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疾走ー2

 人質がいると思われる住所を目前にしたグレイたちに、5人のクラウドが立ちはだかった。焦げ茶の肌の巨漢、モノクルをかけた小柄な老人、筋骨隆々の男――。


「イヒヒ、来たなぁ! オマエの動向は全て、ワタクシめのマーキング・マップによってお見通し……ロリ同伴とは予想外だったが、大人しく死んでもらいますよ!」


 異様に細長い体格の男が、大きな袋を足下に置きながら叫んだ。何かの荷物だろうか。グレイは、昨晩の爆発でローブをダメにされてしまったため、策敵に引っかかったのだと悟った。


「チルド……クロムたちと一緒に、人質を助け出してくれ。ここは俺がやる」


 グレイはチルドに囁いた。


「えっ!? でも……」

「あいつらはローブを着てるチルドのことを知らなかった。なら、クロムとスリートのことも勘づいてないはず。2人と協力して人質を避難させるんだ。みんなを守るには、必要なことだ」

「……わかった。みんなを助けたら、チルドすぐ行くからね!」

「うん、ありがとう」


 チルドは脇の小道へ走っていった。すると、長髪のクラウドが鼻を鳴らした。


「お前1人で、俺たち全員を相手取るか。ルーキー級5人に、たった1人の救世主……生きて帰れると思ってるのか?」

「そう思うなら、何をもたもたしてるんだ?」

「……いいだろう。お前を殺した後で、あのロリとかいう小娘も殺してやろう」


 5人のクラウドは、横1列となって歩き出す。対するグレイも、両手にヤーグを出現させ、敵の一団へと疾走していった。


「ぉおらぁ!」


 まず、筋骨隆々のクラウドが両手の甲に手鉤てかぎを出現させ、グレイに斬りかかった。グレイはヤーグで攻撃を受け止め、敵の腕力が自分より強いと瞬時に判断すると、その力を利用して脚の間へ滑り込んだ。


「秘術・【業火】!」


 ヤーグが武器の激突で生じた熱を吸収し、刃の斬れ味とグレイの身体能力を底上げする。振り向き様の一撃は防がれたが、クラウドは手鉤を粉砕され、後方へ吹っ飛んだ。

 次いで、2人目のクラウドが背後から迫っているのを、グレイは察知する。


「秘技・【炎天】」


 ヤーグの刀身に蓄積された熱が、炎へ変換され繰り出される。その瞬間、細長い体躯のクラウドは全身を焼き尽くされた。炎上した体は、悲鳴をあげることなく倒れた。

 すると、今度は日の光が遮られ、唐突に視界が暗くなった。グレイが上空を見ると、そこにはフォークにも似た三又の槍を構える、巨漢のクラウドがいた。その太った体格からは、想像もつかないほどの跳躍力だ。


「いただきまぁーす、命」


 クラウドは汚ならしい大口を開けて舌なめずりした。グレイが飛び退くと、クラウドの持つ槍が地面に深々と突き刺さる。僅かな隙を逃さず、グレイは逆手に持ち替えたヤーグの刃から噴出させる炎の推進力――ブレイズで瞬時に距離を詰め、クラウドを蹴り抜いた。強化された脚力によるキックで、クラウドの太った巨体は石ころのように軽く転がっていく。

 すると、残った老人と長髪のクラウドが、一斉にグレイめがけて駆け出した。長髪のクラウドは剣を片手に間合いを詰め、一方で老人は彼より数歩後ろから、雷撃魔法を放つ。

 同時に、先ほど手鉤を破壊されたクラウドが、今度は巨大な斧を出現させてグレイの背後から襲いかかってくる。3人に挟み撃ちにされているのだ。


 グレイは秘技・【炎天】で雷撃魔法を相殺し、左手のヤーグを長髪のクラウドへ投げた。


「がっ……!?」


 剣はクラウドの胸に突き刺さり、その激痛で一瞬、動きが止まった。グレイはこの隙を逃さない。秘術・【業火】で向上した身体能力により、常人の倍以上も高く跳び上がり、頭上にもう1本のヤーグを構える。

 炎の出力30パーセント――グレイの奥義が炸裂する。


「【インパルス】!」


 グレイは長髪のクラウドを脳天から斬り裂いた。ヤーグの刃がクラウドの胴を両断し、地面に叩きつけられたと共に、その周囲を炎の衝撃波が拡がった。老人のクラウドや筋骨隆々のクラウドも熱波に巻き込まれ、瞬く間に全身を焼き尽くされる。

 長髪のクラウドは即死したらしく、既に体が赤い粒子へと分解されて始めている。細長い体格のクラウドは、もう完全に肉体が粒子となり果て消えてしまったのか、亡骸は見当たらない。他の2人は、まだ粒子と化す兆候は見られないものの、もはや虫の息である。

 そして、あと1人――グレイは辺りを見回し、巨漢のクラウドの行方を探した。すると、少し離れたところに、その目立つ肥えた姿があった。あの火炎波を喰らったのだろう、その身体は焼け焦げている。彼は、傷ついた身体を引きずるようにして、最初に倒したクラウドが捨て置いた袋を漁っていた。


 グレイはとどめを刺そうと近づいた。だが、それに気づいたクラウドは、大袋から何かを取り出すと、口角を歪に歪めて笑った。

 グレイは、遠目からでもその正体が分かった――キュアドリンクの小瓶だ。


「いただきまぁーす」


 クラウドは、大口を開けてがぶがぶと喉を鳴らし、キュアドリンクを一気に飲み干した。


「ぶわぁー……味、ない。おいしく、ない」


 クラウドは不満げな顔をして、空になった小瓶を振ると、それをポイッと無造作に放り投げた。

 その様を間近で見ていた老人のクラウドが、身体を仰向けに返しながら、グレイに向けて勝ち誇った笑みを浮かべる。


「見たか……貴様ら人間の発明が、我らクラウドの益となるのだ。全てはこのため――肉体の損傷を修復する秘薬と、無尽蔵の闘争本能によって殺戮の限りを尽くすクラウズ、そして強靭な生命力と尋常ならざる戦闘能力を併せ持つ我らクラウド。それらが混じり合い、クラウン様は更なる無敵の軍勢を手にするのだ。このキュアドリンクを持ち帰り、それを量産した時、この戦いは我らの勝利に終わる。我らの目的を悟るのは、どうやら既に遅すぎたぞ、救世主!」


 今回の一連の陰謀の真相はそれか――クラウドが、キュアドリンクに目をつけていたとは。グレイは顔をしかめた。これまで自分たちがしてきたように、クラウドが治癒薬を持ち運び、合間に回復して断続的に戦闘できるようになったら、まさしく脅威だ。

 しかしグレイは、キュアドリンクを飲んだ巨漢のクラウドに異変が起こっているのを目にした。……実際には、起こるはずの異変が起こらないことが異変、とでも言うべきか。

 クラウドの身体の傷が、回復しないのだ。


「うぅ……痛いまま……痛いの、おいしくない……いただきます、したくない……」


 巨漢のクラウドもそれに気づいたらしい。一向に癒えない激痛に、呻きながら座り込んだ。


「なっ、なぜ!? 効果は人間どもによって証明したのに……!」


 老人のクラウドが、驚愕しながらのたうち回る。


「おにいちゃん!」


 その時。グレイは背後からチルドの声を聞いた。振り返ると、彼女は筋骨隆々のクラウドのすぐ後ろで、先端に宝石のついた杖――マジックロッドを構えている。

 グレイはチルドの意図を瞬時に察して、ブレイズで上空へ飛翔する。


「てぇーいっ!」


 チルドが思いきりマジックロッドを振るうと、辺り一帯が一瞬にして氷づけにされる。3人のクラウドも氷塊に囚われ、凍結した。


「いっけー!」


 再び杖が振るわれると同時に、クラウドたちは氷と共に粉々に砕け散った。グレイは落下しながらヤーグを薙ぎ、周囲に炎を放った。その炎は氷を溶かし、着地した時には、既に凍てついた街並みは元通りになっていた。

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