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058 食事

 おいしい食事(超グロい


 どうぞ。

 魔物を狩りに行っていた男たちが戻ってきた。畑を耕していた男たちも、果物を収穫していた女たちも、原っぱや空き地で転げまわって遊んでいた子供たちも、家に帰ってくる。日が暮れかけてきた夕空を見ながら、誰かが「今年の実りはどうだろうな」と満足そうに言う。夏のまぶしい日差しを浴びて、彼らの栽培する葉ものや穀物は照り輝いていた。そんな様子を見れば、誰だって「豊作だ」と言うに違いない。


 去年は平均的にしか作物が取れず、魔物の肉や外で取ってきた知らない果実を食って中毒を起こした者もいた。今年は雨も太陽もいい塩梅で、そのようなことは起こらないに違いない。作物が大量に実れば収益も増え、それを買っていく遊生人たちも増えて、村はいいことずくめだ。魔物狩りで倒れる男が減れば、その分だけそれ以外に回せる手が増える。よいサイクルができれば、村そのものの発展も望めるだろう。


「今年こそ村の展望は明るいな……」

「そうよねえ。襲撃やらなんやらで落ち着かなかったし――」


 不意に、日が翳る。文字通り明るい雰囲気だった村に、どろりとした暗闇が舞い降りた。


「おい、なんだあれ……?」

「黒い、太陽……いや、十字の……?」


 指で測ってみればなんとも小さな太陽だが、それは空を全て照らしている。だが、今この瞬間だけは太陽は力を失っていた。正体不明の黒い何かが、ちょうど紫になり始めた美しい空を穢している。


「おい、灯りが――」

「おかしいぞ、カロッソが萎れてる」


 魔力灯が数度ぱちぱち、ちっと瞬いて消え、道端に生えている雑草のうちでも元気な部類のカロッソが、水をもらえなかった鉢植えのように萎れていく。


 そして村人は気付いた。


「――霧?」


 白い霧ではなく、嫌悪と不安を催す、悪臭さえ漂いそうな黒灰色。それを吸い込んだ村人たちは咳き込み、やがて静かになっていった。


 そして。


『〈戦火〉』


 ひゅう、と矢のような速さで近付いたどす黒い火球が、地面に落ちた瞬間に爆発的に広がる。散布された霧と魔力が反応を起こし、文字通り人々を焼き尽くす終焉となって村を飲み込んでいった。


『焼肉、できたかしら……?』


 甘い色気を含んでいながら、まったく純粋で無邪気な声が静かに響く。彼女は自分の引き起こした結果を過小評価しており、まさか村人は灰に変わったなどとは考えていない。彼女がしたかったことは、言葉通り(・・・・)である。


『……むぅ。寺院が溶けてる』


 上級の石材で作られた寺院は、ほとんどのプレイヤーにも破壊不可能である。ごくわずかの災害モンスターしか成し得ないような災禍をもたらしたというのに、彼女にはまったくその自覚はなかった。


『ってことは……』


 頭を動かすことなく(・・・・・・・・・)周囲を見渡し、彼女はようやく悟る。


『……みんな燃えちゃったのね』


 災害モンスターが訪れることもないこの村の世界人は、総じて低レベルであった。「それなり」の戦闘能力を持つものもパーソナルスキルを持つものもおらず、高い魔法耐性を持つものも当然ながら存在しない。広範囲・大威力を兼ね備えたそれは美味しく肉を焼くような働きはなく、村人たちの弱さも相まって、一撃必殺の瞬間火葬になっていた。


 直接切り取らなければアイテムにならない人体は、消滅すればその分だけ多くが経験値に換算される。とはいえ彼女にとっては、それも些末な事実にすぎない。


『もう、いつになったら焼肉ができるのよ』


 彼女の持つ「火力」は調理に向いていない。それを以て調理するにふさわしい相手がいるとすれば――。


『あら……怒ってるの?』


 この村の地下にいたらしい恵みをもたらす「豊果竜」が、灼けた地面を割って現れる。正しき者の近くに隠れ住み、ひそかに恩恵を与えるとされる不可思議な竜である。そして彼は、喉から逸話にはふさわしくない低い唸りをあげた。


『ふふ……あなた、おいしそう』


 爪の先に、彼女は「媒体」を呼び出す。それは究極の魔法を撃ちだすためのガイドビーコンであり、それ自体が数度の死をもたらして有り余る威力を持つもの。


『〈フォールン・ゼニス=セーブ〉』


 たわわに実る果実のように豊かに膨らむ甲殻に、重く硬い暗黒の針が突き刺さる。さほどの強度がないとはいえ、肉にまで入り込んだ激痛に、竜はかっと目を見開いて叫ぶ。まるで食事のBGMであるかのように苦痛の嘆きを聞き流し、彼女は破滅(それ)を放った。


『〈フォールン・ゼニス=バースト〉』


 体組織の一部を撃ちこんだ彼女の魔力が集束し、成長ボスとしても一級の、究極と言って何ら差し支えない魔法が放たれる。この世にあってはならない音がギシ、ギシと響き、世界に存在していないはずの何かが世界を作り替えるほどの光を放ち――


 結果的に、豊果竜は死んだ。表面は深さ十センチほどまで炭化し、彼女が思ったような焼肉にはなっていない。


『また焦げちゃった……』


 悲しんでいる彼女の聴覚に、人の声が飛び込んでくる。


「あれー、村は? 消えたの?」

「っつかなんじゃありゃ、ユニークボスかぁ!?」


 折よく――あるいは運悪く、ここにログインポイントを設定していたプレイヤーたちが変わり果てた村に降り立つ。


「てンめぇ、まさかこれ全部……!? 許さねえぞ!!」


 大剣を手に、男が突進する。戸惑っていた女も、どうやらそれに加勢することにしたらしく、炎熱の痕跡を見てか氷混じりの水を浴びせる魔法を詠唱した。


『あ、そうだっ!』


 一撃だけの重突進特技を軽く受け止め、彼女は男をがしりと掴む。


『こうしたら、焼けるかも……』

「てめ何すんだやめ、やめぐぁ、ぎゃめっ、ぐわあああッ」


 冷え固まってさえいない地面に、人間の体を押し付ける。これまで火力が高すぎたのなら、今回の手段はどうか――彼女の思考は、あくまでひとつの目的のためにしか動いていない。彼女にはそれをする力があり、それをしたいという思いがあった。あっという間に男は気絶し、ふた目と見られぬ姿に変わる。


「ちょ、ヤバいこれ……!!」


 ふわりと浮き上がって急接近し、彼女は女の方ももう片方で掴む。


『柔らかい……おいしそう!』


 ふふふ、と笑って、彼女は「肉」を「鉄板」に押し付けた。弾けるノイズとじゅうじゅうという焼ける音、そして新鮮な肉からしか聞けない声。抵抗は一秒と少しで終わり、彼女は地面と癒着して剥がれないそれをむりやり引き剥がす。流れた透明な液体が地面に落ちて蒸発し、彼女の食欲をそそった。


 容易く引き裂かれた肋骨をぺっと吐き出し、焼けていい感触になった臓物を楽しむ。柔らかく崩れる肺と肝臓、もちもちした腸、アクセントに塩辛い汁をこぼす脊椎。手足の筋肉を味わおうとした瞬間に、女の方はダメージ超過で消滅する。


『ふふ。手足は、こっちの方がおいしそう』


 押し付けていた時間がやや短かったせいか、肉は生焼けだった。そのせいでダメージ超過を引き起こさず、まだ生存していられるのだ。


 彼女は濃い香りを持つ骨髄をなめながら、貼り付いた筋肉をべりりと剥がす。生のものでもなく、完全に焼けているわけでもないそれは、表面だけが焦げた肉特有の香ばしい匂いをふわりと柔らかく漂わせている。よく使いこまれて発達した骨をかしかし砕いていると、どこかを傷付けたのか、噴き出した液体が彼女の顔にかかる。


『あ、血……。焼けてなかったのかしら』


 噴き出す箇所に口をつけ、彼女は血をすすった。考えてみれば肉は水分が少なめで、後になって喉が渇いてくるかもしれない。この際ぜんぶ飲み干してやろう、と彼女が意気込んだそのとき、男はダメージ超過で死亡する。


 しかし――。


「遠くから来たかいがあったな、確かにこれは成長ボスだ」

「名前を見るに、成長中ですね」


 彼女の嗅覚は、成長ボスを攻略しようとする数十人の集団がすべて人間であることに感づいていた。そして、こうも思っている。


 ――まだまだ、楽しみ足りない。


『今夜はごちそうね』


 プレイヤーの強さを察した彼女は、両手に火球を生成する。


『いっぱいいっぱい、焼肉が食べられるわ……』



 ◇



「成長ボス相手に全滅した? そりゃ自業自得だろう」


 アヤト・ルゥスはもともと食材を買い付けに行ったはずの部隊から連絡を聞いて、ひとまずはそう言った。百パーセントそう考えているわけではないが、半分くらいはそうである。とくに戦いに秀でたものであっても、ボスモンスターは容易い相手ではない。


「違うんですよ……見たこともない魔法を使って、そのうえに人間を食って……村ひとつ焼けてなくなってましたからね」


「ヨトン村が消えたか。人間を食うくらい普通だろう、逃げもしない手頃な食糧だ」


「またそういう言い方を……」


 アヤトは優しいときが多いが、厳しいときもある。事実のみを述べると異常に冷たく聞こえるのもまた事実だった。


「そいつはどういう名前だった?」


「種族名は分かりませんが、恐らく「ドラグサフィーア」の変種で……。原種とはまったく違って物理特技じゃなく魔法攻撃を使うみたいです」


 俺も前から少しずつリサーチしてたんだよ、とアヤトは顔の前で手を組む。


「魔力吸収なんて成長ボス特有の成長手段を持ってるやつを調べてみたが、数種類しかヒットしなかった。まず、生まれたときから成長ボスっていう恵まれすぎたやつら……鉱竜種の中でも、宝石を身にまとう「宝玉竜」だ」


 もともと「自動成長加速」というスキルを持った種族だが、宝玉竜の成長速度はさらにその二倍、とんでもない生物である。


「で……魔力吸収と自動成長を兼ね備えているのは一種のみ。奈落の龍虫(・・・・・)だけだった」


「奈落の――ってことは、次の襲撃イベントにあれが?」


 ぞっとしますよ、と「行商人」のハンクは自分の肩を抱く。


「心配するな。俺たちはレベルの大半を非戦闘職で埋めているんだ、レベルが五百あろうが戦闘能力もステータスも大したことがない……だが彼らは違う。毎回奈落から街を守り切っている彼らなら、むざむざ魔法などで殺されはしない」


「いえ、それなんです……あれが怖いのは」


 ハンクは、考えるだけでも気が狂いそうな饗宴のことを思い出し、アヤトに説明する。


「焼肉が食べたいと言って……巨大範囲に火魔法を撃ちこんでから、火傷で死にかけているプレイヤーを選んでかじるんです。ここがおいしい、次はここの部位にしよう、なんて言いながら……人の言葉を話しているのに、内容はあんな……」


「んん? ちょっと待ってください、気になりますねぇそこのところ」


 執務室の解放された扉から、入ろうかどうしようかと迷っていたヴェオリが口をはさむ。


「師匠がこのあいだ、焼肉を食わせたやつが逃げやがったと言っていましたよ。霧を纏った女の子だそうですが」


「なに……? ディーロさんがそんなことを……。ヴェオリさん、彼に時間があればリアルタイムで聞いてみてくれないか」


 いいですとも、ちょっとお待ちをとヴェオリは耳に手を当ててウィンドウをいじり、テレパシー魔法による通話を始める。


「もしもしぃ……このあいだの焼肉食い逃げ女のことなんですがねぇ……はいそうなんですよ、出たようで。――アヤトさん、ご質問は? チャンネルを開いてあるので、声は届いてますよ」


「霧を纏った女の子……の名前は?」


「えーはい、はい? 長いのをいっぺんに言わないでください……えー、おーぜ、るく、はいはい、えいに……のと。オーゼルク・エイニーノトだそうで」


 よく覚えているものだな、とアヤトが呆れるが、答えは「ログに残っていた」という簡潔なものだった。


「なぜ人間を焼いて食べる?」


「はい、はい――はい。龍なんかを食べていたが、このあいだ王城でいただいたご飯が美味しかったと。特にからあげや焼肉に興味を示していたそうです。納得ですねぇ」


「まあ、確かに納得できる話ではあるが」


 人間サイズで食べたものを、元のサイズでも食べてみたかったということだろうか。


「ええはい、はあ……大丈夫ですか? ええ、いや信じていますが。そういえばそうでしたが……間がある? その方がいいのでは? ――了解しました。師匠の仰せの通りに」


 ディーロと何事か話しながら、ヴェオリは押し黙る。


「ヴェオリさん、どうかしたのか?」

「いいえ……酷だなぁと思いましてねぇ」


 彼は笑った。


「これで的中していなかったら、いったいどうなるのだか」

 第一部分のラスボス登場……まあ、わかっていたことだとは思いますけど。


 あ、あの部分入れ忘れとった……

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