2-3
「”魔神剣”っ!」
瞬間、爆発が起きた。
「ぎゃあああああああっ!」
兵士、門番たちは彼女の怒りの初撃に見事に吹っ飛ばされた。
ヴァースとロベルフは何とか受け身を取って立ち上がり、テーラをなだめようとする。
「て、テーラ落ち着け! 俺は何も見ていない! お前が着やせするタイプだとか全然知らない!」
「そ、そうだよ! 別に、そのじいちゃんが読んでた本の絵の人たちより大きくて形が良いなとか全然思ってないから!」
ヴァースとロベルフはお互いの言葉を聞いて「何言ってんだこいつ!?」という顔をしているが、二人ともがまさしく火に油をそそいだようなものである。
「ふ、ふふ……死ね!」
なだめるどころか逆なでした状態だった。
「”魔神剣”っ!」
「「ぎゃあああああああっ」」
二人は再び爆風によって吹っ飛ばされた。
「な、なんだ!?」
そのことに気づいたのは門の近くの櫓で見張りをしていた兵士だった。
「て、敵襲か!?」
数百メートルしか離れていない場所で、急に起こった爆発。それも二度も。
「どうした!?」
上官っぽい男にも聞こえたようで、慌てて駆け上がってきて爆発の方を見る。
土煙が上がる中、ものすごい勢いでこっちに走ってくる三人の人影が見えた。
「待てえええええええ!」
「「ぎゃあああああああっ」」
ヴァースとロベルフは怒り狂うテーラに追いかけられて必死に逃げていた。
「逃がすかっ!」
テーラが追いかけながら再び構えに入る。
「お、おいテーラ! いくらなんでも味方に対して”剣士”一級の技はさすがにやりす――」
「誰が味方だと!?」
テーラの目は完全に敵と認識していた。
門まであと十メートルと切ったところで、門の外に兵士が出てきた。
「ロベルフ団長、いったい何があったのですか!? テーラ様も落ちついてください!」
「”魔神剣”!」
止める兵士すら巻き込んで、テーラは技を打ち放つ。
「「「ぎゃあああああああっ」」」
ヴァースとロベルフは直撃はさけてさらに城下町へと逃げ入っていった。テーラの後方に、叫んでいた兵士がどさりと落ちた。
そのまま三人は町中を疾走する。
しかし、このままでは埒が明かないとヴァースがロベルフに向かって叫ぶ。
「なあ! あんた騎士団長で上位職になってんだろ! だったらなんとかテーラを止めてくれよ!」
「バカ野郎! それができるならさっさとやってるっつの!」
「はあ? なんでできないんだよ! テーラの方が上なのか!?」
「テーラはまだ上位職にはなってねえはずだ! でもあいつも言ってただろが! ライセンスはあくまで目安なんだよ! 悔しいが、下位職だとしても、テーラの方が……」
「なんだよそれ! そんなんでお前よくあそこまで威張れたな!」
「うるせえ! ライセンスも持ってねえ、魔法もろくに使えないやつが偉そうに言うな!」
「なんだと!」
「”魔神剣”!」
三度、爆発が起きる。
テーラもさすがに街中ではそうそう撃ってこないが、ちょっとした広場に出ると、遠慮なく攻撃してきた。
気づけば、城の方まで走ってきていた。
「くそっ、このままじゃ……! おい、そこのバカ、聞け! 俺に考えがある!」
ロベルフがヴァースに向かって叫ぶ。
「誰がバカだ!」
「いいから聞け! そもそもどうして俺たち二人が同じ方向に逃げてるんだ? 二手に分かれりゃいいんだよ! すぐそこに分かれ道がある! お前はそのまま真っ直ぐ城に行け! 俺はテーラを引きつけて左に行く! いいな!」
「は!? あ、おい!」
ヴァースは何を言ってるんだこいつは、と思いながら、反論する間もなく分かれ道に突入。結局ヴァースは真っ直ぐ進み、ロベルフは左に逸れた。
それを見たテーラは――真っ直ぐヴァースを追った。
「やっぱりか! あいつ、自分が助かるために適当なこと言いやがったな!」
そもそもテーラがロベルフを追いかけるという保証がどこにあるというのか。むしろ、わざとでないとはいえ、やってしまったのはヴァースだ。当然、彼女は彼を追う確率の方が高い。
結局二人はそのまま城門前までやってきた。
「ん!? 止まれ! この先は王城であるぞ! 止まらんか!」
走ってくる二人を見て、城の門兵の一人が声を上げる。もう一人も警戒して槍を構える。が、もはやそれで止まれる二人ではない。
「止まれ! 止まれと言っている! 止まらぬなら貴様らを逮捕――」
「”魔神剣”!」
門の兵士の言葉を遮るように、怒りに満ちたテーラの技が炸裂する。
「「「ぎゃあああああああっ」」」
テーラの一撃は門を破壊して兵士二人はそれぞれ左右に吹っ飛び気絶。ヴァースは城の中へと吹き飛ばされ、広間をゴロゴロと転がる。
城の中にいたメイドや貴族であろう者たちが、何が起きたのか理解できないまま固まっている。
「くっ!」
それでもヴァースは痛みをこらえながらすぐに立ち上がり、広間から伸びている左右に分かれる廊下の右を選択して走り出す。
そのほんの少しのタイムラグのあと、テーラが爆風の中から姿を現した。
まるで魔王の登場のような彼女に、その場にいたメイドや貴族は死を悟ったという。
彼女はヴァースが広間から右の廊下へ消えていくのが見えていた。後を追いかける。
ヴァースが廊下を走る。王城というだけあって、けっこう広い。走り抜ける彼をメイドたちは驚愕の表情で見ていた。
「うう、なんでこんなことに……」
ぼやくヴァースがチラッと後ろを振り向くと、テーラが追ってきているのが見えた。
「まだ追ってくるのかよ!?」
ここでまたさっきの技を使われたら被害が拡大する。むしろ犯罪者にされかねないと思った。……その考えはすでに遅すぎるような気もするが。ともかく、ヴァースは廊下の突き当りにある扉、何の部屋かは知らないが、そこに入って窓をやぶって外に出ようと考えた。
ヴァースが走り、突き当りにある扉を開こうと手にかける。
「あ! そこは――」
メイドが何か言おうと声を出したが、ヴァースは無視して扉を開けた。
「よかった、開いた!」
「え?」
鍵が閉まっていたらどうしようと焦ったが、扉が開いたことにほっとしつつ中を見ると、女性の声が聞こえた。
二人が固まった。
ヴァースはテーラの技の爆風を受けてもらった服はボロキレのような状態だった。
方や、声を上げた女性は、見た目はテーラや自分と同じぐらいの年齢かと思われる。
ただ、テーラに負けず劣らずの美少女だった。
セミロングの金髪。その髪の間から伸びる長い耳はエルフの証。吸い込まれそうな青い水晶のような瞳は、何が起こったのかわからず、純粋に疑問符を浮かべている。
しかし、問題は彼女の姿だった――下着姿だった。
ヴァースは彼女が着替えをしているところに侵入してしまったのだった。
純白のブラとパンツ、そこにこれまた白のハイソックスを履こうとしている姿勢で止まっている彼女。
前傾姿勢により、テーラより劣るが人並み以上の美乳がブラと腕に押されてこれでもかと魅惑の谷間を強調している。思わず、ヴァースも前傾姿勢をとりそうになる。
白い肌が、整った顔が、みるみる羞恥に赤く染まっていく。
プルプルと震えだす彼女に、ヴァースがようやく我に返り、慌てて本日二度目の弁明をする。
「ああ、いや、ごめん、すぐ出てくから、決してわざとじゃ――」
「イヤアアアアアアア!」
彼女の絶叫と同時に、手がヴァースに向かってかざされる。その手に強い魔力が集中するのが分かった。
魔法――ヴァースは瞬間的に魔法防御を展開しようとする。それは自分を守るためでなく、他の人たちを巻き込まないために。
バーニング――”魔法使い”一級の爆裂呪文。その威力、範囲共に優秀で並みの魔物なら一撃で消し飛ぶ威力を持っている。
そんな強烈な呪文だったが、彼女も無意識に抑えたのだろう。ヴァースも自前の魔法耐性で耐えきり、全力で魔法防御を展開したおかげで近くにいたメイドや後ろに迫っていたテーラも無事だった。それどころか扉や壁すら傷一つついておらず、爆発があったのが嘘のような状態の綺麗な部屋だった。
「……がはっ」
だが、さすがに彼の体力は底をつき、ボロキレだった服は上着は吹き飛んで再び裸に、かろうじてズボンのような形状が残っている布切れを残してその場にばったりと倒れる。全身に軽い火傷を負っていた。
テーラもさすがに我に返り、魔法を放った彼女もさすがにどうしようかと焦っていると、テーラが「すまなかった」と言ってヴァースを引きずって廊下に出し、扉を閉めた。
「早く着替えろ。おそらく、王様に呼ばれる」
「そ、そうね。……ねえ、何があったの?」
「……あとで話す」
そう言ってテーラは横で瀕死のヴァースを見て、今日一番の大きな大きなため息を吐いた。