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オムニルス聖堂

 翌朝。グレイとチルド、ボスタフの3人はとあるホテルを訪れていた。新しそうな白い塗装の眩しい建物を前に、グレイは気配を隠すローブのフードを深く被り直し、思案していた。


「なんやねん」


 しばらく立ち尽くしていると、ボスタフが痺れを切らしたようにチルドのカバンから頭を出した。


「いや、どう乗り込もうかと、その……切り口をね」


 グレイは苦笑混じりに答えた。


「やっぱりノープランかいな。ほんまに」


 ボスタフは呆れ気味だ。


「だって、そもそも大前提として、アポなしで救世主の身分を隠しつつ他国の政治的中枢に潜入して、トップと極秘裏に会合と結託を取りつけるって、結構ハードル高いと思うんだ」

「んな身も蓋もない……」

「アクシデントは付き物だろうし、だったらアドリブをフル活用する気構えの方が、かえって好転すると思って……」

「それが、昨日の警備員カチコチ作戦ちゅうこっちゃ」

「で、そのアドリブにしたって導入というか……こう、転がし方がね、あるよねって話」

「いや転がり落ち方やろ。転落、滑落の類い」


 グレイとボスタフのやり取りを、チルドはきょとんと聞いている。


「別にそれでもいいんだけど、ともかく入り方、聞き込み方。惜しむらくは、昨日の段階でホテルの周辺くらい下見しておくべきだったかな」

「グレイお前、真面目そうに見えて――実際、真面目なとこもあるけども――適当なとこは割りと適当やんな」

「え、真面目なとこなんて、そんなにないだろ。普通だよ普通。真面目さも適当さも並のやつだよ」

「まあ、要はそういうことやね」


 グレイは、またしばらく考え込む。


「ちょっと、そこの君たち」


 すると、背後から声をかけられた。振り返れば、そこにはホテル警備員と思しき男性が立っていた。ボスタフは即座にチルドのカバンの中へ隠れ、警備員に気づかれずに済んだようだ。


「何やってんの」


 その眼差しと語気は、なかなか鋭かった。考えるまでもなく、今の自分たちが端からして不審に見えるであろうことは、グレイも容易に想像がついた。少し全身が熱っぽくなるのを感じた。


「こんにちは!」


 緊迫した状況ながら、チルドはいつもと変わらず快活だ。


「はい、こんにちは。で、お宅どちら様?」


 どうしよう――グレイは考えていた。昨日みたいに、勉強というのは通らない。というかホテルで勉強することって一体なんだ。


「……下見です。家族旅行の」

「え。それ、なんか変じゃないか」


 苦し紛れの口実は、容赦なく看破されようとしていた。


「娘さん連れてくるなら、もはや奥さんも連れて家族旅行すればよかったのに」


 警備員は半笑いだ。兄妹の次は、父娘おやこの演技である。


「……盲点でした」

「君、面白いね」

「…………じゃあ、中に入ってもいいですか? 総統も泊まることがある一流ホテルと聞いているので、ちょっと見てみたいんです」


 ややムキになるグレイ。


「いや、ダメでしょ。ここは観光地じゃないし、総統が泊まるなら尚更」


 ダメだった。


「ですよね。そしたら、外観だけ見て帰ります」

「まあ、総統も利用するのは確かだし、間違いなく最高のホテルの1つだよ。今度は奥さんと一緒に、泊まりに来てね。あんまり周りをうろちょろして、近隣の方々や宿泊のお客様に迷惑をかけないように」

「はい、どうもありがとうございます」


 半ば警備員に張り込みを容認されたようで、グレイはつい笑みを浮かべそうになった。


「行こ、チルド」

「うん」


 グレイはチルドの手を引いて、警備員の前から去った。少し離れたところへ来たところで、ボスタフがチルドのカバンのチャック口から顔を覗かせた。


「ローブ役に立ってないやん。他者からの認識を阻害するんちゃうんか。めっちゃ話しかけられたやん」

「限度があるんだよ。姿を消したりするわけじゃないから、警備してる人の目の前でずっと突っ立ってたら、声をかけられたりもする」

「……ほなら、尾行とかできないやん」

「遠くからならかなりバレにくいし、相手が油断してたら多少露骨でも大丈夫なくらいには効果あるよ。人混みに紛れれば、尾行されてもだいぶ撒けるだろうし……このローブの真価は、目立たず気づかれてない状態で発揮される、って感じかな」

「ほ~ん」

「姿を消すローブもあるらしいけど、なかなか実用化は難しいみたい」


 などと話していると、乗客用のカゴを引いたエクゥスアヴィスが門から出てきた。一見すると、よくあるタクシーの役割を果たす乗り物だが、カゴの頑丈さやエクゥスアヴィスの毛並みの良さから、それが要人を警護するためのものであると分かった。


「……多分、あれに総統が乗ってる」

「え、普通の送迎エクゥスアヴィスやん」

「目立たず、『普通』の中に溶け込む。要人の警護なんかは、まさにそれが一番の防御になることもある。有名人も、出かける時に地味な感じで変装したりするだろ」

「ちょっと違うような気もするけど、たしかにそうやな」

「あれを追おう」


 道を行き交う一般人の波に乗るようにして、グレイたちはエクゥスアヴィスについていった。巡行用のエクゥスアヴィスではないため、早歩き程度で追いつけるものの、子どものチルドを連れ立っていることもあって疲労もそこそこだった。

 やがて、エクゥスアヴィスはとある建物の裏手に止まった。人気は多くなく、グレイたちは物陰に潜んで様子を窺った。中から正装の中年男性が出てきて、数人の取り巻きと共に裏口から建物へ入っていった。


「なんの建物だろ」


 グレイたちは建物の表へ回った。裏口の雰囲気とは打って変わり、陽の光を反射して眩しささえ覚えるほどの、純白の外壁に覆われている。入り口には、数十人あまりの人だかりが列を成している。どうやら順番に中へ入っていくようだ。

 グレイはその行列から、視線を建物の正門へ移した。


「オムニルス聖堂……聖堂か」


 正門の端の表札から、建物の正体が見てとれる。更に、正門の反対側の脇には、聖堂の催し物の案内板が立てかけられてあった。


『人類のルーツを歴史から紐解く――世紀末戦争の真実――』


 なんだか、見たことのあるような気がする――グレイは、その字面が妙に気に留まった。


「どうしたの?」


 チルドが、案内板を凝視するグレイを見つめていた。


「いや……なんでもない。ここ、入ってみよう。列の最後尾は――」


 グレイは行列を目で追った。すると、またボスタフがチルドのカバンから、顔だけ真上に覗かせた。


「ずっと手繋いでるやん。お父さん」


 グレイは手元へ視線を落とした。たしかに、ホテルで警備員に父娘の演技をしてから、特に必要もないのに手を繋ぎっぱなしだ。エクゥスアヴィスを尾行する時、はぐれたらいけないという思いはあったが、いつしか手を繋ぐこと自体、無意識にしていた感がある。


「あっ、ごめん……なんか、つい」

「ううん、なんかこれ、いい! ねえ、おにいちゃん。このままお手て繋いでたい」

「え……ああ」


 チルドの幸せそうにはにかんだ笑顔を見たら、その手を放すことはできなかった。

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