067 「起源学Ⅱ」1回目
どうぞ。
銀色の機械装置が、カチリと音を立てて開く。
『起動・対象の脅威判定開始』
浮遊する銀色の球体がスリットから射出され、「対象」に近付いていく。それはある種のカメラであり、さらに多くの機能を備えた万能の偵察機でもある。
『脅威判定:C ボスモンスターに類する生物と推測』
見た目にはさほど強そうに見えず、ステルス機能を搭載しているビットには気付くこともできていない。
――ならば簡単に倒せるだろう、と高を括ったか、兵器は静かに起動した。
『真名解放・フェイズⅡ〈イシュル・イルヴァースティルオン〉』
コケのへばり付いた「何か」が、あくまで静かに、縦に開いていく。全体的な形は横長の二等辺三角形、立体的なひし形が上下左右に割れて、砲塔を出現させた。
『〈斬光閃〉発射・威力調整40パーセント』
ヤマアラシのように棘を逆立てた巨竜が、青白く燃える光に気付き、とっさに背中を丸める。その装甲は、鋼鉄槍の放った〈斬光閃〉を辛うじて防ぎ、耐え切った。
「シュウウゥ……ッ!!」
『修正・脅威判定:B 四つ名を確認・ユニークボスと推測』
ビットのひとつがカメラを破損し、地面に墜落する。
巨竜の種族名は「鋭鱗竜」、知能を得ていないにも関わらず四つ名を持つ極めて強力な生物である。ただ単なるボスモンスターなどではない。
『真名解放・フェイズⅢ〈ミューラギー・イシュル・イルヴァースティルオン〉』
槍は、ようやくその全貌を見せ始める。とある文明の遺産、宇宙より来たる破滅の使徒、それは第二種族語で鋼鉄神撃滅槍と訳された。神にも対抗しうる滅びの槍――その機能は、有害集束光線射出装置である。
『ウルゾートの貴石・セリオン光変換開始 蓄積100パーセント・発射』
ある天才により、発掘された姿でなく、滅びを招いたとされる姿まで復元されてしまった完全を超える完全。それは、生物を死滅させる魔光を放つ。
――しかし。
『ルゥウウ……』
その光は確かに強烈な熱量を持つが、即刻の致死性を持つにはやや出力が足りない。自分の身に何が起きたのかも分からず、鋭鱗竜はビットを破壊した背の棘を槍本体へ飛ばす。
『迎撃・成功 損傷0パーセント』
ビットは三本の棘を、高出力エクスプロード・ビームで爆散させる。
『否定・迎撃失敗 損傷4パーセント』
「シャァアッ!」
鋭鱗竜は人間の言葉を話すほどの知能があるわけではない。ただ、それは人語を理解するに至っていないというだけであって、狡猾でない理由にはならない。
『オーラに類する能力と推測・防御困難』
『修正・脅威判定:A 極めて強力な外敵と判断』
鋭鱗竜は鱗が変化して生まれた背の棘を飛ばし、攻撃手段とする。しかし、その棘には物理的な実体、そして彼が獲得できたパーソナルスキル「霊体攻撃」による霊気がある。霊気には物理的破壊力があり、そして棘の本体が破壊されても着弾までは残存する。
『本体機能使用を推奨・準備開始』
槍は、ギリギリまで伏せておくべき切り札を準備し始める。そもそもウルゾートの貴石によるセリオン光変換・有害集束光線発射は追加された機能。発掘された当時、そして発掘されたそのままで使用された機能は、そのようなものではない。
少しの傷を与えたことを喜び、これを数百度繰り返せばこれを破壊できるのだ――とある意味で正しく喜ぶ鋭鱗竜は、棘に霊力をチャージする。
『空気抵抗減衰魔法発動・射出加速度強化魔法発動』
槍が「真名」という魔法の力を持つ魂を持ったことで手に入れた力。
『電力変換終了・弾体装填 機能に問題なし・準備完了』
槍が「イルヴァースティルオン」として持っていた力。
『真名解放・フェイズⅣ〈ミューラギー・イシュル・イルヴァースティルオン・クラリュディオーネ〉』
「シャァアゥウウ!!」
棘をまっすぐ前に飛ばした鋭鱗竜へ、しっかりと狙いを合わせて。
『出力七百パーセント・発射』
電磁加速による金属弾体射出――レールガンは、滞りなく発射された。魔法による加速と射程距離拡張によって、竜の頭部をひしゃげ、胴体を内部から爆裂し、尻尾を貫通したまま引きちぎって飛翔、その速度のせいで燃え尽きるまで止まりはしない。
空気摩擦によって1秒で燃え尽きるほどの速度が出力七百パーセントに増強され、もはや威力も速度も規格外というほかなく、弾体が通りすぎた地域数キロにわたって大破壊がもたらされた。木々がなぎ倒され、衝撃波と金属蒸気のダブルパンチを喰らった鳥類が数百ほど死亡、ほどなくして発生した火災で数千の生命が損なわれる。
『標的の死亡を確認・弾体生成シークエンスに移行』
『多量の入手リソースを確認・損傷したビットの補填を開始』
機械でさえなく、ただの道具だった槍は、自分では身を守れない「仲間」を守るために死力を尽くしている。
『〈ヨイヤミ・アイザリヨン〉の存在を確認』
『〈アサギ・イルフィーネ〉の存在を確認』
『〈ホムラ・クリッティウス〉の存在を確認』
『問題なし・リソース自動分配を開始』
道具の中でも、自律稼働できる彼は特別だ。彼と同じ時期に生まれ、彼と同じように使われていた三つの道具たちは、手に持つという行程を経ずして役に立つことができない。だから、彼女らを手に持つことができる、彼女らを使える何者かが現れるまで、槍は外敵の排除を続ける。今のところ人の形の姿は見えず、槍に勝利する猛者もない。
『待機を継続・』
彼の求めている者など一人もいない世界でも、彼は待ち続けていた。
『引き続き第二種族の反応をサーチ・』
「なるほど、これが例の「バカ兵器」……」
「道具だから、人間が近付かないとダメみたいなの。最初は第一形態でビームくらいしか出さないんだけど、第四形態は、もう……アレよアレ。見たでしょ」
法銃の理論を拡張したかのような、見た目に同じことを行ってはいるが、まったく違うものだった。
「真名を限定的に解放できるとは……」
「普通はできないと思うんだけど、あれは道具だからでしょうね」
強くなった生物は、わざと弱くなることができない。ただ、槍はその機能をどこまで使うか自己判断することができ、威力調整という形で形態移行できる。
「一回、化身の姿で近付いてみたらそれなりに近寄れたのよ。でも、いざ相手を仕留めようってところまで近付いたら調べられて……魂魄機能に異常あり、とかいって。警戒レベルを上げられて、即アレよ。死ぬかと思ったわ」
「……生き残られただけでもすごいと思うのだが……」
森王は、王城の応接室にて設置された異界門の内部を確認していた。呼び出した二体の龍がしきりに「強い」と言っていた「インクルージョンスライム」と「シューターウェポン・エヴォルカスタム」を見たが、どちらも戦闘を好むわけではないものの、戦闘による周囲への被害が大きいという困ったタイプである。
「あれは近付いただけで死ぬと思うのだが……」
「人の姿をしていれば、ある程度は近寄れるみたいね。あとはあれの探してる、魂魄機能に問題がない……生き物がいればいいんじゃない?」
「ふむ。異界へのアプローチも、もう少し考えてみよう」
どうする気なの、とエイラは呆れたように声をかけるが、王は押し黙っていた。
◇
「順川、どうなったの?」
「……知る必要はない」
「そっかー。そんな言い方すると分かっちゃうけど」
「そうだろうね。口に出す必要もないから、そうしたまでだ」
宵闇にできた影は、身じろぎもしない。
「そういえばさ、紹介してくれた小波くん」
「どうかな? お気に召すといいけど」
「ナチュラル同士だし、すっごく合うよ」
「なら良かった。君もアーグを遊んでいたっけ?」
「うん。名前も聞いたから、しばらく一緒にやる」
「そうするといい。長い物には巻かれるべきだ」
いやかもしれないけどね、と男が嫌味を言うと、女は自分からならいいよ、と微笑む。
「……アレ潰すためにゲームを犠牲にしてくれたんでしょ?」
「まるで、現実世界の方がゲームに劣るような言い方だね」
ひどく皮肉げに、男は嗤った。
「世間体としては、どちらも引き換えにできないものだったからね。おかげで国の危機に出張ってこなかった、人間に味方するクズってわけだ」
「影の英雄なのにねー。いかいもん? プレゼントしたんじゃなかったの? あれじゃダメだった?」
「あれはあれで、別だよ。王の信頼が揺らいでいるというより、国民からの信頼が揺らいでいたんだ。それを取り戻すために――」
「あの子、だいじょうぶなの?」
「僕が守り切るよ。助けてもらったからね」
約束は違えない、と男は重い声で言う。
「まあ、君も小波君と仲良くしてくれ。誰かと共にいることで救われることはきっとある。消えない罪でも、薄めていくことはできるんだ」
「さすが経験者……。覚悟が違うね」
いいや、と男は嘲笑うような声で言った。
「僕はね、罪に感じてなどいないよ。必要だからするんだ。最初の頃はそりゃ悩んだものだったが……今や、彼女を襲うものでなくても――」
仕草を隠喩として、男は開いていた手をぐっと握る。
「アーグ・オンラインで亜人種を殺すのにためらうやつがいるんだそうだ。逆に理解できないな……いや、ネジの外れた人間どもを見てからだからそう思うのかもしれないが。君はどう思う?」
「私のジョブ、高級薬師と蛮剣士だからねー。モンスターなら叩き切る、くらいしか思ってなかったけど」
ふ、と男は息を吐き出す。
「そうだね……それくらい軽くあってほしいものだ。命の価値など、考え出しただけで夜が明けてしまう。どのような結論が出ようとも、それが浪費されるのは同じ。考えるだけ無駄だというのにね」
「現実でもそうだもんね。データの塊に価値が、ってさ――なら、みんなもっと優しくなってると思うんだけど」
「理想を口にするだけ無駄だよ。僕たちは命が浪費される世界にいる。それは現実でも半現実でも同じこと。減らしたくない命だけを守るエゴイストか、自分以外のすべてを切り捨てて行くエゴイストか……選ぶがいいさ、ばかばかしい」
どちらにせよ、保存されるのは体制側だからね、と男は吐き捨てた。
「保身など無駄にしてやるんだ……悪ならば滅び、善のみが生き残る世界を……」
「ねえ、あのさ」
「何かな」
「自分が悪だったら、どうするの?」
男は、とっくに闇に沈んだ女の方を見た。
「君とも思えないような、つまらない質問をするね」
「答えて。あなたも頼られてる人なんだから」
「我々は誰かに判断をゆだねたがる。僕も凡人に過ぎないということだ」
「……どっちでもいいの?」
いいや、と男は言葉を暗闇に溶かす。
「悪を救うものでなければいい。そうでない裁定者に滅ぼされるのならば、滅びてもいっこうに構わないよ。戸惑いや悪を宿す裁定者ならば……同じように、殺す」
立ち上がった男は、そのまま闇に消えていった。
「せっかちだなー……」
取り残された女は、男の性格を知っている。長いあいだ彼の世話を受けた身として、彼が結果を求めるあまり、遠大な計画でも迂遠な手段であってもよしとするほど、逆にせっかちであることを理解していた。
「っていうか、見放されたんだなぁ、私。ダメだったんだ」
女は、心を写すような闇夜に、しばしうつむいていた。
最近になって録画していた「オーバーロードⅡ」最終話を見直しました。ああいう茶番もたいへん面白いですよね。書いてみようかなあ、と思ったけどどこにどうやって入れればいいのだか……。




