055 ビヨール・アンコーン
次からはちょっと設定の垂れ流しになると思います。
どうぞ。
それじゃ名前を変えるわね、とテュロさんが言って、俺はそういやそうだっけと思いだした。そもそもの俺が英魔の配下になろうとしたのは、名前を変えてもらえるという条件の元だったのだ。
「何か希望はある? まさか私がぜんぶ考えるのもなんだし……」
「下の名前は……読みを同じにしてください。アルファベットの並べ方は何でもいいんで。意外と愛着あるんですよ」
「ふうん……? まあ、いいわ」
ささっと打ち込んで「これでいいかしら」とこっちに向いたウィンドウには――
[Vijor Ancorn]と書かれていた。
「変わってないじゃないですか、ぜんぜん」
「後半は変えたわ。もっとめちゃくちゃにしてあげましょうか?」
「いや、いいです」
「ふふ、それがいいでしょうね」
見た目がエロいのも大きな特徴だが、この人はユイザさん並みにいたずら好きだ。覚えておかないとえらいことになりそうだな、と思った。
「そういえば、なんだけど……。あなたが倒したスライムは三つ名だったのよね? 残りのふたつの名前はどこに行ったか知ってるかしら」
「いえ、知りませんよ」
とある尖塔の頂上にいたので、俺はつい突き落とされるのではないかと身構えたが、さすがにそんなことをする人ではない。
「成長ボス、ユニークボス、オリジナル、名前は何でもいいんだけど……あれは名前が多ければ多いほど強い。そして多くの、大きな力を持つ。名前ひとつに対してひとつの力というわけではないけれど、あなたはあのボスの特性のうち、どれを手にしたの?」
俺は答えることができなかった。
あれは奇跡だ。だから、俺は幾人もの願いが重なって出来上がった結晶を手にして喜んでいる。確かに示された条件は満たした。ただ、そのもうひとつの意図を、俺は故意に無視していたのだ。
「あとになって増えたものを。あの人間を取り込んで増えたものを、自律型で手に入れました。それ以外はたぶんユイザさんと誰かが」
「そう……。あなたもエヴェルみたいになるのかしらね」
「エヴェルさんみたいに……?」
テュロさんが言うには、あの人は毎回のように外れを引いていて、このあいだやっと当たりを引いたところらしい。
「装備品は手入れが必要なの。これは常識。損耗すれば素材アイテムを消費して修復することになるんだけど……ユニークボスの素材は、二度と出ない。分かるわよね」
「あの人、毎回素材出してるんですか?」
「残念なことにね。装備のレパートリーは多いけれど、持っているモノの質が低いのはそのせいよ。おかげで戦いの技術はトップクラスなのに追加されたものはほとんどゼロ」
もちろん、一回の戦闘でそれほど傷まなければ遅めの自動修復で何とかなる。ただ、ここが正念場というときに出し渋ると結果も得られない、装備も壊れるで大損なのだろう。
「ほんとはもっといい鎧を着たいんでしょうけど、残念なことに自動修復が早くて性能もあれを上回るのは出なかったみたい。というより、素材を全部武器につぎ込んでるみたいだし、当然かもね」
そんな風にはなりたくない、と思いつつも、逆にどうやったらそんな頻度で成長ボスに出会えるのか気になった。
「ユニークハンターだから、それなりにユニークボスに出会っていると思うでしょう? ところがそうでもないの。彼が狩っているのは主にユニークモンスターで、ボスじゃないのよ。ボスでも、一代限りの変異個体が普通で――だからね」
ユニークハンターって名前はバカにしてもいるの、とテュロさんは悲しそうに笑う。
「損害を顧みず、ただユニークモンスターを狩る……なんて、ロマンと言えばロマンだけど、ゲーム的に見て得することは数種類しかないのよ。完全に理解していないものたちからすれば、毎度外れを引くかわいそうなヤツってわけ」
「大変ですね……」
ただ、あらゆる経験値が多い点を知っていれば、単なる外れを引いているわけではないと理解するだろう。むしろアイテムなど捨て去ってでも手に入れたいのがそっちなのかもしれない。
「代わりにめちゃくちゃな条件を課すジョブには簡単になれたみたいね。成長ボスを何体も倒すなんてのを条件にしているジョブがあるらしいけど、彼はそこまでやってるもの」
そこまで、という言葉は感心よりドン引きしているふうに聞こえた。
「いちおう、普通の戦闘職にも「ボスモンスターを倒す」っていうのはあるのよ。でもそれは普通のボス種族ってだけ。成長ボスを条件にしているものは、それこそ数人しかいないくらいに絶対数が少ない職業ね」
「俺はまだまだなんですかね……」
「ゲームを真面目にやるか、それとも他の手段として使うか、楽しむか……あたりの違いでしょうね。コミュニケーションツールとしてゲームを使うなら、それほど真剣にならなくてもいい。ストレス解消に使うなら、そこそこの力があればいい。あなたはどうかしら」
答えを言うまでもない。俺がやっていたことはテュロさんにも知れているはずだ。あえて言うということは、もしかしたら俺の何かが変わったと思っているのかもしれない。
「しばらくは招集もないし、勝手にしているといいけど……。いざ招集があったとき、私や他の英魔をがっくりさせないようにしてね。テストがない学校みたいなものよ。自由といえば自由かもしれないけど、結果が出るときには差が大きく出るわ」
「頑張ります」
何をとかどんなふうにとも言えない俺はひどいみそっかすだろう。だが、俺だってやりたいことが少しはある。その少しに意味があるのかないのかは分からないが、進むのが正解だということは分かっている。
「そういえば王さまがお呼びよ。戦ってほしい相手がいるらしいわ」
「俺にですか?」
ほかにも戦力はあると思うが、と言おうとしてやめた。あの王には俺たちには測れないような深い考えがある。俺たち以上に「俺たち」について詳しい様子だったし、恐らく何か狙いがあってのことだろう。塔の階段をゆっくりと下りながら、いったいどうなるのか、と俺は考えていた。
「がんばってね」
「……はい」
◇
森王は緊張していた。
天王、海王に並ぶ大地において最強を誇る「混沌の」森王が、である。それすなわちこれから出会う人物の偉大さ、そして恐ろしさを表していることは間違いないが、それにしてもその恐れは過剰に思われた。
森の中の超都市エルティーネで最強の王である彼は、たいていの敵を瞬時に退けるか殺すことができる。擬態していてなおその性能の七割を使いこなす彼は、並みの戦士になら負けることはない。それどころか、三つ名の成長ボスさえ瞬殺できるだろう。
相性が悪い相手――ではない。
こちらの弱点を突いている――でもない。
強さの土俵が違う、ただそれのみである。紙相撲のぺらぺらした土俵に、突如として人間の足が登場すれば――ステージごとすべては破壊され、消滅することだろう。こちらは紙人形、あちらは人形を繰るものと並ぶことができる。そもそも同じ舞台になかった。
森王は異界門を操作し、あらかじめ「できるものは化身しておいてほしい」と告げたことが守られていることを確認しながら、二体の龍を呼び出す。
「お呼び立てして申し訳ない、蒼天碧海龍どの、玉龍どの」
「異界門では真名を管理しているのではないの?」
その方がご都合がよろしければと冷や汗ながら言う森王に、青い衣の青年は「エイラ、彼は緊張している様子だが」と落ち着いた声で告げる。
「あら、ごめんなさいね。気軽にエイラと呼んで。こっちはニゴォ」
「よろしくお願い申し上げる。それで森王どの……ご用件は」
数パターンのまくらを用意していたが、無駄になったようだ――ということをおくびにも出さず、森王は「あなた様方の力をお借りしたい」と恐る恐る口に出す。
「三王のうち一人にお目通り願えた、それは素晴らしいことだが……森王どののご意向をお聞かせ願おう。私と彼女、どちらかの意志に沿えばどちらかが力を貸す」
「ありがたい……申し遅れたが、私は森王ルチーム・エルタイン、化人族の王」
エイラが首をかしげる。
「そんな種族がいたかしら」
「あなた様方が封印された千年の間には、さまざまな変化があった。分裂した**はひとつになろうとしたが、やはり不可能だったようだ」
「やはりか……」
ニゴォはひどく眉をしかめた。
「興味がおありなら、詳しいものを呼びつけるが――」
「いや、話を続けていただこう」
では、と森王は話を続ける。
「異界とは別の、魔力によらない道具を使ってのみ接続できる世界が存在する。化人族と混成種の元祖は、そこに拠っている」
「やはりね……。不死の生物がぽんぽん出てきて、おかしいと思ったのよ」
「さすが着眼点が素晴らしい。あれは****という**によって実現されていた。だが、それは本来「*****」と呼ばれる……現在増え続けている人種に与えられるもの。彼らは死んではならないため、守られている――だが、**はそれを自分たちに適用していた。コア・プロセッサなるものはそれを間違っていると判断し、歪められていない本来の機能を取り戻すため、「*****」へと****を譲渡した」
「その*****は、どのような生物なのか……一度見せてはもらえまいか」
「簡単なこと。**を模している。いつの間にやら彼らの理想は朽ち果て、心までもが**に穢されきって……失敬」
応接室は、しばしの沈黙に満たされる。
「ごめんなさい、話の腰を折っちゃって。力を借りたいのはどうして?」
「*****は、あまりにも弱すぎる。惰弱、軟弱の極み……とまではいかないが、自らの力さえ理解せず、魂魄の宿る武具を手にしても使い方を読めない。あなた方は自らの力を理解し、それを高め伸ばし、自らを超える敵さえ倒したはず」
「なるほど……森王どの、あなたが言わんとするのは「稽古を付けてやれ」ということか。力の使い方を学習させよと」
「さすが察しが早い。もうすぐここへ、将来有望なものが到着する。だが彼は未だ弱く、戦う力を持つ名残りさえ手にしていない。彼には力が足りない――否、単純な力でなく脅威に立ち向かう力、理不尽を覆す力のことだ。彼が何度死のうとも構わない、どうか彼に力でない力を授けてほしい」
「ややこしい言い方ね。ところで森王さん、瞬殺してもいいのよね?」
「できれば、そちらの方がありがたい」
「――そう」
灰色の髪、紅色の衣は右袖が真珠色で、左右の瞳は紫紺と真珠。プレイヤーを見慣れた後であればさほど驚きもしないことだろうが、配色も、何よりその美しさも、驚嘆に値する恐るべきものだった。
結果は瞬殺であった。もとより勝ち目がない、というよりも小虫をひねりつぶすより簡単に終わるその戦いに、化身している彼ら自身が呆れているようでもある。
人のない闘技場であおむけに倒れるビヨールに、森王は「少し休め」と声をかける。
「王……これはどういう?」
「ビヨール、この戦いはどうであったかな? 手も足も出ず、一秒たりとも動くことのできる時間のない……だからといって無為だろうか?」
一生懸命に迷う彼の目の光が、ゆらりゆらりと揺れる。化人族の姿でもそれを感じ取ることができるのは、同じ種族だからだとも言えるが、彼の迷いがそのまま外面に現れているからでもあった。
「足りないのはレベルじゃない……ってことですか」
「無論のこと、レベルが足りなければ必要な力も少なかろう。ただ、……あれの名前を見たか? あれに並ぶ、あれを倒せるステータスにはいつまで経っても到達できまい」
「それは、確かに……」
ビヨールが化身と向き合って見えた名前は、これまでに観測された最高のものより一つ少ない「四つ名」だ。もう一人の女性は「資格がないため、名前を見ることができない」という異様なアナウンスが流れたほどの強者――つまり、五つ名さえ超えた先の、名前を知ること、それすら許されない超越者。
「人の形をしていると、我々同様、どうしても人の出せる力しか出せないのだ。モンスターは違う。その体が許す力も、人間よりずっと大きい。我らより魔力との親和性も高く、肉体が作り替わることにも耐える」
「混成種はそうやって生まれたんですか……?」
そうやって、という言い方には、すべてが集約されている。だが、王はそれを理解した。
「恐らくは。ただ、それは困難を極めたことだろう。種族そのものが変わってしまうほど肉体が変容して……なお、やはり心は変えられなかったようだがな」
「化身はどうなんでしょうか……」
ふ、と王は笑う。
「あれが人間と同じだとでも思ったか」
「それは……」
扱う力のひとつさえ、人間性のかけらもなかった。それは事実だ。
「ビヨール。お前もハザードならば、それらしくしてみろ」
「それらしく……」
低く重い、威圧するような声に、ビヨールは顔をそむけた。
人生に王手をかけられる寸前。それでも私は変わらない(絶望
次回からは明らかになっていない部分とか飛ばしすぎた部分の設定を補填する資料集にしたいと思っています。私の文章はたぶんそっちのほうが面白い。




