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049 地獄の沙汰も、人の命も

 お金があればなんとかなる(事実)。


 どうぞ。

 「きもい」ではなく「かんせい」らしい肝井卓央なる名前のプレイヤーは、閑散としたこの未成年バー「真牙尊」の常連だったそうだ。


「ニューカたん、ニルマたん、エミーナたんがね……三人グループで歌ってたんですよ。それがもう可愛くてねぇー、うん、超絶ね。あ、何の話だっけ」


「いや、続けてくれ」

「おけ? おけぃ」


 窓際のテーブルでソファーに背中を預けつつ、力説するかんせい氏のお話を伺う。


「いちばん歌が上手くて巨乳なのがニューカたん。髪の毛と目が黒真珠色なのがニルマたんで、身長が超高いのがエミーナたん。グループ名がとくにあったわけじゃないけど、あの歌がね、いいんだよね……衣装もお手製らしいし。狩りに行く前に聞くと、ジンクス的な感じ……うまく行くんだよね。レアドロ出るわけでもなくユニークボスも出てこないけど、平穏無事なんだよね」


「そりゃいいな。で、そのニューカたんについてだが」


「あっそうそう、気になることがあるんだよねぇ――おとといの話なんだけどね? 一人だけでここ、あ、ラゾッコにいたんですよ。ちょっとテンション上がって護衛クエスト無賃で引き受けたはいいけど、二千ルトもらって、そのあと」


「そのあと……?」


 無反応な俺が食いついたのが嬉しかったのか、「そのあとですよ」と引っ張る。


「一瞬だけステータスがバグってたんだよね。あの手のバグって、アーグじゃ見つけるだけで報酬もらえんだよね。一瞬だけ……何だっけな。ず、ずい、ズィー……そうその、えっとねえ。ああ思い出した〈ズィークウェルプ〉! って名前だった。モンスターと重なって表示されてるからちょっとまずいなと思ったんだよね。あの手のバグってそうほら、攻撃されちゃう傾向にあるし……」


「肝井さん……あんたに頼みがある。ちょっと話を聞いてもらえないか」


「ん? やだね……狩りで忙しいし。ニューカたんの歌を聞けなくなってから、ちょっと狩りの効率が落ちてるんで」


 ユイザさんは、彼の爆薬に点火する。


「ニューカたんを救うためだと言っても?」


「ぜひお願いします、なんでもしますから! あ、何でもするとは言ってない。でもなに、話だけでもぜひぜひ、ぜひッ」


 勢いが怖い。


「実はだな」

「実は……?」


 ユイザさんが話した事実は、俺も初耳だった。


 未成年バー「真牙尊」の店主だったニクスは死んでいる。やり方はMPK、ほんのちょっとした間違いから街と街の間を往来する馬車が襲われ、運んでいた物品や同伴していた護衛ともども食われて死んだ。


「証拠はない」

「あほくさ……デマじゃんよ?」


「そうでもないぜ、肝井さん。証拠がゼロってのは逆に変だ、だってモンスターの群れが大移動するなんてそうそうないだろう? 入り混じっての移動なんて、直後に地震でもなきゃ有り得ないね」


「トレイン、か」


 モンスターには生息圏があるが、怒り出すとかなり長い距離を追いかけてくる。途中でほかのモンスターを怒らせると、理論上は数十種類数百匹のモンスターから逃げ惑う地獄を作り出すことも可能だ。


「ただでさえ地震が少ないこのあたりの地域だ、まあねえわな。加えて、不自然な動きがけっこうある……ニューカはともかく、ニルマとエミーナは居所を掴んでるぜ」


「教えてくれ……!! どこでどうしてる?」


「ホステスをやってるが、そろそろ危ないな。というか新人なのに業績不振で売られようとしてるあたり、最初からそれが狙いらしいが」


「馬鹿な……ッ!!!」


 ちょっと話が闇すぎる。


「ニクス店長はニルマと深い関係にあった。つうわけでほかの同年代の子たちも大事にしてたんだな。歌を歌わせるってのは才能の開花にもつながっているし、事実バフ効果もあったらしいから本当の才能だ」


「そうだよ、隠してたんだけどさぁ……「無事」ってバフが付いてたんだよ」

「なんだその後付けくさい……」


 二人からにらまれて、俺は目を逸らした。


「ただ、歌の設備やら布代やら、上納金を納めるのにかつかつ……とは言わないが、ちょっと危ないくらいまで行ったことがあるらしい。俺の財布もスタッフの買収でかつかつだ」


 やっぱりそういうことしてたか。


「儲けは山分けしようぜユイザさん」


「おう、ありがとなビヨール。肝井さん、あんたの知ってる子たちが娼館に売られるのはもう時間の問題だ。ここでいくつかミッションがある……手伝ってくれるな?」


「もっちろん。ろん。そんでなに、あの子たちのためなら百人くらい動いてくれるけど」


「全員だ。来てくれる人は全員で頼む」


 けっこう無茶なことを言うなあ、と思いつつ、室温と同じになりつつあるドリンクをストローから吸い込む。


「ひとつ。〈ズィークウェルプ〉の討伐」

「んん……? 討伐するとどうなるんだっけ?」


 ユイザさんは「奇跡が起きる」と真面目な顔で言った。


「ひとつ。黒ギルドの力を殺ぐ」

「おう、いや、めちゃくちゃなことを言うなあ、相変わらず」


 裏というか闇というか、「正しい」職業を多く輩出したり、お抱えの職員も危ない感じがいっさいない普通のギルド――の真逆の組織だ。ヤバい職業いっぱい、暗殺者やら殺人鬼やらをお抱えしていることになる。


「馬車を襲ったろ、あれの延長だ」

「ああ、なら簡単だな」


 あれの延長だと思うだけで、簡単だと思えてくる。


「決まったな。まずは人数を集めて、金を集めてくれ」

「お、ってことはだ……?」


「女の子二人分だからな、安くないだろうな」

「ええ……んな馬鹿な」


 買う気かよ。






「――ってわけでだ。こっちに譲ってもらいたい」

「いいだろう。これだけの金額ならおつりがくる」


 ほんとに買ってますよ、みなさーん、この男、女の子をお金で買ってますー! と言いふらしたい気持ちでいっぱいだったが、そんなことはしない。肝井さんがいたらどういう反応をしただろうか、考えるだけでも怖い。


「所属を聞いても?」

「エルティーネ。材料が要りようでな」


「またまた……。これからもよろしく頼むよ、お客さん」

「はは……生きのいいのがいたら、だな」


 いちおう、根幹の設定としては「混成種は、邪悪なる実験で生まれた人間×魔物の後天的遺伝子交雑生物である」ということになっている。魔法でまぜまぜしたのですんげーコワイ姿になってるらしい。で、素体は人間、つまり改造人間だ。改造人間の素体に向いてそうだから買い取りました、なんてまともな言い訳じゃない。


「口止め代と本体価格がすげえな。現実じゃどうなのかねえ」

「やめてくれよユイザさん」


 この人なら本当にやりそうだ。改造じゃなくて買い取り。


「震えてるなあ」

「当然でしょ……この子たち、まさか本当に?」


「望まない混成はやらんぜ」

「ですよねー……良かった」


 めちゃくちゃ背の高い女の子と、髪の毛が黒真珠みたいな色の女の子だった。女の子といっても俺と同じくらいかちょっと年上くらいだろう。


「終わりて……終わりてよ、ニルマ」

「もうダメか……ニューカが心残りだよ」


「まあ、とりあえず荷物をまとめて馬車に乗れ。話はそれからだ」

「はぁい……」


 これ悪役だろ、と思いながら俺は荷物運びを手伝った。




「うぇゃぁ……死ぬかと思ったてぇなぁああ」

「ほんとだよもう、おじさん」


 身長が百八十を超えてる、広島方言をいじったような感じの言葉遣いなのがエミーナで、いろいろとデカい。でも愛嬌のある顔なので、威圧感とかはぜんぜんなかった。黒真珠の髪と瞳の魅惑的な女の子がニルマ、細めだが所作や全体的な印象は優雅でなんとも言えず美しい。言葉遣いがわりと乱暴だが、悪い人じゃなさそうだ。


「わざわざ買い取ってくれてありがとう……って言いたいところだけどさ。あんたの趣味ってなに? 今より悪くならないだろうね」


「おいおい、善意で助けてるやつにそりゃあないだろう? まあレベルも高い、修羅場もくぐっていそうではあるが、今回は別の場所に連れて行くだけだ」


「仕事で引き取りに来たんだね。スポンサーはだれ?」

「お前らのファンだ」


 鉄火場の女かよと思うような鋭い言葉を振るっていたニルマは、絶句した。


「ちょっと情報と材料が要りようでな。ニューカ・クラルについて」

「あの子はどうしたって?」


「まあそうがっつくな……基本的なことを聞きたいだけだ、そっちの質問には答えられる限りすべて答えるさ。まず、ニューカのジョブとレベルを聞きたい」


 地味に重要なところだ。ここで「殺戮者」が出てきたりしたらすべておじゃんで、もともとニューカ・クラルはヤバいやつだったことになる。


「なんだぁ、簡単てね……あの子は「歌手」で「針子」よ。正直言うて針子の方は才能なかったて、歌手を伸ばすように言うたんてね。ファンもいちばん多かったんよ」


「ほお。針子はどうして取ったんだい」


「そりゃ衣装を作るためさ、いちいち外注してたら費用がかかってしようがないからね。遊生人の作る服は仕立てもいいし布地も肌触りも最高だけど、店長やら作詞の子が新しい歌作るたびに衣装も新しく作るから、ま、無理だね」


 そりゃそうだ。ひと月ごとに装備を更新しなさい、と言われると出費が倍以上かさんでくるに違いない。「作詞の子」とやらがどれくらいで歌を作るのかは知らないが。


「ふむ……ちなみにこの馬車の乗り心地はどうかい、聞きたいねえ」

「まあマシな部類だね。スライムに乗ると揺れないって聞くけど、私は嫌だね」


 スライムって乗れるのか。知らなかった。


「ニューカは今人間じゃない。人間に戻すのにちょっと手荒な処置が必要だもんで、腕っ節のあるそこに兄ちゃんに頼んでるんだ。なあ?」


「ああ、まあな」


 え、え? そうだっけ? とちょっと混乱しているが、そうなんだろう。奇跡が起きるというのはそういうことなんだろうか。


「人間じゃないてぇて、どういうことなん? 妖魔にでもなったの?」

「化身に体を乗っ取られてるみたいだ」


「えっ……!? 化身は、人間には優しいんじゃないの」

「あのおとぎ話か。残念だがああいう化身ばかりじゃないぜ」


 いちおうだが、「妖術師」が上級職に成長すると「大妖魔」になる。種族は人間じゃなくなるので、いちおうそれも「人間じゃない」。


「南の島のおとぎ話か、よく知ってたな」

「私の生まれはそこだから。耳がくらげになるくらい聞いたよ」


 後で聞いた話なのだが、南の島はとある種類のドラゴンが多く、それに関するおはなしが多い。「宝樹の姫」というのが今回の話で、困窮してどうにもならなくなった農家の娘が神に祈ったところ、通りがかった化身、その名も「宝樹の姫」が一本の木にまじないをかけ、それからというものその樹には宝石でできたこぶし大の果実がなるようになった。


 当然のように、買い手になった豪族から「これはどうしたのか」という質問に晒された農家たちは「ある姫の贈り物です」と正直に答えた。しかし樹は伐られてしまい、根元をほじくり返されて埋まっている宝石はないかと探されてしまう。農家は八つ当たりで全員が殺されてしまい、樹もなくなって丸損――かと思いきや、宝石について追及していた豪族たちは忽然と消えた。


 数年ののち、おそろしく精巧に彫られた豪族風の宝石の彫像が市場に現れた。ひげ面の男あり、若い妾あり、剣を下げた護衛風の男ありとバリエーション豊富で、たいそうな評判を呼んだ。これはいったいどのようにして作られたのか、職人を紹介してほしいと言われて、やけに大きな――等身大のその像を持っていた青い衣の商人が言ったことには。


 「ある姫の贈り物です」ということだそうである。


 ホラーじゃねーかと思ったが、まあそういうもんだろう。


「というかぜんぜん優しくないな」


「困った人には優しいてぇて聞いてるんよ。強きをくじき、弱きを助ける! これが化身の本来の姿なんよ!」


「そうか」


 ちょっと分からない。もうちょっと小さかったら素直に可愛いのだが、体がデカすぎるせいで無邪気な残念お姉さんにしか見えなかった。


「というわけだから、邪道な化身を倒すために手伝ってほしいわけだ」

「分かったよ、おじさん。何をすりゃあいいの?」


「……そうだな。ひとまずは、安全な場所に避難しててもらおう」

「そう……って、何もしないの」


 ユイザさんは、俺でさえゾッとするほどの殺気を放った。


「戦う才のないやつは戦いに出るな。いいな?」

「わ、分かったよ」


 エミーナがちょっと涙目になっているので、背伸びして頭をよしよしと撫でてみる。


「うゃあ、怖いてぇて」

「ああ、すまんな」


 わりと素直に撫でられてくれた。体は大きいのに、心はあまり大きくないらしい。


「大丈夫だ、腕っ節のある俺とそこの兄ちゃん、それにお前らのファンたちがどうにかしてくれる。帰ってきたニューカを迎えるのはお前たちの役目だぜ」


「そうだねえ……その通りだね。ごめんよ、私も冷静じゃなくなってた」

「いいんだよ。そいじゃ、……ん?」


 爆音が轟く。


「御者さん、なんかあったのか」

「ラゾッコで爆発騒ぎみたいですなぁ。プレイヤー関係ですかねぇ」


「うーん……ウェンザイトが着いてるかどうかだな」

「ユイザさん、まさか」


 荷台の俺たちは全員がユイザさんを見る。振り向いたユイザさんは、珍しくとても厳しい表情をしていた。

 ユイザさんの配下たち、ちょっとだけ出てきます。


 残念お姉さんと下品で清楚な女の子、ふわっとアイドルさんの三人組、未成年バーだけじゃなく普通にライブやっても儲かると思うんだ……いや、閉じられた世界のほうが……?

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