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ブレイブ・セージ  作者: 真中太陽/原作:風陽しんわ
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2-2


「テーラ、お前もそうだろ? 俺に会えて嬉しいよな? 悪かったな、騎士団の仕事があるからなかなか会いに行けなくてよ」


「……あんたの自己中には呆れて物も言えないよ。まだ治ってなかったとは……あんたの部下たちに同情すら感じるよ。あと、私はあんたには全然会いたくなかったから」


「またまた。照れ隠しだな? そうだろ? 俺と会えて嬉しいのに、みんなの前だから恥ずかしいのか? まったく、しょうがないなあ」


 さすがのテーラもキッと睨む。しかし、ロベルフは「今日は最高の日だな~」なんて呑気に空を見上げている。

 その様子に、ヴァースは再びテーラに近寄って話しかける。


「あのさ、テーラ。三大騎士団って……」


「誰だおまえ?」


 話かけた瞬間、ロベルフはヴァースを強く睨んだ。その視線は、まるで敵でも見るかのように鋭く敵意に満ちていた。「俺のテーラに気安く話しかけるな」とまで聞こえてきそうなほどの嫌悪感をあらわにしながら。

 その態度に、先ほどのと合わせてさすがのヴァースも怒りが沸騰しかけるが、心の中で「落ち着け、落ち着け~」と何度も唱えて、なんとか笑顔を作って答える。


「初めまして、ヴァースと言います。何を隠そう、”大賢者”を目指している者です。よろしく!」


 そう言って友好の証である握手を求める手を差し出す。

 その様子にテーラはこめかみを押えていた。

 しばしの沈黙のあと、ロベルフは。


「……”大賢者”? おまえが?」


「はい!」


 ヴァースは元気に答える。そして。


「大賢者……ぷっ」


 そして、ロベルフは声をあげて笑いだした。


「ぶははははははは! 大賢者? 大賢者だってよ! 聞いたかよお前ら! こいつ”大賢者”様を目指しているんだってよ!」


 明らかにバカにして笑うロベルフに、抑えた怒りがむくむくと膨れ上がっていく。


「まじで? 大賢者目指してるの? 何、ちょっとライセンスを見せろよ。魔法使いはマスターしたのか? 当然”賢者”にはなっているんだろ?」


「……ライセンスは、持って、いません」


 おちょくるような調子のロベルフに対して、ヴァースは苦々しく答える。

 そんな彼の様子に、ロベルフはさらに嘲笑を浴びせる。


「だっはははははははは! ライセンスを持ってない? は、腹いてえ! 腹筋ねじ切れる~! て、ていうことはだ! おまえ、魔法使いすらなってねえのに”大賢者”目指しているのかよ!? バカだ! バカがここにいた! ぶはははははは!」


 それはさきほどの食堂での時よりも明らかにひどい言いようだった。

 さすがのヴァースも怒りが沸点を超えて怒鳴りつける。


「笑うな! 何がそんなにおかしいんだ! ライセンスがないからってなんだっていうんだ!」


 その言葉に、笑っていたロベルフが大きく息を吐いて、ギロリとヴァースを睨む。


「う……」


 その眼光に一瞬気おくれするが、それでも負けじと睨み返す。


「おまえ、子供と同程度の知識しかないのか? ”ライセンスがないからなんだ”って? ライセンスすら持ってないやつが、偉そうに”大賢者”とかほざいてるのが恥知らずもいいとこのバカだと言ってんだよ!」


 ヴァースが強く拳を握る。

 それに反応して、ロベルフも拳を握る。

 まさに一触即発の状態。兵士たちも止めた方が良いと理解している。ヴァースの強さがどれほどか知らないが、少なくともレテジスの三大騎士団のうちの一つのロベルフ団長には勝てるはずないと誰もが思っている。


「……ちなみに、俺は上位職のバトルマスターの一段だ。この意味がわかるか? ろくに魔法も使えねえバカじゃあ、どうやっても勝てねえ格の差があるんだよ」


「……勝手に使えないって決めつけるな!」


 ヴァースのその言葉に、ロベルフとテーラが眉を反応させる。


「へえ。魔法使いにもなってないのに、魔法が使えるのか?」


「……」


 ロベルフが怪しむようにヴァースを見るが、テーラからしたら今の発言はロベルフの方が愚かだと思う。


「……魔法使いにならないと魔法が使えないわけではないでしょ。ライセンスだって、あくまで目安の強さよ。上のクラスだからって調子にのってると、下のクラスでも熟練者なら十分に倒せるんだから。……ま、魔法使いにならないと魔法が使えそうにないあんたは……ああ、魔法使いになっても使えそうにないわね」


「ぷっ」


 最後のはテーラのロベルフに対する嫌味だった。

 その言葉にヴァースを含め彼の部下である者たちからも思わず吹き出してしまう。


「くっ……! う、うるせえ! 俺は魔法が嫌いなんだよ! 別に魔法なんてなくたって俺は強い! そうさ、それにそんなことは他の奴がすればいいんだよ!」


 真っ赤になりながら、笑ったヴァースや部下たちを睨んで怒鳴りつける。

 テーラはロベルフの言葉を聞き流す。はっきり言って、彼女は彼のことが嫌いだった。へんになれなれしく、そのうえ自己中で自分が不利になると子供のような言い訳で言い逃れする。

 むろん、ずっとそんな状態ではない。でなければ、騎士団長などという役職にはつけない。現に、そんな彼だが、部下たちからは割と慕われている。厳しいが、良い兄貴分といったところか。それの他二人の騎士団長と比べれば雲泥の差があるが。

 そう、彼はテーラに対してだけ、なぜか子供のように我が儘というか、自分に都合の良いような考えを押しつけているのは明白だった。


「なんだ、あんた魔法が使えないのか?」


「ああ!?」


 ヴァースが追い打ちをかける。

 しかし、その言葉にロベルフが顔を歪めて如実に怒りをあらわにする。

 さすがにまずいと思った部下の一人がロベルフをなだめにかかる。

 部下にさとされ、テーラをちらっと見る。思わず剣に行きかけた手をなんとか止どめ、ヴァースを睨みつける。


「……じゃあ、お前は使えるんだよな? そうだな、試しにファイアでも出して見せてくれよ。魔法使いでも七級の初歩中の初歩だろ? できるよな?」


「う……」


 その言葉にヴァースが詰まる。


「……?」


 テーラはなぜか余裕をなくしつつあるヴァースに疑問を覚える。

 ファイアなんて、魔法をかじったことがある者ならほとんどできる、初歩中の初歩の技だ。”魔法使い”のクラスになっていないテーラすらできる。……ロベルフはできないが。


「……ほかの、魔法なら……」


 ヴァースの語尾が弱く、視線をそらしている。まずいとテーラは思った。

 案の定、相手が弱くなったと思ったロベルフがおもむろに下卑た笑みを浮かべて攻勢に入る。


「いいや、ファイアだ! 仮にも”大賢者”を目指していると豪語するほどだからな。できて当然だよな? 基本中の基本だもんな? え? できるんだろ? 当然使えるよな? こんな初歩中の初歩すらできないようなバカではないよな?」


 この言葉にその場の全員が「自分で自分のことバカって言ってるよ」と呆れていた。


「……」


 それでもヴァースは動けない。ファイアを出そうとしない。

 正直、テーラも気にはなっていた。”大賢者”を目指すという彼がどれほどできるのか。しかし動かない彼に、もしも本当にファイアすら使えないのなら、それは無理だと断言できる。

 が、ファイアができないのに、他の魔法なら使えるような言い方もしていた。テーラも詳しくは知らないため、どういうことかいまいちわからない。そういう方法もあるのだろうかと感じる。


「さあ。ほら、どうした? ファイアを出せよ。出してみろよ!」


 ここぞとばかりに反撃をするロベルフ。騎士団長が大人げないと思いながらも、特に止める者はいない。ほかの者たちも、”大賢者”を目指すと言い放ったヴァースに注目していた。


「……出ないんだ」


「……はあ?」


 ぽつりと言ったヴァースに対して、ロベルフが耳に手を当てて聞き直す。


「出ないんだよ! じいちゃんに教えてもらって、何度も何度も練習した! でも、火も水も風も土も、攻撃の魔法は全然……」


 怒鳴るように話すヴァース。そこにテーラが質問をした。


「……攻撃は、ということは支援系は出るのか?」


「……一応。でも、うまく安定しなくて……」


 その答えに、テーラは小さくため息をはいた。正直な思い、彼には無理だと思った。”大賢者”どころか、下位の”魔法使い”すらマスターできないだろう。彼の目指す先は、超えることのできない厚い壁に閉ざされている。嘘か本当かわからないが、少なくとも自分に付いてきた体力を考えれば、戦士等の別の道を目指した方が良いと思った。

 しかし、それを聞いて笑ったのはロベルフだった。


「火も水も風も土も、攻撃系の魔法が何一つできない……? ぷっ、ぶはははははは! お、おまえ、正真正銘のバカだろ! 今決定した! お前は自分のことすらわからない大バカ野郎だ! だはははははははは!」


 先ほどと違う、嘲るような笑い。さすがに、聞いているテーラたちすら気分が悪くなる。

 それを向けられているヴァースの心情は察してあまりある。

 だが、確かに愚かだとも思う。魔法が使えない。すべてではないが、まともに使えない。そんな状態で”大賢者”を目指すなんて、確かに馬鹿げていると思った。時間の無駄だと、当然に思う。

 ゆえに、ロベルフの悪態を止める者は、誰もいなかった。


「”大賢者”だあ? おまえ、そんな状態で本気でなれると思っているのか? 無理無理。おまえには絶対にできねえ! なれるわけねえよ!」


 ヴァースは悔しさに拳を握りしめ、唇をかんで必死に耐えていた。

 確かにその通りだった。魔法が使えないのは、致命的である。まともに魔法が使えないやつが”大賢者”などと。でも、彼は誓ったのだ。亡くなった祖父に。厳しくも、優しかった祖父のためにも。

「……でも、俺は誓ったんだ。じいちゃんだって、俺ならきっとできるって……」


 そして、ロベルフの次の言葉に、ヴァースの怒りは沸点を超えた。


「あぁ!? まったく、お前もバカなら、そのじいさんも孫が可愛いだけのバカだな! もしくは節穴だな。年老いて目が腐ったんじゃないのか?」


「じいちゃんをバカにするなああああああ!」


 ヴァースがロベルフに向かって思いっきり殴りかかった。

 顔を近づけていたロベルフは避けることもできず、顔面に食らって三メートルほど吹っ飛んだ。


「あの団長が吹っ飛んだ!?」


 部下たちが驚きの声を上げていた。テーラも驚いていた。

 仮にもロベルフは上位職で、騎士団長である。油断して舐め切っていたとはいえ、その彼を素手で殴りつけて吹っ飛ばすなど、そう簡単にできるものではない。


「ぐっ……てめえ!」


 地から唸るような怒りの声がロベルフから漏れ出る。

 彼もついに怒りの沸点を超えて、鼻血をぬぐってそのまま剣を抜き放つ。


「なっ、素人相手に本気でやる気か!?」


 テーラもさすがに慌てる。


「うるせえ! 騎士団長に手を出したんだ、こいつにも少し思い知らせてやる!」


「やれるものならやってみろ!」


 売り言葉に買い言葉で戦いが始まってしまった。


「ロベルフやめろ!」


 テーラがロベルフを止めに入る。その間にヴァースはバックステップで少しでも距離をとる。

 しかしロベルフはテーラをすり抜け、ヴァースへと剣を構えて突撃する。


「魔法も使えねえバカが! 身の程を思い知れ!」


 そんな彼に対し、ヴァースは両手をかざして、呪文を唱える。


「パージ!」


「!」


 パージ――”魔法使い”の四級にあたる魔法である。それは魔物に対しては防御の要ともなる外殻や鱗をはがしたり、対人戦においては武器や鎧を外す、もしくははじくことが可能な支援魔法の一種。


 攻撃魔法が使えないヴァースだが、このような支援魔法はなんとか使うことができた。ただ、本人も言っていたように安定しない。そのため……。


「うおっ!」


 ロベルフが声を上げて驚く。ここでも彼は、もはや魔法は使えないと思い込んでいたために、剣をヴァースによって弾かれてしまった。

 同時に、ヴァースは成功したと思った。狙ったとおり、ロベルフの剣をはじいた。そう、成功した、と思い込んでいた。

 直後、彼らの後ろからガシャンという音がして、鎧が落ちる音が聞こえた。


 それはテーラのところから聞こえた。全員の視線が一瞬で集まる。同時にパチンという下着の胸当て――ブラジャーの金具が外れる音が聞こえた。テーラの胸が弾けるようにブルンと揺れて、今にも赤いシャツのボタンが弾けそうなほどたわわに実ったものが自己主張をしていた。


 瞬間、全員が、時が止まったように氷ついた。


 その中で、一人だけ――テーラは全く隙がなく、無駄のない動作で鎧を拾い上げ、皆の視線に隠れるように後ろを向き、付け直している。


「……だ、団長、鼻血が……」


 気づいたロベルフの部下が発した言葉で、彼らの時間が再び進みだす。


「ち、違うぞ! こ、これはこいつに殴られた時のもので、たまたまタイミングよく出てきただけでだな!」


 慌てて部下たちに向かって弁明するロベルフ。後ろの方ではヒソヒソと囁いている声が聞こえた。


「て、テーラ……あの、ごめん、決してわざとじゃ……」


 ヴァースも謝罪する。安定しないとは言ったが、まさかテーラにまで及んで、しかも狙ったように鎧だけでなく下着まで外してしまったことには、さすがに罪悪感がある。

 よくしてくれた彼女を辱めてしまった。そのことにヴァースの良心が痛む。


 が、それらの考えは彼女が振り向いたことで一瞬で吹き飛んだ。


 下着を直し、鎧の装着を終えた彼女が顔をあげ、ゆっくりと振り向く。

 同時に、腰にあった剣が抜き放たれていた。

 ヴァース、ロベルフ、その部下、門番兵――彼らはシンクロしたように同じことを思った。



 ――ああ、般若が笑ってる――


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