062 「種族学入門Ⅱ」2回目
タイトルは間違いじゃないです。
どうぞ。
そういえばユミナの髪がすごくきれいになっているような気がした。
「ねえユミナ、最近髪きれいじゃない?」
「むふふぅ、お手入れをきちんとしてますので」
どやっ! とピースしながら口で言うあたりがかわいい。
「だよね」
「うんうん」
……突然現れたこの人はいったい誰だろう。
「あ、この子はコウヤマエリちゃんだよ」
「神の山に恵み、理系の理で神山恵理だよー。よろしくね」
メアと同じくらいの整った顔立ちで、まっすぐにしてあるけどふんわりした印象の、ココア色の髪がとてもきれいだ。細めだけど出るところは出ているという、なんかずるいとしか思えない体型だった。背は私と同じくらい、ほどよく小さいので、メアよりバランスはいいかもしれない。
「転校生ですー、おはつ」
「お初……うん、おはつ」
すっごい略し方だ。
「おはようございます……その方は?」
「神山恵理です、どうもー」
いろいろはっちゃけているけど、こういう人も嫌いじゃなかった。メアはいろいろ首をかしげているけど、真面目とはっちゃけ、わりとすぐなじんでくれると思いたい。
「ユミナ、そういえばどこで知り合ったの?」
「ん? え、あーえっと、あとで言うね」
「うん」
朝のホームルームが始まる前にエリ(なじんだから友達呼びすることにした)はどこかに行ってしまって、ホームルームでさっと入ってくる。黒板に「神山恵理」と少し右肩上がりの文字で書いたあと「神山恵理です、よろしくお願いしますー」とお礼をして、男女ともにわっと湧かせていた。
「神山さんはきのう矯正院を出所したところです。皆さんはこれ、覚えてますか?」
「あ、それ知ってる。確か理不尽な裁判とかだったよな」
先生が記事を出した事件は、それなりによく覚えていた。
「二年間学校を離れていましたが、きちんと学業を修めてこの高校の編入試験にも合格しています。皆さん、温かく迎えてあげてくださいね」
誰も嫌な顔をする人はいなかった。
エリが巻き込まれた事件のことは、それなりにしか知らない。転入生としていろいろ質問されている隙に質問したやつがいて、ちょっと辛そうに、でもしっかりと答えてくれた。
いろんなところで強盗を繰り返していた強盗団がいた。名前は伏せていたけど、調べたらすぐに分かるだろう。その強盗団はエリのいた地域を狙っていて、いろんなところに潜入していたらしい。そのうちのひとつがエリの向かいの家で、空き家のはずの場所に誰かいる痕跡を見つけて、彼女は家に入っていった。
運よく相手は一人だったけど、当時で中学二年生、大人の男に勝てるわけがない。すぐに見つかって殺されそうになったけど――どういう偶然か、男はちょっとした床の段差に足を引っかけて、転んでしまった。男が取り落とした木刀を手にして、エリは「逃げるだけじゃダメだ」と思ったらしい。すぐ向かいの家に逃げ込んでも、こんな危ないのを相手にして逃げられるわけがない。だったら、と思ったエリは、鼻を打ち付けて男がうめいている一秒かそのあたりの時間で決断し、その後頭部に木刀を振り下ろした。
……無抵抗の相手を殴り殺した、と言葉にすればそうだけど、凶悪犯罪ではない。むしろ殺さなければ自分が死んでしまう、なんて状況でおとなしく殺されるのを待つ方がおかしい。でも裁判で検察側は「頭部が著しく損壊しており、激しい殺意が認められる」という理由で彼女に処分を下した。
「……こんな私でも、だいじょうぶかな?」
「正当防衛でしょ? だいじょうぶだよ」
ちなみにユミナが仲良しだったのは、矯正院でアルバイトをしていたからだそうだ。求人あるんだな、と思っていると、私はエリの「そういえばこのクラスにさー」という言葉ではっとした。
「ん、どうしたの?」
「はしかわしゅーすけって人がいるんだよね?」
「うん、いるよ」
「会いたいんだけど、どこにいる?」
橋川がさっと席を立って、こっちに歩いてきた。
「久しぶり、しゅーくん」
「うん。どうしたのかな、神山さん」
橋川がちょっとかたい。
「もうちょっとゆっくり話がしたかったんだよー。どっか行かない?」
「……しょうがないね」
橋川が私を見て、数度まばたきをする。目配せとかサインかな、と思ったけど、言葉では何も言っていなかった。
すぐに二人は戻ってきて、知らない人を連れていた。
「……何があったの?」
「友達を紹介したんだ。不安そうだったからね」
矯正院ではエリは橋川の初めての担当で、ユミナの研修(という名目で仕事を半分にしたりしながら)と一緒に、ここの学校への受け入れなんかを頑張っていたらしい。いざ来てみると友達はすぐできたけど、クラスの人以外とも仲良くしたいということで橋川の友達が生贄になったらしい。
「小波くん、仲良くしようね」
「おうおけい」
何語か分からないけど、仲良しだ。
「クラスにも普通になじめそうだね、エリ」
「うん。みんなのおかげだよ」
こんないい子が、と思うと裏がありそうにも思うけど、詮索したって仕方ない。私だって昔はあれこれやらかしているし、中学のころはいわゆる不良グループだと思われていたこともあるくらいだ。違うけど。
「初日から大丈夫そうだね。これなら心配いらないかな」
橋川がほんのり笑っているのを見て、なんとなく妙な気持ちになった。焦っているというか、じれったいというか……エリは橋川とどういう関係なのか、知りたくなる。
「橋川、話があるんだけど」
「うん、図書館に行こうか」
いつも通りだけど、いつも通りなのが逆に不安だ。なんだか、日常が私だけ置いてけぼりにして流れているような感じを覚えた。
そういえば、最近の橋川は普通の時間にゲームをして普通に寝ているようで、目の下のクマが薄くなってきている。優しげな笑顔もだんだん普通になってきて、言葉には表しにくいけど、なんだか普通の人になってきている。あんまり知らなかった人のはずなのに、それが妙に嬉しい自分がいた。
橋川だけがさっと図書室に行って、私が後を追いかける。いつもの光景が本当にいつも通りで、ずっとこうしていたいような気分にまでなってくる。
「……ゲームの話かな?」
「ううん、……えっと、私の知らないところで何があったの?」
彼は、ごまかされてくれないか、というような顔をする。
「梶木さんが強制院のアルバイトを志望してきてね。採用条件にぴったりだったから、すぐ仕事を始めてもらったんだ。殺人で入ってた神山さんの、……そうだな、優しい方の担当って言えばいいのかな」
矯正院には「厳しい」「優しい」二つの面があって、それまでは橋川が表裏使い分けてやっていたらしい。ユミナは優しいから、すぐに「優しい方」になれて、しっかり仕事ができた。ちなみに今も続けているそうだ。
「なんか先越された気がするなぁ……」
「そうだね。そうかもしれないけど、遅くていいんだよ。……ああ、社会人経験って年数がものを言うんじゃなくて、いろんな人と関わってのことだから」
含みがあった気はするけど、言ってることはその通りじゃないかと思った。
「神山さんって……」
「あの人が話した通りだね。強盗団は全員逮捕されてるから大丈夫」
「あ、そうだったんだ……」
「被害に遭った場所じゃ、逆に「よくやった」って言ってる人もあるらしいからね。人数と技術、どっちもすごかったらしい。報復は怖かったから、すぐ処分されたよ」
執行猶予とかなしで、直に刑務所行きだったのだろう。
「……そんな野次馬みたいなことを聞きたかったの?」
「あ、違うよ。……えっと」
私はずいぶん顔が赤くなりそうなことを考えていた気がする。橋川は私に「連絡先交換しとかない?」と言ったし、いちばんよく話す女子は私のはずだ。でも、だからほかに好きな人がいないとか、誰かと話しているからやきもきするなんて考えたこともなかった。
橋川はいいやつだから、男女どちらにも優しい対応をする。そんなところがここで大きく邪魔をして、私に一歩踏み出させない。よく話しているから好きとは限らないし、エリもかなりかわいい方だ。ずっと担当をしていていろんな面を知っているなら、お互いに一緒にいたいと思うかもしれない。まさか公私混同して同じ高校に入れさせたりはしないと思うけど。
「そういえば最近さ、アーグ・オンラインでさ……」
「成長ボスのこと? 困るよね、本当に」
そっか、ニュースをチェックするようになったんだね、と彼は笑っている。
「ボスモンスターは経験値多め、お金多めで倒すとお得なんだけど、ユニークモンスターとか成長ボスはスキル経験値以外めちゃくちゃなんだ。たくさん倒しても経験値は少なめだから効率は悪いし、アイテムが類を見ないものだと売り値も高くなかったりしてね」
愚痴をこぼすような口調だった。
「あ、だからボス狩りしてる人がいるんだ?」
「そりゃそうだよ。……あ、違う話だったかな」
あまり違わないような気もするけど、「エヴェルさんに襲撃イベントに参加しないかって誘われてて」というと、「ああ、その話か」と橋川はうなずいた。
「誰もが通る道だからね。襲撃イベントが、じゃなくてボスの討伐に参加するってことだけど。聞いてると、どうも樫原さんは買い物上手じゃないみたいだから……モンスターを狩って出てきた装備の中から見繕う方がいい。ただ、普通のものだと求めている性能に噛み合わないことがあるから――成長ボス討伐は、そういう理由でおすすめだよ」
なんだかんだ、理由はしっかりあったみたいだ。
「お店で掘り出し物を見つけられる才能がある人はいいんだけど、全員がそうってわけじゃないし、騙される人も出てくる。しっかり時間をかけて判定して、そのうえで自分にとって助けになるアイテムを渡してくれる成長ボスの討伐報酬がいちばんいい」
「……倒すの、難しいんじゃないの?」
「ピンキリだからね。たぶん、二つ名の弱いのならもう倒せると思う。樫原さんの習得してる属性とか戦い方……に、妙に弱い敵がいれば。これから役に立つ知識として、簡単な倒し方のコツを言っとこうかな」
まるで絶対に遭遇する、そして戦うことになる、と確信しているような言い方だけど、これだけ溢れかえっているような状況だから仕方ないのかもしれない。
「樫原さんは、どんな敵が弱いと思う?」
「え? ……ちょっと想像できないかなぁ」
弱い敵は弱い。でも、強い敵の中でも弱いのはどんな敵なのか、と言われても、橋川が言ったように「こっちに妙に弱い敵」くらいしか思いつかない。
「まず、一つの方向に突き抜けた敵。前に向かって一億度のビームを撃つ砲台があっても、それが後ろを向けないなら強いとは言えないよね」
「うん……あるの、そんなの」
「似たものはあったよ」
「あるんだ」
ピンキリ、とよく言うのはそういう事情があってのことなのだろうか。
「もうひとつはね、体力を削り切らなくても倒せる敵。体内のどこかにコアがあって、それが命、力の源になっているときは、それさえ破壊すれば一撃で倒せる。レベル40くらいでボスを倒した人は、そうやって倒したらしいよ」
人間業じゃないな、と思いかけて、化人族の話だろうなと思い当たる。
「逆に……長所も弱点も少なくて、急所にも攻撃を当てにくい敵はものすごく強い。普通に戦うだけでも、プレイヤーとの力の差は歴然としてるわけだから、「普通に」じゃないんだ。動物型のボスモンスターは下手な成長ボスよりよほど強い、って言われる理由だね」
つついたら倒れるタワーと迫ってくる犬のどっちが怖い、と橋川は言ったけど、犬に決まっている。例えとしてはそういうことらしかった。
「トランプタワーがカードを飛ばして攻撃してくる……としても、一点をつつけばすぐに倒れてしまうわけだから、ダメージ覚悟で突っ込めばすぐ倒せる。でも迫ってくる犬とか、もっと怖いとこだと虎とか……倒せる気がしないよね」
「無理でしょそれ」
昼休み終わりの予鈴がなる。
「じゃあ、これくらいにしとこうか」
「あ、うん」
結局あれこれは聞けなかったな、と思いながら、私は教室に戻る。
――何か忘れていることがあるような気がした。
「なんだっけ……」
そういえば今回の話ではさりげなく「優しい人がモテない理由」が書かれています。意図したものではないというか、自分で読み直して「あっそっかぁ……」と死にそうになっていたりする。
誰にでも優しく、「自分だけが得られる特別な感じ」がないために選ばれないんですね。まあ、現実的には演出の類をやるやつのほうがダメだと思うんですけど……。これに関しては女性がビッチ呼ばわりされる理由でもあるかもしれぬ。
もうしばらくは大丈夫そう……




