051 光への報い
「報い」は「与えられたものに合致・呼応した答え」ということなので、悪い意味じゃないです。
どうぞ。
俺が困惑していなかったといえば、嘘になる。そもそもユニークボスなんて厄介で訳の分からない相手と戦うのは初めてだったし、攻撃してもしてもダメージが入らないバケモノなんてのも初体験だった。
何が起きているのかは、薄々察している。この体力ゲージは……恐らくだが、体力だけのゲージじゃない。ほかのステータスも混じったゲージだ。
「回復だ! ありったけ浴びせろ!」
俺は叫んでいた。
そう、赤灰色は――ダメージを受けて、これから減っていくゲージの色。ギミックの正体は、ゲージそのものがいつもとは違うという、ゲームとして反則すぎるものなのだろう。事実、回復を受けた敵、ズィークウェルプは体力ゲージの色を緑に戻していく。
ひとつめは「混じり状態」。ほかのステータスを削ると体力が現れる。そして「アンデッド状態」、これはアンデッドの負の体力と同じ色をしている。ほかの状態を解除することでようやく現れるのが「通常状態」、しかしものすごく短い時間しか維持できないようだ。
「よく気付いたな。テュロか」
「ああ。あの人は、体力ゲージがふたつあるから」
かなり違うとは思うが、似たように思える部分もある。……いや、ぜんぜん違うか。こっちは戦闘スタイルもステータスも変わってない。
「小賢しい……化人族を厄介と言ったルナードは正しかったわけか」
「なるほど、ほかの種族は武器を使い捨てにできないもんな」
魔法効果は一切なくて、まあ限界点で上級くらいの性能しかない武器なので、化人族の生成する武器はなにかと不便だ。経験値アップとか熟練度アップなんて武器があるとついよだれが出てしまいそうになるが、こっちはこっちで利点もある。
耐久値は自分のHPと同じ、つまり武器破壊がほぼ不可能だということがまずひとつだ。そして、壊れているとか武器が呪いを受けたとなると、即座に破棄できる。作るために使ったSPやMPはもちろんなくなるが、大した数字じゃなければ、何度でも、何本でも作ることができる。無制限回数の呪いを武器にかけられる敵には、凄まじい利点になるだろう。
「拳が武器じゃなくて助かったな、まったく」
「今回ばかりは同意するぜビヨール……ところで」
対処法は確立したと言いたいところだが、形態があれだけとは限らない。
「そらおいでなすった……いや、これはいいんだが」
ゲージの色は青に変わっている。
「〈マナ・ドレイン〉」
武器の数や、鞭やフレイルなら先端の数でヒット数が増える特技だ。当然、俺の〈ウィップ・オブ・ソング〉なら――増えろ、と念じて、両手に握る鞭の先端をそれぞれ十から十五にまで増やす。
三十ヒット。体力にはあまりダメージを与えられず、片手剣なんかの一回だけしか攻撃できない武器には不人気だが、俺の到達点は相手のMPを一気に五パーセントほども削り取る。ユイザさんの攻撃も合わせて、スライムはMPを一割と少し持っていかれた形だ。
「うぬ、こやつらめ……!!」
触手の攻撃が激化する。しかし、いくらダメージがないといっても相手にへこみすら作れないなんて、そんなわけはなかった。
「焦って狙いがダメになってるぞ、スライム」
「くぅっ……!」
明らかにヤバい、回復や支援、状態解除を担う人たちの方向へ触手が伸びそうになれば、すぐさま切断する。とろりと広がって元に戻ることもあれば、集中砲火を受けてすぐ光の粒になることもあった。
そうして、ゲージ化できないステータスを除き、スライムは身代わりを作るようにそれらのステータスを差し出しては潰され、攻略されていった。
MPならばドレインする。
SPならば「疲労」を与える効果で減らす。
混ざれば、ユイザさんの攻撃に頼ることになった。
HPが来れば、ここぞとばかりに集中砲火し、俺も雷を纏った。
さすがに経験値を出されたときにはどうしようもなかったが、混ざったときの対処法を行うほかなかった。そして、ほかにも分かったことがある。
「旦那。こいつは状態変化を制御できていない」
「おう、やっぱりか? あんまりころころ変わるんでおかしいとは思ったが……すると未知の状態はあとひとつふたつってところかね」
予期されたように、体力ゲージの色がまた変わる。今度は、黄色みがかったオレンジ色だ。こんな色のゲージは見たことがない。
「え、っと……? これはいったい」
「下げろ!」
ユイザさんの指示は、滞りなく実行された。
「〈メイル・シンナー〉」「〈アーマーカース〉」「〈クラック・ヘルム〉!」
シンナー? と思いながら体力ゲージを見ると――
「づぐぅ、っがァア――ッッ」
「シンナーってのは「薄める」って意味だ」
「防御力ダウンってことか」
オレンジ色にビシッとひびが入り、一段まで減っていたゲージがゴキン、と半分に割れる。防御力ダウンの効果が「半減」まで発揮され、文字通り半分になったのだ。
「ひえェー、こりゃまたァ……特殊能力ってのも考えモンだな?」
「確かに」
体力ゲージやMPゲージなら、絶対に半分にはできなかったはずだ。特性が暴発した結果としての、自縄自縛ということになるだろうか。
「ラストスパートだ! 気を抜かずに、これまでの方法で!」
いちいち盾が呪われるのも面倒だろうから、攻撃しながら後ろへ向かう攻撃をぜんぶ切り落として、魔法を浴びさせる。電撃で再生力が落ちているところへ弱点属性を浴びて、戻ってくる触手はもうなかった。
「ウェンザイト!」
「おぅっす!」
上空へ向けられた言葉にすぐ反応して、モノクロで細身の怪人がするりと突進する。どうやら飛行魔法かスキルを使っているらしく、恐ろしく早いうえに自由自在だ。
俺の切り落とした触手の間をすっと抜けて、ウェンザイトさんはほんの一瞬だけスライムに触れ、そしてまた高いところへ戻っていった。
「何したんだ?」
「後になりゃ分かる」
そういやさっきの人魚さんの姿もない。何らかの仕込みをしているのだろう。
「もはやここまでか。……しかし、ワレもただでは死なぬぞ」
「何かするのかい」
「ワがアームはともかく、ジョブを忘れたか、赤い男よ」
「……んん? こりゃマズいな」
「殺戮者」は、直接相手をしているものにしか効果がない。ただ、もう一つのジョブは「呪法術師」、まったく知らない相手も一方的に殺せる呪術を使える。そして法術系統は、事前に作ったものを設置したり投げつけて戦うのがセオリーだと聞いている。
本体の体積は減らないが、スライムの内側がかなり透けて見えるようになっている。茶色くて汚いが、ある程度透き通った中に、何かがゾロゾロゾロと大量に溢れていく。どうやら白いもののようだった。ぱち、ぱちばち、バチバチッとものすごい火花が散るのが、ヘドロの色を通してさえ見える。
「くっふふふ、これが爆裂すれば貴様らもただではすまぬな?」
「全員、防御態勢!」
そう言った瞬間に、スライムは内側から大爆発した。
「くふふふ……。覚えておらぬかプレイヤーども? ワレの体力はマイナスにもなるのだぞ……当然、どのような攻撃でもだ」
そう、忘れていた。
体力がゼロになる。そして、マイナスになる。普通ならば超えられないプラスとマイナスの壁を、こいつだけは自力で超えられるのだ。焼け焦げた俺は、体を鞭打って寝返りをうちながら、その知識はもはや無駄になっていると悟った。
「下水道に仕掛けておった分は無力化されたようだが、それでも構わぬ。ワレはもはや死なぬぞ……!」
回復魔法が浴びせられるものも、魔法をぶつけられるものも、一人としていなかった。
「どう、して……」
「なんじゃ、どうした。焼け焦げが痛いか?」
「どうして、気付かない、んだ……?」
「なにを言って――」
元気に掲げられようとした触手が、ぼろりと砕け落ちる。
「なんじゃ……? ワレは、まだ」
「死んでるんだよ、お前は」
ぴんぴんしているユイザさんが、宣言した。そう――
ズィークウェルプは、彼女の体力は、既に終わっている。
「そうか……。ニューカよ、ようやくおまえに報いる日が来たぞ」
爆心地で、内側からめちゃくちゃに引き裂かれたスライムはつぶやいた。周りの風景がどれだけ崩壊したか、自分がいまどんな状態なのか、それさえどうでもいい、というように。
「死ぬ……。こんなにも恐ろしいのだな、死は」
触手がばらりと崩壊し、盛り上がっていた形のスライムはゆっくりと力を失ってとろけていく。光の粒に変わる速度も、心なしか普通のモンスターより遅いようだ。
「死んでみなきゃ分からんだろうな、そりゃ。じゃあな」
「礼を言うぞ、赤い男よ」
「ユイザだ」
「そうか。覚えておこ――」
瞬間、すべてが夢だったかのように、〈ヘドロ・デッドスライム〉ズィークウェルプ・ロミョル・リエントーナは光の粒になって、消えた。
はっきり言って、俺にも何が起こったのかさっぱりだった。
「なあユイザさん、なんでだ?」
「何がだ」
「あのままだと、あのスライムの言う通りだったんだろ? 体力がゼロを割って、そのままマイナスになる……」
「旦那ァ、金ちゃんと補填してくださいよォ?」
「分かった分かった……こいつのパスキルさ」
えーっと、つまりどういうことだ。
「相手に触れることで、自分と相手の装備品を入れ替えることができる……ってヤツでな。こいつはそれをスリに使ってやがったから、シメて配下にしたのさ。あとは説明しなくても分かるだろう」
「……ああ、なるほど。あれか、「慈悲の玉石」……」
自分のHPがゼロになることが分かっていれば、ギリギリで踏みとどまることができる効果のあるアクセサリーを付けるのが常識だ。
「ギリギリというか、最低ランクだからたった1しか残らない。普通の戦いならゴミ以下の代物だが、状態変化をもはやできなくなったあいつには効いたってわけだ。相手にジョブがあって、曲がりなりにもモンスターじゃない扱いになってなきゃ困ったが」
「私が1ダメージを与え、数秒後に猛毒が始まる指でつついた」
正直、攻撃もさせてないし、見りゃわかることを分析させてるなんて、この人は部下の使い方が下手なのかなと思ったりもした。だが、違ったのだ。ユイザさんは、配下を全力で使っていた。というか配下がいなければ成し遂げられなかったレベルで頑張ってもらっている。
「やつの状態変化は自力でコントロールできない。そのうえある程度の余裕がないと自動で解除されてHPモードに変わる。HPモードのときはきっちり体力が減るわけだから、余裕が一切ないときは絶対に変化が起こらない……ってわけだ」
「配下がいなかったらどうしてたんだ?」
「MPを全部吸い上げりゃ、スライムは崩壊するだろうぜ。SPもなくなり、ってことになると動きも緩慢になるし、特技もスキルも停止するだろうな」
「できたのか、一応は」
というか、スライムの物理減衰ってスキルだったのか。
「さてさて? 誰に報酬が降りてくるんですかねェ……? けっへへ」
「楽しみ」
ちょこっととどめを刺しただけの二人には絶対来ないと思うが。
「みんなインベントリ見てるんだよな?」
「そうだな。お前も頼むぞ、ビヨール」
「ああ。さてと」
アイテム一覧から「新着」を選ぶと、先の戦いで落ちたものが確認できる。たまに確認せず装備したりする間抜けがいるらしいが、俺は違う。
「怨念液、……あ、え?」
「どうした」
俺は、文字列の意味がさっぱり理解できなかった。いや、粘液に包まれたもの、というイメージ画像も、それが何を意味しているか分かっても、信じられない。
「〈生存念液人体〉……〈ニューカ・クラル〉って」
「言ったろ、奇跡が起きるって」
それをインベントリから解放する。
「――あッ!?! にゅ、ニューカたん!?」
足音が二人分、後ろからも走ってくる。
本当に奇跡にしか見えない光景だった。光の粒がふわりと集まって白い膜になり、それがすうっと透き通って、中にいる革鎧の女の子を映し出す。
「……『暗き檻より外へ出た闇が、心の光に触れて変質した姿。幾人もの願いを宿した奇跡がここに降臨する。見よ、輝ける喜びを』――」
説明文を呼んだ俺は、ひどい道化だった。というより、それしかすることがなかったからそうなったのだろう。
名前を呼び合い、抱きしめ合うニューカ、ニルマ、エミーナの三人もそうだ。喜びを言葉では表しきれず、五十人単位でオタ芸をやってる彼らもそうだった。それを静かに見守るユイザさんとウェンザイトさん、シュリーファさん、見たことのない男の人も、爆心地にほど近い場所で、誰もが笑顔だった。
「起きたんだな、奇跡が」
装備じゃなかった(場違い
まあ、幾人もの祈りが起こした奇跡ってことで……。




