第3話 ハルノユメ
今まで出た情報と新しい情報が混じっています読み辛いかもしれません。
新しい話のプロローグとして成り立つようにしたかったんです。
「あぢ~」
9月2日時刻は12時少し過ぎ、穂摘晴杜は9時から3時間あった補講が終わり高校から帰宅中である。自宅から高校は自転車で20分程度だ。本気で漕いでいけば15分ちょっとで着くようだが、今はその本気漕ぎではない。
「帰ったら証拠隠滅だ~」
晴杜の隠滅したい証拠とは、模試の結果だ。学校に送られるものとは別に自宅に郵送されて来るものがあるのでそれを見付かる前に隠そうと思っているのだ。
彼は自分でも笑うくらい英語が出来ない。今回の模試はマークシートだったが、英語に関しては回答者は鉛筆サイコロの神様と言った方が当たっている。もちろん、そんなので良い点数が取れる訳もなく、結果は惨敗。
そのため結果が返ってくると思われる日、つまり最近はずっと郵便受けに注意を払っていた。
「昨日来てくれてたら良かったのにな、まぁ明日来くるよりましか」
家族が家にいなく自分が家にいた昨日であれば楽だったのに、と晴杜は思うが母親の居る明日よりは今日が良いと考え直した。
そう、今日この日に模試が返って来たようなのだ。何故分かったのかと言えば友人から、家に模試の結果が届いたと連絡があったためである。
「にしても腹へったな~、姉ちゃんが何か作ってくれてたら……いやないな」
晴杜は仕事が休みで家にいるはずの自分の姉、栞里が昼飯を作ってくれているかを考えるが、忘れっぽい自分の姉のことなので彼女の分だけ作って食べた後だろうことを予想する。
ちなみに、穂摘家は母子家庭で3人暮らしである。栞里は町役場で、母親の紗枝は中学校で働いている。今日は、栞里は休みで、母親は夏休み中だが弓道部の顧問として中学校に行っている。
「ほんと、今日は嫌なことが続くな~。よし、ゆき兄ぃのとこでいつもの買うか!」
晴杜は自転車の速度を少し上げる。
嫌なことには、たった今空腹に悩まされている原因であるご飯の炊き忘れのことも含まれている。いつもはご飯を炊飯器で予約して炊いておくのだが今日に限って忘れてしまい、弁当を用意できなかったのだ。
そして彼のいつものとは、ミルクティー、タラコおにぎり、赤飯おにぎりである。取り合わせが変であることに本人は気付いていない。
彼は自転車を漕ぎ、幼馴染みであり姉の想い人である森倖茂が最近店番をしている森商店に続く道の前まで来た。穂摘家へ向かう道の脇道であるため、いつも気軽に寄っている。
調度その脇道に入ろうとした時、前の道から人がやって来るのが見えた。晴杜はその人物に対して、
「姉ちゃん!どうせ俺の昼飯用意して無いんだろ~?」
と声をかける。前の道からやって来たのは姉の栞里だ。
「あ~!そうだった。ごめん!」
栞里は晴杜に向かって手を合わせる。彼の予想どうり、彼女はご飯を用意していなかったようだ。
ちなみに、母の紗枝は通勤途中で何か買うといっていた。
「いいよ、ゆきにぃのとこでいつもの買うし。そっちは夕飯の買い出し?」
「うん、そう」
「やっぱり……そうだ郵便どうした?模試の結果なんだけど……」
「え?郵便受けのぞいてないし何もしてない。ていうか来てるの分かってるの?」
「友達が今日帰ってきたって言ってたから、もう来てると思うんだ。まあ帰ったらすぐに片づければいいよな。あ、母ちゃんには秘密にしてくれない?」
栞里が脇道の前まで来たので二人は森商店に向かう。
「そんなにひどかったの?」
「うん、まぁ……第一志望の合格率23%とか……そんな感じ……」
晴杜の第一志望の学校は調理師の免許が取れる短期大学だ。本人が志望しているわけではない。二人の母が大学に絶対行くようにと言っているためだ。中学時代は専門学校に行かせて欲しいと言ったのだが、聞いてもらえなかった。
「あー、それじゃあお母さんが絶対塾通えって言うだろうね」
晴杜は塾に通いたくない。なぜなら、大好きな料理の機会が減るためである。単純に勉強をしたくないということもある。
「だよなぁ…はぁ。本当に黙っててくれるよな」
「どうしようかな~。昨日楽しみにしておいたプリン食べちゃったの誰だっけ~?」
栞里は、晴杜が昨日おやつにとっておいたプリンを食べたことを持ち出しゆすりにかかる。
「はぁ!?それについては謝っただろ!あとご飯炊き忘れた姉ちゃんに言われたくない!」
「うっ……じゃあそれと、おあいこにしてあげる」
「えーっ、飯とおやつを同じ価値に見るのかよ」
「か弱い女の子のスイーツと男のご飯の重さが同じだと思う?」
「か弱い~?女の子~?」
「………」
晴杜が栞里をバカにするようにオウム返しするが、その返された彼女はとてもいい笑顔で彼の方を見る。しかしその笑顔からは欠片ほども優しさというものが感じられない。
「わ、わかったよ。荷物持ちしますからお願いします!」
(やっぱり全然か弱くなんてねぇよ、あぁ理不尽)
晴杜は自分が弟として生まれたことを嘆く。
「ありがと」
栞里は満足そうに笑う。先ほどと違い迫力はない。
そんなこんなで森商店の前に着いた。
[ガラガラッ]
「ゆきにぃ!いつもの!」
「晴杜~?荷物持ちしてくれるんでしょ~?」
……………
晴杜達は入店しそれぞれ買い物をしたり、店番をしている二人の幼馴染でもある倖茂と話をしたりした。
そして、晴杜は栞里が買った物の会計が終わったとき、財布と買い物袋を奪い掴みとる。
「姉ちゃんは、もっとゆきにぃと居たいだろうから俺が先に持って行ってやるよ」
晴杜は先ほどの仕返しのつもりで言う。しかし、
「ふぅ、晴杜?」
栞里は見ただけで足がすくむような冷たい目で睨み付けつつ彼の名を呼ぶ。
「う…じゃ、じゃあ、ごゆっくり~」
[ガラガラッ、ガラガラッタン]
晴杜は青い顔にしながら急いで店を出る。
栞里の買い物袋は自転車のかごに入れる。かごに入れていた鞄は肩にかけ、自分の買い物を入れたビニール袋には右手を通す。そうしてから素早くハンドルを握り、自転車を漕ぎ出す。
(はぁ、いつまで経っても姉ちゃんの迫力には勝てないな。それにしてもさっさと素直になればいいのに……)
晴杜は姉が倖茂のことが好きであることがバレバレであるのにはっきりと好意を示さないため、たまにこのような言動で二人、特に姉の背中を押そうとしている。しかし二人には全く効果が無い。その理由については晴杜は知らない。
「さぁ、早く帰ってあれ捨てないとな」
晴杜は帰路を走る。しばらくして自宅へ続く坂道の前まで来た。彼は自転車を降りて自分の買い物袋からミルクティーを取り出し一口飲む。
「ふぅ。やっと、落ち着けた」
ミルクティーを戻して、今度はタラコおにぎりを取り出し齧りつつ片手で自転車で押し、坂を上りだす。
「うめぇ。やっぱり神守米最高」
神守米とは、晴杜達の住む町である釜盛町で作られているブランド米である。神守米には普通の米の他にも、もち米と醸造用の酒米もある。
森商店で売られているおにぎりにはこの神守米が使われている。もちろん赤飯おにぎりにはもち米の神守米「餅」を使用している。
晴杜はこの神守米を愛している。おいしい食べ物はすべて好きだが特に気に入っており、毎日食べている。
タラコおにぎりを食べきるとほぼ同時に坂を上りきる。そして、自宅が目に入ると彼は動きを止める。
彼の母、紗枝の車が止まっていたのだ。その前には、何やら水色の封筒と何枚かの紙を持っている仁王立ちの母がいる。
「忘れ物があったからさっき帰って来たんだけど。晴杜。これは何?」
紗枝は笑顔だ。晴杜はこう思う。
(こういうとこだけ、親子で似すぎだろ!!)
「この点数は……いえそれより模試があったなんて知らなかった。」
「いっ、いや、それはその。体調が悪くて本気出せなかったから…」
「最近は風邪をひいたことは無かったと思うけど」
「風邪じゃなくて……お腹が……」
「ご飯をおかわりしてない日があった?」
晴杜は苦しい出まかせを言うが、言い切る前に反論される。
晴杜はどんどん追い詰められて行き、声も小さくなる。
(駄目だ……料理が……出来無くなるのか)
「いや……テスト中だけなぜか……」
「いい加減にしなさい」
いよいよ我慢の限界のようで、紗枝は口調を強める。顔も厳しいものなる。
「私は、あなたの夢を理解しているつもり。でも、世の中何があるかわからないの。短期大学でも譲った方なんだから、ちゃんと入って料理ばっかりじゃなくて経済とかも……」
晴杜はいつも通りの説教を受けるが、彼の心情はいつもより追いつめられていた。
彼がこのところずっと気を張っていたからか、彼の塾行きがほぼ決定したからか、はたまた真夏の日差しにあてられたためか…
ついに彼も気持ちを露わにする。
「いい加減にしてほしいのはこっちだよ!!俺は食べることが好きだ。でもおいしいものを作って人に食べてもらうことも大好きなんだ!早くいろんな人に俺の料理を食べてもらいたい。おいしいって言ってもらいたい。……母さんは最後に俺の料理においしいって言ったのいつか覚えてる?」
「え……」
「中学2年の時、まだ下手だった菓子も何とかうまくできるようになったころ。頑張って作った母さんの誕生日ケーキを食べたとき、あれからは作ってくれてありがとう位しか言ってくれてない。」
「そ、そんな訳……」
紗枝は思い出そうとするが出てこない。何気ないことのため覚えていないのではない。自分が最後にいつ「おいしい」と言ったのかすら記憶にないのだ。
「……母さんが俺たちのために頑張って働いてくれてるのもわかってる。だから、我慢してふつうの高校に通って、料理を母さんと姉ちゃん、たまにゆきにぃとか友達に持って行っておいしいって言ってもらってた」
晴杜の目には涙が浮かんでいる。
「でもその楽しみすらも俺から奪うのかよ!俺のことを考えてるってなんだよ!……もういい!!」
晴杜は左手にあるおにぎりを包んでいたビニールを放り捨て、自転車を前輪だけ持ち上げ力任せに反対向きにし、それに跨る。
「晴杜!!」
紗枝の叫びに押されるように、彼は走り出した。
「あぁ……」
紗枝は追いかけようとするが思うように足が進まない。思わずへたり込んでしまう。
彼女のぼやけた視界にはタラコと書かれたビニールのみがあるだけになってしまった。
……………
「くそっ、もう家に帰んないで、どっかの店に転がり込んでやる!」
晴杜は固い決意のもと自転車を漕ぐ。今は本気漕ぎの方だ。向かう先は奥霧駅、最寄りの駅だ。奥霧はこのあたりの昔の村名だ。
駅で電車に乗って離れたところに行こうと考えたのだ。軍資金は今自分の財布にある3千円程度と、母親の財布にある1万数千円(推定)だ。
心もとないとは思うが何とかなると考えている。
駅までは先ほど来た道を戻ることになる。駅は森商店へと続く道から少し向こうの道を曲がったところにあるためだ。
田んぼの横をぐんぐん進みもうすぐ森商店の脇道、というところで前から人影が現れる。またもや彼の姉、栞里だ。
彼はこのままどこかへ行くと言っても彼女に止められてしまうのではないかと考える。
晴杜はとっさにブレーキを握り、自転車を止める。
そして、彼は彼女からも逃走することを決め辺りを見渡す。しかし、退路はない、前進もできない、左側は田んぼ、行き着く答えは右側の森のみであった。
彼は人生最大の決断を下す。
「晴杜~どうしたの?……えっ!?」
栞里が声をかけながら手をふって来るがその瞬間、晴杜は森に突っ込んで行く。顔に木の枝がぶつかるが気にしない。
彼の姉はあることに気が付き、声を荒げて叫ぶ。
「晴杜!駄目!そっちに行っちゃ駄目っ!!」
栞里は晴杜の向かった先に、祠があることを知っている。この祠は奥霧村の伝承、この世界によく似た別の世界”あっち”に連れて行かれるという祠。
ただの伝承ではここまで声を荒げることは無いだろう。つまりこれがただの伝承ではないということだ。
木の根に進むのを妨害されつつも晴杜は振り返らず森の奥へ進む。
(この先にあの祠があるのは俺もよく知ってるよ。でもどこか別のところに行けるなら”あっち”でもかまわない)
「晴杜っ!!戻ってきなさい晴杜!死んじゃってもいいの!?」
栞里が追いかけて来る。
死んじゃうという言葉に、一瞬足が止まりかけるが彼は振り向かないで、バランスを何とかとりつつ自転車を漕ぐ。
(死ぬもんか、俺は最高の料理人になるんだ!)
そう晴杜が心の中で叫んだ時、さっきまで晴れていたのに辺りが薄暗くなる。
(なんだ?雲……いや違うこれは……)
「ま、まさか……駄目っ!!もうそれ以上行っちゃ駄目ぇぇっ!!」
栞里が更に声を荒げる。
(姉ちゃんの反応からすると、やっぱりあれみたいだ)
神隠しの前触れの霧。話に聞いただけだが、それなのだろうと判断する。
前が見辛くなったが晴杜は自転車を止めない。
「いやぁぁ!!晴杜っ!はるちゃぁぁ……」
もうほとんど前が見えないほどの霧に包まれる。栞里の声もだんだん小さくなる。
(本当に"あっち"に来ちまったのか……いやまだ分からないか)
……………
晴杜は自転車を降り1、2分歩いていると霧が晴れて来た。
やっとはっきり見えたその場所はやはり森だった。しかしその木々は見慣れた木、例えば杉や松、桜などとは全く似てない。というより見たことのないような木がほとんどだ。
やたら真っ直ぐでツルツルな、まるで大きな割りばしとつまようじで作ったような木。葉の色は黄色に近い緑。
表面はゴツゴツで、バネを引き延ばした時ような感じのぐるぐる巻きで、そこから枝が垂直に伸びている木。葉の色は少し茶色っぽい緑。
VとYの間位で二股に分かれていて、小さな葉がアフロヘアーのように両方の先端に生えた木。葉の色は青に近い緑。
他にもいくつかあるが、もう現実世界ではないことは理解するのに十分だった。
「本当に"あっち"に来ちまったんだな。……いやもうここに来たからこっちが"こっち"か?」
なんだかこんがらがって来たため晴杜は、"こっち"を異世界、"あっち"を日本と呼ぶことにする。
「妖怪、けいにぃの言うモンスターに出会わないと良いけどな」
話ではこの世界には妖怪や獣が人を襲うと言っていた。けいにぃとは晴杜達のもう一人の幼馴染み啓弥のことだ。彼は話に出てくる妖怪がゲームのモンスターじゃないかと言っていた。だが皆話半分に流していた。
晴杜は割りとその説を気にいっていた。
「まぁ良いや。とりあえず人を探そう」
ここは異世界だが小さい時から聞いてる話では、普通に人も住んでいるらしい。
こちらはゲームっぽさは無く、ドワーフやらエルフやら獣人は居らず、普通の人間に見えるものだけしか話に出て来ない。そのような者が居たら絶対話にでるだろうと啓弥は言っていたと晴杜は思い出す。
「適当に歩けば道くらい見つかるだろ。出発!」
晴杜は意気揚々と自転車を押しながら歩き出す。
「「「……ベェ゛ゲェ゛ェェッ……」」」
その妙な鳴き声は森の木々の擦れる音に消されてしまうのだった。
遅くなり申し訳ございません。予定ではもう少し早く出せたのですが、スマホが壊れて空き時間に書くことが出来なかったり、ゲームのデータが消えて凹んだりしてました。はい完全に言い訳です。
さてこの話ですが既出の情報と新しい情報が入っていて読み辛いかもしれませんね。
この話だけでプロローグとして成り立つようにしたかったんです。
さらに言うと、晴杜視点を最初は書くつもりもなかったんです。
でも、無いと絶対伝わらない部分が見えて来たので、書き初めた時の目標「行った本人以外からの視点のみで書く」を曲げて書きました。
ハードルがちょっと高かったです。
2月4日、サブタイ変更等