053 〈妖星滅流〉
技名。
どうぞ。
――桜の花が散るたびに、彼女は涙を流している。
歌の意味するところはそうだが、涙を流したいのは実在しない妖精などではなく、その歌を聞きつつ、本当のところ歌に気を取られた瞬間倒れかねないディーロの方だった。
――春が来るたびに、桜の下で死んでいった者たちを思い出すから。弔われたものも、弔われなかったものも、「桜花」とは無縁に、どこかへ通り過ぎて行く。
「ちっくしょ、レイドイベントをソロでなんて、冗談じゃねえよッ」
剣を振るっても、吹き飛ぶのは花びらやツルばかりで、相手のHPゲージはパーセントどころかドットも削れていない。
――そうして春が過ぎて、彼女は泣き止む。眠りについて、泣き腫らした目はそのまま。目覚める日に、彼女はきっと、また泣いている。
「救いようがねえなおい! 大嫌いだぜ、悲劇は」
「そう。私にはどうでもいいけど」
「ちったぁ最強なりの責任を持ってくれよな、六位どの?」
「残念だけど、とくに関係ないの」
現実世界でも有名な歌手であるが、どちらかと言えばマイナー扱いされている。その理由はと言えば明白で、学生時代から同性の付き人と恋愛関係にあり、そのまま結婚してしまったからである。そちらの団体に属するというわけでもなく、実に自由にさまざまなしがらみから逃れ、すべてを付き人に押し付けてなお天才扱いされるというなかなかに奇妙な経歴の持ち主だった。
「桜てめえ、いくらオレが一位だからって付き合わせんな」
「申し訳ありません……しかし、グリローザさまを相手に単独で生存できるのはあなた様くらいのものですので」
「いや、だから……」
そこがおかしいってんだよ、とディーロは突っ込む。
「いつもみてえにコンサートすりゃいいだろうが」
「今日は静かにやりたかったから」
「だそうです」
「こンのわがまま女ァ……!」
化人族にも男女ごとに特徴があり、男性は個人の戦闘能力に優れるが、女性は多数を相手としても無敵を誇ることが多い。英魔第六位「グリローザ・ユイルフェート」は数百人を同時に相手にしても、無傷で完勝する力を持つ。その戦闘スタイルは戦闘と呼ぶべきものではなく、コンサートと呼ばれなければならない。
簡単に言えばディーロの数倍強く、攻撃範囲も彼の数百倍を誇っているため、正面から立ち向かっても勝てないのである。怒りに任せて突進などしようものなら、彼女の半分程度の強さを誇る付き人「桜・ベスチノ」に瞬殺されることになる。
「あら?」
「んだよ」
「あそこに何か落ちたわ。女の子に見えたけど……」
「は? ……女の子が落ちてくるってのはあるのか?」
桜は丁寧に「見たことはありません」と回答した。
彼女が歌を歌っても周囲に影響が及ばない最低ラインを守っているので、ここはかなり山奥である。ゲーム内とはいえ、夜に人間が立ち入るような場所でもない。化人族にしても同じことだった。
「見に行きましょうか。着いてきて、二人とも」
「承知いたしました」「しゃーねーなおい」
何らかのイベントなのか、それともプレイヤー関連なのか、ディーロには判断のつけようもない。
「あら、これは……」
グリローザが見つけたらしいが、やけに嬉しそうな声だった。
「どうし――んじゃこりゃ」
「知らないわ」
カラスの濡れ羽色、と表現するにふさわしい、背中まで伸びた黒髪。闇属性の魔法をかなり極めているのか、目にもそれらしい色が見えている。マニキュアと、どうやらペディキュアも施されていて、上品な黒紫だ。
「いや、なんで全裸なんだよおい」
「知らないわ」
人間ならば女子高生程度だろう年頃の、ともすれば魂を抜かれそうに美しい少女は、開口一番「あなた、まずそう……」などと言った。
「えっ!? そ、そう、かしら……」
たどたどしいわけではないが、常識がぶっ飛んでいる発言だ。人間でもハザードでもなく、もしかすると化身なのかもしれない。
「グリローザさま。服を着せてあげるべきでは?」
「え、ええ、そうね」
そうだよこいつ百合だったよ! と今さら意識しながら、とくに着替えのシーンに目を背けることもなく、彼女が人並みの装いをするのを待つ。
黒い、すそがレースになったワンピースに同じ色のニーハイソックス、肩ひもは白い下着のものと合わせて四本が見えており、梳く必要のなかった恐ろしく美しい髪には桔梗の飾りを付けられている。コーディネートしたグリローザの普段の装いと趣味が垣間見える瞬間だった。
「やっぱり女の子座りは可愛いわね。桜、あなたも」
「……はい」
嬉しそうな半面嫉妬している声で――いや、それはどうでもいいのだが、桜は「あなたはいったい誰ですか?」と尋ねた。
「えっと……あなた? わたし?」
「自分のことをいうときは「わたし」ですよ」
「わたしは、えーっと……奈落?」
「あ? プレイヤーか?」
好き好んでそんな名前を付けるのはプレイヤーくらいのものだ。しかし、人に対してまずそうだと言ったのは――まさかこの少女も百合なのだろうか、いや、「食う」前提になっているようにも思えるが、とディーロはやや迷う。
「ならくちゃんは、どうしてここに?」
「楽しそうだったから、降りようと思って……そっちは美味しそう」
「なんだこいつ、オレが成人しててもちょっと怖いぜ」
「そっち、じゃなくて、お兄さん、ですよ」
少女は素直にうなずきつつ、「お兄さん、かじらせて」ととんでもないことをのたまう。
「アホか。だいたいどうやってかじるんだよ」
「こうやって?」
少女は、指でつまんで口に運ぶようなしぐさをする。
「そりゃ「かじる」じゃねえ、「つまむ」ってんだ」
「人間がつまむとおいしいって」
「待て待て、主語とか文脈がわけわからん」
「まあいいわ、お腹が空いてるなら街に行きましょう」
グリローザが提案した瞬間、桜の目がビカッと光る。
「そうですね。手料理を食べていただくには及びません」
「うわこっわ」
どうやらモンスターの化身らしい、ということは分かったが、どうにも分かりにくい。それ以外の可能性を考えるにしても、プレイヤーネーム隠蔽設定になっているらしく、その表示がなされているうえに、言葉は通じているものの、名乗りも「お兄さんをつまむ」とやらも、意味不明すぎる。
「どうにもわかんねえやつだな、こいつ」
「かわいいのに、頭は変なのかしらね?」
「てめーが言うなてめーが」
キャラクリエイトで凝りに凝ったらしく、見ている方が変になってきそうなくらいに美しいグリローザだが、天より賜ったような少女の美しさは、まるで原生林で偶然にできた造形を見るかのような、不思議で新鮮な驚きを与える。
ただ、逆に――こんなものが天然に存在しているのか、という不吉の懸念は拭えない。野生に帰った家畜を見るような、何かちぐはぐなものも感じさせる。
「まあいいか、行こうぜ。今の時間ならシウル女史に何か作ってもらえんだろ?」
「ゼルの夕食に押しかけるの? たまにはいいかも」
王城のシェフの一人、シウル・クラットの料理は評判がいい。作る相手は限られていたはずだが、それでも頼めば大丈夫だろう。
「桜、夜食はどうしようかしら?」
「作り置きのものがございます」
修羅場くせえな、と考えつつ、ディーロは山を下りて行った。
◇
エルティーネの街を歩くと「人が少ない」と感じることは多い。しかし、どこかの店に入ってみれば、「なるほど、こういうことか」と納得するはずだ。
狩りに出ているもの、専用の施設を利用してモノづくりに励むものたち以外は、こうして飲食をしている。精神に働きかける飲料はないが、それでも料理や飲み物が美味ければ彼らは上機嫌になる。
「くあーっ、うめぇ! ボス帰りのカレーは最高だな、おい!」
「だな。……スベンロおかわり」
あいよっ、という元気な女将の声を聴きつつ、セプタはカレーを食べ終わったセコンに肩をバシバシ叩かれる。セコンはずいぶん上機嫌で「やっぱそうだよな」と笑う。
「またスベンロかよ、ほんと好きだな」
「お前こそ、いつもカレーじゃないか」
カレーといっても、入っている肉はボスモンスターのものだ。スベンロは乳製品に果汁を混ぜた飲み物で、エルティーネでは大人から子供まで多くに好かれている。大人には酒を、というのは酒場の常識だが、ここは普通の飲食店だ。背伸びした子供はすぐに見抜かれるため、最初から背伸びしない方が良い、というのがプレイヤーの知恵だ。
「エルティーネから出ないと、化人族が普通の種族のように感じられる……。ここだけはいつでも平和であってほしいもんだ」
「フラグかぁ? っつかそもそも平和じゃねえよ、ここ」
年間に訪れる災害モンスターは少ない方だが、通常出現モンスターのレベル帯にはかなりのばらつきがある。そのうえ、近場にボスモンスターの通常出現があるなど、ほかの種族の街と比べると、街から出た時点での命の危険は多いところだった。
「こないだ、また英魔が成長ボス倒したんだと。どのタイプだったんだろうな」
「さあな……。俺たちみたいに攻略サイトを充実させるためにやってるわけじゃない、国お抱えの戦士だからな」
化人族の世界人はともかく、遊生人にはさまざまなタイプがいる。エヴェルやディーロのようなロールプレイタイプでなく、純粋に高い肉体性能を求めて化人族を選択するプレイヤーも多くおり、それをどのように使っているか、というところもばらばらだった。
「今度のはどれだったんだろうな?」
「街に突然現れたなら、完全ユニーク型だろうな」
全体的に言い表す言葉がないために「ユニークボス」「成長ボス」などとさまざまな名前で呼び習わされるものたちだが、それぞれタイプが違う。
種族は普通だが異常成長しており、固有の能力を備えるまでになったものが「成長ボス」であり、これはわりに多いタイプだ。もとがボスモンスターであるため、普通よりもレベルが高いこれらは極めて高い戦闘能力を備えている。
突然変異によって生まれた固有種族が「ユニークモンスター」で、ボスモンスターの突然変異個体が「ユニークボス」である。これらは突然変異であるため強いとは限らず、樹木のごとき角を持って生まれ、重さのために動けなくなり、その場で死んだと思しきものまで存在している。中には有利な突然変異を持って生まれたものもいるが、それらはさらに次の項目、「完全ユニーク」に分類される。
持って生まれたそれが「変異」ではなく「才能」と呼ばれるものであり、またそれを活かす方法を熟知し、そのため長年生き残ってきた怪物、それこそは「完全ユニークボス」と呼ばれる個体である。寿命の短い生物であっても、レベルの高さによっては肉体を新たに作り出すなどの超魔術を編み出すことがあり、超強力な戦闘能力や戦略を用いるものまでもがいる。これらは確認された数そのものが少なく、人間とコミュニケーションを取って生活していることさえあるという。
「街に完全はまずいだろ。始末されたんならいいんだろうが」
「完全ユニークでも定期的に湧く「デザイン」はまだいい、オリジナルは危険すぎる。そのぶん報酬アイテムはものすごいらしいが、ゲーム的なことばかり考えてもいられない。育て屋なんて筆頭だ」
「だよなぁ……そういや育て屋が負けたとよ」
「なに?」
彼らは自分たちに狩れるぎりぎりのラインを狙っているはずだ。それが負けたとなると、オリジナルの最凶クラスを怒らせたことになる。
「あいつらも大概にしてほしいものだが……どんなボスなんだ?」
「鉱竜種。詳しい話は隠されて聞けなかったが、双頭みたいだな」
「――最悪中の最悪だぞ、それは」
「分かってる……だがあいつらは」
頭が二つある、などという特徴は明らかな異常であり、普通の生物ならばすぐに死ぬ。それが生き残って、五十人単位の集団を蹴散らすとなると、倒せる集団はかなり限られてくることだろう。
「なんでも、一瞬で街を消したらしいんだよ。光に変えた……とか言ってやがった気がするな」
「鉱竜種なのに光属性か? ガーネットあたりか……」
「さあな、あのアホどもが広く協力をあおぐまで待つしかねえよ」
「またそういうことを――ん?」
魔法の明かりが、ちかっ、ちか、と奇妙にまたたく。
「壊れかけでもチカチカするなんてことは起こらないはずだが」
「魔力停滞かもしれねえぞ」
勘定には多すぎる金貨をカウンターに置いて、二人はすぐに店の扉を開ける。街全体で同じことが起こっているのか、通りは原因を探して辺りを見回すものでいっぱいだった。
「どこもか!」
「待て、なんだあれは!?」
王城の方から、鉄塊のような煙が流れてくる。辺りはぼんやりした紫色の濃霧に覆われ、息を止める間もなくそれを吸い込んだ二人はひどく咳き込む。
「げほっ、ごほっ、なんだこりゃあ!?」
「MPどころじゃない、体力が減ってるぞ!」
「ンだと!?」
セプタは必死に王城の方を見ようとするが、霧があまりにも濃いために五メートル先さえも見えない。セコンはもやに影響されない視界を提供する双眼鏡を使ったが、魔力の流れが完全に切断され、何も見えなくなっていた。
「何が起きてるッ!?」「エルティーネはどうなるんだぁ!?」「王さまが……!!」「化身が攻め込んできたのか?」
セコンのMPとHPが二割も減ったかと思われたそのとき、急に強い風が吹き、霧は上空へと流れていった。
「霧が――何だ、何かを覆っているのか?」
「化身……完全ユニークの中でもいっちばんヤバいやつだろ」
「いったい何があったと言うんだ……?」
人間の姿を真似ることができるボスは、人間が手を出すべきではない存在である。意味するところは、手を出した瞬間、それらは神話や伝説に出てくる「滅んだ遺跡」に変わるということだった。
「逃げていく……」
「じゃなきゃ……」
まとめられた霧は、楕円を形成して、中心の何かを分厚く覆ったまま遠くへと飛び去っていく。それを見ながら、セプタとセコンは必死に震えを殺していた。
デザイン型完全ユニークボスは、本編でいうとエヴェルさんの「喰龍剣」に加工されている「メルティピード」ですか。定期的に湧く=ルグーニオン襲撃は常識なのでこういう会話。
ちなみに装備じゃなくて素材が落ちたときは「欠片なんたらかんたら」という名前になり、外れ扱い。まあでも、スライムの感触そのままの鎧がドロップするより、攻撃を受けた瞬間だけ硬化するコーティング剤にでもなってくれたほうがありがたいような、当たり装備が当たりじゃないものもいるので……。




