2話.「殺戮の勇者」
月明かりで照らし出された荒野を馬で駆ける小隊が居た。
オラクル王国直属魔法騎士団第二部隊『フィフス・フォース』である。
現在、荒野を駆けるは十人。彼等はこの周辺に存在する町の警護にあたっていたが突如、王国から召集され為、町に数人を残してオラクル国を目指していた。
「なあ、例の計画、実行されたんだってな」
「魔王と勇者どっちも殺すってヤツだろ?国王もメラスタリアス将軍も良くやるよなぁ。まあ、お陰で俺らは好き勝手できるからどうでもいいんだけどな」
「はあー、町に戻りてー。あそこには美人な女が一杯居るからオラクルより最高だぜ、まじで」
「お前は剣ちらつかせて脅すだけだろ……」
彼等は騎士とは名乗るものの秩序は無く、騎士道精神と言うものは彼等には全くの皆無であった。オラクル国魔法騎士団、表向きは自国だけでなく他国の防衛にもあたる部隊だが実際は各地で権力や地位を盾にそれを振りかざし、強姦や略奪を繰り返す賊と対して変わらぬような集団であった。
それは既に皆が承知の事実ではあるが黙認されているのがこの世界の現状である。何故ならば、一応ではあるが魔物や賊が一般人を襲ってくれば救済の手を差し伸べては貰える為だ。背に腹は代えられない、命を失うよりかは幾分かマシだと皆考えていたのだ。
「まっ、何のようで俺等が召集されてんのかは知らねーけどササッと用件終わらせてお楽しみと洒落込もうぜ」
「そうだな。さあ、馬をとっとと走らせよう。おら、行け!」
言いながら騎士の一人が馬を叩くと走る速度が上がる。風になびく馬の鬣を眺めていた彼だが前方に男が一人、こちらへ歩いて来るのが遠目に見えた。
「……何だあいつ?こんなところを馬も連れずに」
「迷子とか言うやつじゃねーの?丁度良いや。金がそろそろ底を尽きるとこだったんだ。どこ目指してるのか知らねーがついでに連れていって、金目のもんでもぶんどってやろうぜ」
高笑いしながら彼等はその男の方へ向かうべく進行する。
目が少し隠れるくらいにまで伸びた前髪。青髪の、腰から剣をぶら下げ虚ろな足取りで荒野を一人歩く、彼は―――。
「……おい、アイツ―――」
「……シエル・ティンバーレイクじゃねえのか……?」
馬を、その男の風貌がギリギリ認識できる距離で止める。その場から目を凝らし、男を観察する。
「間違いないねぇな。アイツ前に見たことあるわ、シエル・ティンバーレイクだ」
「おいおい、勇者様は全滅したんじゃなかったのかよ」
「汚ねぇナリしてやがる、あれで勇者様とは笑わせるな」
「一人で歩いてるところ見ると他のお仲間達はおっ死んだんだろうよ。生きてんのはアイツだけか?」
「ここでコイツぶっ殺せば俺等魔法騎士団に並ぶ者は居なくなる、それに首を持ってきゃ昇進も間違い無しだろ!」
「こっちは十人・・・、よし、いっちょやってやろうぜ!」
おお!と全員が雄叫びをあげ、シエルには向かって突撃する。
その瞬間、シエルは彼等の鎧に記されたオラクル国のマークを凝視する。
「オラクル国魔法騎士団……、第二部隊か……」
鞘から、静かに剣を抜く。すると勇者が纏う雰囲気とはあまりにも不釣り合いな邪気が周囲に溢れ出す。
それは憎しみ。自身から全てを奪い去った者に対して向けられる憎悪の炎。
「殺してやる…………!」
剣を、天に翳す。そして剣先に集う闇の炎。刀身をそれが覆い禍々しいオーラを放ち出す。そして十人の魔法騎士団がシエルを殺すべく斬りかかる。
降り下ろされる十の斬撃。
だがそれは空を掠め、シエルが居た筈のその場に存在するはただの空虚。
―――一体何処へ。
と、全員が思った瞬間、視界が突如下降した。ふと、足元を見る。馬が、地面に近づいている。四本あった筈の馬の足が十頭全て切り裂かれている。
―――いつの間に!?
思うが刹那、馬から飛び降り自らの足で地に降りる。
瞬間、一人の騎士の頭部が弾け飛び辺りを紅に染めた。
その後ろに立つは勇者シエル・ティンバーレイク。
騎士の後ろに居た彼が何をしたかその場に居る者には誰も分からない。
残るは九人。
「貴様ァッ! 何をしたか!!」
激昂し、斬りかかろうとした一人の腕が宙を舞う。彼が剣の柄に手を掛けた時には既にシエルは切り裂いていた。天才的なまでの剣術の才能を持ち、それを会得している彼の音速の斬撃を神速にまで昇華させるそれの正体は自身の体に、筋肉に、電撃による負荷を与え活性化させ強化する『規格外れの過給圧』。
目にも止まらぬその早さ、その場にいる魔法騎士団と言えど第二部隊程度では残像すら追うことも叶わない。
残るは八人。
息吐かせる間も与えずシエルは攻撃に転じる。剣を再び鞘に仕舞い、両手で隣に居た二人の騎士の頭を掴み呪文を唱え魔法を発動させる。
すると二人の頭部はみるみる内に膨張して行くがそれが弾けることは無く、代わりに目、鼻、耳、口と顔のあらゆるパーツから血と脳が液状化し混じり合った物体が流れ出て行き、それが既に死した二人の頬を伝い音もなく屍はその場に横たわる。
残るは六人。
既に残った騎士の過半数は戦意を失っていた。だがこの何も無い、ただ広いだけの荒野ではこの勇者と呼べぬ、最早怪物とでも形容すべきこの男から逃げる場は先ず無い。
シエルが馬を最初に潰したのは彼等の逃走手段を封じる為だったのだ。
魔法騎士団には今更撤退と言う名の逃げ道は残されていなかった。残されたのは瞬く間に四人を瞬殺し血に染まる修羅の如き勇者を殺し生き延びると言う選択肢だけ。
しかし、それは不可能であった。
騎士の一人が勇者へ向けて魔法を放つ為呪文を唱えようと試みるが一字すら読み上げることを許されず、死した仲間が握っていた剣を額に投げつけられそれが刺さり絶命する。
残るは五人。
勇者を取り囲むようにして三人が剣で斬りかかる。最早そこに作戦などと言う姑息なものは存在しなかった。そもそも有ったとしてもこの怪物の前ではそれすらも無為に終わるだろう。魔法は論外だ。詠唱し、発動するまでの時間が掛かり過ぎる。故にシエルの隙とも呼べぬような、次の攻撃へと転じる為の僅かなその刹那にひたすら有無を言わさず斬りかかるしか方法が無かったのだ。
「おおっ!!!」
だが、彼等の剣先がシエルに届くことは叶わない。シエルは再び剣柄に手を掛ける。その身に纏うは邪悪の炎。邪を切り裂き光をもたらす本来の彼の力とは対極の闇。それが、今、彼の手中にある。
シエルが、抜刀する。瞬間、剣閃が現れ、黒く煌めく。漆黒のソレは幾重にも分散し三人の騎士を取り囲み外側から内へと押し潰すように体を切り裂き愚者は肉塊へと変貌を遂げる。
もう、残った二人には何が起こっているのか理解ができなかった。常軌を逸した勇者の戦い。そこには一片の正義も見えず、対象を抹殺するまで殺戮の限りを尽くす男の姿が見る者を恐怖させた。
「・・・混沌の業火」
呪文を詠唱せずに、名を呟くだけでシエルは容易に魔法を発動させて見せた。その業火は残る二人を包み込み燃え上がる。絶叫が周囲に響き渡る。生きたまま焼き殺される苦痛と恐怖を感じなから最後に残った二人はやがて、息耐えた。
荒野を駆けた十人の魔法騎士団は、たった一人の勇者によって壊滅した。
そして勇者は再び歩き出す。約束を果たす為、目的の場へと向かう為に。
全てを終わらせるまで、それの歩みは止まらない。