」
クモはぐったりと倒れて、光の粒になった。
「あ、ごめんなさい……」
「いいのよ。あなたがモンスターの経験値になったら困るじゃない」
先生の飼っているモンスターのはずなんだけど、愛着は感じられない。その辺で適当に捕まえてきた弱いやつだったみたいだ。
「それで、相談なんですけど……」
「何かしら」
「私のパスキルを、全体に広げたいんです」
「……そうねぇ。支援効果を少し薄くして広げるなら、少なくとも中級にならないと。踊り子の派生で「剣舞乙女」というものがあるから、踊り子を50レベルまで上げたあかつきには、またここへ来なさい」
それでは転職を完了するわ、と先生は事務的な口調で言った。
「これまでは動きで再現しているだけだしMPの消費も大きかったけれど、職業として根付いたなら巻物や伝本を使うだけで自動的に動作ができるの。それではごきげんよう、レベルを上げたらまた来なさい。アドバイスが欲しいときにも、来てもいいわ」
教室の中でいつもの服に着替えて、私は教室を出た。そのまましばらく歩いて、狩りから戻ってきたらしいキューナにメアと合流する。
「お疲れさまー……ってもう終わったの?」
「うん。簡単だったし」
時間としては一時間ちょっと使ったし、最後には戦闘もあったけど、難しい転職ではなかった。下級から難しいやつなんて知らないけど。
「じゃあ、セーブポイントだけ登録して、すぐログアウトしましょうか」
「そういえばキューナとメアの欲しいもの、手に入った?」
「うん」
「ええ、大丈夫です」
何か教えてくれないけど、私も転職の詳細を言ってないからあいこだろう。
「じゃ、お疲れさま」
「お疲れさまです」
その日は、ログアウトしてすぐに寝てしまった。
せっかく水着……もどきを出したんだから海に行きたい(物語の中で)とは思っているんですが、いろいろ理由があって行けません。せめてもうちょっと黒くなってからですかね(ネタバレ
「もふもふファン俱楽部」
遊生人・世界人を問わず柔らかくふわふわしたものが好きなひとびとで構成される団体。毛皮が柔らかいモンスターを仲間にする、できるだけふわふわの着ぐるみを作る、それらを鑑賞するなどが主な活動内容。地味に種族の垣根を超えている。
最近はキャラ作り直しをして化人族にしたのにもふもふにならなかった! といって絶望するメンツが多いらしく、もふもふのためなら無謀やあれこれ冒険を敢行するやべー集団のようである。ただもふもふに関係ないと興味を持たなかったりあっさり負けたりする模様。




