3-2
「こっちだ」
廊下に出たところでテーラに声をかけられた。そのまま、先ほどサバウドーラという女性に言われた部屋の前に移動する。
ロベルフはいなかった。ヴァースとしても会いたくないし関わりたくもないので、ほっとした。
テーラが扉を開けて、中に入る。ヴァースも続く。
「うわあ……」
そこは衣装部屋だった。
子供用から大人用、サイズもいろいろ取り揃えてある。おかげで部屋は、先ほどの王の広間の半分ほどの大きさがあるにも関わらず、所狭しと服が陳列されている。
種類も様々だった。貴族用から庶民用、女性ものの豪華なドレスから、なぜかステテコなパンツや、メイド服、他どう見ても宴会用だろうと思える変な衣装や小物類までそろっている。
人もまばらにはいるみたいで、そのほとんどはメイドだろうが、あまりに多くの服のせいで、頭頂部分と白のふりふりがついたカチューシャが行き来してるのがかろうじて見える程度である。
「テーラ、こっちこっち!」
例にもれず、声がした方を向くと、きれいな金髪と高めに上げられた杖で合図を送っているのかゆらゆらとしていた。
ヴァースとテーラはそこに向かう。
「もう! いったい何があったのよ!?」
「……すまない、サバ。でも報告は上がっているんじゃなかったのか?」
「私はまだ読ませてもらってないの! 着替えていたし、ホントに急だったんだから」
サバウドーラは腰に手を当てて、いかにも怒ってますという態度で言った。
エルフ特有の長い耳もぴくぴくと上下に動いている。
「ああ、そうか。……まあ、先ほど王も言っていたが、発端は確かにロベルフだな。”大賢者”を目指しているヴァースをバカにしたのが始まりだな」
「大賢者?」
「ちょ、ちょっとテーラ!」
ヴァースが気まずそうにテーラをとめる。そしてチラリとサバウドーラを見る。
「なんだ? 本当のことだろう」
「そ、そうだけど、でも……」
ヴァースはテーラの影に隠れるようにちらちらとサバウドーラを見ている。それにピンときた彼女は少しいたずらっぽい笑みを浮かべてテーラを挟んで彼に近寄る。
「……はは~ん。さてはロベルフにバカにされたから、気にしてるのね? 大丈夫よ。あんなやつみたいに陰険であからさまに差別なんてしないし、別に目指すのは構わないじゃない?」
「……本当、ですか?」
ヴァースはおずおずと尋ねる。嘘をついているようには見えなかった。仮にバカにされたとしても、ヴァースも故意ではないが、彼女の着替えをのぞいてしまったことに罪悪感があるので言い返せない。今のどこか遠慮している態度も、そのせいである。
「ええ。ま、なれるかどうかは別問題だけどね……ていうか、変に気を遣うのやめてくれない? 私は『もういい』って言ったし、早く忘れたいの。だから、あなたも早く忘れて」
「……わかりました」
強く言われて、さすがにヴァースも素直にうなずく。そこでサバウドーラが閃いたかのようにテーラに尋ねる。
「……あ! もしかして、テーラも覗かれた? だからあんなに怒ってたんでしょ?」
「……覗かれてはいない」
「『ては』? ってことは、当たらずも遠からず、似たような状況があったのね? なるほど、テーラってその辺まだまだ初心というか、心せまいからね~」
「……サバ」
あははとサバウドーラは笑いながら、テーラのジト目をいなしている。
「ま、テーラはそういうの嫌いというか苦手だし、昔からそうよね。あなたも、テーラがいくら美人だからっていきなり襲っちゃだめよ? ま、返り討ちに会うのがオチでしょうけどね」
「お、俺はそんなことしませんよ!」
ヴァースの講義もさらっと流して、サバウドーラは適当に服を見繕う。
「はいはい。とりあえず、服はこれとこれでいいかな。あ、防具とかあったんなら自分で買ってね。私が吹き飛ばしちゃったかもしれないけど、そこは面倒見ないわよ。言われてもいないしね」
「……わかりました」
意外とさばさばした人だが、悪い人でないことは確かのようで、とりあえず、服を受け取るヴァース。
「……ねえ、思ってたんだけど、あなた本当に”賢者”を目指してるの?」
「え? まあ……」
サバウドーラは改めてまじまじとヴァースの体を見る。
「ふ~ん……でも、魔法系を目指しているわりには、鍛え過ぎじゃない? まるで戦士系の肉体よ? それも、けっこう上位の。まあ、技術はないんでしょうけど……」
テーラも改めてヴァースを見ると、確かにそうだと思った。
自分の速さについてきたこともさることながら、その体はかなり鍛えらえているように見える。細身に見えるが、筋肉はしっかりとついており、決して頼りなくは見えない。
それに、あのロベルフを吹っ飛ばした。仮にも上位のクラスで、騎士団長だ。並みの者がそう簡単にダメージなど与えられるはずがない。騎士団の中でも、ロベルフを殴って吹っ飛ばせるやつなど、そうそういない。
「それに、加減していたとはいえ、私の”バーニング”にも耐えきった……というレベルではないわね。完全に防がれちゃったようなものだし。あなた何者なの?」
「何者、と言われましても……」
返答に困るヴァース。
「ちなみに、ライセンスも持っていないのよね?」
「え、あ、はい……」
「ふ~ん……まあ、ライセンスもないのに、”大賢者”なんて言ってたら、それじゃただの子供か、身の程しらずと思われても仕方ないでしょうけどね。魔法は使えるの?」
「一応……」
「じゃあ、ファイアを出してみて」
「……」
そこでヴァースが黙って動きを止める。
「? どしたの?」
「……こいつは攻撃系魔法が全く使えないんだと。支援系なら少しは使えるみたいだが、それも安定しないらしい」
「は!? 冗談でしょ? そんな状態で”大賢者”目指すとか言ってたの?」
それを聞いてさすがのサバウドーラも呆れていた。
「……あなた、”賢者”のクラスなめてない?」
「なめてなんていません!」
不機嫌になったサバウドーラに、ヴァースははっきりと告げた。
「じいちゃんにも、”賢者”というのは並大抵の努力ではなれないし、その努力に見合う偉大な職業だということは何度も聞いていました。そのために、俺は厳しい修行にも耐えてきたし、一応は、それなりの力をつけた、つもり、です……」
後半は言葉がどうしても弱くなっていく。諦めるつもりはない。しかし、絶対になれる自信もない。
「……修行って、体を鍛えることが?」
呆れながらサバウドーラが尋ねる。
「違いますよ! 魔法の修行のことです! 体は……じいちゃんが、『魔法使いは魔力だけにあらず! 体もしっかり鍛えておくのだ!』と言ったから、一応そっちもがんばったわけで……」
なんとなくだが、テーラはそれで納得がいった。魔力修行だけでなく、体作りにも力を入れていたということなら、自分についてこれたのも納得できる。おそらく、魔法は使えないが、その基礎となるとこりに重点をおいて修行していたのだろう。……海を泳いできたというのは信じられなかったが、半信半疑ぐらいにはなった。
「体も、ってわからなくはないけど……まあ、そのおかげであなたはテーラに殺されずに済んだのでしょうし? 悪くはないけど……」
サバウドーラがうーんとうなっている。
「魔法の修行……それも……でも私の魔法を防いだわけだし……でも、手を抜いていたのは確かだから別に普通の”魔法使い”でもできなくは……う~ん」
考え込んでしまったサバウドーラに対して困っていると、テーラが意外な事実を教えてくれた。
「……そういえば言ってなかったな。サバウドーラも三大騎士団のうちの一つ、その団長だ。そして、お前が憧れている”賢者”のクラスの二段でもある」
「え!?」
王様の近くにいたから偉い方の人だろうな、とは思っていたし、見た目からしてももしかしてと思っていたが、まさか本当に”賢者”で、しかも二段とはヴァースも思っていなかった。
「ん?」
考え込んでいたサバウドーラに、ヴァースが目をキラキラさせてぱぁっと笑顔になり、一歩踏み出す。
それに合わせて、サバウドーラが口をひきつらせ、警戒したように一歩下がる。
「まさか、こんなところで会えるなんて……”賢者”のクラスってことは、”魔法使い”と”僧侶”マスターされたってことですよね? やっぱり大変でしたか? どれぐらい修行しました? 魔法とかどうやって覚えたんですか? 二段になるのってどうやったらできるんですか? どれくらいかかりました? やっぱり貴女も”大賢者”を目指してるんですか?」
まるで憧れていた人が目の前にいるかのように興奮した様子で質問攻めにしながら一歩一歩近づく。それに恐怖するかのように、後ずさりするサバウドーラ。
「な、ちょ……ちょっとテーラ! 彼をなんとかしてよ!」
杖を握りしめ、半泣きのような声でテーラに助けを求めるサバウドーラ。
それにため息まじり応えて、ヴァースを止める。
「ヴァース、やめろ。サバウドーラが怯えている」
「お、怯えてなんかいないわよ!」
その言葉にはっとしたヴァースが、すぐにまた頭を下げる。
「あ、えっと、申し訳ありません! つい、好奇心が……俺、着替えてきます。よかったら、お話し聞かせてください」
そういって、ヴァースは更衣室と思われるところにもらった服を持って着替えにいった。
それを見ていたサバウドーラが、テーラを見る。
「……まあ、良くも悪くも、純真ってことなんだろうな?」
二人はそろったようにため息をはいた。