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054 裁定者の手

 どうぞ。

 王城への道は、門を入ってまっすぐである。何も迷うことがない、というよりも、路地裏からでも見上げれば見える城なので、たどり着くに苦労はいらない。食事をする部屋はいくつかあるが、ゼルが使う部屋は城門からかなり近い場所にある。


「大きいね」


「そりゃでかいぜ、なんたって地上に城を持つ唯一の王、森王の居城なんだから。食客を入れる部屋が九つもあるんだ、歩いて回りゃあ一日経つ」


「しょっかくを入れる? どうしてそんなに大きいの?」

「いや、うん……まあ、偉い人の住むところはでかいんだよ」


 「ならく」の天真爛漫というよりは常識が完全に抜け落ちた無知極まる会話に、変人や頑固者ばかり相手にしているさすがのディーロも疲れてきた。


「偉い人っておいしい?」

「食うもんじゃねえよ」


「おいしくないのに偉いの?」


「まあ、美味しいモン食ってるとは思うが、だから本人が美味いかどうかはなあ、ちょっと分からん」


「へー……」


 グリローザと桜は「よく真面目に答えるなあ」という顔をしているが、レェムとの会話やグリローザのぶっ飛んだ会話の始まりも似たようなものである。わざわざ文語を使う中二病患者のゼルや、何度言っても意見を変えず、国の方針に反していることを注意しても変える気ゼロのクソ野郎エヴェルはどちらかといえばマシだ。ディーロにしてみれば、常識もあり、万人を気遣って話をするテュロがいちばん話しやすい。


「ならくはふだん何食ってる?」

「魔力」


 本当に生き物なのだろうか。


「お、おう……それ以外は?」

「こないだ、肉食べたよ」


 この話の中だと何の肉が出てくるのか、想像しなくても怖い。


「龍が美味しいんだって。今度は小さいのを食べたい」

「いやおいてめえ、料理食ってから言えや」


「りょうりって美味しい?」

「美味しいぞ。生じゃないが」


 どうも、生肉を食べているように聞こえる。それに、ドラゴンの肉など簡単に用意できるものではない。一般に流通することはあまりなく、持ち込み調理がほとんどだ。


「舌が肥えてるのか単にヤバいのか分からんな、こいつ」

「ほんとに龍を食べたことがあるの? ドラゴンじゃなくて?」


「空を飛んでる、長いやつ」

「……マジでなにもんだコイツ」


 ドラゴンの肉ならばまだ分かるが、龍を食べたことがあるとなると警戒度を引き上げる必要があるだろう。もしかすると過剰に甘いプレイヤーがテイムしようとして貴重なものをあげまくったのかもしれないが。


「化身なのは分かってたけど、本当に強いみたいね」

「龍を倒して食ったってことか。今さらだが、連れ込んで大丈夫なのか?」


「考えてみれば、そうね」

「お二人とも、考えていらっしゃらなかったのですか……」


 言いつつ、まったく意味の分かっていない「ならく」と彼らはゼルのいる食堂へと到着した。賓客を招く部屋や食客の部屋はまだまだ奥だが、彼女にそこまで踏み入らせるのはやめた方がいいだろう。


「ディーロか。どうした、お前らしくもなく女を連れて」

「てめーに言われたかねえなゼル……なんか食うもんあるか?」


「シウルに用意させているおかわりならあるが」

「ちょっと分けてくれねーか? 腹減らしてるっぽいんだ、こいつが」


 面倒見のいいことだ、と嫌みを言いながらも、傍らに立つシウルに何事か話して、ゼルは食事を持って来させた。


「わぁ、いい匂い!」

「嗅覚は普通なのか」


 やや手間をかけた、一般人が作ったパーティー用の料理といったところである。温め直しただけであるようにも見えたが、時間外労働を強いるのも悪いと思ったのだろう。


「食べていいの!?」

「好きなだけ食べるがいい。口に合えばな」


 彼らが見ていると、ならくは肉料理は匂いをかいでみたり口に運んだりするが、野菜にはまったく興味を示さない。もともと肉食の生物らしい。……化身してからどうなるのか、というところは詳しい人物に聞かねばならないような気はするが。


「野菜も食べろ、成長に障るぞ」

「やさい? って、肉じゃないこれ?」


「そうだ。この世界での健康はそういう面からもサポートされる」

「さすがゼルだな」


 もっとも長くこの世界にいるゼルは、普段なら気にすることのない情報に詳しい。それが何に起因しているかを口にするのは不謹慎だが、頼りになる人物ではある。


「ん、あまい? 血がないよ」

「野菜は草や木のことだからな。血は流れてないぜ」


「へー……これは草なの?」

「食べて美味しい草だ」


 どうやら本格的に、血の滴る肉しか食べたことがない生き物らしい。


「やさいもいいな。でも、この鱗付きの肉、好き」

「それは鱗じゃないぞ……」


 からあげである。


「血が出ない肉ってどんなの? 透明だけど血なの?」

「それはだな……くそう、誰か解説手伝えよ」


 赤い血がほとばしる、生きている動物の一部、それが彼女の「肉」だ。調理した肉や野菜は食べた経験がなく、聞いたこともないらしい。食育を毎日やっている学校があるわけでもないので、当然と言えば当然である。


「火で焼くと肉汁が出るの?」

「おう。うまいだろ」


「うん、おいしい!」

「喜んでもらえて何よりです、皆さん」


 シウルは笑顔だが、事情を察していないようだ。何事か耳打ちしたはずなのだが、それは「ならくは化身である」ということではなかったらしい。


「桜の味付けもいいけど、違うのもたまにはいいわね」

「ええ。たまには一緒に料理しませんか、グリローザさま?」


 百合夫婦はいつもどおり、平常運転だった。


「さて、大皿を三つ平らげるとは大した食欲だが……」


 口ぶりからすると、新たに作らなければもう料理はない、という意味だろう。


「まだお腹空いてるよ」

「……ならく、俺のインベントリからちょっと出してやっから」


「うん」

「遠慮なしかコイツ」


 生で食べるなら、肉よりも魚の方がおいしい――と言いつつならくに魚と果物をあるだけ与えてみたが、ぺろりと平らげつつ「魚は肉じゃないね」とぜいたくを言っている。


「なんか、肉っぽくないよ?」

「住んでるところが違うからなあ」


「果物おいしい」

「もうねえよ」


 底なしの食欲というわけではなく、胃袋はモンスターだったときのサイズのままで、体全体が小さくなったからといって食べる量まで調整されているわけではないのだろう。モンスターの食べる量など知らない。


「ん?」


 どどどっ、という王城にふさわしくない音が聞こえる。こんな騒音を立てているのは誰だ、ことと次第によっては――という顔をした彼らの前で、扉が乱暴に押し開かれた。


「化身はどこだ!? 今すぐにつまみ出せ!」

「王さま? どうしたの、そんなに慌てて」


「城下町に瘴気が撒かれている。化身の仕業で間違いない」


 全員の目が、今夜やってきた客人に集まる。森王も、見慣れない少女を同族だとは考えていない様子だ。威圧のためにディーロは変化し、片手の剣をならくに向ける。


「お前か? ならく」

「ごはんありがとう、美味しそうな人たち」


 ゼルが変化して弓刃を振り抜く。時間にしてコンマ一秒以下の出来事だったが――


「避けやがった……!?」

「浮いてるわね」


 跳躍した黒白の少女は、空中に着地した。そして、鉄塊のような煙を纏って姿を覆い隠しながら、徐々に巨大化していく。ひどく濃い煙は、どろどろと部屋中に満ちていった。


「倒せ!」

「やっていますが……!」


 桜の飛ばす花弁は、一枚たりとも煙を通っていない。


「ごちそうさま」


 ガラスが割れる音が響き渡り、強い風が吹き荒れる。


 風が止んだ瞬間、そこには割れた窓以外に何も残っていなかった。


「こんな力を持つ化身がいたとは……。おまけに平和に暮らそうともしないなど、例外中の例外だ」


 ゼルの冷静な分析もそうだが、ディーロは王の反応に困惑していた。森王は寛大な人物だが、過去あれこれやらかしているディーロにはやや厳しめの反応をする。ところが、今回はいったいどうしたというのだろうか、「行ったか」と落ち着いた表情をしていた。


「王サマ、どうしたんだ?」

「連れ込んだことは確かに驚いたが、大したものではないようだ」


「王、あれは街中に瘴気を撒いていたのでは?」


「あれで二つ名……そして奈落という自称からして、あれはさほど成長できるものではない。化身しているところは他にはないものだが、警戒は不要」


 全員に思い当たるところがあったのか、なるほど、と全員が納得する。


「あの子、かわいかったのに……うぅう」

「私がお慰めします、グリローザさま……」


 抱きしめ合っている女二人をよそに、王はディーロを見据える。


「ところでディーロ。エヴェルに通達を出せ」

「……おお、いよいよか」


 その判断は絶対、もしかすれば英魔の順位が入れ替わるかもしれない、という一大事。上へ、という野心を持った者はいないが、英魔になりたいと思っているプレイヤーは少なくあるまい。


「超都市エルティーネの代表として、私はエヴェル・ザグルゥスをここへ呼び戻す。必要ならば仲が良いという人間の少女も連れてだ」


「来るだろうな」


「そうか。他のものたちは手が空いていないので、お前に任せる。三日以内に通達を出し、一週間以内に返答するように命じよ」


「了解だ、王サマ」


 ディーロには、かの少女への情が生じていた。少女に向けるそれではなく、ほとんど同年代の人間に向けるような、親愛の情。


「そういえば王サマ、聞いたか? エヴェルが王に献上する何かを手に入れたって話は」


「すでに受け取ってある。あれにしては大したものだが、それとこれとは話が別だ」


「使ったのか?」

「使ったとも」


 まったくためらいのない、それどころか「当然では?」という含意さえ見える言葉に、普段なら何物をも恐れないディーロは震えた。


「千年かけて集めただけあって、さまざまなものがいる。同時に、この世界の歴史はおよそ千五百年をさかのぼることができるようだと分かったぞ」


「へーえ……そうだったのか」


 そのあたりはエヴェルの方が詳しいだろう。


「同時に、人間どもの非道もな」

「変わらないわね、王さまは。憎む理由が欲しいの?」


「グリローザ、貴様には分かるまい……この五百年の我らの苦渋。私の代になってようやく、我々はやつらに対抗する手段を手に入れたのだ。血と泥に塗れた歴史……それを私の代で終わらせてみせる」


 王の目には、炎が宿っている。炎は世界へ向ける苛立ちであり、創造主への憎しみでもあった。そして何よりも、無為に死なせた数々の同胞たちを悔やむ、自らを焼く炎だ。


「裁定者さえ見つかれば……否、欲を言えば我らの味方になれば」

「王サマの言う裁定者ってのは、どういうものなんだ?」


 ディーロに尋ねられた王は、しばし沈黙する。


「伝承にはこうある。『もっともか弱きもの(・・・・・・・・・)の中から生まれ、世界を焼き尽くす熾炎と太陽を覆う暗黒を手に宿す。天翔ける足と希望を導く手を持つ者』と。性質上我らの中からは生まれ得ぬ」


「初耳なんだけど」

「てめーはそういうこと興味ねえだろ、グリローザ?」


「まあね。私は適当にやってたら何もかも終わる今の境遇が好き」


 けっ、と視線を逸らすディーロをよそに、グリローザと桜はログアウトしていった。




「で? 余計な口出しをするやつがいなくなったところで、何か言い足すことはねえのかよ。裁定者の見つけ方とか」


「ディーロ、それが分かれば苦労などしない。我らも手早く見つけて、なんとかなだめすかす方法を探していたはずだ」


 黙っていたゼルが「では王よ」と口を開く。


「……もしや、人間の中に出現すると?」


「種族が人間であろうことは察せられる。だが、それがどちら(・・・)に現れるか、それはとんと見当が付かぬ」


「そういや、エヴェルはこれのこと知ってんのか?」

「む……そう言えば、歴史資料を漁っているあれが知らぬはずはないが」


 食堂にいた四人は、しばし停止した。


「ゼルさま、エヴェルさまはまさか――」

「先走るなシウル」


 言っているゼルこそ、その想像を強く描いている様子である。


「行事は順にこなす。それで良いだろう」


 王は、ひとり笑みを深くした。

 シリーズのあらすじはポエムくさいですが、比喩表現なので訳すときちんとした意味が分かるようになっています。今回の最後辺りに出てきたものも、それとつなげてあります。


 裁定者の手は三つあるので、どこで登場させるべきか迷っていたり……。

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