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第0話 彼はどこ

「ふわあぁあぁぁ」


 眠いというより暇であるためのあくびを盛大に漏らしながら、森倖茂(もりゆきしげ)は店番をしている。

 今は真夏の8月2日の午後12時半ちょっと過ぎ、外はカンカン照りで猛暑と言えるだろう。しかしエアコンの効いた店内は快適であるようだ。


「はぁ、なんでこんな小せぇ田舎の店でずっと過ごさなきゃならねぇんだろ……」


 倖茂はいつもの文句を垂れる。この店を継ぐつもりはなかったが、短期のバイトが終わったのと同時期に突然父親が怪我をしてしまい、そのお見舞いに来たまま店で働かされ3か月たち今に至る。

 別段、仕事がつらいわけでもないらしい。倖茂は力仕事には自信があり、良いのか悪いのか、それほど忙しくなる店でもないため。


「まぁた言ってんのかい倖茂。23にもなってふらふらしてたあんたに、この森商店より良いとこに就職できたとは思えないけどね」


 倖茂の母、華澄(かすみ)が後ろから嫌味を言った。言わた方は面倒くさそうな顔をした。


 短大を出て初めての会社を1年で辞めてそれからバイトを転々として来た彼には反論が出来ない。


「父ちゃんが元気になるまではしっかり働いてもらうからね」

「へいへい、わかりましたよー」


 倖茂は適当に流して、姿勢をただしお客さんの来店に備える。そんな時、


[ガラガラッ]


 勢いよく店の引き戸が開かれ、威勢の良い声が入って来る。


「ゆきにぃ!いつもの!」

「晴杜~?荷物持ちしてくれるんでしょ~?」

「あら、晴杜くん栞里ちゃん、いらっしゃい。倖茂、店お願いね。洗濯もの畳んでくるから」


 母はそういって店につながっている自宅の方へ引っ込んでいく。


 穂摘栞織、晴杜(ほづみしおり、はると)の姉弟、倖茂の幼馴染だ。彼の同級生の栞里とその5つ下の晴杜である。

 栞里は町役場に勤めている。私服を着ていて、昼間に森商店に来たのだから、今日は休みのようだ。

 晴杜は午前中に補講やらがありそのまま帰ってきたのだろう、日曜の昼に半袖のYシャツを着て店に来る理由はそんなところだ。


「あれ?ゆっくん珍しくしゃんとしてるね~」


 栞織がそんなことを言っている間に晴杜は“いつもの”を取りに行く。


「どうせ、いつもしゃんとしてませんよー。で、はる?受験勉強の方はどうなんだい?」


 そう、「はる」こと晴杜は受験生、高校3年生である。晴杜はニヤニヤとした倖茂の言葉に、"いつもの"であるタラコおにぎりと赤飯のおにぎり、ミルクティーを持ちながらウッと苦い顔になる。


「っ!……まぁまぁかな、うんきっと大丈夫になる予定」

「予定ってなんだよ」


 呆れた顔で倖茂が、会計を始める。といってもこの店にはレジなんてものは無い。

 計算機で値段を出し、エプロンの中からお釣りの小銭を出して会計を済ませ、手書きでノートにメモするという方法をとっている。まぁその方法でやっていけるということから、店の状況も察せるだろう。


「いいだろべつに、俺は俺の道を行くんだ!ゆきにぃに迷惑かけないし。はい、450円」


 そういいながら持ってきた晴杜の“いつもの”はタラコおにぎり160円、赤飯おにぎり140円、ミルクティー150円で合計450円なので計算は楽だ。森商店では値段を内税としているため消費税の計算もない。


「なんだよ、小さいころからの夢なんだろシェフ。大学で勉強したいんじゃないのかよ。それに、弟が進路で困るようなことになれば、優しいお姉さんが悲しむぞ?」

(「やっ、やさ……」)


 晴杜の会計を済ませている内にお使いの物を取りに行っていた栞里が小声で呟くが、倖茂には聞こえていない。


「まぁいいや、それにしてもはるの“いつもの”さ、その組み合わせは無いだろ」

「はぁ?なんでだよ、どれもうまいだろ、ゆきにぃどれか嫌いだったっけ?」


 二人ともが、何言ってんだこいつと言いたげな顔だ。


「いやどれもうまいとは思うが……」

「だったらいいだろ!家で料理の練習しててもタラコも赤飯も無ぇから作れねぇし、俺が大好きなもんだし」


 とてもいい笑顔で晴杜が言う。


 (この味覚でこの子ホントに料理人になれるのだろうか)


 倖茂が晴杜のことを本気で心配していると


「……これお願い」


 栞里が商品を持ってきた。


 (なんとなく耳が赤いな、風邪か?あ、そうだ会計、会計っと。じゃがいも一袋5つ入り280円、ばら売り玉ねぎ3つで120円、カレー粉1箱242円、ラッキョウ1袋236円、キャベツ半玉100円。なるほどカレーと付け合せにサラダか。以上で合計978円だ)


 倖茂は計算機をカタカタと打ちながら献立の予想をした。


「今夜はカレーか。ニンジンはいいのか?」

「ニンジンは家に何本かあったからだいじょうぶだよ。」


 一応の確認に栞里が答える。


「よしじゃあ、合計で978円だけど950円でいいぞ」

「いつも、ごめんねゆっくん」


 そうして会計を終わらせ、袋に詰めた商品を渡そうとすると晴杜が手を伸ばし、栞里から袋と財布を掴み取った。


「ねぇちゃんは、もっとゆきにぃと居たいだろうから俺が先に持って帰ってやるよ」

「……ふぅ。晴杜?」


 栞里が冷気が漂いそうな声で晴杜の名を呼ぶ。


(顔見えて無くて良かったかも)


 倖茂は密かに安堵する。


「うっ。じゃ、じゃあ、ごゆっくり~」


[ガラガラッ、ガラガラッタン]


 晴杜は青い顔をしながら、店を出て自転車にまたがり家へ帰って行ってしまった。

 晴杜はたまに倖茂たちをこんな風にからかっている。


(一度栞里にフラれてる俺としては微妙な気分なんだけどな)


 それは高校1年の時。中学まではクラスが1つだったためなのだが、初めて倖茂達は別々のクラスになった。

 倖茂はその後、たまに顔を合わせない日が続くと、何となく「しーちゃん、どうしてるかな」とか、「しーちゃん、ケガしてないかな」とか、そんなことばっかり考えるようになってた。

 もちろん「しーちゃん」とは栞里のことだ。

 そこで彼はこの気持ちを恋というものかと思い、その年の夏休みに告白して……撃沈した。


(確か「っ……駄目っ!ゆっくんとは付き合わない‼」……だったか?)

「まったくいつもだけど何言ってるんだろうね晴杜は」

「そうだよな、俺と栞里はただの幼馴染みなのに」


 倖茂がこう言うと栞里は顔をうつむかせ、小さく呟く。


「……そう、私とゆっくんは……ただの幼馴染み」

「「…………」」


 二人の間に少し気まずい空気が流れる。しばらくして急に


「あっ!そうそう。晴杜がね、この間の模試で第一志望に受かる確率が23%って結果だったらしいのよ。特に英語が壊滅的らしくって。もし、お母さんにバレたら塾に行かされて料理が出来ないって言ってたんだ」


 栞里は空気を変えようとしたのだろう、晴杜の話をする。


「あぁそれは、酷いな。でも、なんで料理にそんなにこだわるんだろうな」

「うーん、晴杜は美味しい物を食べることと作った物を美味しく食べて貰うことの両方を一番の幸せって思ってるみたい」

「まぁ確かに小さい時にから、いろんな物食わされて来たよな。パスタと味噌汁とか取り合わせは変な時はあるが、あいつが中学の頃には全部すげぇ旨かったんだよな」

「ホントにね、でも私は最初のおにぎりが一番美味しかったかな。……あっ」

「ん?どうし……」

[ガラガラガラ]

「おいっすー。おやおや~?昼間からお熱いですな~お二方~?」

「けーくんまで……」


 この会話をぶった切っていきなり入って来た変なのは、黒柳啓弥(くろやなぎけいや)。こいつも倖茂達と同い年の幼馴染みでよく遊んでいた奴だ。

 近くの工場で働いているため薄汚れたつなぎを着ている。


(はぁ、また面倒くさいタイミングで変なのが……)

「ん?なんか二度ほど馬鹿にされた気がするぞ」

(エスパーか何かこいつ)

「きっと気のせいだ。それよりさっさと買うもん買って帰れ」


 倖茂が露骨に嫌な顔して、啓弥に言う。


「そうですな~、夫婦水入らずの邪魔者はさっさと帰りますよ~」

「そういうんじゃないっていつもいってるでしょ!」

「どうぞご遠慮なく~。私は弁当の買い出しというパシりに過ぎません~。さっさと買って帰りますから、その後はゆっくりおしゃべりして下さい~。その方が良いんだよな、ゆっくん~?」

「そりゃあ、栞里と二人の方が良いに決まってる」

「あぁもう、ゆっくんまで……これだからけーくんは…面倒くさいからそろそろ帰るね、ゆっくん」


 そう言って栞里はスタスタと帰ってしまった。


[ガラガラガラッ、ガラガラッタン]

「あらら~、夫婦喧嘩はいけませんよ~。理由はどうあれ男から謝るべきでは~?」


 啓弥の野郎がまだ間延びした声で言って来た


「喧嘩じゃないだろう。それに帰った原因はお前だ」

「人のせいにするなんて男としてどうかな~」

「いい加減にしないと殴るぞ」


 倖茂も流石に頭に来たようで握りこぶしを作り、啓弥を睨み付ける。


「ちょっ、タンマ。馬鹿力のお前に殴られたら、絶対ケガして仕事出来なくなるから!ふつうに弁当買うから!」


 おふざけモードから戻り、慌てて弁当とお茶を取りに行く。


「まったく、始めからなにもしないでふつうに弁当買えば良いのに」

「悪かったよ、でも栞里が素直な反応しないから努力してるんだぜ?」


 余り反省はしてないようにそんなことを言う。


(俺は栞里にただの幼馴染としてしか見られていないから、素直もなにもないだろう)


「はぁ、その努力は仕事でしろよ。あんまり栞里を困らせると俺の右手が何するか分からないぞ?」

「はいはい怖い怖い。はいこれ、お願い」


 しばらく悩んでいた啓弥は、焼肉弁当780円とお茶130円を3つずつ持って来た。倖茂は取り敢えずレンジで温めを開始。そして計算機カタカタ、合計は2730円だ。だが、機嫌が悪かったので、


「よしじゃあ、オマケして5000円な」


 とかなり多めに請求した。


「おう、えーと五千円札からお釣りを…っておい!幾らなんでも高過ぎだろ!」

「お前のせいで栞里が帰っちまったんだしー。ウチの店は赤字すれすれな値段でやってるんだー、つぶれたら困るだろー、募金と思って払えよー。お前のせいで栞里が帰っちまったんだしー」


 倖茂は大事なことなので2回言った。


「そのことはマジですまなかった!勘弁してくれよ~先輩の金なんだよ、お釣りごまかしたみたいに思われたらヤバいだろ~」


 啓弥は今度はちゃんと謝った、完全に勝利し倖茂は満足そうだ。


「分かったよ。でも、定価の2730円きっちりな」

「へいへい、その5000円でお釣り頼む」

「了解。お釣りがえーっと、2270円だ」


[チンッ]


 ちょうど弁当が温め終わったので、倖茂はそれを取り出して袋に詰め、お釣りと共に啓弥に渡した。


「ほい確かに。じゃあまた今度寄るからな~」

「仕事頑張れー」

「おう。お互いな~」


[ガラガラガラ、ガラガラガラッタン]


 扉の閉まる音が静かになったこの店に妙に響いた。


「なんだかんだ言ってここの生活楽しんでるんだな」

「あら、じゃあ正式に継ぐつもりになったの?」

「うわぁ!?」


 背後にいきなり華澄が現れた。


「そんなに驚かなくていいでしょう?」

「い、いつからそこに?」

「ちょうど今よ。で、どうなの今の生活が楽しいんでしょ?さっさと栞里ちゃん嫁に貰ってウチを継ぎなさい」

「栞里は関係ないだろ!」

「はいはい。そういうことにしておきましょう」

「っだから!……ああもう」


 倖茂は、このやり取りがこちらから止めない限りは延々と続くだろうことを悟り、返事をするのが面倒になる。


「じゃあ、お母さんが店番しておくからお昼ご飯食べてちょうだい。そのあとは父ちゃんのお見舞いに行くから店は任せたよ」

「へいへい。任されましたよ~」


 そう言って倖茂は店から自宅に引っ込み、テーブルに置いてあった肉が少しだけの野菜炒めをおかずに飯をかきこむ。


「旨いな、でもやっぱり晴杜の料理の方が旨い気がするんだよなぁ。今度暇な時になんか作って貰おう」


 こうしてこの後は、忙しい3~4時台が来て、7時に店を閉めて、片付けをして、飯食って風呂入って寝るという、ここ1,2ヶ月と同じような1日が終える。


 ……はずだった。


 昼飯を食い終えて、店に繋がるドアを開けたとたんに。


[ガラガラッバシャン!]


「ゆ゛っくん!晴杜がっ……はるちゃんがっ!!」


 泣きながら栞里が戸の前で叫んだ。



 この日この町から一人の少年が姿を消した。



最初の話ってキャラとかの説明になりがちですね。

そうしないように書こうとはしましたが、訳わかんなくなったので結局説明ばっかりです。

おそらく、次の話もそうなるかと。


おっと忘れてました。

「ハルトォォォォォォ!!」


11月3日、一人称のつもりの文から、三人称のつもりの文に修正


2月4日、サブタイ変更


5/31、表現修正

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