=第三章=
「身内と元身内がえらいことやってくれたじゃねえか? ええ?」
あのあとしばらくして、兵士たちがテーラとヴァースを王の広間へと連行した。
連行されて少しのあと、ロベルフもなぜか連行される形で連れてこられる。
三人は玉座の間の正面に正座させらていた――訂正、テーラとロベルフはバツが悪そうに正座して俯いている。ヴァースは今だ気絶しているが、後ろ手に縛られ、足は無理やり正座のような形をとらされ、体は前に倒れて頭は地面についたままだ。
先ほどの着替えを見られた少女は王に対して左側の最前列に立っていた。
そして玉座にはこの国の王・レテジスが座っている。
見た目は老齢。口元のひげは白く、髪も白髪。しわも深く、だが、まとう雰囲気は歴戦の戦士そのものといった、王というよりは将軍とかそっち方が納得できる風貌だ。
その王は、玉座に座り、肘をついて手に頬をのせ、ため息をついた。
「城壁門に、城門の破壊、街の広場の陥没。幸い死人はおらず、怪我したのは騎士団の兵士のみ。まったく、これがもし民間人だったら騎士団の面目丸つぶれとかじゃすまねえぞ」
「「も、申し訳ありません」」
テーラとロベルフが正座したまま深く頭を下げる。
「ん……んが! あれ、ここは……」
そこでヴァースが目を覚ます。そしてあたりをキョロキョロと見渡す。
「……レテジス城の王の広間だ」
テーラがボソッとヴァースに答える。
「へー。あ、そうだ、テーラ。あの、ごめん、俺本当に……」
「……もうその話はやめろ。自分がみじめになる」
「あ、うん、ごめん……。あ! 君は」
そこでふと視線を上げた時、金髪の彼女が目に入った。その姿は記憶に残った悩ましい姿ではなく、細かい装飾の施されたローブを羽織り、手には大きな宝石の埋め込まれた金属製の杖を持っていた。ひと目で魔法系を使う人物だとわかる。
「あの、君にもごめん。決してわざとじゃなくて、その、俺……」
「……はあ。もういいですよ」
ヴァースはうつむきながら謝り、金髪の女性もため息交じりにしょうがないと許す。
この辺はテーラよりはずっと沸点は低いようで安心する。しかし、すぐにバーニングをされたことを思い出して同等か? と首をひねる。
「……おい。俺にも謝罪するべきじゃないのか?」
そこでロベルフがヴァースに向かって告げる。
「……は? なんでお前に謝らなきゃならないんだよ」
眉根を寄せてヴァースは嫌そうに顔をしかめる。
「てめぇ! お前のせいで俺まで被害が被ってんだよ! なんで騎士団長の俺がこんなとこでお咎めを受けなきゃいけないのか、わかってんのか!」
「……自業自得だろ?」
少し考えて答えを出したヴァースに、ロベルフは今にも斬りかかりそうなほど怒りに身を震わせ、逆に周りは笑いを必死にこらえているような状況だった。
「だっはっはっは! 言われたな、ロベルフ!」
声を上げて笑ったのは王だった。
「王様! 何笑ってんすか! こいつのせいで俺は!」
「おい、騎士団長ともあろうものが、無様に言い訳するのか? 詳細な報告はすでにあがってんだよ」
「ぐ……」
さすがのロベルフも王には強く言えるはずもない。ましてや、詳細まで知られていては、しらをきれるはずもない。
「まったく、何のために騎士団長にしてやったと思ってるんだ。そもそも発端はお前だろうが。仮にも民間人に何ケンカ売ってんだ。俺がそういうのを嫌うって知っててやってるのか?」
そこで若干ドスの効いた声が広間に響く。その声に、ロベルフはもちろん、テーラやほかの兵士たちすらも背筋を伸ばして緊張が走る。
ただ一人、ヴァースは少し違っていた。怖いとは思った。でもなぜか、優しさのようなものを感じていた。
「……あなたは、とても優しい人なんですね」
「!!っ」
ヴァースが漏らした感想に、王は思わず立ち上がった。その様子を、当人二人を除いた全員がさらに驚いたように見上げていた。
「……ヴァース、だったな」
「? はい……」
まるで灌漑深いように、懐かしむように名を呼ばれ、ヴァースは疑問符が浮かぶ。
「……似てるな。そっくりだ……。そういや、あいつは……お前を育てていたじいさんはどうした?」
「じいちゃんを知ってるんですか? ……三日前に、亡くなりました」
「!っ……そう、か……」
王はそれを聞いて悲しそうな顔をすると、力なく玉座に腰かけた。
「そうか……あいつは、先に逝ったんだな。……何か、言い残していたことはないか?」
「え、あ、いや……その、最後に、『西に行け』ってだけ。俺にはやらなきゃならないことがあるから、って……」
「……そうか」
ヴァースの話を聞き終えると、王は姿勢を正し、きりっとした表情で全体に告げる。
「ステージア・レテジス国王ファロルドの名において、此度のこと、すべて不問に致す!」
「はあ!?」
国王ファロルドの言葉にその場にいる全員が驚愕の表情を浮かべる。
ただ、その中の三名は、すでに気づいたのか、「やれやれ」という表情でため息を出る。
ファロルドも皆の驚きの表情を見て満足したのか、元のやさぐれた姿勢に戻る。
「……ってえ、言いたいところだが、さすがにそれは無理だわな。ま、とりあえず尻拭いは自分でするんだな。三人には、無償労働に従事してもらう。ま、そのあとのことはまた考える。ああ、ロベルフ、騎士団は使うなよ。ま、もっともお前の部下はほとんどテーラに吹き飛ばされたがな」
だっはっはと笑う王に「笑い事じゃないですよ……」とまわりの兵たちからつぶやく声が聞こえてきた。
「……魔物倒した時にも思ったけど、テーラって、すごく強いんだね」
その言葉に、王がいたずらっぽい笑みを浮かべて答える。
「なんだ、知らないのか? テーラは”剣士”と”弓士”の一級だぞ? キューマ神殿にいけば、すぐに上位の”モンスターハンター”になれるぜ。こいつが騎士団に残ってくれていたら、今頃レテジスの四大騎士団とか言われていたのによ」
「え!? ってことはテーラも騎士団長クラスってこと? ていうか、残っていたらって……」
「……ファロルド王、その話は何度も断ったはずです。私にはやりたいことが――やらねばならないことがあるのです」
「……親父さんのことか。悪いが、まだそれらしい話は入っちゃいねえ」
「……そうですか」
テーラは先ほどとは違う、残念な表情を浮かべて俯く。
「……ま、なにはともあれ、だ。とにかく、おまえらがしでかしたことはお前らでなんとかしろ。ま、最低限の人員は割いてやるが、きちんと反省しろ。いいな」
「「「はい……」」」
「サバウドーラ! ヴァースに適当に服をやれ。あの格好じゃあ、さすがにこっちの品位に関わる」
「なんで私……わかりました」
サバウドーラと呼ばれた金髪の女性はヴァースに近寄って声をかける。
「……廊下に出たら左に曲がって、二つ目の部屋に来て。テーラもね」
「あ、はい……」
「ああ……」
それだけ告げると、さっさと王の間を出て行った。
「では、以上だ! 俺様も忙しい。身内ってことで、これで終わりにするぞ!」
それでいいのか、とヴァースは内心不安にもなるが、とりあえず解放される運びにはなった。
テーラ、ロベルフが王の広間を出る前に、振り返って王に向かって一礼する。ヴァースもそれにならって一礼した。
「ヴァース」
「……はい」
声をかけられ、頭を上げて、正面から王を見る。
「……頑張れよ」
「……はい!」
励ましの言葉と共にニッと笑う王に、ヴァースは元気に返事をして広間を後にした。