第1話 森のこと
昼飯を食い終えて、店に繋がるドアを開けたとたんに。
[ガラガラッバシャン!]
「ゆ゛っぐん!晴杜がっ……はるちゃんがっ!!」
「へあ?」
泣きながら栞里が戸の前で叫んだ。
余りに突然の出来事に倖茂は気の抜けた声を漏らす。そこに栞里がしゃくり上げながらなんとか言葉を絞り出す。
「はるちゃんがっ……ひっく、あの森に入っ、んっく……入って行っちゃったの。うぅ……」
栞里は戸の前で座り込んでしまう。ぽかんとしてた彼も流石に意識を取り戻し、栞里に駆け寄って片膝をつき肩をさする。店番をしていた倖茂の母、華澄も駆け寄って来た。
(あの森と言うと神隠しがあるっていうあの森のことだろう。俺はそんな話は信じていないけど)
[ズキン]
「っ……栞里、落ち着け。大丈夫だから」
「晴杜くんなら大丈夫よ。すぐに戻って来るわ」
「落ち着いてっ、うっ……られないよ。はるちゃんが、はるちゃんがぁ……」
栞里は力なく倖茂の腕を両手で掴む。手は震えている。栞里の靴は泥だらけで服には枯れ葉などが付いていることに、倖茂はやっと気づく。
「取り敢えず家に入れ。ゆっくりで良いから何があったか説明してくれ」
倖茂は栞里に肩を貸し、というかほとんど持ち上げて家に入れた。そしてソファーに座らせた。
華澄が店の商品のホットレモネードを渡し栞里の右隣に座り、背中をさする。栞里はしばらくは泣いていたが、少しは落ち着いたようだ。
倖茂も栞里の左隣に座る。
「落ち着いたか?よければ何があったか教えてくれ」
「すーっ、ふぅ。うん、もう大丈夫。すごく不安だけど、ゆっくんがそばに居てくれると平気な気がする」
「良かったわ。ゆっくりで良いからね」
栞里は大きな深呼吸をして、元気は無いがちゃんと返事をする。そして、何があったかを説明してくれるようだ。
「…私が店を出て家に向かって歩いてて、ちょうどあの森の前に来た時に、晴杜がもの凄い勢いで自転車をこいで来たのが見えて。それで私手を振りながら、どうしたのって声をかけたのそしたら急ブレーキして辺りを見渡して、森に突っ込んで行っちゃって…」
「何かを追ってたのか?」
「違う。……今思うと私から逃げたかったみたいな感じだった。森の前は田んぼだし、あの様子だと家の方にも戻りたくなかったんだと思う」
「つまり、晴杜は前にも後ろにも行けなくなって仕方なく森に入ったように見えたってことか?」
(森に入ってしまって、探しても見つからなかったのか?)
[ズキン]
(っ頭が!……なんなんださっきから!)
突然の頭の痛みに倖茂はいらだつ。
「多分そう。それでね、私必死になって止めたんだよ?あっちに行っちゃうかもしれないと思って…道なんか無い森の中だから見失うほどじゃないけど、どんどん離されちゃって…気付いたら晴杜、あの祠までついちゃってたみたいで……うぅ」
[ズキン]
栞里はまた少し涙をこぼす。
倖茂は頭痛を隠しながら栞里の手を握る。華澄は手を後ろに回し、左肩を擦る。
あの祠とは、森の奥にあるらしい祠のことだろう。
「大丈夫、俺が付いてる」
「スン……うん。それでね、晴杜が消えちゃったの。私の目の前で……」
[ズキンズキン]
「……見失ったじゃ無くて?」
だんだん頭痛がひどくなってきたらしく倖茂はつらそうだ。
(くそっ……頭の何かが暴れ回ってるみたいだ)
頭痛のことよりも、栞里の言い方が気になり聞き返す。
「そうだよ。急に霧が晴杜の周りを包んで、それが晴れたら居なくなってて。そのあとも近くを探し回っても全然見つからないて……」
「何を言ってるんだよ。そんなこ……うぐっ……!」
[ズキンッズキンッズキンッ]
倖茂はものすごい痛みに思わずうめき声を上げてしまう。そして左手で頭を押さえる。
「ゆっくん?……もしかして!」
「倖茂!?どうしたの、いきなり!」
「大丈夫だ……俺は。栞里が大変な時に頭が痛いくらいどうってことない」
倖茂は虚勢ははる。
(虚勢でも、言った通りに頭が痛いなんて気にしてる場合じゃない)
「倖茂……」
「ホントに大丈夫?無理してるように……」
「大丈夫だ!大丈夫にしてみせる」
栞里の声を遮って強く言い放つ。
(そうだ、栞里は俺が護る)
「……ありがとう」
栞里は小さく呟く。
「ちょっと心配だけど倖茂、栞里ちゃん任せても良い?穂摘さんとご近所さんと集会の人に連絡して来るから」
華澄も、栞里のことに関しては自分の息子を信頼しているため、そのように言う。
「あぁ。任せてくれ」
倖茂は森について考えると頭が痛くなると思い、出来るだけ考えないようにした。だんだん頭痛も引いてきたようだ。
華澄は倖茂の言葉を聞いて、すぐに自転車を引っ張り出してご近所さんの家の方に向かう。
それからは特に何を話すでもなく、倖茂は栞里の手を握り、ただ待つことになった。
しばらく待っていると栞里の母、紗枝が迎えに来た。少し目が充血している。
「倖茂くん、ありがとうね。華澄から話を聞いたわ」
「そんな、お礼を言われるようなことは……」
「いいえ。不安な時は誰か寄り添ってくれる人が居るだけで結構違うものよ」
「そうですか……どうも」
「じゃあ、栞里。疲れてるだろうから晴杜が心配でも帰って休みましょう。集会の皆さんが捜索してくれるっていうから、任せまておいて、ね?」
「……うん」
栞里は納得はしてないようだが、車に乗った。
「ゆっくん、また明日ね」
車の窓を開け、栞里が言う。
「あぁまた明日な」
倖茂も返事をする。
車は走り去って行った。
一人になった倖茂はソファーに座り、覚悟を決める。
(森のことを思い出す。なぜ頭が痛くなるのか、無理やりにでも)
「忘れてしまったのか、忘れたかったのか」
(そう、何かを忘れた。忘れたことも忘れてた。一体なぜ?
森について深く考えなくなったのはいつからだ?)
[ズキンッズキンッ]
森について考えると、思い出そうとするとやはり頭が痛くなる。
(…そうか、思いだしそうになるといつも痛くなっていたのかもしれない。
でも、小さい子供じゃあるまいし……小さい子供?)
「神隠しに会うのは、小学生から高校生くらい…」
倖茂は小さい時によく聞いた伝承の話を思い出す。
(そういえば小学生の時、大きな怪我をしたような。まさか、そのと……)
[ズキンッ!ズキンッ!ズキンッ!]
「うぐぁ!うぅ……がっ」
先程よりも鈍く重い痛みに襲われる。まともに座ってもいられず、横に身体を倒す。
「これはっ……予想が当たったってことか…?ぐっ!」
[ズギンズギン]
さらに痛みが重く、大きくなる。気が遠くなってきた。
同時に頭に何かが浮かんでくる。
(白の中に影…?)
「……もう少し、もうちょっとでっ…があぁぁ!」
[ズギンッズギンッ]
頭が割れそうな痛みに堪らず転がる。ソファーに幅はないのでそのまま床に落ちる。汗が吹き出る。涙がこぼれ出る。
「何今の音?…倖茂!?」
華澄が帰って来て自分の息子が倒れているのを見つけうろたえる。
「ああぁ、あ……」
「倖茂!しっかりしなさい!ゆき……」
ついに限界が来た倖茂の意識は飛んで行ってしまった。
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よう!皆大好き啓弥さんだぜ。なんか俺以外の皆が大変そうだから、俺が解説役になっちまった。
じゃあ、今から大切な設て…オホン。大切な説明をするから眠るんじゃないぞ!
俺達の住む、釜盛町は田舎で、山とか森とか緑が多い、ホント。で、米作りが盛んだな。町名にちなみ、『神守』というブランド米を作ってる。身内贔屓のような感覚かもしれないがこれが凄く旨めぇ。
倖茂んとこのおにぎりもこの米を使ったものだ。まぁそんなことはどうでも良いか。
この町、ある伝承があるんだ。それは神隠しと呼ばれるようなもかな。曰く
隠しが森に深く入りし童、若人
強き志持ちし子、かの地へ誘われん
かの地に入りし子、力賜らん
力、想いに応えたり
されど力、戒めにさえ成りたもう
この伝承は一番昔の「あっち」に関する情報だな。今はもっと簡単に子供にも伝わるような話が語られてんだけどよ。
全部喋るのも面倒だから、話の内容の重要なとこを箇条書きするぜ。
・倖茂の家から歩いて5分くらいにある森、「隠しが森」のずっと奥にある祠の近くに行くと、「あっち」と呼ばれる異世界に飛ばされる
・「あっち」へ飛ばされるのは小学生~高校生程度の年齢
・「あっち」には凶暴な獣や妖怪が蔓延っている
・力とは身体能力や頭脳的な能力などの向上。稀に特殊な技能が身に付く
・あっちで3日以上過ごすと戻って来れなくなる
ってとこか。ちなみに、『異世界』っていう表現は俺が聞いた話からそう思ったからで、親とかの話では別の言い方がされてるぜ。
人によるが、地獄、天国、あの世、あの世とこの世の間、夢の中、火星(←?)とかの表現がされてる。
祠については、神隠しが起こるところに作られたという話も有うし、祠があるために神隠しが起こるという話も有る。どっちが正しいかは分かんないんだと。
子供心にそんなことある訳無いって思ってたけど、火星に連れてかれるのは嫌だったから森に入りたがらなかったな。
話を聞くだけならただ子供を森に入らせないための怪談のようなものだろうが、実際に起こってしまったんだから信じるしかないだろ?
あ、そうそう。なんで異世界だって思ったかというと、あっちにいる生物がどうにもゲームやらに出てくるモンスターと特徴が似てたり、普通じゃあり得ないことが起こっているらしいからだな。
まぁ説明ばっかじゃ飽きるだろうし、それはまた次回。じゃあな~。
説明のところも口語で書いて見ましたが読みにくいですかね?
あと、一度書いてからほぼ全体を書き直したので思ったより時間がかかってしまいました。今後も不定期の更新なので気長に待って下さい。
11月3日、プロローグと同様に修正しました。
栞里の母の名前を明記しました。
12月31日、誤字修正
2月4日、表現修正