066 「生態研究学入門」1回目
どうぞ。
「いやいや、まさか……! あんな勝ち方があるとは!」
ヴェオリさんの笑顔は、本当に満面の笑みだった。
「いいブラフでしたねぇ」
「いえ、そういうつもりじゃなかったんです」
王の防御力にはまったく届いていなくて、ダメージ反射に返されてしまった。そういうところはいいとして、戦法はより確実に、と思いはしたけど、あれは本当にまぐれだったと思う。王は、たぶんあの特技を見たことがなかったのだろう。
「杖を武器にしてる人っていないかな、って。スピードからして絶対に当たらないと思ったんですけど、なぜか……」
「特技のモーションは自動ですからねぇ……スピードで本人に調節できるところは出始めだけ。跳ね上がるスピードは、さすがに予想外だったのでしょうねぇ」
英魔の皆さんが「うんうん」という感じでうなずいている。
「あの、どうして囲まれてるんでしょう……」
「初の偉業だからな、嬢ちゃん。顔も見たくなろうってもんだぜ」
ユイザさんは怖い顔でにこにこしている。
「これほどの女の子だったとは……エヴェルにも見る目があるんだな」
「ディーロ、私に見る目があったんじゃない。彼女がすごいだけだ」
エヴェルさんの声も、穏やかな雰囲気が漂っている。
戦いが終わって、私たちは王城へ戻ってきていた。王とか都市が表立って勝利を祝うことはしないけど、みんながお祝いしてくれるのは勝手らしい。
「いやはや、杖の特技を使うものがいるとは……。次は絶対に負けん」
「いえ、怖いので……」
目の前にコマ送りで迫ってくる死が怖すぎた。
「ダメージ数値自体は少ないが、約束は約束、違えはしない。攻撃がかすりでもすれば許可するつもりだったが、見事に当てられてしまった今、阻むものはなし……ユキカ殿がここへ立ち入ることを許そう」
玉座に座っている王はなんだか不満げだったけど、私は二度と戦いたくなかった。条件がすごーくゆるかったから勝てただけで「英魔に恋するならば、同等の強さを見せろ!」とか言われて英魔さんたち並みの活躍を期待されたりすると困る。
「これを。所有権が移ることはない」
王は、鞘に入ったペーパーナイフみたいなものをくれた。
「これからここに立ち寄るときは、門番にそれを見せるように」
「ありがとうございます」
「なに、大した品ではない」
……鑑定とかはしないでおこう。
「――さてユキカ殿。この都市にいる以上、あなたは私にある程度従っていただく。とはいえ自由を縛るも考え物。よって」
王は、エヴェルさんを指差す。
「しばらくは仲の良い二位に従うこと。招集があるまでの間、二位の指示を遂行せよ」
「はい……エヴェルさん、私は何をすれば」
心なしか笑顔みたいな雰囲気が漏れて、私はなにか嫌なものを感じ取る。
「しばらくはレベル上げをしよう。来たるべき戦いに備えるために」
「やっぱり……」
橋川にも言われていたことだけど、実際にそうしたほうがいい、ということもあるようで、英魔の人たちもしきりに「買い物が下手なら狩りに精を出すべき」と言われた。信用できるお店に心当たりがあるなら大丈夫だけど、それでも日用品やあれやこれやまですべてをカバーできるわけじゃない。成長ボスやユニークボスの落とすものは、武器防具、服、ごく簡素な生活用品までと守備範囲が広いので、大体なんでも揃えられるそうだ。
「ずいぶん前のことだけど、ハサミを手に入れたって言ってた子がいたわね」「入れ歯が出たと聞いたこともあるがね……」「俺アイドルが出たんですけど――」「てのひらサイズのかぐがでたよ。かざってあるの、みる?」「防具しか見たことねえな」
すごいカオスだった。アイドルってなんだろう。
「――というわけだ。本人が必要としているもの、もしくはもとになったボスの性質に見合ったもの……そういったもののうちでも、戦力が十分だとか特に欲しいものがない場合は、「誰が使っても役に立つもの」や置物が出ることもある」
解説はいつも通り、知っている知識のおさらいみたいな感じだった。
「が、それは結果だけを言ってのこと。過程がどれほどのものだったのか、ボスを倒した当人たちは語ろうとしない」
「倒した数が多いんで、覚えてねえんだよ。エヴェル、てめー何体ユニークモンスター倒した? カウントされてねえんだから覚えてないだろうが」
「そうだね」
ディーロさんの言葉は乱暴だったけど、要するにいっぱい倒したことがある、という世界が違う感じの発言だ。
「まあ、君もこのような話に加わる機会が来るさ。それまではゆっくり鍛えていこう」
今日のところは解放してもらえるらしいと分かって、私はほっとした。
ログアウトしてからリビングに降りると、兄が夕飯の残りを食べていた。
「お兄ちゃん、また夕飯来なかったでしょ。お母さん怒るよ」
「悪い……俺も俺で、あれこれやることがあるから」
現実よりもゲームを重視するなんて、とアーグを始める前の私なら言っていたところなんだろうけど、今の私にはちょっと言いにくかった。
「お兄ちゃん。あのさ……」
「どうした?」
これを言葉にするのは、ひどくばからしいことのように思える。
「アーグ・オンラインって、すごいリアルだよね」
「……どんなところが?」
案の定――と思ったけど、兄はどうやら、私なりの答えを聞きたいらしい。思いつくままの言葉を、がんばって出していく。
「NPC……エヴェルさんは世界人って言うといいよって教えてくれたんだけど。世界人の人ってすごく人間だよね。冷蔵庫修理したとき喜んでくれるし、報酬だけじゃなくてお駄賃くれるときあるし」
「そうだな。それは大きいと思う……」
「それにさ。モンスターって、匂うんだよ? オオカミのモンスター、息がめちゃくちゃ臭かったし。でもいい匂いのモンスターって危ないんだ」
匂いもある。味もあって、感触もリアルそのままだ。
「キューナにおっぱい触られたときの感触、リアルのままだった」
「キューナ……ああ、あの子な」
一瞬兄が「だれそいつぶちころす」みたいな顔になっていた。
「痛いときの痛さも、すっごく似てる」
「そこは挙げてほしくなかったな……」
「なんで?」
「妹が痛みに慣れるなんて、兄貴として見てられないんだよ」
兄が兄らしいことを言っているような気がする。
「リアル、な……。俺はあの世界がリアルすぎて、怖いというか……離れられなくなった。世界人が死なないように方々手を尽くすんだが、完全にとはいかない。はじめはシミュレーションゲームくらいの感覚だったが、世界人をおとりに使おうとした瞬間、ものすごいブーイングが出てな」
「それはお兄ちゃんが悪いでしょ」
そうだな、と兄は寂しそうに笑う。
「今のお前ならきっとそう言うと思った。今の俺もそう思う。あんなに人間らしい人間を、プログラムの塊だなんて思っていた自分が恥ずかしいよ」
そもそも人工知能をあれほどのものにするのは無理があるんだよ、と兄は驚くべきことを言った。
「人間の脳に構造的なアプローチを、って計画で作られた、群知能を再現するスパコンがあったが……一人分を再現できたとして、量産するのは無理だな」
「あ、……それもそっか」
ビルのワンフロアでようやく人間一人というなら、地上のスペースを半分以上人工知能に渡さなくちゃならない。
「まあ、いろいろ研究はされたし、昔はオーバーテクノロジーじゃないかってくらいすごいものも考え出されたんだけどな。エクスソリッド・ソリューションコンピューターとか。粒子型演算機を限定導電液の中に浸けて、三十センチくらいの水槽ひとつでグリッドコンピューティングに匹敵する演算力があったんだとか……」
兄が何を言ってるのか、ちょっとさっぱりだった。
「昔ってどれくらい昔?」
「うん? ……そういえば、そうだな――年代は書いてなかった気がするな」
ご飯の、最後のひとつぶを食べ終わった兄は、しばらく首をひねって「そういうことか」と適当に納得している。
「……それで? 結乃がわざわざ話に来るってことは、何か面白いことがあったんだろう。言ってみろよ」
「うん。私、エルティーネに入れることになったんだよ」
「お、――おお、んん? おう、そう、……なのか」
兄の見解はほとんど王と一緒で、少し違ったのは王の力を知らないことだった。でも、政治的な判断はほとんど王と同じだったので、兄はすごく賢いんだな、と今さらながら感心する。
「そうか、なるほどな。森王の力はそういうことだったのか。というか……本当に杖の特技を使ってるとはな。感心するよ」
「ふふふー」
「逆に、な」
スキルツリー全制覇は比較的簡単なので、「MP+5パーセント」という最終段階にたどり着いてからも杖スキルの物理特技は取れるらしい。ただ、それならそれで魔法についての補正を得るまで遠回りする。レベルがある程度上がるごとに進める一歩が増えていくけど、一度に一回しか派生できないので、数か所を同じように伸ばそうとするとかなり無理が出るとのことだった。
「普通は杖スキルを取ったら魔法全振りなんだけどな……。まあ、お前の杖はあの「魔法殴打」だし、そもそも5パーセント補正ってレベル1000くらいまで行かないと大したことないからなぁ。殴り特技が役に立ったなら、これからも伸ばしてくといい。熟練度で威力変わるし、熟練度が瞬間に上がるアイテムとかはないからな」
「今のとこ、突き刺しと殴り、すごく強いよ」
「だろうな……中級の剣なみに物理性能があるし、たいていの敵に対して、打撃の方が通りがいい。これこそ「鈍器運用」だ」
弱点に当てると即死効果もある〈アイズ・ブレイク〉とか、頭に当たっただけでスタンが起きる確率を上げる〈ブレイン・クエイク〉、同じ効果だけど効果時間が伸びる〈ニューロブラスト〉も強い。二回攻撃なので単純に強い〈ラピッド・ヒット〉もおすすめだ。
「名前の殺意が高すぎる気がするんだよ、俺は……」
目潰し、脳に震動、神経破壊……うん、確かに。
「成長ボスを倒しに行こうって誘われてる」
「そりゃそうだろう。あって困るものじゃないからな。それに、奈落の竜虫は虫っぽくないものを落とすから、虫嫌いにもいい素材集めになる」
「あ、そうだったんだ?」
「石ころばっかりだ……生き物じゃなくて、あれこれ操作して作られたロボットみたいなものなのかもな」
兄はこういう考察系のこともたくさん聞かせてくれる。今まではとくに興味なかったけど、今はちょっと面白い。
「お兄ちゃん、モンスターと成長ボスのこと聞かせて」
「おう。じゃ、基本から」
モンスターの体は、ゲーム的に言うとある種のエネルギーでできている。
「エネルギーの種類は「経験値」「アイテム」「金銭」だ」
「うん、ここまではオッケー」
モンスターは「資源」で、自然発生するモンスターを倒しているだけでも食べ物や強さが手に入る。ただ、種類によってエネルギーの配分は違う。
「それがより偏っていて、よりよいものを手に入れられるのがボスモンスターだ。まあ、才能を試す……強いものをより強くする、って意味の方が大きいだろうがな」
肉は美味しくて、取れるアイテムは貴重な薬にもなる、なんていうのはありがちらしい。難易度高めのクエストに出てくるのはそういうボスたちだ。
「で、エネルギー過多なボスモンスター……問題はこれだ。ふつうエネルギーってのは新着のものと保存されているものに分かれていて、新着は形を変えられる……経験値になって、成長に使われる。だが処理能力には限界があって、レベル爆上げってのはモンスターには起こってくれないんだ」
「じゃあ歴戦のボスは……」
「アイテムの質が良くなる」
「ボス育て屋」という謎の名前を少しだけ聞いたことがあったけど、そういうことらしい。
「わざわざ強くなるのを待っても、アイテムの質がちょっとよくなるだけだからな……あんまり意味はないんだ。ちなみに成長ボス育て屋もいるが、あっちはあっちでキツい」
「ん、なんで?」
「考えたら分かるだろ……モンスターも、個体ごとに差があるんだよ。いま強いのはともかく、それ以上に強くなっていくのか、それともそこで止まっているのか、見ているだけじゃ判断が付かない。モンスターの才能ってのも、人間側からじゃ見分けにくいからな」
おまけに、適当なところで切り上げなくちゃならない、と兄は笑う。
「こないだ四つ名のドラゴンに立ち向かったやつがいたんだが、瞬殺されてな。初見殺しというか、対処しようのない特殊能力を持った敵だったらしい。四つ名に成長して、頃合いかと思ったんだろうが……時すでに遅しというより、最初から見当違いだったんだな」
魂ひとつひとつに名前が付いて、それが体の分のエネルギーと合わさり、報酬になる。名前が多い方が多くの人で分け合えるし、報酬も強力なものになるけど、強さは名前ひとつで何段階も跳ね上がる。
「……そもそも、俺たちが確認できるようなスパンで名前が増えるわけがない。そんな速度で成長するならば、最初から手に負える相手じゃないんだ」
さ、もう遅いぞ、と言った兄はいつも通りの顔だった。
「ボス育て屋」……
モンスターは入れ替わらない限り、ある程度の速度でレベルを上げていく。場所によって得られる経験値が違うため実質的に上限が存在しているが、数値として同じ経験値を蓄積すれば上がるものは無理やりにでも上がる。そのため、成長速度が速いモンスターや強力なモンスターは驚異的速度で成長する。このように成長していくモンスターを保存し、より強力にしようと目論むのが「育て屋」である。
モンスターを成長させると
・基本経験値がいくらか上がる(未検証)
・ドロップアイテムの質が向上する(検証済み)
・成長ボスへと進化(?)する(検証済み)
などのメリットがあるらしく、育てることで強力なアイテムを得やすくしようとすることが目的。ただし、ひたすら同じものを狩って探すレアアイテムの入手率が上がるなどのオプションは確認されていないため、数を狩りたいプレイヤーからは「邪魔すんな」と怒られたり、しばしばトラブルの火種になる。
成長ボスをさらに成長させようというとんでもないことを考える育て屋もいたようだが、成長速度と強さの相関関係はある程度明らかになっており、年単位でなく月単位で成長が目視できるモンスターは危険すぎ、手に負えなくなる、または忽然と姿を消すことが知られている。このため、育て屋というロールプレイ自体が大きな危機に陥っている模様。




